やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 本書は『医学のあゆみ』誌に2008年11月から2009年10月に連載された“医師のための臨床統計学”をまとめたものである.
 理由はさておき,臨床研究ブームである.本書のもととなった連載執筆開始時10日間のうちに,二つの大学で新たに開始された臨床研究教育コースで臨床試験の最近の動向について講演し,東京都立病院全体に対して行われている専門医養成コースで臨床統計の講演を行う約束を結んだ.著者の所属する公共健康医学専門職大学院は,臨床経験を有する医師なら1年で課程を修了できる(アメリカの公衆衛生大学院と同じような)仕組みとなっているが,毎年30人の合格者のうち医師は10人以上を占める.半分は健診の分野でスキルアップを目指し,半数が臨床研究方法論を身につけることを志望動機としている.
 さて臨床研究をいざ行おう,あるいはその成果である論文を理解しようとすると,最大の難関となるのが臨床(あるいは生物)統計学のようである.
 “大学で習っていない““身近に指導してくれる専門家がいない”“教科書を読んでもよく判らない”,といったないないづくしである.これが上記のような臨床統計需要につながっているのであろう.
 著者は1984年に東大工学部から当時新設の医学部附属病院中央医療情報部に移籍し,当時の開原成允教授(2011年1月12日に急逝された)から臨床統計の教育を命じられた.講座新設の概算要求を数回提出したものの認められず,1990年に当時の保健学科疫学教室に赴任したのち,1992年に講座を疫学・生物統計学としたのがわが国の臨床統計の正式講座第一号である.ようやく2000年以降に他大学でも講座がつくられだし,連載開始時には医学部では富山大学,京都大学,久留米大学,九州大学,大阪大学に臨床統計の専門家が存在し,その後著者の講座の卒業生が北海道大学,東北大学,横浜市立大学,滋賀医科大学に赴任している.多少状況は緩和されたものの専門家不足は解消されていない.また教科書が良くない.とくに医師の著した教科書には粗悪なものが多い.
 このような環境下では,意欲をもった医師に基本的な臨床統計の知識を持ってもらい,底上げをせざるをえない.これが本連載の目的であった.誌面の制約から表現は簡潔とせざるをえない.この分野に関心を持ち教科書指定を望まれる読者には次頁に挙げた文献を推薦する.いずれも応用をよく理解した臨床統計専門家による書籍であり,“時間”の評価も受けている.
 連載をはじめた当初は,著者が東京大学大学院医学系研究科全体に対して行っている“医学統計学入門“の講義(1.5時間14〜15コマ)に臨床試験関連の解説を加え,全体で20回の連載に書き下ろす予定であった.しかし,いったん書き出すと,最初7回の予定であった序論部分が大幅に拡大され,そのうち従来の医師向け統計学入門書ではほとんど省略されている推測統計学のかなり高度な解説を加えることとなってしまった.実はこの部分は,著者が卒業論文指導を行っている学部学生対象の講義“応用数理”に準拠している.そのうち,ますます増える臨床研究のコンサルテーションと臨床研究支援のためのNPO日本臨床研究支援ユニットの運営,社団法人臨床試験研究会の立ち上げと運営,そして東日本大震災の勃発とそれ以降の医療支援活動などで執筆が中断する事態となってしまった.著者としては忸怩たる思いであったところ,出版社からの「連載前半部を成書としてまとめたい」という強い,かつありがたいご希望から,本書を出版するに至った次第である.さらにありがたいことに,落ち着いた段階で連載を継続することもお許しいただいている.今後,できるだけ早い機会に従来の計画に従って,より具体的なテーマ(2群の比較,相関と回帰,分散分析と継時データ解析,生存時間解析,そして臨床試験のデザインと実施)を取り上げて連載を再開させたいと考えている.
 なお,推測統計学の全般的な解説という点からすれば,検定についてまとまった記載をしていないことがやや気にかかっている.基本であるNeyman-Pearsonの基本補題にも触れていない.しかし,臨床統計学の応用を考慮すれば,精緻かつ抽象的な最適理論を展開するより,基本的な検定法(t検定とχ2検定・Fisherの直接確率検定,分散分析のF検定)と尤度に基づく3種の漸近検定,そして並べ替え検定の考え方,(多重比較を含む)多重検定に対する調整法を理解すれば十分であろうと考えている.尤度に基づく検定と並べ替え検定については,すでに解説している.そのほかについても新しい連載で詳しく述べる予定である.
 大橋靖雄

 文献
 1)Altman,D.G.:Practical Statistics for Medical Research,Chapman and Hall,London,1991.(佐久間昭監訳:医学研究における実用統計学.サイエンティスト社,1999)
 2)Armitage,P.and Berry,G.:Statistical Methods in Medical Research(3rd ed.).Blackwell,London,1994.(椿 美智子・椿 広計(共訳):医学研究のための統計的方法.サイエンティスト社,2001)
 3)Matthews,D.E.and Farewell,V.T.:Using and Understanding Medical Statistics(3rd ed.).Karger,Basel,1996.(宮原英夫・折笠秀樹(監訳):実践医学統計学.朝倉書店,1995)2007年に大幅改訂された4th ed.が出版された.
