やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 野村総一郎
 防衛医科大学校精神科学講座
 本特集号では向精神薬の最新動向を広い視野からみる.ここでは「麻薬及び向精神薬取締法」で法的に規定された薬物,つまり乱用リスクのある狭義の向精神薬について述べようとするのではなく,“心の病気の治療薬”としての広義の向精神薬が主題である.これはいわずもがなのことではあるが,一般マスコミなどではしばしば混同されるので,あえて最初に断っておく.
 さて,WHOの2004年の疫学的な試算によれば,人類が負う疾病負担のランキングとして,精神神経疾患が悪性腫瘍を超えて第一位に位置づけられている1).21世紀はまさに“心を病む時代”とも言いたくなるような解析結果である.もちろん心の問題は医学だけで対応できるものではないし,たとえ“病気”という切り口で医学的な対策を立てるにしても,薬物療法だけによってこれを解決しようとすることにも無理がある.しかし,それでも臨床医にとって薬が強力な武器であることは間違いない.薬物療法のめざしい効果が実感され,患者からも感謝されることは臨床家の喜びとするところであろう.
 ただし,向精神薬は安直に使用すべきものではない.問題点と限界を知り,ポイントを押さえ,よくよく考えて用いるべきものである.そこには高度な技術が必要であるが,その技術を身につけるための第一歩は新しい情報を得ることであろう.向精神薬は先端脳科学の知識の結晶であり,そこに人類の英知が感じられる一方で,最近になってその扱い方の誤謬も指摘されるようになった.ほとんど科学的とはいえない決め付けや,スキャンダル的な扱われ方も多いが,患者からの実感や副作用データの集積に基づく見解もある.それらも含め,幅広い見地からの見識をもつことが大切である.本特集では,気鋭の執筆者によりこれらに関しての最新の情報,最新の考え方が総括されたのではないかと思う.読者の皆様の日常の臨床,研究にいささかなりともお役に立てれば幸いである.

 文献/URL
 1)WHO World Health Report 2004.published Feb.2009.http://www.who.int/healthinfo/global_burden_disease/estimates_country/en/index.html
 はじめに(野村総一郎)
うつ病・双極性障害
 1.当世抗うつ薬事情(黒木俊秀)
  ・停滞する新規抗うつ薬開発
  ・抗うつ薬のプラセボ反応はなぜ高くなるのか
  ・抗うつ薬の有効性に対する疑義
  ・DSMがすべての元凶か
 2.うつ病治療のガイドライン・アルゴリズム(冨田真幸・渡邊衡一郎)
  ・わが国のうつ病治療アルゴリズム
  ・諸外国のうつ病治療ガイドライン・アルゴリズム
  ・ガイドライン策定の背景
  ・わが国のうつ病治療における薬物療法の位置づけ
 3.児童・青年期における抗うつ薬の使用(傳田健三)
  ・うつ病性障害に対する薬物療法
  ・児童・青年期のうつ病性障害に対する治療ガイドライン
  ・双極性障害の治療
 4.抗うつ薬の課題と未来(中林哲夫)
  ・既存の抗うつ薬とその課題
  ・現在の抗うつ薬の開発状況
 5.セロトニン症候群,賦活症候群,断薬症候群(西嶋康一)
  ・セロトニン症候群
  ・賦活症候群
  ・断薬症候群
 6.双極性障害の薬物療法(大坪天平)
  ・躁病エピソード
  ・双極性うつ病
 7.双極スペクトラム―その病態理解と治療的対応(坂元 薫)
  ・双極スペクトラムとは
  ・双極性bipolarityの指標―双極スペクトラム障害の診断
  ・双極スペクトラム障害の治療
  ・双極うつ病の治療をめぐる葛藤
  ・双極うつ病の治療指針
 8.更年期うつ病への薬物的介入(山下晃弘・他)
  ・“更年期“と“更年期障害”
  ・更年期とうつ病との関係
  ・更年期うつ病の治療
  ・更年期うつ病に対する今後の治療の展望
統合失調症
 9.統合失調症の早期介入・発症予防における薬物療法(住吉太幹)
  ・早期精神病の定義・診断
  ・生物学的・神経心理学的所見
  ・抗精神病薬,抗うつ薬による精神病の早期治療
  ・必須多価不飽和脂肪酸の効用
  ・今後の展望
 10.統合失調症の維持期におけるより安全な抗精神病薬治療(内田裕之)
  ・抗精神病薬の副作用
  ・維持期に必要な“最小用量”とは?
  ・維持期における抗精神病薬の用量削減研究
重要疾患・薬物療法トピックス
 11.強迫性障害の薬物療法(塩入俊樹・松岡 司)
  ・OCDの歴史とその治療
  ・OCDの薬物療法
 12.日本における向精神薬の処方実態―ベンゾジアゼピン系薬物を中心に(三島和夫)
  ・薬剤疫学調査
  ・性別・年代層別の向精神薬の処方率
  ・向精神薬の処方力価
  ・向精神薬の処方診療科
  ・併存疾患と向精神薬処方
 13.新しい抗てんかん薬を用いたてんかんの治療(兼子 直・他)
  ・てんかん治療の現状と新薬
  ・部分発作に使用されるAEDの特徴
  ・AED選択の基準
  ・AED選択の原則
  ・患者のQOLへの配慮
  ・AEDのてんかん以外の効果
  ・これからのAED選択
 14.アルツハイマー病の薬物療法(木村真人)
  ・ADの診断基準改正に向けた動き
  ・わが国のAD治療の現況
  ・中核症状に対する薬物療法
  ・行動・心理症状(BPSD)に対する薬物療法
  ・将来の根治薬への期待
 15.レビー小体型認知症の薬物療法(井関栄三)
  ・認知機能障害
  ・認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)
  ・パーキンソニズム
 16.睡眠薬の現在と未来(内山 真)
  ・ベンゾジアゼピン受容体作動薬の不眠治療における有用性
  ・不眠に対するベンゾジアゼピン受容体作動薬の長期投与
  ・非薬物療法の技法を生かした睡眠薬治療
  ・メラトニン受容体作動薬
  ・オレキシン受容体拮抗薬
  ・セロトニン2受容体拮抗薬
 17.向精神薬の作用機序―新規向精神薬を中心として(丹生谷正史)
  ・抗うつ薬:SSRI(selective serotonin reuptake inhibitors)
  ・SNRIs(serotonin norepinephrine reuptake inhibitors)
  ・NaSSA(noradrenergic and specific serotonergic antidepressant)
  ・5-HT1A作動薬
  ・アリピプラゾール
  ・クロザピン
  ・クロザピン以降の非定型抗精神病薬(atypical antipsychotics)
  ・抗認知症薬
 18.“従来の向精神薬”に残された意義(宮岡 等)
  ・“従来の向精神薬”という呼び方
  ・統合失調症治療における抗精神病薬
  ・うつ病治療における抗うつ薬
  ・不安障害治療における抗不安薬と抗うつ薬
  ・従来型薬剤の意義に関係する問題

 サイドメモ目次
  Activation syndrome
  うつ病を対象とした臨床試験の評価項目
  医薬品開発の基本的考え方
  “うつ病“と“抑うつ状態”の違い
  早期介入活動と臨床サービス:CAST
  強迫観念と強迫行為