やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 五十嵐 隆
 国立成育医療研究センター理事長
 医学・医療技術の著しい進歩や保健・福祉制度の充実が,わが国の小児医療に著しい変化をもたらしている.わが国の新生児死亡率,乳児死亡率(いずれも1,000出生当たり)は0.9,1.9と世界で最も低く,極・超低出生体重児や白血病,重症先天性心疾患などに罹患する子どもの生存率にもめざましい改善がみられている.
 しかし,難病などの慢性疾患に直接基因する障害や治療による二次的障害を完全に消したり予防することは難しく,障害を持って成長する子どもが増加している.わが国では生存のために高度の医療技術を日常的に必要とする医療的ケア児は2020年に20,000人を超え,人工呼吸器を装着する子どもは約4,000人に及ぶ.さらに,先進諸国にとって共通の課題であるアレルギー,発達障害,注意欠如・多動症(attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD),うつなどの慢性疾患を持ち,何らかの医療的ケアを必要とする子どもや若年成人(children and youth with special health care needs)の割合がわが国でも増加している.
 WHOは,1988年に人の健康とは身体的・心理的・社会的という3つの面で健康であること(well-being)と定義した.子どものアドボカシーについて研究するユニセフ・イノチェンティ研究所は,2020年に経済的に豊かなOECD加盟38カ国の子どもの健康状態を上記3つの面から検討し,国ごとの順位付けを公表した.わが国の子どもの身体的健康は第1位,心理的健康は37位という落差のある評価結果であった.
 これからのわが国の小児医療は子どもの身体的健康だけでなく,心理的・社会的健康を向上させることを目指さなくてはならない.そのためには医学研究はもちろんのこと,関連する多くの分野での研究を発展させるだけでなく,現行の小児保健や学校保健制度の検証や改善も求められる.さらに,「成育基本法」と今後構築される「こども家庭庁」が,わが国の小児医療・小児保健の課題解決のための推進力となることを期待する.
 はじめに 五十嵐 隆
基礎・基盤編
 次世代シークエンサーを用いたIRUD事業の成果と将来展望 鈴木寿人・小崎健次郎
 わが国の先天異常発生動向 倉澤健太郎
 AIを活用した身体的特徴等からの希少疾患の診断支援 要 匡
 小児疾患患者からのiPS細胞を用いた病態モデルの開発 阿久津英憲・他
 小児を対象とする遺伝子治療の進歩と課題 小野寺雅史
 小児を対象とする再生医療の進歩と課題 梅澤明弘
 小児医療・保健の充実に向けて重要となる“実装研究”─科学的根拠と実践のギャップを埋める新たな研究方法の紹介 竹原健二・青木 藍
 電子カルテへの音声自動入力システムの開発─小児科医の立場から 賀藤 均
臨床編
 新生児マススクリーニングによる原発性免疫不全症の診断と治療 谷田けい・今井耕輔
 新生児集中治療における精緻・迅速なゲノム診断 武内俊樹
 新生児期発症のミトコンドリア病 村山 圭
 低体重児動脈管開存に対するカテーテル治療 杉山 央
 Biopsychosocialで考える小児のCOVID-19 宮入 烈
 先天性サイトメガロウイルス感染症の診断の進歩と治療 岡 明
 安全を担保した小児の鎮静 久我修二
 小児の人工呼吸管理とECMO 川野邊 宥・川崎達也
 小児がんに対するCAR-T細胞療法 柳生茂希・中沢洋三
 造血細胞移植後の日和見感染症に対する複数ウイルス特異的T細胞療法 神谷尚宏・森尾友宏
 小児肺高血圧症診療の進歩と課題 福島裕之
 血液脳関門通過型酵素治療法─脳を標的としたムコ多糖症II型に対する新たな治療戦略 瀬戸俊之
 小児消化器疾患の診断・治療に用いる消化器内視鏡 新井勝大
 小児難治性てんかん治療の進歩 中川栄二
 小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群の治療法と病因論Update 飯島一誠
 小児の輸液療法再考 金子一成
 小児肝移植の進歩 笠原群生
 医療的ケア児と小児の在宅医療 前田浩利
 小児の医療型短期入所施設の設立と運営─医療的ケア児者と家族にとっての“もうひとつのわが家” 内多勝康
 気づかれにくい発達障害であるディスレクシアへの支援─T式ひらがな音読支援の理論と実際 小枝達也
 3歳児健診視覚検査への屈折検査の導入 仁科幸子
心理社会医学編
 日常診療におけるサイコソーシャルアプローチ 阪下和美・秋山千枝子
 小児科医のアドボカシー活動を発展させるために 余谷暢之
 エコチル調査の成果と今後の展望 上島通浩・他
 健やか親子21─21世紀の日本における母子保健推進のための国民運動 小倉加恵子
 難病・小児慢性特定疾病対策 山縣然太朗
 慢性疾病のある子どもたちへの自立支援─早期介入と多職種・多領域・専門職の連携 檜垣高史
 わが国のチャイルド・デス・レビュー─予防のための子どもの死亡検証 沼口 敦
 成育基本法とこども家庭庁が目指すもの 自見はなこ

 次号の特集予告

 サイドメモ
  クリアリングハウス国際モニタリングセンター日本支部
  レンチウイルスベクターによる遺伝子治療
  小児医療にAIは何をもたらすか?
  ミトコンドリア病における国際連携
  小児COVID-19関連多系統炎症性症候群(MIS-C/PIMS)
  わが国と海外の小児鎮静に関する提言とガイドラインの変遷
  サイトカイン放出症候群(CRS)と免疫細胞介在性神経毒性(ICANS)
  微生物特異的T細胞療法の展望
  小児肺高血圧症の定義の変更
  酵素製剤が届きにくい臓器,届きやすい臓器
  ライソゾーム酵素の挙動における発見の歴史
  ライソゾーム病研究におけるモデルマウスの重要性
  2017年国際抗てんかん連盟(ILAE)てんかん新分類の用語解説
  疾患感受性遺伝子とゲノムワイド関連解析(GWAS)
  経口補水療法(ORT)
  有効浸透圧(張度)と浸透圧
  脳死分割肝移植
  Advocacy Guide
  バイオモニタリング(biomonitoring)
  ソーシャルキャピタルとは
  “こども家庭庁”の表記
  政府与党一体の原則