やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 頸動脈超音波の書籍をようやく出版することができました.2004年に超音波エキスパートシリーズの第1弾「頸動脈・下肢動静脈超音波検査の進め方と評価法」を遠田栄一先生(当時三井記念病院)とともに出版させていただいた時から,20年が経ちました.シリーズ通算23冊のなかで,血管系を中心に7冊目の編集,執筆を担当させていただきました.とても光栄なことです.
 私と頸動脈超音波検査とのかかわりは,1992年に国立循環器病センター(現国立循環器病研究センター,以下国循)生理機能検査部に就職してからのことでした.当時から国循では,脳血管内科と生理機能検査部で共同運営して年間3000件を超える頸動脈超音波検査件数があり,1988年からルーチン検査として行われていましたが,1990年代前半に学会場で同級生や他施設の超音波検査の仲間に頸動脈超音波の話をすると,“頸動脈みて何がわかるの?““検査する意味あるの?”といわれることが多かったことをよく覚えています.
 今では信じられないことかもしれませんが,1990年代前半まで頸動脈超音波の日本語の技術書,というよりも血管超音波のどの分野においても,技術書は存在していませんでした.また,現在のISO15189に準拠した標準作業手順書というものも当時はありません.断片的に書かれた英文の技術解説論文を読み,どのような検査法がよいのかを模索しながら日々検査をしていました.幸いにも国循には,超音波ドプラ法を考案された故 仁村泰治先生が名誉研究所長としておられ,循環器系の超音波検査で名をはせる幾多の医師や技師が在籍していました.日々進化し続ける超音波診断装置の開発,性能評価の最前線にいましたので,幾多の企業の技術者の方々に多くのことを教えていただいたことは大きな財産となりました.また国循には,国内外から多数の研修生が来られ,超音波検査を学ぶことが主目的の方もおられましたので,そういった人向けに,技術,知識を伝えるには,実際の検査をみてもらうだけでなく,日本語で分かりやすい血管超音波検査のテキストを出す必要性を強く感じていました.執筆活動に注力することになった原点です.
 本書の企画は,2018年に日本超音波医学会と日本脳神経超音波学会より「超音波による頸動脈病変の標準的評価法2017」(以下標準的評価法2017)が公示された頃に,頸動脈超音波検査単独の超音波エキスパートの出版を医歯薬出版に相談したのがスタートです.
 血管超音波検査の普及に尽力し,執筆活動にかかわりはじめて約30年.すでに還暦も過ぎました.編集を一人で担当するより,この分野で次世代をリードする人と仕事をしたいと考えて,東北大学病院 三木 俊先生(先生というより,私より一回り若い彼は私にとっては“三木くん“)に声をかけました.現在,東北大学病院 生理検査センター部門長として活躍する三木先生は,“超音波が好き”というだけでなく,カワサキのオートバイやリモワ鞄,ブライトリングの時計など私と好きなものの共通項が多く,学術活動をともにすることの多い良き友です.本書は,三木先生が大会長を務める2024年7月開催の日本超音波検査学会第49回学術集会がお披露目の場となります.
 血管超音波検査の分野で最も普及している分野が,頸動脈領域でしょう.初学者でも実践的で読みやすい書籍を作成したいと考えました.執筆は,標準的評価法2017の委員の先生方や国循をはじめともに働き勉強してきた先生方,種々の学術活動のなかで切磋琢磨してきた魅力溢れる先生方にお願いしました.本書の出版にあたっては企画から長い時間が過ぎてしまいました.執筆いただきました先生方には,大変お待たせしました.
 本書は,頸動脈超音波検査の検査手技だけでなく,解剖や検査の意義や装置条件などについて記述しています.また,日々の検査のなかの疑問に少しでも応えたいと思い,いろいろな機会に質問を受ける内容をまとめてQ & Aという形式で21項目取り上げ,2ページ見開きで掲載しました.様々な疑問が解けると思います.頸動脈長軸像の表記については本文中にも記述しましたが,基本は,画像の右側を心臓側,左側を末梢側としています.しかし,項目によっては,右側が末梢側,左側が心臓側となっているものもあります.標準的評価法2017をみても2種類の表記があり,臨床現場においては,いまだ両方の表記方法があることを理解して読んでください.ただし,施設内では統一した記録方法とすることをお勧めします.
 近年は,種々の情報をネットで入手することが多くなりましたが,大きな誌面から工夫された写真や図表を読むことで多くの知識を得ることができるでしょう.本書に直接書きこみ,付箋を貼り,常に検査室やご自宅で活用していただければ,執筆者,編集者として何よりの幸せです.
