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科学を尊重する土壌と「運鈍根感厳」―序にかえて―
 日本人による世界的な大発見というと最近ではiPS細胞の発見があげられようが,本書を拝読すると他にも多くの素晴らしい発見や開発がされていることに驚き,同じ日本人として誇らしくなる.日本人には独創性がないとよく言われてきたが,その言は甚だ怪しいのではないだろうか.戦争によりすべてが荒廃に帰した我が国は,戦後科学技術の力によって急速に発展を遂げるとともに我が国の科学自体も大きく発展した.本書に掲載されている発見や開発の多くは1970-1980年代のものであり,その当時はまだ欧米と比較すると設備や研究費という点では豊かではなかったであろう.したがって物資的な意味での土壌は十分ではなかったかもしれないが,各研究者の真実を明らかにし,大きな発見をしたいといった情熱は高まっており,科学を尊重する精神的な土壌はすでに醸成されていたのであろう.今から100年以上前,東京大学医学部発足時の内科学教授であったベルツは,日本人が科学の精神を理解せず,その成果だけを求めることを戒めたが,少なくとも40-50年前は違っていたのである.
 さてどうしたら本書に掲載されているような大発見ができるのであろうか.それには著者紹介欄の「一言」が参考になる.新しい疾患や分子機序の発見から創薬まで,様々な発見や開発をされた研究者が登場しているが,多くの研究者に共通のことがある.それは未知への挑戦をする勇気であり,最後まであきらめない粘り強さであり,チャンスを見逃さない注意深さである.科学を大切に思う土壌に「運鈍根感厳」があれば,大発見を生む可能性があるのであろう.
 最近日本人のノーベル賞受賞が続いているが,受賞の理由となった研究は,何十年も前のものが多い.これからも受賞が続くか否かは,本当に我が国に科学を尊重する精神が根付いているかどうかにかかっていよう.本書が第二弾,第三弾と続くことを心から祈念したい.
 2016年8月
 編集委員を代表して
 小室一成(東京大学大学院医学系研究科循環器内科学)
 科学を尊重する土壌と「運鈍根感厳」−序にかえて−(小室一成)
疾患等の発見
 未知への挑戦から川崎病の発見へ―小児科医12年目に出会ったユニークな症例(川崎富作)
 心尖部肥大型心筋の発見(山口 洋)
 成人T細胞白血病(ATL)の発見(高月 清)
 福山型先天性筋ジストロフィー―その発見から現代的位置づけまで(福山幸夫)
 三宅病(オカルト黄斑ジストロフィー)の発見(三宅養三)
 レビー小体型認知症の発見とその後(小阪憲司)
創薬
 統合失調症薬アリピプラゾールの創薬(大城靖男)
 ジルチアゼムの創薬(長尾 拓)
 Tacrolimus(FK506)の創薬―臓器移植成功率を大きく向上させた薬(山下道雄・木野 享・後藤俊男)
 前立腺肥大症に伴う排尿障害治療薬タムスロシン(ハルナール(R))の創薬(竹中登一)
 アリセプト開発秘話―日本発のAlzheimer病治療薬(杉本八郎)
 難治性そう痒症治療薬ナルフラフィン塩酸塩の創出(長瀬 博)
 フィンゴリモド(FTY720)の開発と将来展望(藤多哲朗・河野武幸)
マーカー・検査
 肝細胞癌特異AFP-L3測定法の開発(武田和久)
 KL-6(間質性肺炎の血清マーカー)の発見(河野修興)
 MIBG心筋シンチグラフィによるLewy小体病の鑑別(織茂智之)
 肺小細胞がんの腫瘍マーカーProGRPの開発(山口 建)
 抗セントロメア抗体の発見とその後の展開(諸井泰興)
 視神経脊髄炎―アストロサイトパチーとしての新たな疾患概念の確立(糸山泰人)
 パルスオキシメータ(鵜川貞二・青柳卓雄)
疾患原因・疾患遺伝子
 新しいがん遺伝子EML4-ALKの発見と治療応用(間野博行)
 神経原線維変化構成成分の同定(井原康夫)
細胞機能・機能分子
 G-CSF(顆粒球コロニー形成刺激因子)の完全純化(野村 仁)
 IgEの発見(石坂公成)
 IL-6の発見と抗IL-6R抗体創薬(岸本忠三)
 Klothoの発見,老化研究との思わぬ出会い(鍋島陽一)
 MAPキナーゼカスケードの発見とその生理機能の解明(西田栄介)
 SH2ドメインを介するチロシンリン酸化依存性蛋白質間相互作用(松田道行)
 iPS細胞の樹立とあらたな生命科学の開拓(高島康弘・山中伸弥)
 病原体認識にかかわるトル様受容体(Toll-like receptors)の発見(審良静男)
 スカベンジャー受容体の発見(児玉龍彦)
 制御性T細胞の発見(坂口志文)
 プロスタグランジン受容体群の分子実体の発見とその後の研究展開(成宮 周)
 低分子量G蛋白質Rhoの機能とシグナル伝達の発見(成宮 周)
 プロテアソームの発見から構造・機能解析まで(田中啓二)