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はじめに―ヒト免疫学の新しい方向性
 山本一彦
 東京大学大学院医学系研究科アレルギーリウマチ学
 免疫学はその生物学的な重要性とともに,自己免疫疾患,アレルギー疾患をはじめ,感染症,癌,移植,さらに動脈硬化,肥満を含む生活習慣病など,多くの疾病に関与する研究領域である.わが国の基礎免疫学はサイトカイン,自然免疫などで世界をリードする研究者が多く,わが国を代表する研究領域のひとつといってよい.しかし,残念ながらヒトの免疫学に関しては,研究者の数を含めて欧米などに遅れをとっている.
 マウスを中心とした生命科学としての基礎免疫学は,いまだに分からないことが山積しており,これらをさらに推進しなければならないのは当然である.しかし,臨床医学の立場に立てば,基礎免疫学で見出された多くの事実をヒトの免疫システムとヒトの疾病・病態の理解に結びつけ,より理想的な診断法や治療法の開発を推進することが必須である.このためにはヒトの免疫システムを研究する学問体系を確立し,マウスからヒトの免疫学へのトランスレーションを推進しなければならないと考える.
 マウスからヒトへの移行の難しさはすべての医学の領域に共通ではあるが,とくに免疫現象には多くの細胞が関与し,遺伝子の再構成とそれぞれの遺伝子産物間のネットワークが複雑に構築されている.さらに,ひとつひとつの細胞で働く分子についてもマウスとヒトで異なる点が少なくないことから,マウスとヒトのギャップが非常に大きい領域といわれている.したがって,疾患の克服まで進めるためには,ヒトの免疫現象をマウスと対比させ比較しつつ,新しい学問体系とも融合しながらヒト免疫システム全体を理解する研究領域の確立と発展が必須となっている.
 しかし一方,ヒト免疫学が進むべき方向に関しては明確な解答はまだない.ヒト免疫担当細胞に対する多角的解析に加えて,ヒト化マウスやiPS細胞などの新しい技術の導入,分子標的薬の生体内での反応解析,ゲノムと遺伝子発現,疾患情報などを含むビックデータの統合的解析など,多くの方向を模索する必要がある.本特集のなかに,その息吹を感じていただければ幸いである.
 はじめに―ヒト免疫学の新しい方向性(山本一彦)
ゲノム解析
 1.原発性免疫不全症の原因遺伝子探索の新展開(峯岸克行)
  ・原発性免疫不全症(PID)の病態
  ・次世代シークエンサー登場以前の原因遺伝子同定法
  ・次世代シークエンサーによるPIDの原因遺伝子同定
  ・エクソーム解析による原因遺伝子同定戦略
  ・免疫不全症の表現型の多様性
  ・今後の課題
 2.自己炎症性疾患(西小森隆太・平家俊男)
  ・自己炎症性疾患の原因遺伝子探索の歴史
  ・全エクソーム解析による遺伝子同定の実例―Aicardi-Goutieres症候群
  ・次世代シークエンサーによる臨床的遺伝子診断応用―潜在性NLRP3体細胞モザイクの診断
  ・次世代シークエンサーによる臨床的遺伝子診断応用―自己炎症パネル診断
 3.Common diseaseである自己免疫疾患のゲノム解析(岡田随象)
  ・大規模ヒトゲノム解析による自己免疫疾患感受性遺伝子の同定
  ・国際コンソーシアムによるRA大規模ゲノムワイド関連解析の実施
  ・データベース横断的解析によるRA疾患病態の解明
  ・HLA imputation法による自己免疫疾患とHLA遺伝子のかかわりの解明
  ・疾患感受性遺伝子情報を活用したゲノム創薬のあらたな枠組み
 4.アレルギー疾患のゲノム解析(広田朝光・玉利真由美)
  ・ゲノムワイド関連解析(GWAS)の現況
  ・気管支喘息のGWAS
  ・アトピー性皮膚炎のGWAS
  ・その他のGWAS
  ・現在の課題
 5.ゲノム機能学からみたヒト免疫(高地雄太)
  ・次世代シークエンシング技術によるゲノム解析
  ・ヒトゲノム配列の多様性解析
  ・ヒトゲノムの機能性解析
  ・eQTL解析
リンパ球解析
 6.ヒト末梢血リンパ球への標準的アプローチ(住友秀次)
  ・ヒトリンパ球のFACS解析における問題点
  ・ヒトリンパ球のFACS解析の標準化
  ・ヒトリンパ球のFACS解析のプロトコール
 7.多パラメータ解析による免疫担当細胞亜群同定と機能解析(森尾友宏・他)
  ・多色解析への道
