やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 中川勇人
 三重大学大学院医学系研究科消化器内科学
 非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalchoholic fatty liver disease:NAFLD)および非アルコール性脂肪肝炎(nonalchoholic steatohepatitis:NASH)については,以前から病名による偏見の可能性や診断基準に関する問題が指摘されていた.そこで米国肝臓病学会(AASLD),欧州肝臓学会(EASL)など世界のliver societyのエキスパートによる議論を重ねた結果,2023年6月,従来のNAFLDはmetabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD)へ,NASHはmetabolic dysfunction-associated steatohepatitis(MASH)へ変更され,診断基準についても変更されることが発表された.詳細は本特集・芥田先生の稿で述べられているが,MASLDの診断には脂肪肝に加えて5つの心血管代謝危険因子のうち,すくなくとも1つを満たすことが必要となり,代謝異常に起因する脂肪肝であることが明確化された.そして2023年9月,日本肝臓学会と日本消化器病学会も同様に疾患名・疾患定義を変更することが発表された.これによってMASLDの疾患概念が整理されたが,同時に,これまでNAFLDとして蓄積されてきたエビデンスがMASLDでも適用可能か検証が必要である.
 また,MASLD/MASHは非常に罹患率が高い疾患であるため,病態進展高リスク群の囲い込みが大きな課題のひとつである.血清マーカーやエラストグラフィを用いた非侵襲的病態評価法の進歩に加えて,遺伝子多型やトランスクリプトームによる病態分類も試みられ,肝外合併症も含めたMASLDのリスク算定や高リスク群設定の精度を高める研究が進んでいる.
 病態についても,細胞や動物モデルを用いた解析に加え,ヒト検体を用いたさまざまな解析,さらにはシングルセル解析や空間的遺伝子発現解析などのテクノロジーの進歩によって,MASLDにおける多臓器連関や肝線維化・発癌メカニズムの理解が急速に深まっている.
 治療については,MASLDに対して保険承認された薬剤はいまだなく,食事・運動療法が中心である.しかし食事・運動療法にもさまざまな効率的な方法が考案され,また薬物療法においても糖尿病治療薬の進歩に伴い,MASLDへの応用が期待されている.さらに新薬の臨床試験が多数行われるとともに,スマートフォンアプリケーションを用いた生活習慣改善の新たな試みもなされている.
 このように疾患名・疾患定義の変更に加えて,病態理解,治療法が大きく進歩しつつあるMASLD/MASHの現状について,一度整理する必要があると考えられ,本特集が組まれることとなった.基礎・臨床の両面から各分野のエキスパートの先生方にご解説をいただいた結果,これを読めばMASLD/MASHの現状がわかるというすばらしい内容になったと思う.
 最後に,本特集を通じてMASLD/MASHに関する理解を深め,明日からの診療に役立てていただければ幸いである.
 はじめに(中川勇人)
疾患概念・診断・フォローアップ
 1.MASLD/MASH─新たな名称・分類にみる将来の展望(芥田憲夫)
  KeyWords MASLD,MetALD,アルコール関連肝疾患(ALD),MASH
 2.MASLD/MASHの疫学と自然史(中塚拓馬)
  KeyWords 肝線維化,肝癌,肝不全,心血管イベント,他臓器癌
 3.血中バイオマーカーを用いたMASLD/MASHのリスク評価(大野敦司・他)
  KeyWords バイオマーカー,FIB-4 index,NFS(NAFLD fibrosis score),PLSec-NAFLD
 4.エラストグラフィを用いたMASLDの病態評価(小林 貴・他)
  KeyWords エラストグラフィ,MASLD,肝線維化,肝脂肪化,非侵襲的検査(NIT)
 5.MASLD/MASH肝癌の現状と対策(建石良介)
  KeyWords メタボリックシンドローム,alcohol related/associated liver disease(MetALD),FIB-4 index
 6.MASLD/MASHの肝外合併症(窪津祥仁・高橋宏和)
  KeyWords 肝外合併症,MASLD,MASH
 7.MASLD/MASHにおける遺伝子多型と予後(瀬古裕也)
  KeyWords PNPLA3,TM6SF2,HSD17B13
 8.トランスクリプトームに基づくMASLD研究の未来像(藤原直人・中川勇人)
  KeyWords 非アルコール性脂肪肝炎(NASH),トランスクリプトーム,バイオマーカー,バイオインフォマティクス
病態
 9.糖・脂質代謝異常とMASLD(粟澤元晴)
  KeyWords インスリン抵抗性,高インスリン血症,新規脂肪酸合成,遊離脂肪酸
 10.MASLDにおける細胞死のメカニズム(田中 稔)
  KeyWords Regulated cell death(RCD),アポトーシス,ネクロプトーシス,フェロトーシス,パイロトーシス
 11.細胞死を起点とした肝線維化メカニズム(伊藤美智子・菅波孝祥)
  KeyWords マクロファージ,脂肪毒性,コレステロール,crown-like structure(CLS)
 12.MASLD/MASH進展における免疫調整異常(中本伸宏)
  KeyWords 肝線維化,代謝障害関連脂肪肝炎(MASH),免疫細胞,マクロファージ,組織常在型T細胞
 13.MASLDからの肝発癌分子メカニズム(疋田隼人)
  KeyWords 慢性炎症,酸化ストレス,サイトカイン,肝線維化,p53
 14.MASLD/MASHにおける腸肝相関および腸内細菌叢の役割(鍛治孝祐・吉治仁志)
  KeyWords MASLD,腸内細菌,腸肝相関,エンドトキシン,腸内代謝産物
 15.MASLD肝癌における免疫微小環境(古田訓丸・小玉尚宏)
  KeyWords Cancer-immunity cycle,肝癌,免疫微小環境,Steatotic-HCC
治療方法
 16.MASLD/MASHに対する栄養・運動療法(佐野有哉・他)
  KeyWords 脂肪性肝疾患,栄養療法,運動療法,肝炎体操,へパトサイズ(R)
 17.MASLD/MASHに対する薬物治療の現状(重福隆太・中川勇人)
  KeyWords MASLD/MASH,薬物療法,GLP-1作動薬,SGLT-2阻害薬,選択的PPARαモジュレーター
 18.MASLD/MASHに対する新薬開発状況(岩城慶大・他)
  KeyWords MASLD,MASH,ファルネソイドX受容体(FXR)作動薬,ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)作動薬,線維芽細胞成長因子(FGF)アナログ
 19.アプリを用いたMASH治療の可能性(佐藤雅哉)
  KeyWords 治療用アプリ,デジタルセラピューティクス(DTx)

 サイドメモ
  トランスクリプトーム解析とは
  Crown-like structure(CLS)
  βCDポリロタキサン
  腸肝相関の病態メカニズム
  肝動脈化学塞栓療法(TACE)から免疫チェックポイント阻害薬(ICI)へ