やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 松本雅則
 奈良県立医科大学血液内科・輸血部
 血栓止血や凝固と聞くと,苦手意識を持つ医師は少なくありません.血液内科のなかでさえ,この領域に自信を持てない医師が多く見受けられます.その背景には,病棟で主に診療対象となるのが血液悪性疾患の患者であること,また血栓止血を専門とする医師が院内に不在であることがあげられます.さらに,近隣に専門家がいない場合も多く,遠方の信頼できる専門医にコンサルトせざるを得ない状況も珍しくありません.このように,血栓止血を専門とする医師は全国的に見ても決して多いとはいえないのが現状です.
 しかし,患者数は決して少ないわけではなく,むしろ血栓止血関連疾患は日常診療のなかで頻繁に遭遇します.脳梗塞や心筋梗塞といった広く知られた疾患のみならず,悪性腫瘍に関連するトルーソー症候群,播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation:DIC)など,血栓止血異常が生命予後に大きく関わる症例は少なくありません.筆者自身,血栓止血異常が適切に診断・治療されず,結果として不幸な転帰をたどったのではないかと感じる症例に幾度となく遭遇してきました.
 本特集では,そのような現場の課題に応えるべく,血栓止血疾患に遭遇した際の検査の選び方や結果の読み解き方を,基礎から臨床応用まで幅広く解説していただきました.さらに,血栓止血学は決して“古い学問”ではなく,現在も医療の最先端で発展を続けています.血友病に対する遺伝子治療,iPS細胞(induced pluripotent stem cells;人工多能性幹細胞)由来の血小板製剤の開発など,若い世代の医師や研究者が夢を持って取り組めるテーマが数多く存在します.その一端を本特集でご紹介できたことを嬉しく思います.
 この特集をきっかけに,血栓止血領域に新たな興味を持ち,一歩踏み出す医師や研究者が一人でも増えることを心から願っております.それが本特集を立案した者として,何よりの喜びです.
 はじめに(松本雅則)
 止血と血栓の違い(松本雅則)
血栓止血関連検査
 血小板の機能と検査法(柏木浩和)
 フォン・ヴィレブランド因子の機能と検査法(金地佐千子)
 血液凝固因子と凝固制御因子の機能と検査(窓岩清治)
 線溶因子の機能と検査(内場光浩)
 補体疾患における補体系と血小板・凝固・線溶系のクロストークと補体検査法(井上徳光)
 血栓止血疾患における遺伝子検査(小亀浩市)
 血栓症の画像診断(岩越真一・他)
 血栓症の病理診断(魏 峻洸・山下 篤)
血栓止血疾患における新規治療
 輸血治療のイノベーションの達成に向けて─iPS血小板製剤の問題点(江藤浩之)
 バイスペシフィック抗体医薬(添田哲弘・北沢剛久)
 血友病に対する遺伝子治療(柏倉裕志・大森 司)
 血栓症と核酸アプタマー創薬(吉本敬太郎・他)
出血性疾患─病態の解明と診断,治療の進歩
 免疫性血小板減少症(ITP)の病態,診断,治療の進歩(加藤 恒)
 先天性血小板機能異常症(山之内 純)
 血友病─最近の治療の進歩(野上恵嗣)
 先天性凝固因子欠乏症(血友病以外)─rare bleeding disorders(RBD)(長江千愛)
 フォン・ヴィレブランド病(日笠 聡)
 後天性血友病─診療ガイドライン(2017改訂版)以降の進歩と課題(荻原建一)
 自己免疫性後天性凝固因子欠乏症─後天性血友病以外(橋口照人)
 出血性線溶異常症─PAI-1欠乏症,α2-PI欠乏症,TM/TAFI異常症(鈴木優子)
血栓性疾患─病態の解明と診断,治療の進歩
 敗血症に伴う播種性血管内凝固(敗血症性DIC)─好中球細胞外トラップ(NETs)の役割,血栓性微小血管症(TMA)との早期鑑別診断(矢田憲孝)
 播種性血管内凝固─造血器疾患(河野徳明・池添隆之)
 固形がんに伴う播種性血管内凝固の病態・診断・治療と今後求められるもの(関 義信)
 先天性血栓性血小板減少性紫斑病(酒井和哉)
 免疫性血栓性血小板減少性紫斑病の診断と治療の進歩(小川孔幸)
 志賀毒素産生性腸管出血性大腸菌関連溶血性尿毒症症候群(芦田 明)
 非典型溶血性尿毒症症候群─抗補体治療時代の治療方針を考える(加藤規利・他)
 抗リン脂質抗体症候群のアップデート─新しい分類基準を中心に(家子正裕)
 ヘパリン起因性血小板減少症(安本篤史)
 遺伝性血栓性素因─遺伝性アンチトロンビン欠乏症,プロテインC欠乏症,プロテインS欠乏症(森下英理子)
疾患・治療に伴う凝固異常
 がん関連血栓症─がん治療関連血栓症の一次予防(向井幹夫)
 骨髄増殖性腫瘍に伴う血栓症と出血(久保政之)
 循環器疾患に伴う後天性フォン・ヴィレブランド症候群(堀内久コ)
 発作性夜間ヘモグロビン尿症に伴う血栓症と抗補体薬(植田康敬)
 慢性骨髄性白血病に対するチロシンキナーゼ阻害薬と血栓性有害事象(嬉野博志・他)
 移植関連血栓性微小血管症(池添隆之)
 CAR-T細胞療法に伴う凝固異常(新井康之)
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連凝固異常と血栓症(石倉宏恭)
 ワクチン起因性免疫性血栓性血小板減少症(VITT)と凝固線溶異常(山田真也・朝倉英策)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  トラネキサム酸
  補体異常症と補体関連疾患
  補体成分・補体因子の略号変更
  アンチトロンビン(AT)抵抗性
  VUS(意義不明変異)
  アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター
  レンチウイルスベクター
  血友病以外の先天性凝固因子障害症の総称
  VWD type 1C
  COVID-19と後天性血友病
  LAとAiFIID
  ADAMTS13遺伝子解析はどこに依頼すればよいのか
  APTT-CMT
  CRISPR/Cas9
  血友病の遺伝子治療
  補体系