やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 森 千里
 千葉大学予防医学センター,同大学院医学研究院環境生命医学
 今回,メインテーマを“予防医学の未来―Sustainable Developmentを目指して”とさせていただいた.Sustainable Developmentとは“持続可能な開発”と訳される.将来世代の欲求を犠牲にすることなく現世代の欲求を満たす開発のことであり,国連は17の目標からなる“持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDG)”を2016〜2030年までの15年間の活動目標として掲げている.
 このSDGの第三番目に“すべての人に健康と福祉を:あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を推進する”がある.
 WHOによれば,2012年の非感染症による死者は全世界で3,800万人と推定されているが,これが2030年までに5,200万人に増えると予想されているという.この背後には,死に至らないまでも生活の質を著しく悪化させた何倍もの数の患者とその家族が苦しんでいるのである.心疾患,癌,慢性呼吸器疾患,糖尿病の四大非感染症は,経済的に豊かか貧困かを問わず世界的に急増しており,このような健康状態の悪化はSDGの達成を阻む大きな要因のひとつである.
 一方,医学の分野では21世紀の医療は“予防医学の時代”といわれる.教育と告知活動,そして適切な介入などの予防対策に注力することを各国が真剣に取り組まなければ,この数を減らすことはできない.国連組織のなかで教育を担当するUNESCOは,Sustainable Developmentを進めるための人材を育てること,すなわちEducation for Sustainable Developmentが重要である,と提唱している.よいスローガンができれば,それを現実のものにするのは人である.SDGについて深く理解し社会のなかで実現化できる人材育成が急務である.
 すなわち,21世紀の予防医学を考えるうえで,“Sustainable Developmentを目指した予防医学”の概念の確立と告知活動および教育を含めた普及対策が早急に必要であると著者は考える.
 医学の基本は病気の原因を見出し,治療法を開発し,そして予防法を確立し普及させることである.時代の流れとともに多くの医療機器や技術の革新が進み,医学・医療の分野の進歩も目をみはる勢いで進んでいる.
 そのため本書では“予防医学の未来―Sustainable Developmentを目指して”と題し,予防医学のさらなる発展のためご活躍されている先生方に,最近の知見から将来の方向性に関してご紹介いただく.21世紀の新しい医療・予防医学を考えるうえで,本書が読者の皆様にとって参考になれば,企画者として望外の喜びである.
 はじめに(森 千里)
1.Sustainable Developmentと予防医学:WHOの動向
 (戸恵美子)
 ・世界保健機関(WHO)
 ・国連組織と予算
 ・Sustainable Development Goals(SDG)
 ・NCD予防へのWHOのイニシアティブ
 ・筆者の見たWHO
2.環境と子どもの健康に関する予防医学:WHOの動向
 (戸恵美子)
 ・新生児,乳幼児死亡の現状とSDG
 ・予防可能な疾病・ケガ
 ・タバコの副流煙対策
 ・必要なASDへの対応
 ・サポートのみならずリードも
3.複合的観点からみた糖尿病の予防医学
 (櫻井健一)
 ・糖尿病予防介入研究
 ・環境化学物質の関与
 ・DOHaDに基づく予防戦略(先制医療を含む)
 ・社会的要因による予防戦略
4.周産期領域と予防医学
 (長田久夫)
 ・わが国における出生時体重の減少
 ・DOHaD仮説
 ・倹約遺伝子型
 ・妊娠前の栄養管理
 ・妊娠中の栄養指導
 ・今後の課題
5.アレルギーと予防医学
 (下条直樹)
 ・疾患別の予防ストラテジー
 ・食によるアレルギーの予防
6.高齢者と予防医学I:個人レベルの社会環境要因へのアプローチ
 (亀田義人・近藤克則)
 ・高齢社会におけるwell-beingの達成と医療におけるその意義
 ・おもな個人レベルの健康の社会的決定要因
 ・SDHを踏まえた対応策
7.高齢者と予防医学II:地域レベルの社会環境要因へのアプローチ
