はじめに
藤田 雄
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 次世代創薬研究部
医学において,細胞外小胞(extracellular vesicles:EV)による病態理解,診断,そして治療薬応用の進歩はますます注目を集めている.エクソソームに代表されるEVは,細胞が放出する微小な“メッセージカプセル“であり,そのなかにはさまざまな生体分子が含まれている.これまでの研究で,EVが細胞間のコミュニケーションを担う重要な役割を果たすことが明らかにされてきた.たとえば,がん細胞の転移ニッチにおける役割,疾患特異的診断,デリバリーキャリアとしての有用性,生物種を超えた情報伝達など,多領域にわたる生物学の新たな知見が浮き彫りとなった.さらにこの数年で,EVを新規モダリティとした創薬開発が実用化段階に入り,関連産業が活発化してきた.国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles:ISEV)でも,2024年春より筆者が参加する新委員会“ISEV Translation,Regulation and Advocacy Committee”がスタートし,診断,治療,食品,農業領域などのさまざまなEV臨床応用の情報収集や分析を行うことで,規制領域の専門家やステークホルダーを交えた臨床展開の加速を目的とした活動がスタートし,まさに医療応用が近い段階にきた.
本特集では,EV・エクソソームに関する基礎研究から最新の医療応用までを網羅している.生合成機構や動態研究,さらにはさまざまな疾患の研究,また,EVを分析・解析する新しい技術など,本領域を最先端で牽引される専門家の最新の知見が示されている.さらに,創薬分野で実臨床への応用を目指す内容や,治療用製剤の安全性確保に関する議論,そしてEVに関連する世界市場の動向など,臨床を目の前に,まさに黎明期であるEV創薬の今後の展望についても議論されている.自由診療領域における安全性が確保されていない培養上清やエクソソーム療法が広がるなか,規制に基づき国民の安全が担保され,治療効果が示されるEV・エクソソーム創薬の登場が切望される.
本特集を通じて,EV・エクソソームの医療応用の未来について理解が深まり,臨床現場における実用化に向けたさらなる進展が期待される.幅広い読者の方々にEV・エクソソームという新しい学問に関する最新の情報を知っていただく絶好の機会であり,また学びの機会をいただくことをこの場を借りて深謝したい.
特別巻頭言
新しい創薬研究としてのエクソソーム
落谷孝広
東京医科大学医学総合研究所未来医療研究センター分子細胞治療研究部門
細胞外小胞という存在は,おそらく地球上のすべての動植物から細菌,ウイルスにまで普遍的に存在する物流システムとして捉えると合点がいく.なぜなら細胞外小胞は,細胞内の老廃物を細胞外に排泄する際にも,また細胞間の情報伝達としても利用されているからである.われわれが通称,エクソソームとよんでいる直径100nm前後の小胞は,さまざまな情報伝達物質をその脂質二重膜の表面,あるいは内包物として,細胞間や組織,臓器間を体内で運搬している.おそらくこうしたエクソソームの生理的な作用は,老廃物除去に加えて,生体の恒常性維持におけるさまざまなエネルギー代謝系の調節,神経系やホルモンのバランス,そして腸内や口腔内などの細菌叢などのバランスにも関係している.
がん細胞が発生したり,薬剤耐性を獲得したり,転移したりする際にも,がん細胞はエクソソーム内の情報伝達物質の質と量を変えることでその目的を果たすなど,エクソソームが病態の制御に悪用されていることが多く報告されてきた.ウイルスなどの感染症においても,エクソソームはフル活用されている.たとえばB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなどは,このエクソソームをうまく利用することで細胞から細胞へと播種している.さらに認知症などの脳疾患においても,発症の要因となる因子を神経系の細胞に次々と伝播する過程で,このエクソソームが使われている.また,大腸癌などの原因とされる歯周病菌の分泌するエクソソーム研究にも注目が集まっている.
こうした悪玉のエクソソームとは別に,いま最も熱心に研究されているのは,生体の幹細胞や正常組織細胞などに由来する善玉エクソソームである.さらには植物由来のエクソソーム様小胞が,ヒトの疾患治療につながるという疾患動物モデルでの治癒効果が次々と示されている.
