やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

本書のねらい
 臨床化学検査は,検査領域のなかでもっとも検査項目が多く,日常臨床には欠かせない検査である.検査法と分析装置の進歩により,単位時間あたりの処理検体数や測定感度は飛躍的に増加した.さらに,検査値の国際標準化や共用基準範囲の普及も進んでいる.臨床検査技師を志す学生や若い臨床検査技師のなかには,臨床化学検査は分析装置の管理がおもな仕事で,魅力ややりがいを感じない人が多いように思える.しかし,本当にそうだろうか.
 臨床化学検査に携わる臨床検査技師は,各分野でエキスパートとよばれる医師でさえ一生かかっても経験できない膨大な検査データを扱っている.そのなかには,臨床像と検査値が一致しない興味深い症例が紛れ込んでいる.このような事例はピットフォールとよばれ,学生や新卒者が知っておくべき基本的な現象から,原因解明に詳細な解析が必要な複雑な現象まで多岐に渡る.個々の症例は,学会で発表されたり,論文化されたりしているが,実際はよくわからずにそのままとなっている症例も少なくない.このようなピットフォール症例の情報を積極的に収集し,その発生メカニズムを解明するために役立つ方法を検討するなどの試みは,これまで系統的には行われていなかった.
 日本臨床化学会は,前理事長の前川真人先生(浜松医科大学 医学部 名誉教授/特命研究教授)のリーダーシップのもとで,2015年にピットフォール研究専門委員会を発足させた.本委員会では,過去のピットフォール症例の情報を収集して事例集として学会webサイトに掲載し,2023年には『ピットフォール症例解析マニュアル』をまとめた.また,本学会会員からのピットフォール症例に関する相談にも積極的に対応している.今やピットフォール症例の解析は,本学会の若手会員がもっとも関心をもっている分野の一つとなっている.
 月刊『Medical Technology』では2025年の臨時増刊号として,日本臨床化学会の全面的な協力を得て『これで解決!臨床化学検査のピットフォール』を完成させることができた.本書の構成は,本学会ピットフォール研究専門委員会の三好雅士委員長(徳島大学病院 医療技術部)が練りに練ったものである.解析手法の解説は『ピットフォール症例解析マニュアル』に基づいており,本マニュアルは2025年に学会誌『臨床化学』の補刷としても発刊されたが,学会webサイトにフリーアクセスで掲載している*.本書を常に検査室に置き,ピットフォール症例の原因解明や測定エラーの回避に役立てていただきたい.また,『Medical Technology』の通常号に掲載される臨床化学検査にかかわる記事にも関心をもち,学術集会への参加・発表や論文執筆につなげていただければ幸いである.
 *日本臨床化学会webサイト:https://jscc-jp.gr.jp/?page_id=2911
 2025年12月
 順天堂大学 医療科学部 臨床検査学科
 一般社団法人日本臨床化学会 理事長
 三井田 孝


