やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 米原 伸
 京都大学大学院生命科学研究科高次遺伝情報学分野
 細胞死の研究は,アポトーシスの研究を中心に大きな発展をみせてきた.そして,その分子機構について多くの知見が蓄積し,全体像がほぼ理解できたといっても過言ではない.また,細胞死はさまざまな生理的また病理的現象にかかわる現象として広く認識され,さまざまな研究領域と密接にかかわる基本的な現象として認識されている.
 このような状況のもとで,細胞死に焦点を当てた特集を企画することとなった.企画段階で考えたことは,さまざまな生理的・病理的現象にかかわる細胞死という現象について多くの読者の方々にその研究の現状と今後の発展性について理解していただくこと,またその理解は各研究領域の発展に役立つに違いないということであった.そして,そのような観点から下記の3つの柱を設定し,わが国を代表する細胞死の研究者のみなさんに執筆をお願いした.
 (1)多様な細胞死……アポトーシスがcaspaseの活性化を介することが判明したことにより,caspaseに依存しない細胞死の存在が明らかになっている.そこで,アポトーシスと非アポトーシス(caspaseの活性化を伴わない細胞死)を含む多様な細胞死の実態と生物学的・医学的意義について現時点での知識をまとめる.
 (2)死細胞が発するシグナル……死細胞は消え去るだけのものではなく,それ自体が周囲に炎症や増殖を誘導するシグナルを発することがわかってきている.このような死細胞が発するシグナルについて,現時点におけるその実態と生物学的・医学的意義をまとめる.
 (3)細胞死の制御による疾患の治療……細胞死の直接的な制御による疾患の治療が現実となってきている.そのような治療薬の開発をめざしている研究,また実際の開発の現状を紹介する.
 多くの生理・病理現象に深くかかわる細胞死をテーマとする本特集が,読者の方々の今後の研究の展開と発展への一助となることを期待したい.
 はじめに(米原 伸)
多様な細胞死の実態
 1.死細胞誘導シグナルの可視化(小澤岳昌・尾崎倫孝)
  ・生物発光を利用したアポトーシス検出プローブ
  ・生物発光pHプローブを用いたオートファジーの検出
 2.オートファジー細胞死―恒常的オートファジーとオートファジー細胞死の比較(荒川聡子・清水重臣)
  ・オートファジーとは何か
  ・オートファジー細胞死とは何か
  ・オートファジーによって細胞死が進行するか
  ・恒常的オートファジーと,細胞死を引き起こすオートファジーとの違いは何か
  ・オートファジーの亢進により,なぜ細胞が死ぬのか
  ・他の細胞死(アポトーシス,ネクローシス)との違いは何か
  ・オートファジー細胞死は実際に生体内のどこでみられるのか
 3.シクロフィリンDに依存したネクローシス(辻本賀英)
  ・ミトコンドリア膜透過性遷移現象(MPT)
  ・MPTのメカニズム
  ・MPTと細胞死(アポトーシスとネクローシス)
  ・MPTの生理的役割
  ・MPT依存的ネクローシスと疾患
 4.酸化ストレスによって誘導される多様な細胞死の分子機構(関根悠介・一條秀憲)
  ・酸化ストレスと細胞死
  ・酸化ストレス依存的なネクローシスの分子機構
  ・ASK1による酸化ストレス依存的な細胞死誘導機構
細胞死の多様な機能
 5.細胞死が推進する上皮組織の維持・形成と移動
 ―死してその先にあるもの(倉永英里奈)
  ・細胞死が支える上皮組織の形成と維持
  ・上皮組織形成を推進する動力としての細胞死
 6.アポトーシスの頭部神経管閉鎖における役割(山口良文)
  ・細胞社会のなかの細胞死
  ・細胞社会におけるプログラム細胞死とアポトーシス
  ・神経管閉鎖過程に生じる内因性経路アポトーシス
  ・神経管閉鎖動態にアポトーシス欠損が与える影響
  ・頭部神経管閉鎖の発生時間枠モデル
  ・死細胞動態の違いと細胞死様式の違いが神経管形成にもつ意味
  ・おわりに―二分脊椎,脳ヘルニア,水頭症,その他の先天奇形とのかかわり
 7.転写因子E2F1が細胞の生死を決定する新しい分子機構(青木一郎)
  ・翻訳後修飾によるE2F1の活性制御
  ・NEDD8化によるE2F1の活性制御
 8.オートファジー細胞死と癌(清水重臣)
  ・オートファジー細胞死とは
  ・オートファジーと癌
  ・オートファジー細胞死と癌
 9.Fasで除去される新規2型免疫細胞とIgE抗体産生(福岡あゆみ・米原 伸)
  ・Fasを介したアポトーシスの誘導
  ・Fas欠損マウス
  ・Fasとアレルギー疾患
  ・2型自然免疫細胞(Type 2 innate lymphoid cells:ILC2)
  ・Fasによって除去されるF-NH細胞
死細胞が発するシグナル
 10.細胞死と代償性増殖(仁科隆史・中野裕康)
  ・ショウジョウバエを用いた代償性増殖研究
  ・細胞死と酸化ストレス
  ・酸化ストレスと代償性増殖
 11.細胞競合―状況依存的な細胞死と代償性の増殖(大澤志津江・井垣達吏)
  ・細胞競合の発見
  ・細胞競合における状況依存的細胞死の分子メカニズム
  ・代償性増殖とその分子機構
 12.パイロトーシス:新しいネクローシス様プログラム細胞死(須田貴司)
  ・パイロトーシスとは
  ・パイロトーシスの分子機構
  ・パイロトーシスにおけるカスパーゼ1の蛋白分解酵素活性の必要性
  ・非標準的経路
  ・パイロトーシスの生理的役割
  ・パイロトーシス細胞の貪食
 13.死細胞を認識する受容体Mincle(三宅靖延・山崎 晶)
  ・死細胞を認識する受容体
  ・死細胞認識受容体Mincle
  ・生体におけるMincleの役割
  ・Mincleによる自己および非自己の危機感知
  ・クロスプレゼンテーションに関与する死細胞認識受容体Clec9a
細胞死の制御による疾患治療
 14.2型糖尿病における膵β細胞死とオートファジー(小宮幸次・綿田裕孝)
  ・糖尿病とオートファジー
  ・膵β細胞におけるオートファジー
  ・各種ストレスとオートファジー
 15.神経変性疾患と細胞死(垣塚 彰)
  ・遺伝性神経変性疾患に認められる優性遺伝の正体
  ・神経変性疾患の発症に関与するVCP
  ・VCPのATPase活性を阻害する化合物の開発
  ・ATPの減少抑制による細胞の保護
 16.抗Fas抗体による関節炎に対する新しい治療のアプローチ(中村郁朗・西岡久寿樹)
  ・関節リウマチ
  ・血友病性関節症
  ・変形性関節症

 サイドメモ
  Mediator complex
  エントーシス
  増殖を停止した細胞における代償性増殖
  Pyroptosis/DAMPs
  DAMPs(damage-associated molecular patterns)
  Fasのシグナル伝達