 (辻 大士・近藤克則)
 ・環境は高齢者の健康の決定要因
 ・地域社会環境としてのソーシャル・キャピタルと健康の関連
 ・地域づくりによる介護予防
 ・今後の課題
8.医療情報と予防医学
 (藤田伸輔)
 ・医療における統計学の特徴
 ・1次予防・2次予防・3次予防
 ・0次予防と4次予防
 ・予防医学における医療情報
9.PacBioRSIIを用いたインターフェロンフリー療法無効症例の原因となった変異の検出法―ダクラタスビル+アスナプレビルを例として
 (関根章博・他)
 ・背景
 ・2つの特徴をもつ次世代シーケンサーによるゲノム配列決定法
 ・ダクラタスビル+アスナプレビル併用療法不成功(non-SVR)症例における耐性変異検出
10.正確なサンガ法を行うために
 (関根章博・他)
 ・背景
 ・サンガ法の原理
 ・プライマー上に存在するvariant,および相同領域の影響
 ・回避するアイデア
 ・領域について
11.運動器検診と小児運動器疾患の予防
 (赤木龍一郎・佐粧孝久)
 ・学校における運動器検診
 ・成長期スポーツ障害と下肢骨端症
 ・千葉大学における運動器検診の試み
12.ロコモティブシンドロームと予防医学の現状
 (佐粧孝久)
 ・ロコモティブシンドローム
 ・ロコモティブシンドロームとフレイル,サルコペニアの関係
 ・ロコモティブシンドロームの評価・診断法
 ・ロコモティブシンドロームの予防
 ・骨粗鬆症の予防
 ・変形性膝関節症(osteoarthritis of the knee joint:KOA)の予防
 ・腰部脊椎症の予防
13.発達障害診断の増加は予防を考えうるのか?
 (松澤大輔)
 ・発達障害診断
 ・発達障害診断の増加
 ・発達障害診断増加の原因
 ・発達障害の増加に対しての生物学的要因
 ・de novo変異とエピジェネティックな変化
 ・発達障害診断の増加は見かけにすぎないのか?
14.疾患の遺伝要因と予防医学
 (羽田 明)
 ・遺伝性疾患
 ・多因子疾患の遺伝要因
 ・ゲノム医学研究の急速な進展
 ・ゲノム解析による臨床現場での応用の現状
 ・現在,ヒトゲノム研究で行われていること
 ・今後,進めるべき研究課題
15.食物由来の化学物質曝露とそのコントロール
 (江口哲史)
 ・化学物質の曝露リスク
 ・食物由来の曝露リスクのコントロール
 ・コホート調査による化学物質の測定と食事アンケート調査結果の解析
 ・食物由来のPCBs曝露経路
 ・調理法とPCBs濃度の関係
16.室内空気質由来の化学物質健康障害と環境改善型予防医学
 (中岡宏子)
 ・空気環境と健康障害
 ・環境改善型予防医学とケミレスタウン・プロジェクト
 ・シックハウス症候群症例と原因探求
 ・今後の対応―未来世代のための環境を考える
17.ケミレスタウン・プロジェクト フェーズIII―住宅のイノベーションを目指した取組み
 (鈴木規道)
 ・シックハウス症候群は解決したのか?
 ・室内空気質に関する意識・住環境・個人属性アンケート調査
 ・千葉大学予防医学センターのこれまでの取組みと,これからの取組み
 ・短期滞在の体感評価試験
18.健康とまちづくりI:住空間デザインの可能性
 (花里真道)
 ・建造環境と健康
 ・住空間と健康
 ・室内化学物質を低減した空間づくり
 ・温度差のない空間づくり
 ・社会的なつながりを生む空間づくり
 ・健康住まいづくりの実践
19.健康とまちづくりII:公共空間・地域デザインの可能性
 (花里真道)
 ・公共空間における室内空気質と健康
 ・公共空間における階段空間のデザイン
 ・地域の歩きやすさと健康
 ・自然環境と健康
 ・研究の社会実装・デザイン
20.出生コホート研究―子どもたちの健康を守る環境づくりのために
 (山本 緑)
 ・出生コホート研究
 ・なぜ出生コホート研究が必要なのか
 ・曝露リスクの観点からみた子どもの特性
 ・子どもの健康と発達の国内の動向
 ・子どもの環境は成人の疾患にも関連
 ・国内外の出生コホート研究
 ・出生コホート研究の課題

 サイドメモ目次
  略語の解説
  環境化学物質
  DOHaD
  ゲノム刷り込み(genomic imprinting)
  アレルギーマーチ
  発育性股関節形成不全
  エピジェネティックスのメカニズム
  建造環境
  健康な空間づくりを目指して:WELL認証
  コホート研究
  メチル水銀による子どもの健康被害