やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 臨床微生物検査の世界へようこそ!まずはこの本を手に取ってくださった“あなた”に感謝申し上げます.本書は,あなたに臨床微生物検査を楽しく学んでもらい,その知識を患者さんの診療に活かしてもらえればと願いながらまとめたものです.
 臨床微生物検査に携わる検査技師の皆さんは,慌ただしい日常業務の中で,心ときめく瞬間を味わうことができます.その瞬間とは,これまで分離・同定したことのない「細菌」とのはじめての出逢いです.しかし,珍しい細菌との出逢いは,恋人との“運命の出逢い”のようにはいきません.なぜなら,「私は○○菌です.よろしくね!」と細菌のほうから我々の目の前に現れてはくれないからです.
 まだ見ぬ細菌や症例との出逢いは,ある日偶然にやってきます.その瞬間を見逃さず,出逢いに“ひらめく”ためには,その細菌のもつさまざまな表情や個性を知っていなくてはなりません.つまり,微生物学的な検査所見はもちろん,臨床的な視点からみた特徴を熟知しておくことが大切です.この「臨床微生物学的な智恵」は,臨床情報から原因菌を想定する訓練の積み重ねの中で少しずつ身についていきます.
 本書の中心をなすChapter 1「症例から学ぶ 珍しい細菌の同定法」は,月刊Medical Technologyでの連載「最近話題の細菌トップ12―珍しい細菌とめぐり逢うコツとノウハウを伝授します―」(2011年7月号〜2012年6月号)を再編集したものですが,本連載は,まさにこの「臨床微生物学的な智恵」を楽しく学んでいただきたい,という思いから始まりました.
 本書では,新たな症例や図表を加え,連載内容をさらにパワーアップさせて12菌種の感染症の特徴や検査法を紹介しています.Chapter1を読み終えた頃には,きっと臨床微生物検査の“ひらめき”と“ときめき”を実感していただけるでしょう.
 続くChapter 2は,近年注目を集め,病院の検査室においても導入が進む「遺伝子検査」がテーマです.どのような機器・器具を使用して,どのようなワークフローで,どのような時に遺伝子検査を活用すればよいのかを,私が普段行っている検査手順をもとに解説しています.菌株の同定や検体からの病原体検出のために私が日常的に使用しているPCRプライマーの配列情報も付録(Appendix)として収載していますので,ご活用いただければ幸いです.
 Chapter 3では,臨床微生物検査領域において今もっとも注目を集めている検査法の1つである「質量分析法」を取り上げました.日常検査に取り入れられつつある一方,新しい検査法であるがゆえにまだ解説書が少ない現状にあるため,基本原理や日常検査における活用法,今後の展望についてわかりやすくまとめました.
 本書では,珍しい細菌の同定法や新しい検査技術といった“いま知りたい”情報を中心に取り上げていますが,いうまでもなく,これらはすべて「分類学(分類,命名,同定)」を拠り所としています.付章(Extra chapter)では,細菌の同定についてより深く理解していただくため,細菌の分類体系や学名の調べ方,新種の提唱方法などを解説しました.巻末の「おもな細菌の新旧名の一覧表」と併せてご活用ください.
 本書の内容は,過去約9年間にわたり全国の医療施設からの相談・依頼を受けて実施してきた菌株や検体の解析がベースとなっています.このような解析サービスを継続できたのは,ひとえに岐阜大学大学院医学系研究科 病原体制御学分野・江崎孝行教授のご指導,ご支援のおかげです.この場を借りて深甚の感謝を申し上げます.また,千葉県こども病院勤務時代に臨床微生物検査の魅力と醍醐味を伝授してくださった川上 浩氏,感染症診断の極意や論文執筆について熱心にご指導くださいました故・中村 明先生に深謝いたします.
 今の私があるのは,川上氏,中村先生,江崎先生の「三師匠」との素晴らしい出逢いがあってこそです.
 一人でも多くの方が本書を手に取ってくださり,日々の検査業務や臨床に活用され,患者さんの治療に役立てていただけることを願っています.
 2012年12月
 大楠清文
 はじめに
 「この細菌なんだろう……」病態・検査所見から探す 逆引きインデックス
Chapter 1 症例から学ぶ珍しい細菌の同定法
 1.Helicobacter cinaedi
 2.Capnocytophaga canimorsus
 3.Mycoplasma hominis
 4.Corynebacterium kroppenstedtii
 5.Neisseria meningitidis
 6.Mycobacterium ulcerans
 7.Clostridium tertium
 8.Streptococcus gallolyticus
 9.Campylobacter fetus subsp.fetus
 10.NVS( nutritionally variant streptococci)
 11.Arcanobacterium haemolyticum
 12.Bordetella holmesii
 ・臨床微生物検査のプロフェッショナルになるための7 つの心得
Chapter 2 遺伝子検査の基本と実際
Chapter 3 知っておきたい質量分析法を用いた細菌の同定
Extra chapter 細菌の分類・同定をより深く理解するために

 Appendix
  (1) おもな細菌のPCRプライマー情報一覧表
  (2) おもな細菌の新旧名の一覧表

 文献一覧