やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 鈴木 穣
 東京大学大学院新領域創成科学研究科生命データサイエンスセンター
 はじめに本特集に寄稿いただいた諸先生に感謝したい.それぞれの稿をもって,本特集は当該技術の諸疾患分野における先駆的な応用が幅広く集約されたものとなった.編者にとっても望外の書である.当初の企画意図を超えて,熱意に満ちた原稿をいただいた諸先生に改めて敬意を表したい.
 近年,進展の著しい機能ゲノム解析について多くの研究が結実しつつある.シングルセル解析に端を発した一連の解析はエピゲノム,タンパク質へと拡大し,シングルセルマルチオーム解析へと多層化された.また,数年前にはじまった,いわゆる空間解析についても,これらの同様のマルチオーム化に向けた技術開発が急速に進展している.目まぐるしい技術革新期にあって,わが国における臨床関連研究者の迅速かつ柔軟な技術の馴化と応用には目をみはるものがある.対象疾患についても,がんを端緒として,心臓血管疾患,生活習慣病などへとまたたく間に拡大した.これまでにその病因・病態の複雑さから分子基盤の解明が遅れていた精神神経疾患へも,その応用が開始されている.これらの疾患には多くの患者が存在する.その個々人は得られた成果の還元を切望している.
 しかし,本特集に記載された成果はあくまで新技術の勃興期の学術知である.これらを患者還元につなげるまでには,さらにいっそうの成果の拡大,臨床試験を含めた大規模な実用研究が必要である.そのための付随研究も含めた研究環境の整備,また圧倒的に欠乏する現場担当者人材の育成など,喫緊の作業は山積している.これには産官学民が一体となった資本の投下も必要となる.本特集に掲載された先駆的研究者の努力に報いるためにも,今後の喫緊の体制整備を望みたい.また,残念ながらこれらの技術開発において,わが国において独自に開発された機器は皆無である.それにもかかわらず,その疾患解析の応用に向けては世界を牽引する赫々たる成果が結実していることも改めて強調したい.ただし,実利は次世代への技術の種をまく.明治期,欧米の技術を導入する熱意はその後,世界を凌駕する自国技術へと発展する礎となった.ゲノム関連科学においても,今,次の応用成果を起点として次世代への独自の技術開発が加速されることを期待する.
  はじめに(鈴木 穣)
  医療とデータ:イギリスでのゲノム医療のあり方から得た気づき(鈴木 穣・鎌谷洋一郎)
総論:マルチオミクス解析の基盤と技術
  集団ゲノミクス研究の最新動向(鎌谷洋一郎)
  マルチオミクス解析による疾患病態解明とゲノム個別化医療の展望(藤本凜太郎・岡田随象)
  マルチオミクス研究推進基盤としてのバイオバンク(木下賢吾)
  バイオバンクのゲノムデータを上手に活用するためには(河合洋介)
  リピドームアトラス構築のための空間マルチオミクス解析(有田 誠・他)
  深層生成モデルが解き明かす一細胞・空間オミクスに潜む多様性(小嶋泰弘)
  深層生成モデルによるマルチオミクスvelocity解析(島村徹平・野村怜史)
  機械学習を用いたオミクスデータ統合解析(杉本 光・川上英良)
  空間オミクス解析の進展(米山幹太・他)
  プロテオゲノミクスにおける質量分析法の進展(川島祐介・小原 收)
疾患別マルチオミクス解析の最新動向
 がん
  胃がんの多様性を紐解くマルチオミクス解析(垣内美和子・石川俊平)
  肝がんのマルチオミクス解析(長岡克弥・田中靖人)
  大腸がんにおけるがん微小環境(炎症機構・免疫寛容)の解明(三森功士)
  マルチオミクス解析による血液がんの病態解明と臨床への展開(亀田拓郎・下田和哉)
  マルチオミクス解析が切りひらく乳がんの個別化医療(西村友美)
 循環器
  オミクス解析による精密医療の実現(野村征太郎)
  シングルセル遺伝子発現解析で紐解く生体内心筋リプログラミングによる抗線維化(前田高志・他)
  循環器疾患におけるSASP因子の意義(清水逸平)
 代謝・内分泌
  マルチオミクス解析による代謝病態の解析(戸田郷太郎・山内敏正)
  腎疾患のUpdate(三村維真理)
 神経・精神
  大規模ゲノム・オミクス解析による日本人の認知症研究(尾崎浩一)
  睡眠と精神神経疾患─病態理解への新たなアプローチ(稲垣史保・他)
 免疫・感染症
  自己免疫疾患におけるMR1拘束性αβT細胞サブセットの役割(柴田健輔・山崎 晶)
  VeDTRマウスシステムによる免疫細胞サブセット解析(山本雅裕)
  RNA分解制御による免疫調節(三野享史・竹内 理)
  リウマチ性疾患のマルチオミクス解析(藤尾圭志)
  顎関節症の謎を紐解く─統合解析という突破口(矢野文子)
  シングルセル解析によるウイルス感染ダイナミクスの時空間的理解(麻生啓文・他)
  呼吸器系ウイルス感染症重症化の分子機序─2光子生体イメージングとオミクス解析による新展開(植木紘史・河岡義裕)
 社会実装に向けた取り組み
  オミクス解析の出口戦略─全ゲノム解析等実行計画(土原一哉)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  統計,機械学習,深層学習
  認知症の遺伝的背景とその臨床的有用性
  SubLDT
  T細胞受容体遺伝子トランスジェニックマウス
  テトラマー
  マスター転写因子
  マスサイトメトリー
  RNA分解機構
  RNA結合タンパク質(RBP)
  顎関節症(TMD)とは