やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 松宮護郎
 人工心臓,人工肺,人工肝臓,人工腎臓,人工膵臓,人工関節,人工視覚,人工聴覚など,さまざまな臓器機能を代行する人工臓器を医療に応用したいという願望は,古くから世界の医学者,工学者の夢であった.これらの臓器の機能を失うことはすなわち生命を失うことやQOLを大きく損なうことと同義であった.1950年代より,さまざまな人工臓器の開発が始まり,その後徐々に実際に臨床現場で使用されるようになり救命に役立ってきた.
 近年,さらなる人工臓器の発達は目を見張るものがあり,今回の新型コロナウイルス感染症流行下においてECMO(体外式膜型人工肺)が大きな注目を浴びたように,多くの人工臓器はすでにわが国の医療において必要不可欠なものとなっている.人工臓器の機能や耐久性は大きく向上し,一時的に臓器機能を代行するものから,ほぼ永久的に使用されるものが増え,また体内に植え込むことで在宅管理が可能となった.
 補助人工心臓は重症心不全患者における心臓移植の代行となる究極の人工臓器として注目されてきたが,近年その成績は大きく向上し5年を超える長期使用例も珍しくなくなってきた.その結果,心臓移植とは切り離して使用することができる長期在宅管理(destinationtherapy)が2021年からわが国でも始まっている.人工腎臓(慢性透析)も,わが国では現時点で約35万人もの患者に恩恵を与えており,その長期成績は世界で最も優れたものとなっている.また敗血症をはじめとしたさまざまな疾患の病態解明とともに,その治療としてのアフェレシスもその適応を広げつつある.新しい分野としては細胞治療とその足場としての組織工学の融合,それらを応用したより生体適合性の高い人工臓器が盛んに研究されている.最後に,困っている患者さんにいち早く新しい人工臓器を届けるためには,研究開発における科学的知見と,行政施策・措置との間の橋渡しとしてのレギュラトリーサイエンスがますます重要となってきており,その点についても概説いただいた.
 本書で,現在臨床応用されているものや研究段階にあるさまざまな人工臓器の進歩と今後の展開がご理解いただけると思う.今後の人工臓器の一層の発展に大いに期待していただきたい.
 はじめに(松宮護郎)
1.植込型補助人工心臓―重症心不全治療における役割
 (絹川弘一郎)
 Keywords 重症心不全,植込型左室補助人工心臓(LVAD),実施基準,destination therapy(DT)
2.植込型補助人工心臓とは?―その現状と将来展望
 (安藤政彦・小野 稔)
 Keywords 植込型補助人工心臓(iVAD),心臓移植,bridge-to-transplant(BTT),destination therapy(DT)
3.小児に対する補助人工心臓
 (上野高義)
 Keywords 小児,重症心不全治療,補助人工心臓
4.心原性ショックに対する補助循環治療
 (園田拓道・塩瀬 明)
 Keywords 心原性ショック,機械的循環補助,IABP,ECMO,IMPELLA,VAD
5.呼吸不全に対する膜型人工肺(VV-ECMO)―withコロナの時代に向けて
 (星野あつみ・市場晋吾)
 Keywords ARDS,重症呼吸不全,ECMO,体外式模型人工肺
6.大動脈弁置換術における人工弁の進歩
 (福田宏嗣)
 Keywords 経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI),rapid deployment弁,sutureless弁,valve in valve
7.人工血管の歴史と進歩
 (幸田陽次郎・岡田健次)
 Keywords 人工血管,ステントグラフト,tissue engineered vascular graft(TEVG)
8.リードレスペースメーカの最前線
 (近藤祐介)
 Keywords Micra TPS,適応基準,VDDモード
9.人工腎臓
 (友 雅司)
 Keywords 人工腎臓,血液透析(HD),血液透析膜,尿毒素,血液透析濾過(HDF)
10.アフェレシス療法:最近の進歩
 (服部憲幸)
 Keywords イミュノピュア,レオカーナ,COVID-19,血漿交換,LDLアフェレシス
11.肝機能代替のための多様なアプローチ:現状と課題
 (酒井康行)
 Keywords 肝不全,機能代替,肝再生,生体組織工学
12.人工膵臓の現状と将来展望
 (宗景匡哉・花ア和弘)
 Keywords 人工膵臓療法,外科的糖尿病,ベッドサイド型人工膵臓
13.人工関節の最近の動向とそれについて思うこと
 (菅本一臣)
 Keywords 人工股関節,人工膝関節,最近の動向
14.人工聴覚器の現状
 (岩崎 聡)
 Keywords 人工内耳,残存聴力活用型人工内耳(EAS),人工中耳(VSB),骨導インプラント
15.光電変換色素薄膜型の人工網膜OUReP(オーレップ)
 (松尾俊彦・内田哲也・石金浩史)
 Keywords 人工網膜,光電変換色素,医師主導治験,網膜活動電位,製造品質管理
16.バイオマテリアルと組織再生型人工臓器
 (山岡哲二)
 Keywords 脱細胞化組織,組織工学,再生医療,小口径血管,ダチョウ頸動脈
17.人工臓器開発におけるレギュラトリーサイエンス
 (岩ア清隆)
 Keywords レギュラトリーサイエンス,評価科学,ヒト病態を模した実験系・評価系