やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 福嶋義光
 信州大学医学部遺伝医学・予防医学教室
 ゲノム科学研究の進展により医学・医療のあらゆる分野に遺伝子情報,ゲノム情報が応用されてきており,すべての医学・医療関係者にはGenetics(遺伝学)およびGenomics(ゲノム学)の基本的概念の理解が求められている.
 著者が理事長を務める日本人類遺伝学会は1956年に創立されたが,2007年に学会の目的を“人類の遺伝に関する研究の発展”から“人類の遺伝とその多様性に関する研究の発展”に変更した.遺伝学と訳されているGeneticsには遺伝継承と多様性の概念が含まれており,今後,この多様性の理解がますます重要になるからである.
 次世代シークエンサーやマイクロアレイ解析技術の驚異的な進歩により,個人のゲノム情報が網羅的に,安価に実施できる状況になっているが,個人間の違いが差別に結びつかないように,人間の多様性を前提にたがいが尊重しあう社会を構築していく必要がある.そのためには本特集号のテーマである“遺伝子医療の現状とゲノム医療の近未来”について多くの方々に共通の認識をもっていただきたいと考えた.
 はじめに,“ゲノム医療を支える技術開発”では次世代シークエンサーなどの技術的な側面だけではなく,得られたゲノム情報をどのように解釈するのかについての基本的事項についても記述していただいた.
 2つ目の“遺伝子医療の現状”では,すでに単一遺伝子疾患を中心に遺伝子医療は開始されており,今後のゲノム医療のモデルとしての意味を含め,いくつかの疾患・状態についてその現状を記載していただいた.
 3つ目の“広がるゲノム医療”では,癌や感染症の診断,薬剤の選択,再生医学におけるゲノム解析の役割について述べていただいた.
 最後の“遺伝子医療・ゲノム医療を支える社会基盤”では,わが国では医療制度に遺伝学的検査がほとんど取り入れていない現状を踏まえつつ,日本人類遺伝学会を中心に行われているガイドラインの整備や人材育成などについてまとめていただいた.
 お忙しいなか,執筆して下さった方々に感謝するとともに,本特集号が多くの医学・医療関係者に読まれ,ゲノム解析技術が真に医療や福祉の向上に役立てられるようになることを願うものである.
 はじめに(福嶋義光)
ゲノム医療を支える技術開発
 1.次世代シーケンサーによるゲノム解析技術の進歩(細道一善・井ノ上逸朗)
  ・次世代シーケンサーによる個人ゲノム決定 ・ナノポアテクノロジー
  ・次世代シーケンサーによる大規模ゲノム解析 ・診断用次世代シーケンサー
  ・次世代シーケンサーの進歩
 2.ゲノムコホート研究とバイオバンク―個別化予防と個別化医療の基盤づくりのために(鈴木洋一・山本雅之)
  ・ゲノムコホート研究の必要性
  ・海外で実施されているゲノムコホート調査
  ・日本のゲノムコホート調査
  ・ゲノム情報を含むバイオバンク
  ・東北メディカル・メガバンク機構のコホート研究とバイオバンク
 3.ヒトゲノムの多様性の体系化とバリエーションデータベース(小池麻子・徳永勝士)
  ・海外の変異と表現型の関係性データベース
  ・統合化推進プログラムによるヒトゲノムバリエーションデータベース
 4.ゲノム構造解析の変革(稲垣秀人・倉橋浩樹)
  ・マイクロアレイの現状 ・NGSは染色体検査から置き換わることができるか
  ・次世代シーケンス(NGS)の到来
 5.パーソナルゲノム医療の科学的根拠(城戸 隆・鎌谷直之)
  ・多因子疾患の個人の表現型予測の基本的論理
  ・効果サイズの大きな単一座位による表現型予測
  ・頻度の低い形質の予測の不確実性の指標
  ・創薬可能性予測
遺伝子医療の現状
 6.包括的遺伝子医療の実際―信州大学医学部附属病院遺伝子診療部の取組み(古庄知己)
  ・包括的遺伝子医療の理念
  ・信州大学医学部附属病院における包括的遺伝子医療の取組み
  ・遺伝性結合組織疾患
  ・Duchenne型筋ジストロフィー
  ・Prader-Willi症候群
 7.ゲノムデータベースの利用―小児遺伝疾患(先天奇形症候群)を中心に(黒澤健司)
  ・マイクロアレイ染色体検査 ・その他のexome解析
  ・シーケンス解析
 8.遺伝性腫瘍診療の現状―HBOC,Lynch症候群,FAP,MENを中心に(新井正美)
  ・遺伝性乳癌卵巣癌(HBOC) ・MEN
  ・Lynch症候群およびFAP
 9.遺伝性神経疾患における発症前診断の現状(関島良樹)
  ・遺伝性神経疾患の発症前診断に対する考え方 ・今後の展望
  ・遺伝性神経疾患に対する発症前診断の現状
  ・遺伝性神経疾患に対する発症前診断の課題
 10.遺伝性循環器疾患における遺伝子診断の現状(森崎裕子)
  ・遺伝性結合組織異常・遺伝性大動脈瘤 ・遺伝性肺動脈性肺高血圧症(HPAH)