世界的には多くの臨床研究が企業やアカデミアを中心に動いており,すでに米国FDAは,臨床フェーズIIIに使用するエクソソーム製剤の承認を3品目で出すなど,エクソソーム医薬品が世の中に出てくるのも近い.
本特集は,エクソソーム医薬品開発で国内のトップランナーである東京慈恵会医科大学の藤田雄博士の企画により,エクソソーム医薬品を目指す研究開発が疾患横断的に理解できる充実した内容となっており,また何より喫緊の課題であるエクソソーム医薬品の毒性・安全性や法整備に関する最新の話題も盛り込まれている.本特集が日本における新しい創薬モダリティとしてのエクソソーム医薬研究の発展につながることを望む.
藤田 雄
東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 次世代創薬研究部
医学において,細胞外小胞(extracellular vesicles:EV)による病態理解,診断,そして治療薬応用の進歩はますます注目を集めている.エクソソームに代表されるEVは,細胞が放出する微小な“メッセージカプセル“であり,そのなかにはさまざまな生体分子が含まれている.これまでの研究で,EVが細胞間のコミュニケーションを担う重要な役割を果たすことが明らかにされてきた.たとえば,がん細胞の転移ニッチにおける役割,疾患特異的診断,デリバリーキャリアとしての有用性,生物種を超えた情報伝達など,多領域にわたる生物学の新たな知見が浮き彫りとなった.さらにこの数年で,EVを新規モダリティとした創薬開発が実用化段階に入り,関連産業が活発化してきた.国際細胞外小胞学会(International Society for Extracellular Vesicles:ISEV)でも,2024年春より筆者が参加する新委員会“ISEV Translation,Regulation and Advocacy Committee”がスタートし,診断,治療,食品,農業領域などのさまざまなEV臨床応用の情報収集や分析を行うことで,規制領域の専門家やステークホルダーを交えた臨床展開の加速を目的とした活動がスタートし,まさに医療応用が近い段階にきた.
本特集では,EV・エクソソームに関する基礎研究から最新の医療応用までを網羅している.生合成機構や動態研究,さらにはさまざまな疾患の研究,また,EVを分析・解析する新しい技術など,本領域を最先端で牽引される専門家の最新の知見が示されている.さらに,創薬分野で実臨床への応用を目指す内容や,治療用製剤の安全性確保に関する議論,そしてEVに関連する世界市場の動向など,臨床を目の前に,まさに黎明期であるEV創薬の今後の展望についても議論されている.自由診療領域における安全性が確保されていない培養上清やエクソソーム療法が広がるなか,規制に基づき国民の安全が担保され,治療効果が示されるEV・エクソソーム創薬の登場が切望される.
本特集を通じて,EV・エクソソームの医療応用の未来について理解が深まり,臨床現場における実用化に向けたさらなる進展が期待される.幅広い読者の方々にEV・エクソソームという新しい学問に関する最新の情報を知っていただく絶好の機会であり,また学びの機会をいただくことをこの場を借りて深謝したい.
特別巻頭言
新しい創薬研究としてのエクソソーム
落谷孝広
東京医科大学医学総合研究所未来医療研究センター分子細胞治療研究部門
細胞外小胞という存在は,おそらく地球上のすべての動植物から細菌,ウイルスにまで普遍的に存在する物流システムとして捉えると合点がいく.なぜなら細胞外小胞は,細胞内の老廃物を細胞外に排泄する際にも,また細胞間の情報伝達としても利用されているからである.われわれが通称,エクソソームとよんでいる直径100nm前後の小胞は,さまざまな情報伝達物質をその脂質二重膜の表面,あるいは内包物として,細胞間や組織,臓器間を体内で運搬している.おそらくこうしたエクソソームの生理的な作用は,老廃物除去に加えて,生体の恒常性維持におけるさまざまなエネルギー代謝系の調節,神経系やホルモンのバランス,そして腸内や口腔内などの細菌叢などのバランスにも関係している.
がん細胞が発生したり,薬剤耐性を獲得したり,転移したりする際にも,がん細胞はエクソソーム内の情報伝達物質の質と量を変えることでその目的を果たすなど,エクソソームが病態の制御に悪用されていることが多く報告されてきた.ウイルスなどの感染症においても,エクソソームはフル活用されている.たとえばB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスなどは,このエクソソームをうまく利用することで細胞から細胞へと播種している.さらに認知症などの脳疾患においても,発症の要因となる因子を神経系の細胞に次々と伝播する過程で,このエクソソームが使われている.また,大腸癌などの原因とされる歯周病菌の分泌するエクソソーム研究にも注目が集まっている.