 2024年5月
 最終校正が終わると
 オートバイで初夏を楽しみたいと思いつつ
 編集代表 佐藤 洋
1 頸動脈の解剖
 (土居忠文)
2 装置条件,検査手技,検査時の注意点
 (江藤博昭・佐藤 洋)
 1.動脈硬化を診る
  1)プリセットを設定する
  2)検査に適したプローブを選択する
  3)超音波検査法の種類
  4)Bモード法の各種条件
  5)ドプラ法の各種条件
  6)検査室の照度とモニター画面
 2.検査手技
  1)血管壁を鮮明に描出する
  2)血管の縦断像を明瞭に描出する
  3)フレームレートを高めて明瞭な画像を描出する
  4)至適断面を検査中に考える
  5)正確な血流評価に必須となる適切な角度補正
  6)左右の血管を比較する
  7)総頸動脈と椎骨動脈の条件の違い
  8)最高血流速度の検出感度を向上させる
  9)最低血流速度の検出感度を向上させる
  10)アーチファクトの種類と鑑別
  11)スライス厚の影響を考える
  12)頸部処置中の検査ではプローブの当て方を工夫する
 3.超音波診断装置の取り扱い注意点
  1)検査前
  2)検査中
  3)検査後
  4)移動時
3 頸動脈エコー検査の対象とその意義
 (松尾 汎)
 1.動脈硬化を診る
 2.頸動脈エコーの検査対象
 3.脳卒中診療科での適応
 4.侵襲的治療適応時の応用
 5.早期動脈硬化を評価する意義
4 頸動脈超音波検査の進め方
 (濱口浩敏)
 1.血管走行の認識
 2.頸動脈超音波検査の進め方
 3.IMT計測
 4.プラークの評価
 5.狭窄率の計測
 6.椎骨動脈評価
 7.頸動脈超音波検査を進める際に注意したいこと
5 血管描出方法
 (岩前拓志・三木 俊・佐藤 洋)
 1.超音波診断装置
 2.探触子の選択
 3.条件設定
 4.前準備(患者の体位)
 5.観察範囲
  1)画像表示方法
  2)総頸動脈〜内頸動脈の短軸断面の描出
  3)長軸断面のアプローチ方法
  4)アーチファクト対策
6 IMT計測方法
 (岩前拓志・三木 俊・佐藤 洋)
 1.動脈壁構造とIMC,IMT
 2.近位壁と遠位壁(IMT計測について)
 3.IMC描出時の注意点
 4.max IMT(最大内中膜厚)
 5.IMT-C10
 6.mean IMT(平均内中膜厚)
 7.IMTの経年変化
 8.max IMTとmean IMTはどちらが有用か?
7 プラークの評価
 (三木 俊・佐藤 洋)
 1.プラークの定義と評価項目
 2.プラーク性状評価
 3.塞栓症に注意して経時的な観察を行う必要があるプラーク
8 狭窄性病変の評価
 (佐藤 洋)
 1.径狭窄率と面積狭窄率
 2.超音波断層法による狭窄率の評価
 3.頸動脈超音波検査による狭窄率計測
 4.断層法とカラードプラ法
 5.PSVによる内頸動脈狭窄率推定
 6.断層法と狭窄部PSVとの狭窄率に乖離がみられる場合
 7.前回値とのPSV比較
 8.動脈閉塞の証明
9 頸動脈内膜剥離術評価,頸動脈ステント評価
 (佐藤 洋)
 1.頸部内頸動脈狭窄症に対する血行再建術
 2.頸動脈内膜剥離術(CEA)
  1)適格基準
  2)CEA前後の超音波検査観察ポイント
 3.頸動脈ステント留置術(CAS)
  1)CAS前後の超音波検査観察ポイント
  2)CASの手術リスクと禁忌
  3)頸動脈ステント合併症
10 椎骨動脈の評価方法
 (岩前拓志・佐藤 洋)
 1.血管走行
 2.椎骨動脈走行のバリエーション
 3.椎骨動脈の描出のコツ
 4.椎骨動脈起始部の描出のコツ
 5.椎骨動脈起始部近傍の動脈の描出
  1)甲状頸動脈
  2)内胸動脈
 6.装置条件設定
 7.椎骨動脈の閉塞性疾患の評価
 8.椎骨動脈血流が描出困難な場合の工夫(最低流速検出感度の向上)
11 Q&A
 1 総頸動脈が拡張していたら(出村 豊・小谷敦志)
 2 IMTが肥厚していたら(久保田義則)
 3 石灰化プラーク:有意狭窄か否かの判定(住ノ江功夫)
 4 リモデリングとプラーク退縮(福住典子・濱口浩敏)
 5 IMCの全周性肥厚を認めた時に何を疑うか(友藤達陽・濱口浩敏)
 6 もやもや病の頸動脈超音波所見(鮎川宏之)
 7 内頸動脈と外頸動脈の鑑別方法(千葉 寛)
 8 マイクロコンベックスプローブの活用方法(小野寺奈緒・大浦一雅・板橋 亮・前田哲也・藤原 亨)
 9 総頸動脈血流速度の左右差を読む(矢坂正弘)
 10 内頸動脈狭窄と血流速の関係(嶋田裕史)
 11 両側の総頸動脈の拡張期血流が低下している場合(古島早苗)
 12 椎骨動脈が開存しているのに血流シグナルが描出できない(佐藤 洋)
 13 心房細動症例の血流計測方法(山崎正之)
 14 超音波所見,臨床症状からみた次回の超音波検査の時期は?(永野恵子・山上 宏)
 15 頸動脈解離(泉田恵美)
 16 椎骨動脈が逆流していたら(出村 豊・小谷敦志)
 17 椎骨動脈解離の評価(斎藤こずえ)
 18 Bow hunter症候群(斎藤こずえ)
 19 椎骨静脈が逆流している場合に考える病態─腕頭静脈の閉塞性病変(佐藤 洋)
 20 頸静脈血栓の観察ポイント(西尾 進)
 21 心臓外科術前検査において頸動脈超音波検査に求められること(内藤博之)