やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 切池信夫
 大阪市立大学名誉教授
 神経性食思不振症(anorexia nervosa:AN)や神経性過食症(bulimia nervosa:BN)などの摂食障害患者が欧米の白人女性だけでなく,いまや非西洋国であるアジア,中東,アフリカなどにおいても増加している.さらに,アメリカやイギリスにおける黒人系,スペイン系,アジア系などの少数民族においても増加していることが報告されている.このように摂食障害患者は地域や人種を問わず全世界的に増加しているようである.
 わが国における摂食障害の有病率は非西洋諸国のなかではもっとも高率で,神経性過食症においては欧米とほぼ同じといわれている.さらに,患者が思春期から青年期の女性だけでなく,前思春期の低年齢層から既婚の高年齢層まで広がりをみせていることや,臨床像が多様化して非定型例が増加しているのが最近のきわだった特徴である.
 このような状況を踏まえて,平成20年度(2008)から3年間,厚生労働省・神経疾患研究開発費「摂食障害の疫学,病態と診断,治療法,転帰と予後に関する総合的研究」班(主任:切池信夫)が組織された.そして摂食障害の病因や病態に関連して,脳の病態や認知機能,臨床像の多様化と関連して発達障害との関連,さらに職場のメンタルヘルスで女性の摂食障害が無視できない状況にあること,注目される治療法,治療における医療連携システムと社会復帰システムの必要性などが検討されてきた.
 本特集の執筆者の多くは,この研究に参加した研究者や臨床家である.日常臨床に役立つことはもちろん,これから摂食障害について基礎的または臨床的研究を心がけている若い医師たちの興味を刺激するよう,摂食障害に関する最新の知見を把握できるように意図されている.本特集により摂食障害に関する認識がたかまり,研究面や診療面において寄与すること,摂食障害に興味をもつ医師が1人でも増加することを期待したい.
 はじめに(切池信夫)

研究
1.摂食中枢について
 (粟生修司)
 ・エネルギー依存型摂食促進中枢:視床下部外側野・内側弓状核
 ・空腹時に作動する摂食促進機構
 ・エネルギー依存型摂食抑制中枢:視床下部腹内側核・外側弓状核・室傍核
 ・満腹時に作動する摂食抑制機構
 ・栄養素選択的摂食調節機構
 ・長期的摂食・体重制御機構:レプチンカスケード
 ・非常時の摂食調節
 ・エネルギー非依存型情動性・学習性摂食調節:扁桃体・線条体
 ・認知的・社会的食欲調節:前頭前野
2.摂食障害の遺伝子研究―現状と課題
 (小牧 元・安藤哲也)
 ・家族ならびに双生児研究
 ・摂食障害の罹患感受性遺伝子の探索
 ・ゲノムワイド相関解析(GWAS)
3.摂食障害の神経内分泌・代謝に関する研究
 (河合啓介)
 ・ヒトにおける食欲調節のシステム
4.摂食障害の脳画像研究
 (須田真史・上原 徹)
 ・脳形態画像研究
 ・脳機能画像研究
 ・神経伝達物質に関連した核医学的研究
5.摂食障害と認知機能―病態解明と有効な治療法への第一歩
 (岡本百合)
 ・摂食障害にみられやすい認知とは?
 ・神経心理学的研究からみた摂食障害の認知機能
 ・脳機能画像研究で明らかになってきたこと
 ・身体イメージ刺激への反応
 ・グループによる認知行動療法の有効性
6.摂食障害と自律神経機能
 (吉内一浩・石澤哲郎)
 ・心拍変動(HRV)および血圧変動(BPV)
 ・ANの自律神経機能
 ・BNおよびBEDの自律神経機能
7.摂食障害の疫学
 (中井義勝)
 ・日本における摂食障害の発症頻度に関する疫学調査
 ・京都における最新の疫学調査
 ・海外における摂食障害の疫学調査
診療
8.子どもの摂食障害
 (渡辺久子)
 ・児童期の診療体制
 ・学校における早期発見
 ・小児科における神経性食欲不振症の治療
 ・児童期のこころを育みなおす家族的ケア
 ・治療のめやす
9.摂食障害と発達障害
 (和田良久)
 ・広汎性発達障害
 ・摂食障害と発達障害の合併に関する研究の経緯と,その合併率
 ・摂食障害と発達障害の共通点
 ・合併例の診断と治療
10.摂食障害の身体的治療
 (鈴木(堀田)眞理)
 ・摂食障害における身体的治療の役割
 ・身体的治療に関するガイドライン
 ・内科的緊急入院の適応と救急治療を要する合併症
 ・外来診療での身体的治療
 ・摂食障害の入院治療
 ・後遺症対策
 ・慢性化における問題点
11.摂食障害の薬物療法
 (切池信夫)
 ・信頼関係を築く
 ・動機づけの強化と治療への導入
 ・薬物療法
12.摂食障害の認知行動療法
 (中里道子)
 ・CBTの特徴
 ・CBTのあゆみ
 ・摂食障害に対するCBTのエビデンス
 ・摂食障害に対する認知行動モデル
 ・CBTの査定(アセスメント)
 ・自己記入式質問票
 ・過食症に対するCBTの実際
 ・『過食症サバイバルキット』を用いたガイドに基づくセルフヘルプCBT
 ・脳機能画像を用いたCBTの効果研究
 ・CBTの効果研究と今後の展望
13.摂食障害の対人関係療法(IPT)
 (水島広子)
 ・対人関係療法(IPT)とは
 ・摂食障害に対するIPTのエビデンス
 ・摂食障害に対するIPT―“拒食の要素”と“過食の要素”
 ・神経性大食症(BN)に対するIPT―維持因子への注目,医学モデルの徹底
 ・神経性無食欲症(AN)に対するIPT的アプローチ
14.摂食障害と問題行動
 (高木洲一郎)
 ・摂食障害と問題行動
 ・摂食障害と万引き
 ・万引きへの治療的対応
 ・摂食障害の責任能力
15.働く女性の摂食障害
 (山内常生・井上幸紀)
 ・女性摂食障害(ED)患者の就労状況
 ・働く女性患者の職業性ストレス
 ・症例
 ・働く摂食障害患者への対応
15.慢性化した摂食障害のリハビリテーション
 (武田 綾・鈴木健二)
 ・“摂食障害にリハビリテーション”の必要性
 ・摂食障害のリハビリテーションの実際
 ・摂食障害のリハビリテーションとはなにか
16.摂食障害の治療ネットワーク
 (田村奈穂・石川俊男)
 ・治療ネットワークとは
 ・治療ネットワークの重要性
 ・摂食障害の病態による担当診療科の違い
 ・おもな担当科とその他の科の連携の具体例
 ・厚生労働省の摂食障害治療に関する班研究の結果
 ・学校・会社,保健センターとの連携
 ・地域の社会資源との連携
 ・チーム医療
 ・その他の連携
 ・今後の課題
17.摂食障害が“治る”とは?―摂食障害の経過と予後
 (西園 マーハ 文)
 ・神経性無食欲症の経過と予後
 ・過食症も含めた経過,病型移行
 ・予後予測因子
 ・死亡
 ・経過中の治療の焦点のシフト

 ・サイドメモ目次
  レプチン,グレリン,NPY,オキシトシン・バゾプレシン,PYY
  近赤外線分光法(NIRS)
  神経性食欲不振症(AN)の厚生省診断基準とその修正案
  高機能自閉症
  飢餓症候群
  責任能力
  職業性ストレス
  摂食障害のリハビリテ-ション
  欧米の摂食障害専門施設
  Eating Disorder Inventory
  摂食障害患者の妊娠出産