やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 田邉信宏
 千葉大学大学院医学研究院先端肺高血圧症医療学
 難病で治療法がなかった重症肺高血圧症(pulmonary hypertension:PH)の病態解明・治療の進歩は著しいが,これは3つの大きなパラダイムシフトによってなされた.
 1つ目は,肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension:PAH)の病態は単なる肺血管攣縮によるのではなく,異常な細胞増殖による血管リモデリングによるという考え方で,血管拡張作用に加え,リモデリング改善作用を有するプロスタサイクリンの登場によって飛躍的に予後が改善した.加えて,圧がリモデリング進展に重要で,圧が下がると薬剤を減量することも可能となった.
 2つ目は,単剤から開始し,治療ゴールに達しない場合,併用薬を加えるgoal oriented therapyから,多剤をupfrontで開始し,予後や臨床状態の悪化で治療効果をみるoutcome oriented therapyへの考え方の変更である.本治療法はすでに日本では試みられ,予後の改善が報告されてきたが,前向きの比較試験での検証がなかった.しかし,マシテンタン,リオシグアトなどの臨床試験の既治療群で,2剤目が加わらないと悪化すること,アンブリセンタン,タダラフィル単剤は併用に劣ることなどから,エンドセリン系,一酸化窒素(nitric oxide:NO)系両剤を早期に併用療法で開始することの重要性がコンセンサスとなった.日本ではさらにプロスサイクリン持続静注療法を加え,3剤を早期に開始し,肺動脈圧を正常化する試みも普及しつつある.
 3つ目は,慢性血栓塞栓性PHにおける侵襲的治療法の進歩である.中枢血栓例における肺動脈内膜摘除術の手術技術の改善による成績の向上に加えて,末梢血栓例においてもバルーン肺動脈拡張術によって改善が得られるようになった.
 バルーン肺動脈拡張術は,有効例がみられる反面,多くの症例が再灌流障害による肺水腫をきたし,人工呼吸器を要する例もみられたことから普及してこなかった.しかし現在,この多くは肺血管損傷によると考えられており,わが国では手技の工夫によって,手術と同様,安全に行えることが明らかになった.これらの治療が成功する理由は,肺動脈閉塞部位の末梢の血流が気管支動脈などにより保たれていることによる.ほかにも,診断・治療法など多くの進歩がみられてきており,本特集では各エキスパートの先生方にupdateな情報の記載をお願いした.
 はじめに(田邉信宏)
肺高血圧症病態解明のUPDATE
 1.肺高血圧症の発症における遺伝的素因,エピジェネティクス(大郷 剛)
  ・肺高血圧症の遺伝子変異
  ・BMPシグナル遺伝子変異とPAH発症,表現型
  ・PAHのエピジェネティクス
 2.血管内皮機能不全からみたPAH(江本憲昭)
  ・血管内皮細胞の生理的役割
  ・血管内皮機能不全に伴う肺動脈収縮物質と拡張の物質の不均衡
  ・血管内皮機能不全に伴う血管構成細胞の過剰増殖
  ・血管内皮機能障害と免疫系異常
  ・血栓形成亢進における血管内皮機能不全
 3.平滑筋細胞の異常とPAH(三谷義英・他)
  ・PAHにおける内膜病変の構成細胞と病変形成過程
  ・現在の肺高血圧治療薬は内膜病変をリバースするか,標的細胞は何か
 4.肺高血圧病態における炎症の関与(瀧原圭子)
  ・炎症性サイトカインと肺高血圧症
  ・IL-6と肺高血圧症
  ・BMPシグナルとIL-6とのクロストーク
  ・ウイルス感染に関連した肺高血圧症
肺高血圧症診断UPDATE
 5.肺高血圧症診療に心エコーを役立てる(大平 洋)
  ・心エコーをPHの存在診断に使うために
  ・病型診断
  ・右心機能の評価と予後の評価
  ・フォローアップ
  ・新しいエコーの展望
 6.肺高血圧診断におけるCTの意義(杉浦寿彦)
  ・近年のCTの進歩
  ・肺高血圧症でみられるCT所見
  ・心電図同期CTによる右心および肺動脈の評価
  ・肺末梢血管の定量評価
 7.肺高血圧症患者における右室心筋細胞の代謝機能変化―RI検査により糖および脂肪酸代謝をどこまで明らかにできるか(坂尾誠一郎)
  ・正常およびRVH心筋細胞における糖・脂肪酸代謝と“Randle cycle”
  ・右室心筋細胞の糖代謝変化とFDG-PET
  ・右室心筋細胞の脂肪酸代謝とBMIPP
 8.肺高血圧症におけるpulmonary functional MRI(大野良治)
  ・Pulmonary functional MRIとは
