やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 熊谷裕生
 防衛医科大学校腎臓内分泌内科
 今回の特集では“自律神経による調節とその破綻”と題して日本の最高の専門家にご自身のデータ,および交感神経研究の最先端の動向を書いていただいた.執筆して下さったのは世界レベルで活躍しておられる研究者および臨床医の先生方であり,読者はこの一冊を読めば世界の交感神経研究の最新の部分に触れることができると思う.
 自律神経系および交感神経系はヒトや脊椎動物の血圧および呼吸など生命活動の基礎をなす重要なシステムであるが,わかりづらく地味であったためこれまで敬遠されてきた.しかし,2009年に高血圧患者に対して腎交感神経および求心性腎神経を腎動脈の内側からアブレーション(焼灼)する治療で1年間血圧を下げることに成功したというLancetの論文が発表されて,他の領域の先生方も交感神経調節の重要性を認識してくださるようになった.
 さまざまな分野の研究者や臨床医に読んでいただきたいと考えて,この特集は多岐にわたる内容をカバーしたつもりである.循環調節の基礎的な経路,呼吸と循環の相互関係,血圧調節とその破綻である高血圧の発症維持,日常および宇宙から帰還したときにみられる低血圧,血圧日内変動,不整脈と心拍変動の異常,心不全の病態と治療,慢性腎臓病と血圧日内変動など,喫緊の課題について専門の先生に具体的に丁寧に論じていただいた.
 読者はどの章でも興味のあるところから読み始めていただき,次に他の章に移って行っていただきたい.いろいろな章を行ったりきたりしているうちにわかりづらかった点がわかりはじめることもあると思う.各論文にできるだけ新しい優れた文献を掲げていただいたので,それらのいくつかも読むと理解をさらに深めていただけるはずである.世界的な研究者が腕によりをかけて執筆して下さったのですこしわかりにくい所もあるかもしれないが,世界レベルの最新の自律神経研究を大いに楽しんでいただきたい.実験動物で起こることだけではなく,患者の病態把握や治療に結びつけるように書いていただいたので,明日からの実践に生かしていただけると幸いである.
 はじめに(熊谷裕生)
延髄吻側および尾側の交感神経中枢
 1.交感神経系の伝達経路と腎神経アブレーション(熊谷裕生・大島直紀)
  ・交感神経活動亢進による血圧上昇の機序
  ・動脈・圧受容器反射による血圧の安定化
  ・心臓・圧受容器反射
  ・レニン-アンジオテンシン系が亢進しているタイプの本態性高血圧
  ・腎神経アブレーションによる降圧治療
 2.ホールセル・パッチクランプ法を用いた圧受容器反射を有する延髄尾側腹外側野(CVLM)ニューロンの検討(大島直紀・熊谷裕生)
  ・実験方法
  ・結果
  ・圧反射用摘出脳幹脊髄標本によるCVLMニューロン研究
呼吸と循環
 3.呼吸リズム形成の神経機構と中枢化学受容(鬼丸 洋)
  ・呼吸リズムジェネレーター
  ・呼吸リズム周期の決定機構
  ・pFRGと中枢化学受容器
  ・発生と発達
  ・成熟動物におけるリズム形成機構との関連
  ・リズムジェネレーターの細胞機構
 4.中脳における交感神経と呼吸機能との相互作用(飯ヶ谷嘉門・熊谷裕生)
  ・ストレスは神経内分泌活性を亢進させ血圧を上昇させる
  ・ストレスに対する中脳の役割
交感神経による血圧調節
 5.高血圧―交感神経中枢と末梢神経のすれ違い(西田育弘)
  ・高血圧と交感神経
  ・交感神経亢進のメカニズム
  ・末梢交感神経活動
  ・交感神経中枢抑制系
  ・中枢性nNOSニューロン
  ・中枢と末梢のすれ違い
  ・末梢からのシグナル
 6.血圧日内変動と自律神経機能(小原克彦)
  ・血圧変動に関連する内因性要因
  ・自律神経不全患者における血圧変動
  ・夜間血圧変動と自律神経機能
  ・圧受容器反射機能
  ・交感神経抑制薬と血圧変動
  ・腎交感神経切除と血圧変動
 7.慢性腎臓病と血圧変動(田村功一・前田晃延)
  ・CKDと血圧変動との関連性
  ・CKDにおける血圧管理と血圧変動
 8.神経性循環調節におけるアンジオテンシン(1.7)の役割(崎間 敦)
  ・ACE/Ang-(1-7)/Mas受容体系の確立
  ・循環調節における脳内ACE/Ang-(1-7)/Mas受容体系の役割
低血圧
 9.宇宙から帰還後の起立性低血圧―前庭系の関与?(森田啓之・安部 力)
  ・起立性低血圧
  ・前庭-心血管反射
  ・圧受容器反射から前庭-交感神経反射への影響
  ・前庭-交感神経反射から圧受容器反射への影響
  ・ヒトの起立時の血圧調節における前庭系の関与
  ・前庭系の可塑性
 10.自律神経失調症における起立性低血圧(佐藤隆幸)
  ・起立時の血圧維持機構
  ・起立性低血圧を起こす原因
  ・健常人での起立性血圧下降―年齢,性差による違い
  ・起立性低血圧の定義と血圧測定上の注意点
  ・血圧測定上の問題点
  ・圧受容体反射機能の動的特性評価法と自律神経失調症にみられる特徴
不整脈と心拍変動
 11.自律神経系の破綻は心臓突然死の序章である―中枢性の交感神経系との関連において(大坂元久)
  ・心臓突然死とは
  ・心臓突然死の症例
  ・マクロからミクロまでの心拍にみるリズム性
  ・中枢性のリズム
  ・心臓突然死を予防するための社会貢献的試み
 12.心拍変動解析による自律神経機能評価と予後予測(福田英克・木村玄次郎)
  ・心拍変動とは
  ・心拍変動の分析法
  ・自律神経活動の定量的評価は可能か
  ・心拍変動解析による予後予測
自律神経の破綻と心不全
 13.高血圧から心不全における交感神経活性化:脳の役割(廣岡良隆)
  ・高血圧における交感神経活性と脳の役割
  ・高血圧における交感神経活性化と脳内機序
  ・心不全における交感神経活性化と脳の役割
  ・心不全における脳内機序
  ・交感神経系をターゲットとした治療
 14.心不全における動脈圧反射性交感神経調節の破綻―システム生理学的アプローチによる評価(川田 徹・杉町 勝)
  ・動脈圧反射の動特性
  ・動脈圧反射の静特性
  ・心不全における動脈圧反射異常のメカニズム
 15.交感神経系を標的とした心不全治療の実際―中枢性交感神経制御の意義(城宝秀司)
  ・心不全における交感神経活動とβ遮断薬
  ・その他の心不全治療薬による中枢への交感神経活動への影響
  ・中枢性交感神経活動活性機序
  ・腎交感神経アブレーション
  ・呼吸異常の治療による交感神経抑制
 16.遠心ポンプ式の全置換型人工心臓の自律神経による制御(山家智之・他)
  ・自律制御系を模擬した人工血圧反射システムの方法論
  ・自律神経による人工心臓自動制御システム
  ・市販の人工心臓を応用した完全置換型人工心臓の可能性

 サイドメモ目次
  CKD診療ガイド2012における血圧管理
  動脈圧受容器反射の中枢経路
  頭側(吻側)延髄腹外側野(RVLM)
  dB/octave
  筋交感神経活動(muscle sympathetic nerve activity)
  Adaptive servo-ventilation(ASV)