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はじめに―バイオミメティクス総論
 下村政嗣
 “生物に学ぶ“という考え方は古く,バイオメカニクスや人工臓器,ドラッグデリバリーシステム(DDS),生体適合性材料など,医療分野を支える重要な学術基盤である.その背景には,1950年代にJack E.Steeleが名付けた“Bionics”,1970年代にRonald Breslowが提唱した“Biomimetic Chemistry“(“Biomimetics”は1950年代にOtto Schmittが命名)の学術潮流があり,機械工学やサイバネティクス,化学の分野において生体工学,生物模倣化学として体系化された.20世紀末のナノテクノロジーの世界的な展開と相まって,生物学・自然史学と材料科学の異分野連携に基づいた新しい潮流が興り,植物や昆虫の体表面が持つナノからマイクロメートルに至る階層的構造と機能を模倣した数多くの新材料が開発されるに至り,2012年に国際標準化に関する専門部会(ISO TC266)が発足した.
 バイオミメティクスとは,“規範となる生物の機能や構造を解析し,背景にある物理・化学の法則を抽出したモデル化により工学へ技術移転するもの“と定義され,生物そのものを利用するバイオテクノロジーと明確に区別されている.バイオミメティクスの日本語訳はいまだ定まっていない.本連載では,あえて“生物模倣”と“生体模倣“を使い分けることにした.“生物模倣”では,生物多様性に着目することで“人間“と“人間ならざるもの”の相違を示し,“生体模倣“では,分子レベルでの共通性や力学的普遍性に着目した.国際標準化が必要になった背景には,1990年代にJanine M.Benyusによって提唱された,エコロジーの視座を持つ“Biomimicry”のムーブメントがある.最近,バイオエコノミーやサーキュラーエコノミーを意識した“Biological Transformation“という言葉が使われはじめている.これは,生物多様性劣化や温暖化など生態系の危機が背景にある.“withコロナ社会”を迎えるにあたり,“生態模倣“にこそ人新世(アントロポセン)における“人間”と“人間ならざるもの”の持続可能な共存のヒントがありそうだ.
 はじめに─バイオミメティクス総論(下村政嗣)
生物模倣
 1.新たな観察法としてのNanoSuit(R)法─ウジ虫から学ぶ(針山孝彦)
  KeyWord NanoSuit(R),走査型電子顕微鏡(SEM),Drosophila,導電性,ナノ薄膜
 2.生物に学ぶ防汚材料:ナメクジの粘液分泌に学んだ撥液・難付着材料─Self-Lubricating Gels(SLUG)(穂積 篤)
  KeyWord ナメクジ,粘液分泌,撥液,難付着性,防汚,自己修復
 3.付着基質表面の性状による付着生物の接着制御(室ア喬之)
  KeyWord ソフトマター,ハイドロゲル,表面微細構造,付着生物,防汚
 4.生物に学ぶ低摩擦材料:微細構造による摩擦の制御(平井悠司)
  KeyWord 摩擦,微細構造,昆虫,ゴム
 5.生物に学ぶ防汚材料:カタツムリから学ぶ(井須紀文)
  KeyWord カタツムリ,環境負荷低減,セラミックス,防汚,抗菌
 6.生物に学ぶバイオフィルムの成長抑制─生物模倣(バイオミメティクス)による表面構造の設計(宮内昭浩・宮崎真理子)
  KeyWord バイオミメティクス,生物模倣,バイオフィルム,楯鱗
 7.セミから学ぶ抗菌・殺菌材料(伊藤 健)
  KeyWord 自己組織化,抗菌,殺菌,ナノ構造,昆虫
生体模倣
 8.生物に学ぶ生体適合材料─生体系の水の構造から学ぶ生体適合材料の設計(田中 賢)
  KeyWord タンパク質吸着,細胞接着,血栓形成抑制,バイオ界面水,合成高分子
 9.細胞膜構造に倣った生体親和型ポリマーの創出と医療器具への実装(石原一彦)
  KeyWord リン脂質ポリマー,バイオマテリアル,血液適合性,潤滑性
 10.ムラサキイガイの接着官能基を利用した水中接着剤と表面機能材料(高原 淳)
  KeyWord カテコール基,DOPA,接着,表面修飾
 11.骨リモデリングプロセスを利用したハイドロゲルの骨への高強度接着─人工軟骨への応用に向けて(樫村尚宏・野々山貴行・龔 剣萍)
  KeyWord DNゲル,骨リモデリング,犠牲結合,人工軟骨
 12.生物に学ぶ水中防汚技術(小林元康)
  KeyWord 高分子電解質,ポリマーブラシ,親水性,防汚性,生物汚損
 13.微視的ヘテロ力学場を用いた治療効果増強幹細胞の培養技術(木戸秋 悟)
  KeyWord 間葉系幹細胞(MSC),非一様力学場,非定住培養,細胞内部応力
医療応用
 14.蚊を模倣した無痛注射針(青柳誠司)
  KeyWord 蚊,注射針,振動,回転
 15.粒子安定化気液分散体が実現する物質運搬・放出システム(藤井秀司)
  KeyWord リキッドマーブル(LM),アーマードバブル(AB),物質運搬・放出,遠隔運動操作
 16.生物に学ぶ胆管ステントの開発─バイオミメティクスを用いた防汚機能を有する胆管ステントの検討(関口 淳)
  KeyWord バイオミメティクス,カタツムリの殻,超ナノ親水,胆管がん,胆管ステント
 17.金ナノ粒子自己組織化カプセルを用いたドラッグデリバリーシステムの開発(三友秀之・居城邦治)
  KeyWord ドラッグデリバリーシステム(DDS),ナノテクノロジー,金ナノ粒子,自己組織化,カプセル
 18.ナノスーツ法による医療診断への応用(河崎秀陽)
  KeyWord ナノスーツ法,病理診断,パラフィン切片,イムノクロマトグラフィ(ICG)

 サイドメモ
  接触角
  ヒドロシリル化反応
  AFMによる摩擦力測定
  半導体加工技術
  Si(シリコン)
  中間水
  リキッドマーブル(LM)
  アーマードバブル(AB)
  内視鏡的胆管ドレナージ術(EBD)
  電子ビーム露光法(Electron Beam Lithography Exposure)
  ナノインプリント技術
  ナノスケールの世界
  ナノテクノロジー
  金ナノ粒子の特異な光学特性(局在表面プラズモン共鳴)
  走査電子顕微鏡(SEM)
  イムノクロマトグラフィ(ICG)
  Threshold cycle(Ct)