本書の構成
 「臨床化学はすべて自動化され,誰にでもできる」
 「検体検査はスイッチ押すだけで退屈」
 はたして本当にそうでしょうか.
 確かに,用手法は自動化され,分析装置は高性能化し,測定時のトラブルは大幅に減少しました.今後はAIによる解析支援も進み,結果報告で悩むこともなくなるでしょう.採血後,装置に搭載すれば前処理から測定,結果送信まで自動で完結する,そんな時代がすぐそこまで来ています.
 しかし,臨床化学はそんなに単純な分野ではありません.サンプルの取り扱い,患者背景,薬剤の影響,機器・試薬の特性,環境条件など,さまざまな要因が検査結果につながります.AIでは判断できない「誤った正常値」や「正しい異常値」,そしてピットフォールを見抜く力.それこそが,これからの臨床検査技師に不可欠な能力です.
 そこでこのたび,臨床化学検査におけるピットフォール解説の決定版として,日常業務における課題解決の一助ともなる臨時増刊号を,日本臨床化学会ピットフォール研究専門委員会の完全バックアップのもと,お届けします.
 本書の構成として,Chapter1では,ピットフォール発見の契機となるポイント,反応タイムコースやデータ評価,解析フローなど,発見から解析へとつながる流れについて示しました.
 続くChapter 2~Chapter4では,検査工程を「検査前工程(pre-analytical phase)」「検査工程(analytical phase)」「検査後工程(post-analytical phase)」に分け,各工程で発生しうるピットフォールの解説はもちろん,実際に遭遇した症例について,発見の端緒,執筆者の着眼点,解析方法とその手順を,実験データを交えて解説しています.あまり遭遇することのない事例も収載していますので,読者の皆様は日常検査を追体験するような気持ちで読み進め,異常値の対処方法だけでなく,ピットフォールの気づき方も学んでいただければと思います.また,症例解析で用いた手法は【Point本症例で用いた解析手法】として整理し,日本臨床化学会の『ピットフォール症例解析マニュアル』をもとに解説しましたのでご活用下さい.
 最後のChapter5では,症例解析をロールプレイ方式で復習できる解説のほか,ピットフォール解析に悩んだ時に役立つ日本臨床化学会ピットフォール研究専門委員会の紹介,さらにChapter4までで取り上げられなかった解析手法の解説など,プラスワンの役立つ情報を掲載しています.
 ピットフォールは非常に奥深く,そして,検査技師の経験や知識,多角的かつ総合的な判断がAIを凌駕する分野です.本書が日常検査における「気づき」の一助となれば幸いです.願わくば,独自の解析法を考案し,状況に応じて組み合わせ,轍さえもない道を切り拓ける検査技師となることを.
 Bon voyage!
 2025年12月
 徳島大学病院 医療技術部
 一般社団法人日本臨床化学会 ピットフォール研究専門委員会 委員長
 三好雅士
 本書のねらい
 本書の構成
CHAPTER 01 あなたがピットフォールに出会ったら
 SECTION 01 ピットフォール発見の糸口
 SECTION 02 どこをみる? 反応タイムコース
 SECTION 03 データ判読はピットフォール発見の第一歩
 SECTION 04 ピットフォール疑い事例は突然に
  1)解析前の確認事項
  2)解析フローチャート
  3)アプローチは多彩,さまざまな解析手法
CHAPTER 02 検査前工程(pre-analytical phase)のピットフォール
 SECTION 01 検査依頼
 SECTION 02 採血時・保存/搬送
  1)抗凝固剤の混入
  2)輸液の混入
  3)保存・搬送条件
  4)その他の要因
CHAPTER 03 検査工程(analytical phase)のピットフォール
 SECTION 01 品質保証・精度管理
  1)総論
  2)検査は管理が支える,自動分析におけるピットフォール
   (1)測定機器・メンテナンス
   (2)測定試薬
   (3)キャリブレーター・コントロール
   (4)光源曝露
   (5)水質
 SECTION 02 異常検体
  1)血清性状異常
   (1)総論
   (2)確認しよう,検体性状
    (1)溶血
    (2)乳び
  2)脂質異常
   (1)総論
   (2)濁りだけじゃない,脂質異常によるピットフォール
    (1)電解質への影響
    (2)LDL-Cの反応タイムコース異常
  3)M蛋白・異好抗体
   (1)総論
   (2)予測不能な罠,異常蛋白によるピットフォール
    (1)TPの異常高値
    (2)T-Bilの偽反応
    (3)CK-MBの異常高値
    (4)ALPの直線性不良
    (5)LDの異常低値
    (6)汎用自動分析装置を用いたTP抗体測定試薬での偽高値
    (7)自己抗体によるTSHの偽高値
    (8)異好抗体によるDUPAN-2の偽高値
  4)Pick up! 異常反応を低減する機器・試薬のアイデア
   (1)サンプリング機構
   (2)攪拌・洗浄機構
   (3)酵素・定量項目試薬
   (4)免疫比濁項目試薬
 SECTION 03 投与薬剤
  1)総論
  2)血清情報に影響したピットフォール事例
   乳び(レザフィリン)
  3)知っておきたい,測定結果に影響する薬剤
   (1)尿酸(ラスブリカーゼ)
   (2)コリンエステラーゼ(有機リン製剤)
   (3)アンモニア(L-アスパラギナーゼ)
   (4)クレアチニン(カテコールアミン系薬剤)
   (5)カルシウム(ガドリニウム造影剤)
   (6)クロール(ブロム含有製剤)
   (7)蛋白分画(ダラツムマブ)
CHAPTER 04 検査後工程(post-analytical phase)のピットフォール
 SECTION 01 結果報告
 SECTION 02 追加検査
CHAPTER 05 Follow me!異常反応解析
 SECTION 01 真実はいつもひとつ! ピットフォールを読み解く
 SECTION 02 知っていますか? ピットフォール研究専門委員会
 SECTION 03 まだまだあります,解析手法

 索引(本書に登場した解析手法)