やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 五十嵐 隆
 国立成育医療研究センター総長・理事長
 これまでのわが国では,国際的に使用されているワクチンが使用できなかったり定期接種になっていないために接種率が低いなどの問題があった(ワクチンギャップ).このワクチンギャップを解消すべく,国,学会,医療関係者,一部のマスコミが協力した結果,ようやく改善がみられてきた.インフルエンザ菌bワクチンや小児用の肺炎球菌ワクチンが定期接種になった結果,子どもの細菌性髄膜炎が激減し,抗生物質抵抗性の中耳炎も減少している.水痘ワクチンも定期接種化され,水痘患者が減少している.また,B型肝炎ワクチンも2016年10月から定期接種化された.しかし,無菌性髄膜炎や睾丸炎の原因となるおたふくかぜ(ムンプス)ワクチンは任意接種のままであり,その接種率は3割程度と現在でも低迷している.ロタウイルスワクチンも任意接種のままではあるが,地域によっては接種率が高くなり,秋から春にかけて流行する乳幼児の胃腸炎と,その結果生じる重症脱水症患者が明らかに減少している.ただし,ヒトパピローマウイルスワクチンは定期接種化されたが,一部の患者に接種後に機能性身体症状を中心とする症状が出たために,勧奨接種がストップされた状況が続いている.
 一方,わが国では現在でも青年期の百日咳ワクチンの追加接種がないため,青年や若年成人の百日咳患者が散見され,まれに新生児・乳児の百日咳が発症している.生後3カ月までの乳児の百日咳は重症化し,死亡することがありうるので,問題である.また,わが国では麻疹の予防接種が導入され,2015年にはわが国は麻疹排除状態にあることがWHOより認定された.しかし,麻疹ワクチンの導入後2006年までは小学校就学前の1年間の時期の子どもへの追加(第二期)接種がなかったために,若年成人の一部は麻疹抗体価が低い.そのため,わが国の若年成人の一部は外国から輸入された麻疹に感染することがあり,国際空港の職員が感染したことが2016年に大きな問題となった.このような事態は今後もわが国では十分起こりうる状況にある.
 ワクチンの混合製剤が欧米のように整備されていないわが国では,ワクチン接種回数が多くなり,子どもへの負担が大きい.また,ワクチンの接種間隔についての現行ルールはその科学的根拠が不明確で,改善が求められている.
 本企画ではわが国の予防接種体制の現状と課題について専門家の方にわかりやすく記述していただいた.わが国の予防接種体制が国際標準をクリアするだけでなく,感染症と予防接種に関する正しい知識をすべての国民がもつことのできるような教育活動も求められている.
 はじめに(五十嵐 隆)
総論
1.わが国の予防接種体制の課題
 (渡辺 博)
 ・定期予防接種の違い ・予防接種実施体制の違い
 ・新規定期予防接種導入システムの違い ・まとめ
2.ワクチンに関する基礎知識
 (佐藤哲也・脇口 宏)
 ・ワクチンとは ・ワクチンの保存法
 ・ワクチンと免疫 ・ワクチンに含まれる添加物
 ・ワクチンの種類 ・ワクチンの製造工程
3.接種医に必要な基礎知識―同時接種,皮下注と筋注,接種部位
 (及川 馨)
 ・ワクチンの接種方法 ・接種上の注意
 ・注射用針 ・皮下接種
 ・同時接種と接種間隔 ・BCG接種
 ・同時接種,筋注での注意事項 ・接種後の注意
 ・皮下注射と筋肉内注射 ・ワクチン接種後の慢性疼痛
 ・接種部位 ・安全な接種を行うために
4.ワクチンで予防できる細菌・ウイルス感染症―わが国での発症状況
 (尾内一信)
 ・インフルエンザ菌b型感染症 ・風しん(先天性風疹症候群を含む)
 ・肺炎球菌感染症 ・インフルエンザ
 ・百日咳 ・A型肝炎
 ・ジフテリア ・B型肝炎
 ・破傷風 ・水痘
 ・結核 ・流行性耳下腺炎
 ・麻しん ・ロタウイルス感染症
 ・日本脳炎 ・黄熱
 ・ポリオ ・狂犬病
 ・ヒトパピローマウイルス(HPV)感染症(子宮頸癌,尖圭コンジローマ)
5.日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールと,特殊な状況への対応
 (細矢光亮)
 ・日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール
 ・特殊な状況への対応
 ・心臓血管系,腎疾患,肝疾患,血液疾患および発育障害などの基礎疾患を有することが明らかな者
 ・過去に痙攣の既往のある者
 ・過去に免疫不全の診断がなされている者
 ・接種液の成分に対してアレルギーを呈するおそれのある者
6.ワクチンの副反応への対応―新しい副反応疑い報告制度,健康被害救済,重篤な副反応(アナフィラキシー)への現場での対応
 (岡田賢司)
 ・新しい副反応疑い報告制度 ・健康被害救済制度
7.英文予防接種証明書作成のポイント
 (中野貴司)
 ・黄熱ワクチン ・欧米諸国への留学と編入学
 ・髄膜炎菌ワクチン
8.世界における混合ワクチン―日本の現状を踏まえて
 (伊藤健太)
