やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 坂田洋一
 自治医科大学客員教授・名誉教授
 播種性血管内凝固症候群(DIC)の情報を“DICの新展開”と銘打って編集してからすでに9年が経過した.その間の進歩を基本に,最近のトピックスを“診断・治療の最前線”という形で編集させていただいた.
 DICでは,基礎疾患に何らかの要因が加わり,まず,凝血反応が活性化され,微小血栓が多発し,ときには虚血性臓器障害を惹起する.血小板と凝固因子は消費され,さらにフィブリン血栓上で線維素溶解反応が活性化され,虚血症状と同時に,あるいは若干遅れて出血傾向が出現する.どちらの病態が前面に出るかは基礎疾患と経過による.このDICの基本的な病態を科学的に最初に観察した(1919)のは,熊本出身の小畑惟清博士であった.日本で芽生えたDIC研究は,その後の診断基準や治療についても日本が中心になり進歩してきた.
 基礎疾患によりDICはいくつかに分けて考えることができる.
 外傷を受け,血管内に組織因子が流入すると速やかに凝血反応が活性化されることは,止血が生存の条件であり続けた戦いのなかで獲得してきた進化の知恵であろう.しかし,たとえば白血病細胞が崩壊し,細胞内組織因子が大量に血中に流入すると,この知恵は逆にDICを惹起する危険因子に変容する.一方,重症感染症によっても高頻度にDICが惹起される.抗生物質を利用できない環境では,細菌感染に対して,これまた不可欠の進化産物である免疫反応が迅速に起動しこれに対抗する.いわゆる自然免疫である.しかし,菌が異常に多い場合はおそらく,凝血反応が菌を閉じ込め拡散を防ぐように仕組まれているのであろう.細菌毒素量が想定外だと,病態生理の項でも触れられている血小板が白血球に結合し,核酸を放出させてこれで菌をトラップするNET形成まで起こる.このことにより自らの血管内皮が著しく傷害を受けるが,それでも封じ込めが大切なのであろう.フィブリンが簡単に解けないようにPAI-1濃度が高まる線維素溶解反応抑制まで計算されている.過凝血はまさに生体防御的に機能しているはずだが,サイトカインストームのなかではどうも微妙な調整がきかなくて,虚血性臓器障害を伴うDICを惹起してくる.
 DICは致死的な病態である.この暴走をいかにして制御するか.日本ではこれまでフットブレーキとしてのアンチトロンビン系を中心とした薬剤が利用されてきた.凝固のエンジンブレーキであるプロテインC系の薬剤の利用は,活性プロテインC,尿由来トロンボモデュリンと臨床治験が計画されたが,いずれも果たせず,ようやく日本発組換えトロンボモデュリンが2010年より利用可能になった.われわれはあらたな武器を手に入れたのである.しかし,生存率を上げるには早期治療が不可欠である.そのためには,基礎疾患によっては病態が完成し致死的になる入口の状態を診断し,治療を開始できる診断基準が必要で,確定診断基準と両立する形で生存権を与えてよいと信じるがいかがであろうか.
 フットブレーキとエンジンブレーキを適切に駆使しながら,いかにDICの暴走を制御していくか.ヒトにのみ与えられた“進化との知恵比べ”である.診断と治療の新しい展開をめざして,DIC診療にかかわる先生方に最前線の情報をお伝えすることを願って本特集を組んだ.
 はじめに(坂田洋一)
DICの病態生理:最近のトピックス
 1.DICと外因系凝固反応,マイクロパーティクル(宮田敏行・喜多俊行)
  ・組織因子依存性の凝固反応機構
  ・組織因子活性の制御機構
  ・病態時での組織因子の発現誘導
  ・組織因子含有マイクロパーティクル
 2.NETosisとDIC(橋口照人)
  ・NETosis―アポトーシスでも壊死でもない細胞死の概念
  ・細胞外に放出された核酸による凝固の活性化
  ・血小板による組織因子の翻訳・発現
  ・血小板-単球複合体による炎症の遷延化
  ・まとめ―凝固・線溶系システムと炎症
 3.DICのトリガー/エンハンサー因子としての核内分子:HMGB1,ヒストン(丸山征郎)
  ・血栓形成は基本的な生体防御反応である
  ・微小循環系の“血管内血栓”もDAMPs,PAMPsなどの拡散を防ぐという生体防御の側面がある
  ・HMGB1,ヒストンとDIC
 4.炎症とDIC(窓岩清治)
  ・PAMPsおよびDAMPsとその受容体を介する炎症反応
  ・炎症におけるPARsを介するトロンビンとプロテインC活性化機構の関与
  ・樹状細胞を介在する凝固反応と炎症反応の連関
  ・炎症と凝固に対するヒスチジンリッチグリコプロテインのかかわり
 5.DICの臨床病理―DIC症例の病理解剖所見(丸塚浩助・浅田祐士郎)
  ・DIC病態の概論的な理解
  ・肉眼所見
  ・組織所見
DIC基礎疾患と病態:最近の進歩
 6.造血器悪性腫瘍とDIC(朝倉英策・森下英理子)
  ・造血器悪性腫瘍と血栓症
  ・DICの発症機序と病態
  ・DIC病型分類(凝固活性化機序の観点)と造血器悪性腫瘍
  ・DIC病型分類(線溶活性化の観点)と造血器悪性腫瘍
  ・DIC診断と造血器悪性腫瘍
  ・造血器悪性腫瘍に合併したDICの治療