 はじめに
1.バラツキとバイアス
 ・測定の信頼性
 ・精密度と正確度
 ・誤差?
 ・バイアスの原因
2.ランダム化とランダムサンプリング―P値とは何か?
 ・しばしば混同されるランダム化とランダムサンプリング
 ・ランダムサンプリングとその原理
 ・信頼区間とP値
 ・サンプルサイズの設計
 ・ランダム化
 ・Fisherの実験計画法
3.検査データの解釈―ベイズ統計学入門
 ・医師が数値に出会うとき
 ・ROC曲線と C統計量
 ・事前分布と検査結果の解釈
 ・頻度論とベイズ流統計
4.評価の信頼性と妥当性
 ・エピソード
 ・エピソード
 ・評価尺度に求められる性質
 ・臨床検査の標準化
 ・検査の参照範囲
 ・信頼性の尺度
5.医学研究の方法論(1) 臨床研究の評価基軸と“比較”
 ・“完璧な研究は存在しない”,しかし…
 ・研究の評価基軸
 ・“比較する”ということ
6.医学研究の方法論(2) 臨床研究の品質管理・保証と方法論の分類
 ・品質管理と品質保証
 ・研究方法論の分類とエビデンスの強さ
7.医学研究の方法論(3) 仮説の提示から検証へ
 ・仮説の提示から検証へ
 ・コホート研究とケースコントロール研究
8.医学研究の方法論(4) 臨床試験概論とメタアナリシス
 ・臨床試験研究
 ・わが国の臨床研究基盤の脆弱さと今後の問題
 ・メタアナリシス
9.医学研究の方法論(5) 意思決定に必要なエビデンスの強さと研究発表の標準化
 ・証拠(エビデンス)はどこまで必要か
 ・研究成果発表の標準化と研究の登録
10.データの記述
 ・平均値・偏差値
 ・データの記述と要約
 ・分布の正規性と形の指標
 ・変数変換
 ・データの図的表示
 ・統計モデルとその診断
11.統計的推測の基礎(1) 確率変数と確率分布(2項分布とポアソン分布)
 ・確率変数
 ・確率分布の例
12.統計的推測の基礎(2) 同時分布・周辺分布・条件付き分布
 ・確率変数から導かれる確率変数
 ・確率変数の変数変換
 ・同時分布
 ・周辺分布と独立性
 ・条件付き分布
 ・確率変数の和の分布
13.統計的推測の基礎(3) 正規近似とin silico実験
 ・標本分布理論:正確な方法と漸近理論
 ・大数の法則と中心極限定理
 ・正規近似による母平均の信頼区間の構成
14.統計的推測の基礎(4) 統計的推測の枠組み
 ・対象集団と推測枠組み
 ・バラツキと確率
 ・推測の形式
 ・合理的な推測とは
15.統計的推測の基礎(5) 統計解析結果の解釈をめぐる議論―MEGA Studyとゲフィチニブ
 ・事例1:MEGA Study
 ・MEGA Studyに寄せられた医師からの疑問
 ・バイアスと盲検性:説明的試験と実践的試験
 ・サブグループ解析結果の解釈
 ・事例2:ゲフィチニブ臨床試験 V-15-32
 ・ハザード比への要約は適切か?
16.統計的推測の基礎(6)推定論(1) 推定量の良さとは
 ・推定量と推定値
 ・推定量のよさ
 ・不偏性と一様最小分散不偏推定量
 ・Cramer-Raoの定理
 ・頑健性
 ・Kagan-Linnik-Raoの定理
17.統計的推測の基礎(7)推定論(2) 不偏推定量の問題と最尤推定量
 ・不偏推定量の問題
 ・最尤推定量
18.統計的推測の基礎(8)推定論(3) 標準化死亡比とハザード
 ・最尤推定のまとめ
 ・標準化死亡比の推定
 ・標準化死亡比の検定
 ・打ち切りを伴う生存データからのハザードの計算
19.統計的推測の基礎(9)推定論(4) 最小2乗法と一般化線形モデル
 ・統計モデル(復習を兼ねて)
 ・平均値の拡張としての最小2乗法
 ・行列表現による最小2乗法と幾何学的解釈
 ・一般化線形モデル

 ・サイドメモ目次
  なぜランダムサンプリングにより真値がわかるか
  なぜランダム化は内的妥当性を保証するのか
  変動係数(CV)は対数変換後の標準偏差にほぼ一致する
  品質保証と GCP
  ピアソン(Pearson)の相関係数
  回帰分析による予測
  ハザードの近似
  臨床試験のエンドポイント
  ブリッジング
  偏差値
  ヒストグラムと密度関数
  幾何平均
  分散安定化のための変数変換:ベキ次数の決め方
  Γ関数
  回帰?
  Cornish-Fisher展開
  予後因子と予測因子
  ランダム化パターン数とスターリング近似
  ITT
  NNT
  指数型分布族
  ガンマ分布
  分散の不偏性
  Mid-P値
  ロバストなM推定量
  線形方程式と一般逆行列