こうした悪玉のエクソソームとは別に,いま最も熱心に研究されているのは,生体の幹細胞や正常組織細胞などに由来する善玉エクソソームである.さらには植物由来のエクソソーム様小胞が,ヒトの疾患治療につながるという疾患動物モデルでの治癒効果が次々と示されている.
世界的には多くの臨床研究が企業やアカデミアを中心に動いており,すでに米国FDAは,臨床フェーズIIIに使用するエクソソーム製剤の承認を3品目で出すなど,エクソソーム医薬品が世の中に出てくるのも近い.
本特集は,エクソソーム医薬品開発で国内のトップランナーである東京慈恵会医科大学の藤田雄博士の企画により,エクソソーム医薬品を目指す研究開発が疾患横断的に理解できる充実した内容となっており,また何より喫緊の課題であるエクソソーム医薬品の毒性・安全性や法整備に関する最新の話題も盛り込まれている.本特集が日本における新しい創薬モダリティとしてのエクソソーム医薬研究の発展につながることを望む.
はじめに(藤田 雄)
[特別巻頭言]新しい創薬研究としてのエクソソーム(落谷孝広)
基礎研究および最近の研究トピック
細胞外小胞の生合成機構(福田光則)
細胞外小胞の動態研究(高橋有己)
細胞老化と細胞外小胞(大川 光・他)
血管機能と細胞外小胞(樋田京子・森本真弘)
細胞外小胞による免疫制御(今井翔太・他)
細胞外小胞を用いた薬物送達とペプチド化学の活用(中瀬生彦)
細胞外小胞を用いた核酸医薬送達(秦 萌花・山吉麻子)
細胞外小胞における糖鎖(下田麻子・秋吉一成)
疾患における細胞外小胞研究
脳疾患・パーキンソン病における細胞外小胞(石黒雄太・他)
血液疾患領域における細胞外小胞(蜥J 稜・幸谷 愛)
肝疾患領域における細胞外小胞(江口暁子)
膵臓がんにおける細胞外小胞(関戸愛香・松ア潤太郎)
産婦人科領域における最新細胞外小胞研究(松尾聖子・横井 暁)
細胞外小胞のプロテオーム解析とがん診断(植田幸嗣)
細胞外小胞を用いた新規技術
1粒子・超解像同時観察による細胞外小胞の動態解明(鈴木健一・他)
細胞外微粒子の非増幅遺伝子検査法(篠田 肇・渡邉力也)
ナノデバイスによる細胞外小胞回収法(阿尻大雅・安井隆雄)
涙液中の細胞外小胞を用いた診断(砂山博文・他)
イムノクロマト法による細胞外小胞の検出と診断,検査への応用(宮澤雄太)
臨床検査への実用化を見越した全自動細胞外小胞回収および測定系の構築(犬塚達俊・顧 然)
細胞外小胞の表面抗原に対する抗体の利用(園田 光)
細胞外小胞を用いた創薬開発
肝硬変における細胞外小胞治療(土屋淳紀)
肺疾患における細胞外小胞治療(藤本祥太・他)
間葉系幹細胞由来細胞外小胞の実用化に向けた研究開発(倉田隼人・田中孝一)
植物由来小胞を担体とした新規DDS開発(梅津知宏・黒田雅彦)
アディポネクチンの細胞外小胞量調節を介した新たな作用機構(長尾博文・他)
特殊ハイドロゲルを用いた細胞外小胞精製法(冨永辰也)
細胞外小胞を用いたワクチン開発(林 智哉・石井 健)
デザイナーEVを活用したEVの理解と発展的利用(小嶋良輔)
実臨床を目指して
細胞外小胞研究のあり方と臨床研究への応用(吉岡祐亮)
非臨床安全性評価におけるNew approach methodsとしての細胞外小胞の活用(小野竜一)
PMDA専門部会における細胞外小胞治療用製剤の考え方(倉喜信)
細胞外小胞産生用培地および培地最適化技術の開発(細谷悟史・豊田健一)
細胞外小胞創薬が作り出す新しい市場(西川宜秀)
アンチエイジングとエクソソーム(落谷孝広)
次号の特集予告
サイドメモ