 ・混合ワクチンとは ・混合ワクチン承認
 ・混合ワクチンの利点 ・日本で使用されている混合ワクチンと世界の混合ワクチン
 ・混合ワクチンの欠点,問題点
 ・混合ワクチンと免疫応答や諸問題 ・混合ワクチンの開発と今後の課題
予防接種各論
9.BCGワクチンの過去,現在,そして未来
 (原 拓麿・森 雅亮)
 ・BCGワクチンの歴史 ・BCGワクチンの副反応
 ・わが国のBCGワクチン接種の変遷 ・Koch現象
 ・わが国における結核の疫学 ・BCGワクチンは継続の判断
 ・BCGワクチンの有効性 ・新しい結核ワクチンの開発
 ・BCGワクチンの同時接種
10.Hibワクチン・13価肺炎球菌結合型ワクチン
 (石和田稔彦)
 ・Hibワクチン
 ・肺炎球菌結合型ワクチン
11.ポリオワクチン―生ポリオワクチンの果たしてきた役割と,不活化ポリオワクチンの導入
 (岡部信彦)
 ・ポリオとは ・OPVからIPVへ
 ・ポリオウイルス感染の症状と合併症
 ・ポリオに関するWHO“国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern:PHEIC)”宣言
 ・ポリオワクチン
 ・OPVの副反応であるワクチン関連麻痺(VAPP)
 ・いぜん高いワクチン接種率維持の必要性
12.麻疹・風疹混合ワクチン―麻疹排除の維持・風疹排除をめざして
 (多屋馨子)
 ・麻疹・風疹ワクチンの定期予防接種制度 ・麻疹に対する推計感受性者
 ・麻疹・風疹含有ワクチン接種率の推移 ・風疹の患者発生動向
 ・麻疹の患者発生動向 ・風疹の抗体保有状況
13.日本脳炎ワクチン―日本全国の小児が定期接種対象に
 (宮崎千明)
 ・日本脳炎の疫学
 ・ワクチンの積極的勧奨差し控えと世代別日本脳炎抗体保有状況
 ・マウス脳由来ワクチンとADEM
 ・細胞培養日本脳炎ワクチンの製造方法,有効性
 ・細胞培養日本脳炎ワクチンの安全性・副反応
 ・積極的勧奨の再開の経緯
 ・2016年度以降における接種の実際
 ・海外の日本脳炎とワクチン
 ・細胞培養日本脳炎ワクチンの副反応に関する情報
14.おたふくかぜ(ムンプス)ワクチン―定期接種化をめざして
 (永井崇雄)
 ・おたふくかぜ(ムンプス)の発症病理 ・ワクチンの副反応
 ・臨床像 ・おたふくかぜの再罹患とワクチン接種後罹患
 ・治療と予防 ・ワクチンの2回接種と既感染者への接種
15.定期接種がはじまった水痘ワクチン―ライフスパンにおける意義
 (前田明彦)
 ・水痘ワクチンの歴史 ・水痘ワクチンと帯状疱疹
 ・わが国での水痘ワクチンの定期接種化 ・ヨーロッパにおける水痘ワクチンの位置づけ
 ・アメリカにおける水痘ワクチン ・ライフスパンでみた水痘ワクチンの位置づけ
 ・アメリカ2回接種導入後の課題 ・おわりに―日本の今後
16.インフルエンザウイルスワクチン―現行ワクチンの歴史的背景と第三世代ワクチンへの期待
 (草刈 章)
 ・現行インフルエンザワクチンの歴史的背景
 ・またれるあらたなインフルエンザワクチンの登場
 ・高病原性鳥インフルエンザによるパンデミック対策
17.B型肝炎ワクチン―母子感染予防ワクチンからユニバーサルワクチンへ
 (藤澤知雄)
 ・B型肝炎の概要 ・HBワクチン
 ・HBV感染経路 ・HBV水平感染
18.A型肝炎ウイルスワクチン―最近の知見
 (和田宏来・須磨崎 亮)
 ・A型肝炎の概要 ・HAVワクチン接種の課題と将来展望
 ・A型肝炎の疫学
 ・A型肝炎ウイルス(HAV)ワクチンの接種方法,効果と安全性
19.HPVワクチン
 (川名 敬)
 ・HPV感染の特徴
 ・HPVによる疾患は次世代にまで影響を及ぼす
 ・現行の2価価HPVワクチンによる疾患(CIN2〜3)減少
 ・HPVワクチン接種後の“多様な症状”
 ・9価HPV(予防)ワクチンの登場
20.ロタウイルスワクチン
 (大西周子)
 ・ロタウイルス ・ワクチン副反応
 ・ロタウイルスワクチン ・ロタウイルスワクチン導入後の変化:腸重積の発症
 ・ロタウイルスワクチンと腸重積
 ・第二世代ロタウイルスワクチン ・ロタウイルス感染と医療費
 ・接種禁忌 ・まとめ

 コラム
  ・百日咳ワクチンの追加接種―成人の百日咳,ひいては新生児・乳児の百日咳を減らすために(宇田和宏・宮入 烈)
  ・髄膜炎菌ワクチン(福島慎二・濱田篤郎)
  ・RSウイルスワクチン,実用化前夜(橋本浩一)

 サイドメモ
  ACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)
  有害事象と副反応
  ワクチンの略語の欧文名,ワクチンの表記
  組織,その他の略語の欧文名
  MSMD
  TREC,KREC
  侵襲性感染症と感染症法届け出基準の見直し
  Sabin株による不活化ポリオワクチン(Sabin-IPV)
  日本脳炎患者数激減の原因
  日本脳炎ウイルスの起源
  アジュバント(Adjuvant)
  クレード(Clade)
  A型肝炎ウイルス(HAV)
  海外のHAVワクチン
  ワクチンの同時接種