肺高血圧症治療UPDATE
 9.レジストリーからみた肺高血圧症の治療と予後(田村雄一)
  ・レジストリーの意義
  ・各国におけるレジストリー
  ・わが国におけるレジストリー,Japan PH Registry(JAPHR)
  ・JAPHRにおけるIncident caseとPrevalent case
  ・JAPHRにおける予後評価
  ・JAPHRにおけるIncident caseの解析
 10.特発性および遺伝性PAHの治療戦略―血管拡張剤の併用療法を中心に(佐藤 徹)
  ・生活上の注意と一般的治療
  ・薬物治療
 11.膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症の治療戦略(白井悠一郎・桑名正隆)
  ・膠原病関連肺動脈性肺高血圧症(PAH)の臨床特徴と多様性
  ・膠原病関連PAHの予後不良性と早期スクリーニングの重要性
  ・PAH治療薬の大規模臨床試験と膠原病性PAHにおける位置づけ
  ・膠原病関連PAHにおけるPAH治療薬使用の実際
  ・膠原病基礎疾患の病態に基づいた治療戦略
 12.成人先天性心疾患に伴うPAHに対する最新の治療戦略(八尾厚史)
  ・S-PAHの病態形成
  ・ACHD-PAHの治療戦略の基本概念
  ・IPAH群ACHD-PAHに対する最新薬物治療戦略
  ・シャント未修復ACHD-PAH(2群ACHD-PAH)の治療指針
  ・Eisenmenger症候群(ES,3群ACHD-PAH)
  ・ACHD-PAH治療のアルゴリズム
 13.PVOD/PCHの診断と治療(小川愛子)
  ・PVOD/PCHとは
  ・PVOD/PCHの診断
  ・PVOD/PCHの治療
 14.PAHの新規治療の展望(袴田晃央・渡邉裕司)
  ・エンドセリン経路に作用する治療薬―エンドセリン受容体拮抗薬マシテンタン
  ・一酸化窒素-sGC-cAMP経路に作用する治療薬―sGC刺激薬リオシグアト
  ・プロスタノイド-cyclic adenosine monophosphate経路に作用する治療薬―プロスタサイクリン誘導体:トレプロスティニル
  ・Sequential combination therapyとUpfront combination therapy
 15.左心系心疾患に伴う肺高血圧症(大場豊治・福本義弘)
  ・左室収縮不全による肺高血圧
  ・左室拡張不全による肺高血圧
  ・弁膜症
  ・先天性・後天性の左心流入路・流出路閉塞
  ・肺循環障害を合併したpost-capillary PH―Out of proportion
 16.呼吸器疾患に伴うPHの治療戦略(山田嘉仁)
  ・呼吸器疾患に伴う肺動脈圧上昇の要因
  ・3群肺高血圧症(PH)
  ・3群PHの疫学および予後
  ・3群PHの診断
  ・3群以外の呼吸器疾患を伴うPH
  ・PHの治療方針
 17.慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の病態と薬物治療(重城喬行)
  ・CTEPHで想定される病態
  ・細胞増殖性疾患としてのCTEPH
  ・CTEPHの薬物治療
  ・CTEPHに対する薬物治療の新しい方向性
 18.慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)におけるバルーン肺動脈形成術(BPA)手技の実際と治療成績(福田哲也)
  ・BPAの治療適応
  ・BPA治療の実際
  ・CTを用いた治療戦略
  ・治療本数など圧に応じた対策
  ・呼吸性移動に対する対策
  ・複雑病変へのバルーン拡張
  ・合併症対策
  ・BPAの治療効果と今後の課題
 19.CTEPHに対する肺動脈内膜摘除術―治療成績と適応(石田敬一)
  ・CTEPHとは?
  ・CTEPHに対する治療選択
  ・肺動脈内膜摘除術(PEA)の目的と方法
  ・PEAの成績
  ・PEAの手術適応
  ・手術を考慮すべき時期
 20.肺高血圧症に対する肺移植の適応と予後(星川 康・岡田克典)
  ・肺高血圧症に対する肺移植の適応と術式
  ・脳死肺移植待機登録例に占める肺高血圧症の割合と登録後の予後
  ・肺移植成績
  ・肺移植後の活動性と就労状況
  ・当科肺高血圧症肺移植例の内訳と成績

 サイドメモ
  Human herpes virus-8(HHV-8)
  CTEPHでは肺静脈リモデリングも合併する
  慢性肺血栓塞栓症(CTED)
  CTEPH急性増悪
  Chiba PEA Program
  肺移植待機期間