やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 牛島俊和
 国立がん研究センター研究所エピゲノム解析分野
 クリニカルエピゲノミクスという特集が組める時代になった.一部の読者の方には,“○○オミクス”という言葉はオオカミ少年的な印象があるかもしれない.しかし,がんエピゲノミクスについていえば,それを用いた治療は骨髄異形成症候群などの治療として保険収載され,診断も薬剤奏効性予測や予後診断などで他の方法ではわからないことの診断に使えることが証明されている.がん以外の疾患についてもエピゲノム異常は高頻度に誘発されうるという特徴から,さまざまな関与が示唆されている.炎症性疾患,神経・精神疾患,代謝疾患,循環器疾患,自己免疫・アレルギー性疾患,生殖医療など,クリニカルエピゲノミクスの応用可能性は非常に幅広い.
 世界に目を転じると,2008年に発足したアメリカRoadmapの成果は2015年2月の『Nature』誌の特集号を飾った.100種類以上の正常組織のエピゲノムを決定したのみならず,発生・分化におけるエピゲノムの役割,ゲノムがエピゲノムをどのように規定するのか,逆にエピゲノムが突然変異誘発頻度に及ぼす影響,自己免疫疾患やAlzheimer病におけるエピゲノム異常などが報告されている.わが国を含めた世界各国からも,つぎつぎと新しいエピゲノムに関する知見が報告されている.国際会議も頻回に開催され,一昔前はエピゲノムの生理に関するものが多数であったが,最近は疾患や創薬に関するものも多くなっている.
 このような時代の流れのなかでわが国が存在感を示していくには,強い問題意識をもつ臨床医と独自の技術・最先端の知識をもつ研究者とが協力を深めることが重要である.そのために本特集では,がん医療の臨床の場におけるエピゲノム診断と治療,その他の疾患でも急速に明らかになりつつあるエピゲノム異常との関連を企画した.世界との競争で忙しいなか,貴重な原稿をお寄せいただいた著者の先生方に深く感謝申しあげる.本特集が,読者の方がエピゲノム診断や治療を臨床で活用されたりエピゲノム解析を研究に応用されたりするきっかけとなれば望外の幸せである.
 はじめに(牛島俊和)
総論
 1.エピゲノムと疾患での異常(牛島俊和・竹島秀幸)
  ・エピゲノムのなりたち ・エピゲノム異常とその特徴
  ・エピゲノム異常のがんへの関与 ・がん以外の疾患におけるエピゲノム異常
 2.エピゲノム解析技法(船田さやか・金田篤志)
  ・DNAメチル化解析
  ・臨床検体での解析例
  ・ヒストン修飾とオープンクロマチン領域の解析
がん診断への応用
 3.エピゲノム異常によるがん診断(勝島啓佑・近藤 豊)
  ・エピゲノム異常とがん
  ・DNAメチル化異常によるがん診断
  ・ncRNAによるがん診断
 4.がんエピゲノム情報に基づく病態分類と診断への応用(鈴木 拓・山本英一郎)
  ・大腸がんのエピゲノム分類と臨床的意義
  ・大腸鋸歯状病変とCIMP大腸がん
  ・胃がんのエピゲノム分類と臨床的意義
  ・その他のがんにおけるエピゲノム分類
 5.がんの治療効果予測:臨床的に活用されているDNAメチル化診断―治療効果予測とDNAメチル化(秋山好光)
  ・TMZの薬剤耐性におけるMGMTの分子機構
  ・MGMTメチル化に基づく脳腫瘍の化学療法の評価
  ・他の脳腫瘍治療予測因子との関与
  ・他腫瘍におけるMGMTの治療予測因子としての可能性
  ・GSTP1遺伝子高メチル化と前立腺がん
  ・メチル化解析法
 6.多層オミックス解析に基づく腎細胞がんの発がん分子機構解明と治療標的分子探索・コンパニオン診断法開発(新井恵吏・金井弥栄)
  ・腎細胞がんの全身療法に関する諸問題
  ・予後予測・治療効果判定に帰する腎細胞がんの層別化
  ・淡明細胞型腎細胞がんのエピゲノムプロファイルによる層別化
  ・多層オミックス解析による淡明細胞型腎細胞がんの発がん分子経路の探索
  ・予後予測・コンパニオン診断につながる腎細胞がんのCIMP診断
 7.がんのリスク診断―胃癌のリスク診断への新展開(中島 健・他)
  ・胃癌のリスクファクター
  ・ESD後の異時性多発胃癌
  ・胃粘膜DNAメチル化異常とその意義(ヒト横断研究の成果)
  ・HP感染によるDNAメチル化異常誘発と除菌による低下(実験動物による確認研究)
  ・これまでのマーカー遺伝子の開発
  ・早期胃癌ESD後患者を対象とした多施設共同前向き研究の実施
  ・健康人を対象とした多施設共同研究の開始
 8.エピゲノムを用いたがんの予後診断(服部奈緒子・牛島俊和)
  ・予後診断の分子バイオマーカー
  ・エピゲノム異常を用いた予後マーカーとその利点