小胞輸送を制御する低分子量Gタンパク質Rabとは
INK-ATTACマウス
サイトカイン
EVシート
貴金属ナノ粒子
用語解説(LoB,LoD,LoQ)
植物由来小胞の名称
EVsを利用した医療行為とその危険性
サリドマイド事件の教訓と非臨床安全性試験
細胞の増殖曲線
液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)
用語解説(モダリティ,ATCC,PoC,Spike-in)
[特別巻頭言]新しい創薬研究としてのエクソソーム(落谷孝広)
基礎研究および最近の研究トピック
細胞外小胞の生合成機構(福田光則)
細胞外小胞の動態研究(高橋有己)
細胞老化と細胞外小胞(大川 光・他)
血管機能と細胞外小胞(樋田京子・森本真弘)
細胞外小胞による免疫制御(今井翔太・他)
細胞外小胞を用いた薬物送達とペプチド化学の活用(中瀬生彦)
細胞外小胞を用いた核酸医薬送達(秦 萌花・山吉麻子)
細胞外小胞における糖鎖(下田麻子・秋吉一成)
疾患における細胞外小胞研究
脳疾患・パーキンソン病における細胞外小胞(石黒雄太・他)
血液疾患領域における細胞外小胞(蜥J 稜・幸谷 愛)
肝疾患領域における細胞外小胞(江口暁子)
膵臓がんにおける細胞外小胞(関戸愛香・松ア潤太郎)
産婦人科領域における最新細胞外小胞研究(松尾聖子・横井 暁)
細胞外小胞のプロテオーム解析とがん診断(植田幸嗣)
細胞外小胞を用いた新規技術
1粒子・超解像同時観察による細胞外小胞の動態解明(鈴木健一・他)
細胞外微粒子の非増幅遺伝子検査法(篠田 肇・渡邉力也)
ナノデバイスによる細胞外小胞回収法(阿尻大雅・安井隆雄)
涙液中の細胞外小胞を用いた診断(砂山博文・他)
イムノクロマト法による細胞外小胞の検出と診断,検査への応用(宮澤雄太)
臨床検査への実用化を見越した全自動細胞外小胞回収および測定系の構築(犬塚達俊・顧 然)
細胞外小胞の表面抗原に対する抗体の利用(園田 光)
細胞外小胞を用いた創薬開発
肝硬変における細胞外小胞治療(土屋淳紀)
肺疾患における細胞外小胞治療(藤本祥太・他)
間葉系幹細胞由来細胞外小胞の実用化に向けた研究開発(倉田隼人・田中孝一)
植物由来小胞を担体とした新規DDS開発(梅津知宏・黒田雅彦)
アディポネクチンの細胞外小胞量調節を介した新たな作用機構(長尾博文・他)
特殊ハイドロゲルを用いた細胞外小胞精製法(冨永辰也)
細胞外小胞を用いたワクチン開発(林 智哉・石井 健)
デザイナーEVを活用したEVの理解と発展的利用(小嶋良輔)
実臨床を目指して
細胞外小胞研究のあり方と臨床研究への応用(吉岡祐亮)
非臨床安全性評価におけるNew approach methodsとしての細胞外小胞の活用(小野竜一)
PMDA専門部会における細胞外小胞治療用製剤の考え方(倉喜信)
細胞外小胞産生用培地および培地最適化技術の開発(細谷悟史・豊田健一)
細胞外小胞創薬が作り出す新しい市場(西川宜秀)
アンチエイジングとエクソソーム(落谷孝広)
次号の特集予告
サイドメモ
小胞輸送を制御する低分子量Gタンパク質Rabとは
INK-ATTACマウス
サイトカイン
EVシート
貴金属ナノ粒子
用語解説(LoB,LoD,LoQ)
植物由来小胞の名称
EVsを利用した医療行為とその危険性
サリドマイド事件の教訓と非臨床安全性試験
細胞の増殖曲線
液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)
用語解説(モダリティ,ATCC,PoC,Spike-in)














