やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 中西宣文
 国立循環器病研究センター心臓血管内科部門肺循環科
 「ゆく河の流れは絶えずして,しかももとの水にあらず.よどみに浮かぶうたかたは,かつ消えかつ結びて,久しくとどまりたるためしなし」
 元暦2(1185)年に鴨長明が大地震を経験して記したとされる,『方丈記』の冒頭の有名な一節である.毎年,晩秋から初冬の時期になると,この一節とともに一年間のさまざまな出来事が思いだされる.2011年はとくに3.11の東日本大震災を経験し,世の栄枯盛衰のはかなさや無常を綴った鴨長明の心象がすこし理解できたような気がするところである.
 小職は約30年間,循環器病学を中心に比較的第一線の施設で臨床医として勤務し,この間いくつかの研究テーマの栄枯盛衰,勃興期・最盛期・成熟期・衰退期をみてきた.勃興期だけで終わったテーマもあり,時々の異なった分野の最新の知見を吸収し,いまなお成長を続けているテーマもある.さて本誌のテーマ“肺高血圧症”はいかがであろうか?
 肺高血圧症,とくに肺動脈性肺高血圧症関連の分野は,1990年代の初頭から勃興期がはじまったと思う.2000年代になってBMPR2遺伝子変異の発見など病因の一端が解明され,3種類の内科的治療薬が使用可能となり,治療ガイドラインの作成も行われた.数年前まではごく少数の専門医にしか認知されていなかった肺高血圧症の臨床分類も,いまでは多くの臨床医に知られ,種々の研究会も盛況である.そろそろ成熟期にさしかかっているのかもしれない.本特集号には,わが国の肺高血圧症専門医により現在の最先端の知識が簡潔に記載されている.本分野の現状を知るためのよい教科書ができたと考えている.ただ,まだまだ肺高血圧症については多くの未解決の問題が山積している.治療成績もけっして満足できるレベルには達しておらず,さらなる飛躍が必要である.若い優秀な臨床医・研究者に,本特集を契機にこれからも肺高血圧症の解明に取り組んでいただければ,肺高血圧症の分野における最盛期はまだまだ先であると信じたい.
 最後にこの場を借りて東日本大震災で被災された方々に,心からのお見舞いを申し上げます.
 はじめに(中西宣文)
総論
 1.ESC/ERS肺高血圧症ガイドラインの解説(佐藤 徹)
  ・肺高血圧症の定義
  ・肺高血圧症の分類
  ・肺高血圧症の病理
  ・肺高血圧症の遺伝,疫学,危険因子
  ・肺動脈性肺高血圧症の診断
  ・肺動脈性肺高血圧症の重症度判定
  ・治療
病因・病態
 2.肺高血圧症の病理(大郷恵子・植田初江)
  ・肺動脈性肺高血圧症の血管病理分類
  ・Group 1.PAHの病理
  ・Constrictive lesions(収縮性病変)
  ・Complex lesions(複合病変)
  ・Group 1'.PVOD and/or PCHの病理
  ・Group 4.CTEPHの病理
 3.新しい肺高血圧症動物モデル(阿部弘太郎)
  ・なぜ,肺高血圧症動物モデルが必要なのか?
  ・肺高血圧症の病理組織所見
  ・従来の肺高血圧症動物モデル
  ・Heath&Edwards分類グレード2以上を示すモデルの条件とは?