  ・ヒト免疫担当細胞亜群解析
  ・組み合わせることのできる情報
  ・フローサイトメータの先にある多パラメータ解析
 8.ヒトヘルパーT細胞サブセットの多様性と病態における役割(中山田真吾・田中良哉)
  ・ヘルパーT細胞の分化と機能
  ・ヒトヘルパーT細胞サブセットと病態への関与
  ・ヘルパーT細胞の可塑性・多様性の病態における意義
 9.ヒト末梢血濾胞性ヘルパーT細胞サブセット―解析と臨床への応用(上野英樹)
  ・二次リンパ組織におけるTfh細胞
  ・ヒト血液中CXCR5+T細胞―発見から最近の概念の変遷
  ・ヒト末梢血メモリーTfh細胞サブセット
  ・ヒト末梢血メモリーTfh細胞解析による生体内Tfh反応の評価
 10.ヒト制御性T細胞の解析(西川博嘉・坂口志文)
  ・ヒトTregs
  ・Tregs分類法によるがん免疫の検討
 11.ヒト慢性炎症組織での病原性メモリーTh2細胞の解析(遠藤裕介・中山俊憲)
  ・喘息における病原性(pathogenic)メモリーTh2細胞の多様性
  ・肺におけるIL-5産生pathogenicメモリーTh2細胞亜集団
  ・好酸球性副鼻腔炎におけるPathogenicメモリーTh2細胞
  ・皮膚におけるIL-5産生pathogenicメモリーTh2細胞亜集団
  ・慢性気道炎症におけるIL-17産生pathogenicメモリーTh2細胞亜集団
治療に関する解析
 12.サイトカインに対する生物学的製剤と免疫学(金子祐子・竹内 勤)
  ・関節リウマチ(RA)の病態
  ・サイトカインを阻害する生物学的製剤
  ・サイトカイン阻害薬から得られた知見
 13.細胞表面分子に対する生物学的製剤と免疫学(坊垣暁之・渥美達也)
  ・B細胞を標的とした生物学的製剤
  ・抗CD20抗体,抗CD22抗体
  ・共刺激分子を標的とした生物学的製剤
  ・インテグリンを標的とした生物学的製剤
  ・その他の分子を標的とした生物学的製剤―Denosumab(抗RANKL抗体)
 14.ワクチン開発の新しい方向性―アジュバントを軸に(小檜山康司・石井 健)
  ・既存のアジュバント―温故知新のイノベーション
  ・第二,第三世代のTLRリガンドアジュバント開発研究
  ・過去成功したワクチンにはすべてアジュバント成分(因子)が組み込まれている
  ・新しいワクチンの形
  ・新しいワクチンの可能性
 15.ヒト腫瘍免疫学とがん免疫療法のさらなる発展をめざして(河上 裕)
  ・がん免疫療法の最近の進歩
  ・がん免疫療法の抗腫瘍効果の機序
  ・今後の課題と解決策―免疫バイオマーカーと治療標的の同定
  ・個別化複合免疫療法の開発
  ・ヒト腫瘍免疫学のさらなる発展のために必要なこと
 16.神経免疫における新しい流れ―Bedside to benchアプローチによる治療法開発(山村 隆・他)
  ・“広義のMS”は多様な病態を含む
  ・MS病態多様性とT細胞
  ・MS病態多様性とB細胞/自己抗体
  ・IL-6シグナル阻害療法
 17.分子標的治療(田中良哉)
  ・低分子量分子標的薬
  ・RAの病態とJAK
  ・トファシチニブの有効性
  ・トファシチニブの安全性
  ・新規Jak阻害薬
  ・その他のキナーゼ阻害薬
あたらしいアプローチ
 18.ヒト化マウスを用いたヒト造血・免疫系の理解(石川文彦)
  ・免疫系ヒト化マウス
  ・ヒト型環境をもつ新世代ヒト化マウス
  ・疾患モデルとしてのヒト化マウス
  ・今後の展望
 19.ヒト腸管免疫(西村潤一・竹田 潔)
  ・炎症性腸疾患に関する病態解析
  ・ヒト腸管免疫に含まれる自然免疫細胞
  ・腸内細菌に対する腸管免疫応答
 20.テトラマーによる抗原特異的T細胞の解析(庄田宏文)
  ・テトラマーによるアレルギーの解析
  ・テトラマーによるセリアック病の解析
  ・テトラマーによる自己免疫疾患の解析

 サイドメモ
  インフラマソーム
  なぜヒト疾患ゲノム解析が重要なのか
  疾患感受性SNPのリスクは小さいのか
  GWASと遺伝子多型
  発現定量的形質遺伝子座(eQTL)
  マスサイトメトリー
  JAK/STAT経路
  エピジェネティクス
  末梢血メモリーTfh細胞はどこから来るのか
  がん抗原
  視神経脊髄炎(NMO)
  Xenograft