 7.重症感染症とDIC(岡本好司・山口幸二)
  ・炎症と凝固
  ・白血球エラスターゼと臓器障害・凝固異常
  ・敗血症とADAMTS13
  ・敗血症とHMGB1
 8.外傷急性期における凝固異常とDIC(久志本成樹)
  ・外傷に伴う凝固線溶反応と異常の病態
  ・外傷急性期にみられる線溶過剰亢進病態のとらえ方―単なる希釈性凝固障害(dilution coagulopathy)ではない
  ・外傷に伴うDICの診断―急性期DIC診断による外傷と感染症症例は同一の重症度をもつ病態か
  ・外傷急性期における急性期DIC診断基準による評価
 9.固形癌におけるDICの発症機序と臨床的特徴(高橋芳右)
  ・DICの基礎疾患としての固形癌
  ・固形癌における凝固活性化機序
  ・固形癌における凝血異常,DICの特徴
  ・固形癌におけるDICの治療
DICの診断基準:最近の進歩
 10.厚労省DIC診断基準改定に向けて―プロスペクティブスタディ(和田英夫・下仮屋雄二)
  ・対象症例,予後
  ・厚生労働省DIC診断基準,ISTH overt DIC診断基準,急性期DIC診断基準のDIC診断率の比較
  ・止血系検査と厚生労働省DIC診断基準
  ・一般的止血系検査と基礎疾患
  ・止血系分子マーカーと基礎疾患
 11.救急領域における診断基準―急性期DIC診断基準(早川峰司)
  ・“急性期DIC診断基準”の作成まで
  ・急性期DIC診断基準とは
  ・急性期DIC診断基準の特徴
 12.外科領域におけるDIC診断基準(左近賢人)
  ・外科領域におけるDIC
  ・外科領域におけるDIC診断の目的
  ・術後DICの診断基準としてなにが適切か?
  ・術後管理とDICの診断
  ・術後DICとVTEの鑑別診断
  ・術後DIC診断の基本姿勢
 13.産科DICの特徴とDICスコア(小林隆夫)
  ・産科DICの特徴
  ・産科DICの凝血学的特徴
  ・発症機序別にみた産科DIC
  ・臨床症状と産科DICスコア
 14.小児・新生児領域におけるDIC診断基準(高橋大二郎・他)
  ・新生児凝固線溶系の特徴
  ・DICの基礎疾患
  ・DICの症状
  ・DICの診断
  ・新生児DICの診断基準
DICの診断:最近の進歩
 15.凝固系マーカー―可溶性フィブリンモノマー複合体(SMFC)を中心に(川合陽子)
  ・DICにおける凝固系活性化機構とマーカー
  ・プロトロンビンフラグメント1+2(PF1+2)
  ・トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)
  ・可溶性フィブリンモノマー複合体(SFMC)
 16.DIC診断治療のための線溶分子マーカー・血管分子マーカー(三室 淳)
  ・血栓溶解の分子マーカー
  ・血管内皮細胞分子マーカー
DICの治療:最近のトピックス
 17.遺伝子組換えトロンボモデュリン―造血器悪性腫瘍に合併したDICに対する使用(森下英理子・朝倉英策)
  ・トロンボモデュリンの構造と機能
  ・遺伝子組換え型TM製剤(rTM)と第III相臨床試験結果
  ・DICに対するrTM療法
  ・造血器悪性腫瘍DICに対するrTM療法の実際
  ・造血幹細胞移植後合併症に対するrTM療法
 18.敗血症性DICにおける遺伝子組換えトロンボモデュリンの有用性―アンチトロンビン製剤治療抵抗性DICにおける分子マーカーによる解析(江口 豊)
  ・DICの治療戦略
  ・対象症例
  ・検査値とDICスコアの変動
 19.アンチトロンビン濃縮製剤とヘパリン・ヘパリン類似物質(松下 正)
  ・アンチトロンビン濃縮製剤
  ・ヘパリン・ヘパリン類の基礎
  ・ヘパリン類似物質
DIC類似疾患:最近のトピックス
 20.ヘパリン起因性血小板減少症に伴う消費性凝固障害―DICとの鑑別(宮田茂樹)
  ・ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)発症のメカニズム
  ・HITの臨床経過
  ・診断
  ・HITの治療
  ・HITとDICの鑑別診断と問題点
 21.血栓性微小血管障害症(TMA)―TTP,HUS,移植後TMAを中心に(松本雅則)
  ・ADAMTS13とTTP
  ・HUS(下痢関連と補体制御因子異常)
  ・移植後TMA
 22.血球貪食症候群・血球貪食性リンパ組織球症―診断と治療,最近の話題を中心に(鈴木信寛)
  ・HLHの病態
  ・HLHの原疾患
  ・HLHの臨床症状・検査所見
  ・HLHの診断
  ・HLHの治療

 サイドメモ目次
  TMEM16Fはリン脂質スクランブラーゼである
  血栓の組成
  金沢大学血液・呼吸器内科からの情報発信
  Pre-DIC
  一般外科における術後DICの特徴
  組織因子発現マイクロパーティクル
  Thrombin activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)
  High mobility group box-1 protein(HMGB1)
  活性化プロテインC
  ADAMTS-13