やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 渡邊昌彦
 北里大学医学部外科
 大腸癌の死亡率を低下させることは洋の東西を問わず喫緊の課題であり,病態の解明や治療法の開発が精力的に進められてきた.本特集では,大腸癌研究の最新の知見を各分野のエキスパートにわかりやすく解説していただいた.
 もとより癌は遺伝子の異常に端を発した疾患である.近年,新しい実験手法や機器の開発によって,さまざまな新知見が日々得られている.それら大腸癌の遺伝子異常の特徴と生物学的意義を知ることは,発育・進展を理解するうえで不可欠で診断や治療につながっていく.とくに血中の癌細胞を分子レベルで検出し,診断や治療に応用する試みは注目に値する.一方,癌の幹細胞研究の進歩は,大腸癌のみならずあらゆる疾患に共通した病態を知ることに役立つ.さらに,基礎編ではわが国における大腸癌の疫学,予防の可能性や検診の現状と課題についても触れた.
 内視鏡診断と治療は,わが国が世界をリードしていることがよく知られている.肉眼形態学に基づく早期癌診断,その成果に導かれた内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection:EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)といった手技は世界の規範をなし,病理診断学を発展させていった.CTやMRIは世界でもっとも普及しており,その読影能力は直腸癌のリンパ節転移診断をほぼ可能にし,positron emission tomography(PET)診断の精度も向上させた.このような診断・治療に対するわが国独自の取組みは,ガイドラインや取扱い規約に結実し治療の均てん化につながった.近年,長足の進歩をなし遂げた治療は腹腔鏡下手術と化学療法であろう.さらに,放射線治療も化学療法の進歩と相まって直腸癌や肝転移の集学的治療に向かわせた.化学療法の進歩は再発後の生存率を大幅に伸ばした.また,生存率向上は治療の進歩のみならず,わが国特有のきめ細かい経過観察に負うところが大きいであろう.
 以上,当代一流の執筆陣を揃えたうえでの,多少欲張った企画である.本特集をもって文字どおり大腸癌診療Updateを読者に届けることができれば,執筆者一同の望外の喜びである.
 はじめに(渡邊昌彦)
基礎のUPDATE
 1.大腸癌の遺伝子異常の特徴と生物学的意義(山下継史・渡邊昌彦)
  ・APC遺伝子変異はわずかな正常APC発現低下の原因となるか
  ・K-ras遺伝子変異は大腸癌の腫瘤造性能を説明するか
  ・p53遺伝子は腫瘍抑制遺伝子か
  ・癌転移にかかわる遺伝子発現異常
 2.新しい分子生物学の応用―大腸癌血液中ctDNAを用いたリキッドバイオプシー(ア村正太郎・他)
  ・ctDNAとは?
  ・ctDNAの臨床的意義
  ・ctDNAと原発巣の関係―heterogeneityをどれだけ反映しうるか
  ・実用化に向けての利点
 3.小腸から大腸癌へ―幹細胞研究の新しい展開(土屋輝一郎・渡辺 守)
  ・小腸上皮細胞の幹細胞制御
  ・大腸上皮細胞の幹細胞制御
  ・大腸癌の幹細胞制御
  ・炎症を背景とした大腸癌
 4.最新大腸がん統計(溝田友里・山本精一郎)
  ・大腸がん罹患率
  ・大腸がん死亡率
  ・大腸がん生存率
 5.予防の可能性を問う(石川秀樹)
  ・生活習慣の改善による大腸癌予防
  ・大腸腺腫の内視鏡的摘除による大腸癌予防
  ・化学予防による大腸癌予防
 6.検診で死亡率を下げる方策を探る(斎藤 博・他)
  ・組織型検診(OS)―成果のあがる検診とあがらない検診がある
  ・がん検診の必要条件と成果へのメカニズム
  ・OSの定義と水準
  ・OS vs.任意型検診―成果の違い
  ・日本の現状(対策型検診)とOSとのギャップ
  ・大腸がん検診
診断のUPDATE
 7.早期大腸癌の術前内視鏡診断の限界と近未来(田中信治・他)
  ・早期大腸癌に対する術前深達度診断指標
  ・大腸T1癌転移リスク評価の新展開による術前診断目標の変遷
  ・大腸T1癌に対する完全摘除生検としてのESD
  ・大腸T1癌に対する完全摘除生検適応決定のための術前診断の今後
  ・大腸T1癌に対する完全摘除生検可能病変の診断学を生かすためには?
