やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 戸田達史
 東京大学大学院医学系研究科神経内科学
 筋疾患(ミオパチー)の多くは遺伝性のもので,主症状は進行性の筋力低下である.進行性の骨格筋萎縮と筋力低下を呈しADLが低下するだけでなく,呼吸筋不全や心不全といった重篤な合併症を併発することもある難病である.その代表的な疾患に,筋ジストロフィーや,ミトコンドリア病などの代謝性筋疾患,筋炎などの自己免疫疾患がある.一般人または非専門医の感覚では,筋ジストロフィーというと1個の疾患のように感じられるかもしれない.しかし,筋ジストロフィーは遺伝形式も症状も遺伝子も異なる40種以上からなる疾患群であり,うちDuchenne型,肢帯型,顔面肩甲上腕型,先天型(福山型),筋強直型,遠位型などが代表的である.筋炎など一部の疾患を除いて進行を阻止する有効な治療法はない.
 Duchenne型筋ジストロフィー原因遺伝子ジストロフィンのポジショナルクローニングを契機として,これまでにさまざまな筋ジストロフィーの原因遺伝子が同定されてきた.原因遺伝子の同定後も,長年の年月を経て原因分子病態に基づいた治療法,いわゆるdisease-modifying therapyが開発されてきており,アンチセンス核酸など国際共同治験が行われている.そこでまず,筋ジストロフィーの根本治療をめざして現在,臨床治験・承認段階にある分子標的治療の開発の現状について解説いただいた.
 また,次世代シークエンサーが新規遺伝子発見や診断未知の患者の網羅的診断に応用され,また疾患からiPS細胞を作製し遺伝子異常をゲノム編集で修正することも研究されている.また,ノーベル賞技術を利用して新規糖鎖の欠損が明らかにされるなど,ミオパチーの臨床と研究の最新トピックスにも触れる.
 Duchenne型筋ジストロフィーでは非侵襲的人工呼吸器の普及により平均寿命が10年ほど延長した.個々の筋疾患患者に適したリハビリテーション,医療機器の応用で,生命予後は急速に改善している.また,近年臨床試験の気運が高まっていることに応じて患者登録や診断ガイドライン,いままであまり筋疾患では存在しなかった臨床機能評価の正確なアウトカム設定が求められる.またこれらの希少難病に対してPMDAやAMEDなど規制当局も支援の方向にある.筋ジストロフィーの診療・マネジメント・基盤についても解説いただいた.代謝性筋疾患はすでに酵素補充療法など治療薬が投与されているものもあり,これらの最新情報についても触れた.
 本特集では,代表的な筋疾患の根本治療への展望からケア・マネジメントまで,幅広くカバーするように企画した.この特集は患者・家族の方々がお読みになっても役立つところが大きい.さらに,臨床医・研究者にとっては,この1冊を座右におけば,筋疾患の日常の診療・研究におおいに役立つと確信している.
 はじめに(戸田達史)
筋ジストロフィーの根本治療をめざして:治験中や承認段階にある治療
 1.Duchenne型筋ジストロフィーに対するエクソン51および53スキップ薬開発の現状(青木吉嗣・武田伸一)
  ・Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)とBecker型筋ジストロフィー(BMD)
  ・DMDを対象にした治療法開発の現状
  ・DMDを対象にしたエクソン51スキップ治療法開発の現状
  ・DMDを対象にしたエクソン53スキップ治療法開発の現状
  ・DMDを対象にした治療法開発の課題
  ・DMDを対象にした治験の課題
 2.Duchenne型筋ジストロフィーに対するエクソン45スキッピング誘導治療(松尾雅文・松本真明)
  ・ペイシャントゼロとは?