  ・大腸がんにおけるエピゲノム異常と予後の関係
  ・胃がんにおけるエピゲノム異常と予後の関係
  ・神経芽腫におけるエピゲノム異常と予後の関係
  ・その他の腫瘍におけるCIMPと予後の関係
  ・ヒストン修飾異常と予後の関係
治療への応用
 9.血液疾患におけるエピゲノム異常とエピジェネティクス治療薬(冨田章裕)
  ・血液疾患で注目されるエピゲノム異常
  ・血液疾患領域におけるエピジェネティクス治療薬
  ・DNMT阻害剤(脱メチル化剤)
  ・ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤
  ・ヒストンメチル化酵素(HMT)阻害剤(EZH2阻害剤)
  ・その他,エピゲノムに影響を与える薬剤(IDH阻害剤)
 10.固形腫瘍に対するエピジェネティック治療の開発(中村能章・牛島俊和)
  ・固形腫瘍でのエピジェネティック異常 ・ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤
  ・DNAメチル基転移酵素(DNMT)阻害剤 ・新規エピジェネティック治療薬
 11.次世代エピジェネティック薬の開発(鈴木孝禎)
  ・DNAメチル基転移酵素(DNMT)阻害剤
  ・ヒストンのアセチル化に関するエピジェネティック薬
  ・ヒストンのリシン残基のメチル化に関するエピジェネティック薬
各種疾患
 12.潰瘍性大腸炎のゲノム・エピゲノム解析(鈴木浩一・力山敏樹)
  ・潰瘍性大腸炎のゲノムワイド関連解析
  ・潰瘍性大腸炎のエピゲノム解析
  ・潰瘍性大腸炎のエピゲノムワイド関連解析
  ・ゲノム因子とエピゲノム因子の相互作用
 13.Rett症候群などの神経発達疾患(三宅邦夫)
  ・MeCP2の機能
  ・RTT病態におけるグリア細胞の関与
  ・RTT患者由来iPS細胞を用いた病態解明研究
  ・環境要因によるエピジェネティクス異常と神経発達障害
 14.精神疾患とエピジェネティクス―大うつ病,双極性障害,統合失調症の一卵性双生児不一致例におけるDNAメチル化研究(渡邊理紗・岩本和也)
  ・一卵性双生児不一致例(DT)研究の特徴
  ・課題と今後の展望
 15.慢性疼痛におけるエピジェネティクス研究の最前線(河田美穂・他)
  ・疾患とエピゲノムとの関係
  ・慢性疼痛におけるエピジェネティクスターゲット
  ・エピゲノムエディティングによる疼痛治療戦略
  ・痛みのバイオマーカー探索をめざしたmiRNA・エクソソーム研究
  ・慢性疼痛と情動障害
 16.糖尿病をはじめとする代謝疾患とエピゲノム(高橋真由美・他)
  ・胎児期の栄養環境と代謝疾患
  ・代謝疾患とエピゲノム制御による遺伝子発現
  ・糖代謝とエピゲノム
  ・脂質代謝とエピゲノム
  ・エネルギー代謝とエピゲノム
 17.腎臓病にかかわるエピゲノム異常―糖尿病性腎症を中心に(丸茂丈史・下澤達雄)
  ・糖尿病性腎症とメタボリックメモリー
  ・糖尿病性腎症でのヒストン修飾変化―HDAC阻害薬の腎保護効果
  ・慢性腎臓病でのDNAメチル化変化
  ・糖尿病性腎症でみられる治療抵抗性のDNAメチル化異常
  ・今後の展望
 18.循環器疾患におけるエピジェネティック制御(金田るり)
  ・心肥大・心不全 ・動脈硬化
  ・心筋症 ・先天性心疾患
  ・不整脈
 19.自己免疫疾患・アレルギー疾患(長谷耕二)
  ・自己免疫疾患とエピジェネティクス制御 ・腸内細菌とエピジェネティクス
  ・衛生仮説とアレルギー疾患 ・自然免疫記憶とエピジェネティクス
  ・制御性T細胞とエピジェネティクス
 20.子宮内膜症・子宮筋腫とエピゲノム異常(杉野法広)
  ・子宮内膜症と子宮筋腫 ・子宮筋腫とエピジェネティクス
  ・子宮内膜症とエピジェネティクス ・子宮筋腫のエピゲノム異常
  ・子宮内膜症のエピゲノム異常
 21.生殖医療・周産期医療のクリニカルエピゲノミクス(河合智子・秦 健一郎)
  ・生殖細胞のエピジェネティックリプログラミング
  ・不妊で報告されているエピゲノム異常
  ・精子エピゲノム確立に寄与する環境
  ・子宮内環境に左右されるエピゲノミクス

 サイドメモ
  Liquidbiopsy
  miRNA
  lncRNA
  染色体不安定性(CIN)
  マイクロサテライト不安定性(MSIあるいはMIN)
  リピート配列のDNA脱メチル化と予後の関係
  精神疾患の現状とバイオマーカー開発の重要性
  メタボリックメモリー
  Dahlラット
  Laminopathy
  バイバレントなクロマチン状態とは
  エピゲノム状態の“標準値”を定めるためのプロジェクト