  ・遺伝性不整脈 ・遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)
  ・遺伝性心筋症
 11.難聴における遺伝子医療の現状―ゲノム医療のモデルとして(西尾信哉・宇佐美真一)
  ・先天性難聴の遺伝子診断 ・難聴の遺伝子診断における遺伝カウンセリング
  ・難聴の遺伝子診断による個別化医療 ・遺伝性難聴の次世代シークエンシング解析
 12.出生前診断(NIPTを除く)(山田崇弘)
  ・出生前診断にかかわるガイドラインと見解 ・マイクロアレイ検査
  ・非確定検査法と確定検査法 ・遺伝子診断
  ・染色体核型分析
 13.無侵襲的出生前遺伝学検査(金井 誠)
  ・NIPTの開発に至る背景 ・わが国におけるNIPTの施行状況
  ・NIPTの検査原理 ・遺伝カウンセリング
  ・NIPTの検査精度とその解釈の注意点
 14.習慣流産における遺伝子医療の関与―着床前診断を含めて(杉浦真弓)
  ・着床前診断の歴史 ・胎児染色体数的異常とスクリーニング
  ・倫理的諸問題とわが国の現状 ・習慣流産と遺伝子の関与
  ・染色体均衡型転座保因者の習慣流産
拡がるゲノム医療
 15.急速に臨床応用が進むがんゲノム診断パネル(柴田龍弘)
  ・ニーズと重要性が増す臨床シークエンス
  ・ゲノム診断におけるターゲットリシークエンス
  ・がん診断パネルによる融合遺伝子・コピー数異常の検出
  ・がん診断パネル
  ・今後のがん診断パネルの展開
 16.コンパニオン診断薬・コンパニオン診断検査(登 勉)
  ・用語の整理
  ・個別化医療におけるコンパニオン診断検査の意義
  ・コンパニオン診断薬の臨床応用の現状と課題
  ・今後の展望
 17.薬物動態関連遺伝子の薬理遺伝学―個人差を予測するバイオマーカーとしての遺伝子情報(家入一郎)
  ・薬物代謝酵素―CYP2D6を例に
  ・トランスポーター(薬物輸送蛋白質)―OATP1B1を例に
  ・遺伝子多型の臨床活用―添付文書を例に
 18.感染症とゲノム解析(古田隆久)
  ・感染性細菌・ウイルスの病原性にかかわるゲノム解析
  ・感染性細菌・ウイルスの治療反応性にかかわるゲノム解析
  ・感染宿主の感染応答に関するゲノム解析
 19.再生医療領域におけるiPS細胞のゲノム解析(原田直樹)
  ・iPS細胞ストック構築プロジェクト
  ・GMP/GTPに準拠した医療用iPS細胞の樹立と品質評価
  ・ゲノム品質の評価
  ・品質評価試験の確立と標準化に向けて
遺伝子医療・ゲノム医療を支える社会基盤
 20.遺伝子医療・ゲノム医療に関係する指針・見解(堤 正好)
  ・遺伝子医療・ゲノム医療における遺伝情報の特性
  ・“医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン”(日本医学会)の策定
  ・薬理遺伝学的検査に関連するガイドラインとその取扱い
  ・遺伝学的検査の質保証
 21.誰もが“遺伝”を正しく知る社会へ(櫻井晃洋)
  ・“遺伝”のイメージ ・医学教育における遺伝医学
  ・個人がゲノム情報をもつ時代 ・初等・中等教育における遺伝教育
 22.希少難病問題:置き去りの6,700疾患―難病対策新法(小泉二郎)
  ・東日本大震災での活動と教訓 ・SORDと専門家による共同研究
  ・希少難病の現状
 23.遺伝子検査ビジネスの現状と問題点(高田史男)
  ・体質遺伝学的検査 ・国内行政
  ・親子鑑定遺伝子検査ビジネス ・学界
  ・各界の対応 ・業界
 24.人材養成1:臨床遺伝専門医(羽田 明)
  ・臨床遺伝専門医制度
  ・ゲノム医療に不可欠な人材としての臨床遺伝専門医
  ・臨床遺伝専門医に求められる要件
  ・日本専門医機構の制度認定へ向けた現状
  ・今後の課題
 25.人材養成2:活躍をはじめた認定遺伝カウンセラー(川目 裕)
  ・認定遺伝カウンセラーの誕生 ・認定遺伝カウンセラーの役割
  ・わが国の認定遺伝カウンセラー制度 ・認定遺伝カウンセラー協会と倫理綱領
 26.人材養成3:臨床細胞遺伝学認定士(大橋博文)
  ・臨床細胞遺伝学認定士に求められる役割 ・現在の認定状況
  ・臨床細胞遺伝学認定士制度の骨格 ・今後の展望
  ・認定士,指導士,研修施設の認定方法
 27.人材養成4:ジェネティックエキスパート(中山智祥)
  ・遺伝子関連検査にかかわる認定資格
  ・次世代シークエンサー時代に向けて必要とされる資格
  ・ジェネティックエキスパート認定制度の立ち上げ

 サイドメモ
  症例対照研究とコホート研究
  オッズ比
  癌の遺伝医療の特徴
  全国遺伝子医療部門連絡会議
  The Dominantly Inherited Alzheimer Network(DIAN)
  卵子の老化
  JCCLSによる遺伝子関連検査の定義と標準化の取組み