  ・アミノ酸読み取り枠則とエクソンスキッピング
  ・標的エクソン45
  ・エクソン45スキッピング誘導とジストロフィン発現
  ・新規修飾核酸ENA
  ・エクソン45スキッピング誘導治療結果の推測
  ・60歳でも無症状のBMD
  ・エクソン45スキッピング誘導治療の治験
 3.Duchenne型筋ジストロフィーに対するナンセンス変異リードスルー誘導治療(竹島泰弘)
  ・Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)とジストロフィン遺伝子
  ・ナンセンス変異リードスルー
  ・アミノグリコシド系抗生物質とナンセンス変異リードスルー
  ・アミノグリコシド系抗生物質によるナンセンス変異リードスルー誘導治療の開発
  ・アタルレン(PTC124)によるナンセンス変異リードスルー誘導治療の開発
  ・アルベカシンによる治験
  ・他の疾患に対するナンセンス変異リードスルー誘導治療
  ・ナンセンス変異リードスルー誘導治療効果を増強する試み
 4.抗マイオスタチン療法(砂田芳秀)
  ・マイオスタチンの生合成・活性化・シグナル伝達機構
  ・抗マイオスタチン抗体
  ・フォリスタチン遺伝子治療
  ・II型受容体を標的とした治療
  ・その他のマイオスタチン阻害薬の開発状況
  ・抗マイオスタチン療法の臨床応用
  ・今後の課題
 5.GNEミオパチー(縁どり空胞を伴う遠位型ミオパチー)のシアル酸治療(森まどか・西野一三)
  ・GNEミオパチーの歴史
  ・GNEミオパチーの病態
  ・GNEミオパチーの臨床
  ・シアル酸補充療法
  ・治療研究促進のための基盤整備活動
 6.造血器型プロスタグランジンD合成酵素阻害薬によるDuchenne型筋ジストロフィーに対する進行軽減療法(裏出良博・有竹浩介)
  ・プロスタグランジン(PG)D2の生合成経路と情報伝達系
  ・集団的筋壊死を伴う筋変性疾患におけるH-PGDSの発現
  ・H-PGDSの阻害剤開発とDMDモデル動物での薬効評価
  ・DMD患者やモデル動物での尿中PGD2代謝物(tetranor-PGDM)の増加と,H-PGDS阻害剤の薬効評価マーカーとしての利用
  ・H-PGDS阻害剤TAS-205のDMD患者での臨床試験
ミオパチーの臨床と研究の最新トピックス
 7.次世代シークエンサーによる筋疾患の診断(三橋里美・西野一三)
  ・遺伝性骨格筋疾患の変異解析の現状
  ・次世代シークエンサーによる筋疾患遺伝子の網羅的スクリーニング
  ・シークエンスでは検出困難な変異を次世代シークエンサーで診断する方法の開発
  ・シークエンシングのさきに
 8.福山型筋ジストロフィーと類縁疾患:リビトールリン酸とアンチセンス核酸(小林千浩・戸田達史)
  ・福山型筋ジストロフィー
  ・αジストログリカンとαジストログリカノパチー
  ・機能糖鎖のリビトールリン酸タンデム構造とαジストログリカノパチーにおける欠損
  ・FCMDのアンチセンス核酸治療法開発
 9.筋強直性ジストロフィーの治療戦略(中森雅之・高橋正紀)
  ・筋強直性ジストロフィー(DM)の病態 ・DMの治療戦略
  ・DMとスプライシング異常
 10.ストレッチ感受性Ca2+透過チャネルTRPV2を標的とした筋変性治療薬の開発(岩田裕子)
  ・Dys複合体異常とストレッチ感受性Ca2+チャネル
  ・創薬標的としてのTRPV2
  ・TRPV2阻害による筋変性改善
  ・TRPV2阻害剤の探索とヒト筋変性疾患への適用
 11.Duchenne型筋ジストロフィーに対するゲノム編集戦略(徐 淮耕・堀田秋津)
  ・ゲノム編集技術とは?