  ・ヒトの組織像と血行動態に類似した新しい肺高血圧ラットモデル
  ・このモデルを用いた今後の研究の展望
 4.遺伝性肺高血圧症における遺伝子変異と臨床像(加畑宏樹・浅野浩一郎)
  ・肺高血圧症の遺伝子変異
  ・BMPR2遺伝子変異を有する肺高血圧症
  ・ACVRL/Endoglin遺伝子変異を有する肺高血圧症
  ・Smad遺伝子変異を有する肺高血圧症
  ・5HTT遺伝子プロモーター多型と肺高血圧症
  ・当院におけるPAH患者のBMPR2遺伝子変異の検討
 5.特発性肺動脈性肺高血圧症における肺動脈平滑筋細胞と内皮細胞の特性―病態・病因への関与(中村一文・赤木 達)
  ・血管収縮
  ・血管リモデリング
  ・血栓形成
肺高血圧症の診断法
 6.心エコー法による右心機能と肺血行動態評価法(神崎秀明)
  ・右室機能
  ・ドプラ法
  ・新技術による右室機能評価
 7.CT・MRI・肺血流シンチを用いた肺高血圧症の画像診断と最近のCTのトピックス(東 将浩)
  ・CTの特徴
  ・Dual energy imaging
  ・CTと医療被曝
  ・MRIの特徴
  ・肺血流シンチの概略
 8.肺高血圧診療における右心カテーテル検査―血行動態評価,肺血管反応性試験,肺動脈造影(宮地克維)
  ・右心カテーテル検査の適応と目的
  ・右心カテーテル検査の手技
  ・急性肺血管反応性試験
  ・肺動脈造影
肺高血圧症各論(疾患の解説と内科治療)
 9.特発性肺高血圧症の薬物治療の発展(牧 尚孝・八尾厚史)
  ・IPAHの予後の変遷
  ・エビデンスに基づいたPAHの治療プロトコール
  ・PAH治療薬の特徴とエビデンス
  ・当院での併用療法の経験とエビデンス
  ・内科的治療のさらなる進歩に期待して
 10.先天性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症―その病態と内科的治療・外科的治療の選択(田澤星一・安河内聰)
  ・CHD-PAHの解剖学的/病態生理学的特徴
  ・CHD-PAHの臨床分類と治療
 11.結合組織病に伴う肺高血圧症(桑名正隆)
  ・CTD関連PAHの疫学
  ・CTD関連PAHの生命予後
  ・PAHのスクリーニングと診断
  ・CTD関連PAHの治療
 12.左心系疾患に伴う肺高血圧症―Out of proportionとは何か.肺動脈性肺高血圧症と何が違い何が同じなのか(和田 浩・百村伸一)
  ・収縮不全に伴う肺高血圧
  ・左室収縮不全に対する治療
  ・Out of proportion
  ・心臓移植後の右室収縮不全
  ・拡張不全
  ・弁膜症
 13.呼吸器疾患に伴う肺高血圧症(熊本牧子・木村 弘)
  ・呼吸器疾患の疫学
  ・発症要因
  ・診断
  ・対策(治療)
  ・最近のあらたな知見―out of proportionなPH
 14.小児期に発症する肺高血圧(中山智孝・佐地 勉)
  ・診断と分類
  ・胎児循環から新生児循環へ
  ・小児PAHの病態・症状
  ・IPAH/HPAHに対する治療の基本的な考え方
  ・小児PAH治療アルゴリズム
  ・治療上の注意点
  ・代表的なPAH治療薬
  ・PPHNに対するNO吸入治療
 15.特殊な疾患に伴う肺高血圧症―ウイルス感染に関連する肺高血圧発症メカニズム(瀧原圭子)
  ・肺高血圧症発症におけるmultiple-hits theory
  ・炎症性サイトカインと肺高血圧症
  ・ウイルス感染と肺高血圧症
  ・Castleman病と肺高血圧症
  ・その他のウイルス感染に関連した肺高血圧症
 16.慢性血栓塞栓性肺高血圧症の病態・診断と内科治療―労作時の息切れを主訴とする患者で,忘れてならない慢性血栓塞栓性肺高血圧症(田邉信宏)
  ・CTEPHの疫学・病因・病態
  ・診断
  ・治療方針
  ・内科治療
PH疾患における非内科的治療
 17.慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症に対する血管内治療(芹澤直紀・他)
  ・BPAに関する過去の報告
  ・当院におけるBPAの治療経験
  ・今後の展望
 18.慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症に対する肺動脈内膜摘除術(荻野 均)
  ・肺動脈病異変の分類
  ・手術適応
  ・PEA手技
  ・成績

 サイドメモ目次
  過去の肺高血圧病理分類
  モノクロタリンは全身に対して炎症を引き起こす
  Supernumerary arteryとは?
  CTにおける放射線被曝
  結合組織病と膠原病
  気腫合併肺線維症(CPFE)
  PAHにおける急性血管反応性試験
  CTEPHの肺動脈造影における胸膜下領域血流と手術成績の関連