やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 内山真一郎
 東京女子医科大学医学部神経内科学
 脳卒中は,死亡または身体障害を生じる最大の疾患である.脳卒中の負荷は高齢者の増加と生活習慣病の蔓延により増大しつづけ,わが国の脳卒中患者はすでに250万人を超えており,2010年代には300万人を突破すると予測されている.
 脳卒中のうち増加しているのは脳梗塞であり,日本でも脳卒中患者の3/4を脳梗塞が占めるようになった.すなわち,今後の脳卒中対策は脳梗塞対策に尽きるといっても過言ではない.脳梗塞急性期治療は時間との戦いであり,治療開始までの時間が予後を左右する.脳梗塞急性期の治療効果を高めるには,一般人への啓発,ガイドラインの整備,搬入体制の確立,医療チームの編成,診断と治療のためのアメニティーの充実が不可欠である.また,急性期から回復期へのシームレスな医療が脳卒中診療ではとくに重視され,病診連携とリハビリテーションが国家的施策として推進されようとしている.
 脳梗塞の大多数は血栓による脳動脈の閉塞により生じるので,血栓溶解療法や抗血栓療法は脳梗塞のもっとも本質的な治療法であるが,血栓溶解療法は脳梗塞急性期治療に大きな変革をもたらし,抗血栓療法の進歩は脳梗塞の予防に大きな貢献が期待されている.血管内治療は脳梗塞のみならず,くも膜下出血予防のための新しい選択肢としても普及しつつあり,これまで存在しなかった脳出血の内科的治療にも新しい可能性が生まれつつある.脳卒中の発症には多数の危険因子が関与しており,脳卒中の予防にはすべての危険因子に同時に対処するトータルマネジメントが必要である.また,近年の分子遺伝学の進歩により脳梗塞の治療にも遺伝子治療や再生医療が試みられるようになり,今後の発展がおおいに期待されている.
 本特集ではこのような背景を踏まえ,これらのトピックについてオピニオンリーダーの先生方にレビューしていただいた.本特集が読者諸兄の診療や研究に少しでもお役に立てれば幸いである.
 はじめに(内山真一郎)
第1章 概論
 1.変貌する脳卒中医療と動向(山口武典)
  ・脳卒中の診断・治療・対応の年代的変化
  ・診断技術の変貌
  ・治療法の変貌
 2.Brain Attack時代に向けて克服すべき社会的課題(中山博文)
  ・t-PA静注療法の問題点
  ・市民啓発・患者教育
  ・脳卒中救急搬送体制の整備
  ・地域におけるネットワークの構築
 3.脳卒中治療ガイドライン策定の動向(永山正雄・篠原幸人)
  ・脳卒中治療ガイドライン2004の特徴
  ・脳卒中治療ガイドライン2004の外部評価結果
  ・脳卒中治療ガイドライン2004の問題点
  ・脳卒中治療ガイドラインの使い方
  ・脳卒中治療新ガイドライン―予測される改訂点
第2章 疫学・病態・診断
 4.脳卒中の危険因子と罹患・死亡の動向(磯 博康)
  ・脳卒中の危険因子
  ・危険因子の動向
  ・罹患率
  ・死亡率
  ・疫学の面からみた脳卒中のパラダイムシフト
 5.脳卒中データバンク(小林祥泰)
  ・脳卒中データバンクとは
  ・脳卒中データバンクのコンセプト
  ・脳卒中データバンクの現況
  ・脳卒中データベース3.5から5.0へのバージョンアップ
  ・脳卒中の現状解析
 6.脳血管病変と炎症機転―脳卒中・認知症予防に炎症制御は有効か(北川一夫)
  ・頸動脈,頭蓋内主幹動脈アテローム硬化病変への炎症機転の関与
  ・脳内細動脈病変への炎症機転の関与
  ・認知症の危険因子としての血管性危険因子,炎症機転
 7.脳梗塞のCT・MRI画像診断の最新動向―技術の進歩と標準化の必要性(佐々木真理)
  ・急性期脳梗塞の画像診断の標準化
  ・無症候性脳梗塞の画像診断の標準化
第3章 診療体制
 8.脳卒中患者の救急搬入体制―t-PA静注療法の医療システム構築(木村和美・井上 剛)
  ・プレホスピタルケア
  ・院内の体制
  ・地域全体からみたt-PA体制
 9.脳卒中ケアユニットの有用性(長谷川泰弘)
  ・脳卒中集中治療の歴史
  ・わが国の現状
  ・脳卒中ケアユニットの今後の課題
 10.脳卒中診療ネットワーク―医療連携と地域連携パス(橋本洋一郎・渡辺 進)
  ・脳卒中急性期・回復期医療の問題点
  ・今後の医療
  ・脳卒中診療ネットワーク
  ・前方連携と後方連携
  ・地域連携パス
第4章 血栓溶解療法と抗血栓療法
 11.rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法の現状と展望(古賀政利・峰松一夫)
  ・rt-PA静注療法の歴史
  ・J-ACTの概要と結果
  ・日本脳卒中学会によるrt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正使用指針
  ・rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法認可後の現状
  ・脳卒中診療体制
  ・今後の展望
 12.虚血性脳卒中に対する抗血小板療法―抗血小板薬をどう使うか(棚橋紀夫)
  ・脳梗塞急性期の抗血小板療法
  ・脳梗塞急性期患者に対する抗血小板療法のガイドライン
  ・非心原性脳梗塞または TIAに対する抗血小板療法
  ・抗血小板薬の選択のポイント
  ・抗血栓薬使用時の脳出血の発現頻度
 13.抗血栓療法の出血リスク―実態と対策(豊田一則)
  ・血栓溶解療法の出血リスク
  ・抗凝固療法の出血リスク
  ・抗血小板療法の出血リスク
  ・わが国における抗血栓療法患者の出血リスク
  ・出血性事故を軽減させるために
 14.新規抗凝固薬による心房細動患者の脳卒中予防(内山真一郎)
  ・新規抗凝固薬の薬理作用
  ・キシメラガトラン
  ・ダビガトラン
  ・リバロキサバン
  ・Du-176b
第5章 新しい治療のモダリティー
 15.血液凝固因子による脳出血の治療(矢坂正弘)
  ・脳出血急性期の一般治療
  ・血腫増大を阻止する新しい薬剤
  ・脳出血急性期の外科治療
  ・ワルファリン療法中の脳出血
  ・脳出血後の抗凝固療法の適応と再開のタイミング
 16.頸動脈のステント療法(坂井千秋・坂井信幸)
  ・経皮的血管形成術(percutaneoustransluminal angioplasty:PTA)
  ・頸動脈ステント留置術(carotid angioplasty and stenting:CAS)
  ・CASにかかわるclinical study
 17.脳動脈瘤のコイル塞栓術(難波克成・根本 繁)
  ・動脈瘤コイル塞栓術の適応
  ・動脈瘤コイル塞栓術の実際
  ・動脈瘤コイル塞栓術の成績
  ・動脈瘤脳血管内治療の将来
第6章 予防と治療の新展開
 18.脳卒中再発予防のための危険因子の総合管理(大槻俊輔・松本昌泰)
  ・抗血小板療法
  ・抗凝固療法
  ・高血圧
  ・耐糖能異常症・糖尿病
  ・脂質異常症
 19.脳梗塞の遺伝子治療・再生医療(阿部康二)
  ・脳梗塞の分子病態
  ・脳梗塞に対する遺伝子治療
  ・脳梗塞の再生医療
  ・遺伝子治療と再生医療の融合療法
  ・脳梗塞慢性期の再生医療