 8.大腸癌内視鏡治療の限界と近未来(樫田博史)
  ・転移の有無からみた限界
  ・技術上の限界
  ・内視鏡治療の近未来
 9.正確な病理診断と転移予測―大腸癌の病理診断を中心に(菅井 有・他)
  ・病理組織像は転移や予後を予測するか?
  ・病理学的進行度分類は癌の予後を予測するもっとも有用な所見である
  ・脈管侵襲像の評価は臨床病理学的に有用である
  ・芽出像(tumor budding,sprouting)は癌の転移や予後を予測するために有用である
  ・芽出像にはpro-tumor factorとanti-tumor factorがある
  ・Cancer associated fibroblas(t CAF)は癌の転移や予後を予測するために有用とされている
  ・M2マクロファージは癌の転移能を促進するかもしれない
 10.直腸癌における側方リンパ節転移の画像診断(矢野秀朗)
  ・側方リンパ節とは
  ・直腸のリンパ流
  ・直腸癌における側方リンパ節転移
  ・直腸癌における側方リンパ節郭清
  ・側方リンパ節の術前診断
  ・側方リンパ節の画像診断
  ・今後の課題
 11.PET診断の有用性と限界(岩渕 雄・村上康二)
  ・病期診断におけるFDG-PETの有用性と限界
  ・再発診断におけるFDG-PET/CTの有用性と限界
  ・予後予測,治療効果判定におけるFDG-PETの有用性と限界
治療のUPDATE
 12.日本と海外のガイドライン―使用法における指針と注意点(永井雄三・他)
  ・各ガイドラインの特徴
  ・各ガイドラインの差異の比較
 13.大腸癌取扱い規約の課題と展望(固武健二郎)
  ・大腸癌取扱い規約の役割
  ・TNM分類
  ・大腸癌取扱い規約の分類
  ・リンパ節転移
  ・ステージ分類の課題
  ・ステージ分類に関する展望
 14.結腸癌の外科治療の変遷(赤木智徳・猪股雅史)
  ・結腸癌の治療成績―海外との比較
  ・腹腔鏡下手術
  ・単孔式大腸切除
  ・ステント治療
  ・Conversion therapy
 15.大腸癌術後補助化学療法のコンセンサスと将来展望(冨田尚裕)
  ・大腸癌術後補助化学療法のコンセンサス
  ・大腸癌術後補助化学療法の課題
  ・大腸癌術後化学療法における個別化治療に関する将来展望
 16.直腸癌の外科治療の最前線(長谷川 傑・坂井義治)
  ・直腸癌に対する腹腔鏡手術の適応拡大
  ・直腸癌に対するロボット手術
  ・経肛門アプローチ
 17.肝転移の治療戦略―切除の限界を越えるために何をすべきか(片寄 友・海野倫明)
  ・切除の限界とは
  ・技術的な外科的因子の限界を越えるために
  ・予後的因子の限界を越えるために
 18.進行再発大腸癌化学療法の最新の話題と近未来展望(谷口浩也・室 圭)
  ・後方ラインでの新薬の導入―レゴラフェニブとTAS-102
  ・KRASからRASへ
  ・初回治療レジメンに関するエビデンス
  ・BRAF変異陽性大腸癌
 19.大腸癌に対する放射線治療の意義と応用(早川和重)
  ・放射線治療の方法と原理
  ・放射線治療(外照射)の実際
  ・大腸癌に対する放射線治療の意義
 20.大腸癌術後サーベイランスの変遷(梶原由規・長谷和生)
  ・大腸癌術後サーベイランスの変遷
  ・わが国で推奨されている再発に対する術後サーベイランス
  ・異時性多重がんに対する術後サーベイランス
  ・異時性重複がんに対する術後サーベイランス
  ・わが国における術後サーベイランスの課題

サイドメモ
 癌と循環器疾患における“一次予防”と“二次予防”
 検診の有効性の指標
 VN型pit patternの長径によるSM浸潤度の具体的な実測診断
 大腸癌内視鏡治療に関するガイドライン
 PSF補正とTOF法
 da Vinci(R) Surgical System
 抗癌剤の臨床試験
 マイクロサテライト不安定性(MSI)
 Precision medicine