  ・DNA切断後はどうなるか
  ・Duchenne型筋ジストロフィー(DMD)に対するゲノム治療の戦略
  ・生体外または生体内ゲノム編集治療法
  ・研究の最先端
  ・今後の展望
 12.先天性筋無力症候群(大野欽司)
  ・反復神経刺激検査
  ・CMSで同定された神経筋接合部(NMJ)に発現する25種類の遺伝子の先天的な遺伝子変異
  ・骨格筋AChR α,β,δ,εサブユニットのミスセンス変異が原因となるスローチャネル症候群(SCCMS)とファーストチャネル症候群(FCCMS)
  ・骨格筋AChR γサブユニットの機能喪失変異によるEscobar症候群と致死的多発性関節拘縮症
  ・AChRサブユニットの変異による終板AChR欠損症
  ・骨格筋Naチャネル(NaV1.4,SCN4A)変異による発作性無呼吸を伴うCMS
  ・AChRクラスタリングをドライブするシグナル分子(agrin,LRP4,MuSK,Dok-7)の変異によるCMS
  ・シナプス間隙の構造分子(ColQ,β2ラミニン,コラーゲン13α1)の変異によるCMS
  ・シナプス終板の構造分子(rapsyn,plectin)の変異によるCMS
  ・神経終末のアセチルコリンの合成・放出にかかわる分子(ChAT,Synaptotagmin 2,SNAP25B)の変異によるCMS
  ・グリコシル化酵素(GFPT1,DPAGT1,ALG2,ALG14,GMPPB)の欠損による肢体型CMS
  ・NMJにおける機能が十分に解明されていない分子(PREPL,SLC25A1)の欠損によるCMS
 13.変貌する筋炎の疾患概念(鈴木重明)
  ・筋炎の疫学
  ・病態機序
  ・症状
  ・診断
  ・筋病理所見
  ・自己抗体
  ・筋炎の各論
  ・治療
筋ジストロフィーの診療・マネジメント・基盤
 14.筋ジストロフィーや筋疾患に対する非侵襲的陽圧換気療法の動向(石川悠加)
  ・NPPVの効果と導入
  ・NPPV効果を維持するための気道クリアランス
  ・筋ジストロフィーの生命予後改善の実際と課題
  ・今後の展望
 15.ステロイド治療―有効性,投与法,副作用(小牧宏文)
  ・ステロイド治療の歴史
  ・日本におけるステロイド治療の報告
  ・アメリカ神経学会ガイドライン(2016)の概要
  ・Duchenne型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014
  ・ステロイド治療の副作用とその対策
  ・ステロイドの作用機序
  ・DMD以外の筋ジストロフィーに対するステロイド治療の効果
  ・今後の課題
 16.筋ジストロフィーの診療ガイドライン(松村 剛)
  ・筋ジストロフィー医療の課題
  ・希少疾病における包括的診療ガイドライン作成の工夫
  ・ガイドライン作成の意義と活用
 17.筋ジストロフィー臨床試験ネットワークとアウトカムメジャー研究(小牧宏文)
  ・筋ジストロフィー臨床試験ネットワーク(MDCTN)
  ・アウトカムメジャー研究
 18.患者登録Remudy:Registry of Muscular Dystrophy(木村 円・中村治雅)
  ・国際共同による臨床研究基盤の整備
  ・わが国におけるナショナルレジストリーRemudy
  ・Remudyの現状
  ・レジストリーを用いた臨床研究
  ・課題と今後の展開
 19.PMDAとレギュラトリーサイエンス,希少疾病用医薬品―医療者・研究者のためのレギュラトリーサイエンスに関する基礎知識(佐久嶋 研・猿田克年)
  ・PMDAとセイフティトライアングル ・PMDAのレギュラトリーサイエンス
  ・薬事戦略相談 ・希少疾病用医薬品と難病対策
代謝性ミオパチーの治療:現状と未来
 20.筋型糖原病の治療戦略―病態からみた治療の進歩(杉江秀夫・杉江陽子)
  ・生体におけるグリコーゲン代謝の目的と筋型糖原病における病態
  ・筋型糖原病の病態解明と病態に対応した治療
  ・糖原病II型(Pompe病)―alglucosidase αによる酵素補充療法
  ・糖原病III型(Cori病)―修正Atkins食事療法
  ・糖原病V型(McArdle病)―経口ビタミンB6療法
  ・糖原病XIV型(phosphoglucomutase 1:PGM1欠損症)―ガラクトース,乳糖療法
  ・筋型糖原病の治療への展望

 サイドメモ
  エクソン51スキップ薬
  エクソン53スキップ薬
  スプライシング促進配列
  ジストロフィン遺伝子ナンセンス変異と表現型
  TREAT-NMD
  ナノポア技術による一分子シークエンサー
  心筋症
  TRPチャネル
  iPS細胞
  オフターゲット変異
  自己抗体の測定方法
  筋ジストロフィー患者のあらたなQOL評価スケールの研究開発の必要性
  根本治療のスタートラインを一定に
  Duchenne型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014
  標準的医療
  臨床試験ネットワークとは?
  医薬品副作用被害救済制度
  PMDAメディナビ
  先天性グリコシル化異常症(CDG)