やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 楠原洋之
 東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学
 トランスポーターは脂質膜内外のイオン・低分子化合物の輸送を行う膜蛋白質であり,分子内に基質結合部位を持つ点を特徴とし,基質濃度の増加に伴う輸送速度の飽和,ほかの物質による基質結合部位の競合による輸送速度の低下を生じうる.また,トランスポーターによる輸送の特徴として,基質化合物の電気化学的勾配に従うほか,ATPの結合および水解との共役,ほかのイオンや化合物の濃度勾配を利用することで,ポンプとしても働きうる.これまでに機能未同定のものを含めて400種以上が知られており,その生理機能は多岐にわたる.そのため,トランスポーター機能の欠損により基質となる物質の蓄積や欠乏を生じることで,疾患の要因あるいは疾患修飾因子となりうる.
 また,トランスポーターは創薬標的でもあり,これまでに神経伝達物質の膜輸送に関わるトランスポーターや,尿酸や糖の尿からの再吸収に働くトランスポーターに対する医薬品が開発され,最近では消化管における胆汁酸吸収に働くトランスポーター阻害薬が承認された.トランスポーターの機能欠損を原因とした遺伝性疾患に対しても,遺伝子治療あるいは翻訳後修飾を対象とした治療薬の開発が大きく進展した.さらに一部のトランスポーターは,薬物や生体外異物,代謝物の組織分布を制限する関門機構,あるいは体外への排出を促進するなど,異物解毒機構としても働き,薬剤応答性にも関連している.薬物のオフターゲット効果として,こうした薬物動態に関連するトランスポーター機能の修飾(阻害や誘導)により生じる薬物相互作用のほか,内在性代謝物の動態変動を生じることも見出されている.プロテオミクス,PET(positron emission tomography)を利用したヒト個体レベルでの機能評価方法,数理モデル解析など,細胞・臓器・個体レベルの各階層におけるトランスポーターの機能解明に大きく貢献する研究技術も発展している.
 本別冊では疾患・薬物療法におけるトランスポーターの重要性およびその解析法について,さまざまな角度から最新の知見を紹介したい.トランスポーター研究を紹介する機会をいただきました本誌関係諸氏,執筆のご助力を賜りました先生方にこの場を借りて深謝するとともに,本別冊が,読者の薬物トランスポーター研究の現状を把握するうえでの一助になれば幸いである.
 はじめに(楠原洋之)
トランスポーターが関連する疾患研究
 1.コレステロール恒常性維持に関わるABCA1と疾患・創薬(小倉正恒)
  KeyWord ABCA1,タンジール病,コレステロール搬出反応,動脈硬化,恒常性
 2.ABCトランスポーターとAlzheimer病(王 文博・他)
  KeyWord Alzheimer病(AD),ABCトランスポーター,遺伝子変異
 3.リソソーム局在型アミノ酸トランスポーターを標的とした免疫難病治療への挑戦(反町典子・小林俊彦)
  KeyWord 炎症,アミノ酸トランスポーター,全身性エリテマトーデス(SLE),mTORC1
 4.トランスポーターから究明する亜鉛恒常性システムの重要性(原 貴史・他)
  KeyWord 亜鉛,亜鉛トランスポーター,亜鉛シグナル,疾患,創薬
 5.中枢神経系細胞に発現する薬物トランスポーターとその働き(石本尚大・加藤将夫)
  KeyWord 中枢神経系細胞,薬物トランスポーター,精神神経疾患
 6.Na+/Ca2+交換輸送体の構造・機能の解明から治療への応用(岩本隆宏・他)
  KeyWord Na+/Ca2+交換輸送体(NCX),NCX阻害薬,循環器疾患,神経変性疾患
 7.PET分子イメージング活用創薬―ヒトでの薬物動態を中心に(渡辺恭良・向井英史)
  KeyWord PET,分子イメージング,薬物トランスポーター,薬物動態,マイクロドーズ(MD)臨床試験
 8.リボフラビントランスポーターRFVT/SLC52Aの関わる遺伝性疾患(米澤 淳)
  KeyWord リボフラビン,トランスポーター,遺伝性疾患
トランスポーターを対象とする疾患治療薬の開発
 9.グルコーストランスポーター1欠損症の遺伝子治療(小坂 仁・中村幸恵)
  KeyWord グルコーストランスポーター1(GLUT1),アデノ随伴ウイルス(AAV),遺伝子治療
 10.がん細胞のアミノ酸トランスポーターを標的としたがん診断と治療の開発(金井好克)
  KeyWord がん,アミノ酸トランスポーター,PET,低分子阻害薬
 11.胆汁酸トランスポーター阻害薬エロビキシバット(グーフィス(R)錠5mg)の薬理学的特性および臨床試験成績(谷口真也・太田拓巳)
  KeyWord エロビキシバット,慢性便秘症,胆汁酸トランスポーター阻害薬,胆汁酸
 12.胆汁酸トランスポーターを標的とした胆汁うっ滞性肝疾患の治療薬開発(林 久允)
  KeyWord bile salt export pump(BSEP),胆汁酸,肝内胆汁うっ滞,フェニルブチレート
 13.B型肝炎ウイルス受容体としての胆汁酸トランスポーターNTCP(岩本将士・渡士幸一)
  KeyWord NTCP/SLC10A1,胆汁酸,B型肝炎ウイルス,上皮成長因子受容体,エンドサイトーシス
 14.リントランスポーターと疾患(小池 萌・他)
  KeyWord 低リン血症,FGF23,腎
薬剤応答性とトランスポーター
 15.中枢疾患時の血液脳関門P糖蛋白質の機能変動機構の解明と中枢関門創薬への新展開(内田康雄・他)
  KeyWord 中枢関門創薬,病態時の血液脳関門,P糖蛋白質(P-gp),細胞内情報伝達機構,定量的リン酸化プロテオミクス
 16.医薬品による血清尿酸値変動―トランスポーター上での尿酸-医薬品相互作用(玉井郁巳)
  KeyWord 高尿酸血症,尿酸トランスポーター,相互作用
 17.核酸塩基トランスポーターSLC43A/ENBT1の輸送特性とガンシクロビルを用いた自殺遺伝子療法における役割(井上勝央・湯浅博昭)
  KeyWord 核酸塩基,促進拡散,SLC43A3,ガンシクロビル
 18.コレステロール吸収輸送体NPC1L1と病態・薬物治療(高田龍平)
  KeyWord コレステロール,エゼチミブ,脂質異常症,脂肪肝,NPC1L1
 19.トランスポーターを介した薬物相互作用―臨床事例とその回避のための予測戦略(前田和哉)
  KeyWord 消化管吸収,胆汁排泄,腎排泄,中枢移行,内在性基質
 20.生理学的薬物速度論(PBPK)モデルによるトランスポーターを介した薬物動態解析(年本広太)
  KeyWord 生理学的薬物速度論(PBPK)モデル,OATP1B1,OATP1B3,スタチン,リファンピシン,シクロスポリン

 サイドメモ
  URAT1
  プリン塩基のサルベージ経路
  局所的最適解
  阻害剤によるトランスポーターのin vitro Ki値