やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 大内尉義
 東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座・老年病科
 高齢者の疾患の成り立ちは複雑であるが,若いころからの病気が臓器機能の加齢変化に伴い病態が変化するものと,加齢とともに増加し高齢者に比較的特有なものとに大別され,とくに後者は老年疾患あるいは老年病と総称される.老年疾患は生命予後を規定する観点からも重要であるが,生活機能障害や要介護状態を引き起こし,本人および家族などのQOL(quality of life)を障害する点が臨床的に重要であり,老年医学の目標であるサクセスフル・エイジングの実現を妨げる要因ともなっている.また高齢者は,加齢に伴う生理機能の変化を基盤に機能障害を起こす点で若年者と異なっており,残存した身体機能を保持し,社会復帰をはかることに主眼をおいた医療が必要となる.
 こうした老年疾患の病態ならびに診断,治療の進歩を理解するうえで,分子生物学,細胞生物学などを背景にめざましく進展しつつある,老化や老化制御の基礎的理解は不可欠である.なかでも,老化の機序を解明しようとする基礎研究領域の学問は基礎老化学(biomedical gerontology)とよばれており,老年医学(geriatricsまたはgeriatricmedicine),老年社会科学(social gerontology)とともに,いわゆる老年学(gerontology)の重要な研究領域となっている.
 ひとたび老年疾患が発症した際に,その治療に難渋する場合もよく見受けられる.そこで,限られた医療資源を有効に活用するためにも,今後の老年医学では老年疾患の効率的な予防法を確立する必要がある.それには,老年期になって疾病が発症してから治療を開始するという従来のコンセプトにとどまらず,若い世代に老年病の危険性を啓発し,積極的な予防を普及させることが重要である.また,加齢に伴う各種ホルモンの変化,免疫能の低下,身体の酸化,再生医学など,抗加齢(アンチエイジング)医療,再生医療に通じる知見や応用性に関しても理解し,普及していく必要がある.
 本特集がAging Science,老化,老年疾患,アンチエイジング医学に関する最新の基礎的・臨床的知見をお示しできることを期待したい.
 はじめに(大内尉義)
第1章 老化と老化制御の基礎的理解
 1.老化および寿命関連遺伝子(石井直明)
  ・ヒトの老化の過程
  ・寿命遺伝子age-1の発見
  ・インスリン/IGF-Iシグナル伝達系と老化
  ・ミトコンドリア機能と老化
  ・酸化ストレスと老化
  ・カロリー制限と老化
  ・ヒトの老化関連遺伝子
 2.Klotho分子ファミリーが制御する生体の恒常性維持機構(黒須 洋・黒尾 誠)
  ・Klothoマウスの開発
  ・kl/klマウスに認められる老化の表現系
  ・FGF23の分子的な特徴と生理機能
  ・kl/klマウスとFgf23-/-マウスの類似性
  ・FGF23シグナル調節因子としてのKlothoの機能
  ・βKlotho
  ・FGF21の分子的な特徴と生理機能
  ・FGF21シグナル調節因子としてのβKlothoの機能
 3.老年医学領域における再生医療(上田 実)
  ・再生医学の現状と老年医学への応用
  ・歯科の再生医療は進んでいる
  ・歯周病の再生医療
  ・歯の再生療法
  ・線維芽細胞を用いたしわ治療
  ・歯肉線維芽細胞の働き
 4.ホルモン補充による老化の制御(河手久弥・高柳涼一)
  ・加齢に伴うホルモン分泌の変化
  ・エストロゲン補充療法
  ・選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)
  ・テストステロン補充療法
  ・DHEA補充療法
  ・成長ホルモン補充療法
 5.高齢者の定義を見直そう―高齢者の定義は65歳以上でよいか?(折茂 肇)
  ・エビデンスに基づいた高齢者の定義の見直し
第2章 老年疾患―病態の理解と診断・治療の進歩
 6.Alzheimer病研究の進歩と治療戦略(道川 誠)
  ・原因遺伝子APPの発見
  ・アミロイドカスケード仮説
  ・原因遺伝子プレセニリンの発見
  ・Aβの神経毒性
  ・Aβオリゴマーのさまざまな種類
  ・シナプス機能維持に焦点をあてた薬剤開発―塩酸ドネペジル
  ・Aβ生・分泌調節による治療法開発
  ・Aβ分解療法
  ・Aβワクチン療法
  ・高コレステロール血症とAlzheimer病
  ・脳内コレステロール代謝とAlzheimer病
 7.Alzheimer病の早期画像診断―発症前診断をめざして(百瀬敏光)
  ・脳形態・脳容積変化の画像化:VBM
  ・脳血流SPECT
  ・FDG-PET
  ・β-アミロイドイメージング
  ・Alzheimer病のMCI段階,発症前段階での各種画像診断の役割
 8.高齢者脳卒中の再発予防とその問題点―増加する心原性脳塞栓に対して(岩本俊彦・小山俊一)
  ・脳血管障害の分類と概要
  ・慢性期の治療方針
  ・脳血管障害の再発にかかわる高齢者の問題点
 9.誤嚥性肺炎の新しい治療・予防法―温度感受性受容体を介する新戦略(海老原 覚・海老原孝枝)
  ・嚥下と食物の温度
  ・温度レセプター刺激による摂食嚥下障害改善
  ・涼冷刺激受容体TRPM8による嚥下改善法
  ・黒コショウ匂い刺激による嚥下改善
  ・食事開始プロトコール
 10.骨粗鬆症治療薬の動向(正木秀樹・三木隆己)
  ・骨粗鬆症治療薬の変遷
  ・ビスホスホネートとラロキシフェン
  ・高齢者に対する薬剤の選択
  ・骨粗鬆症治療薬の継続に関して
  ・ビスホスホネートの服用のコンプライアンスに関して
  ・ビスホスホネートweekly製剤
  ・ビスホスホネートの注射製剤
  ・その他の開発中の薬
 11.血管石灰化の基礎と臨床(飯島勝矢)
  ・血管石灰化の発症メカニズム
  ・血管石灰化の臨床的意義
  ・心血管石灰化に対する治療
 12.高齢者における糖尿病,高脂血症(脂質異常症)の治療方針(安田尚史・横野浩一)
  ・生活習慣の改善
  ・高齢者糖尿病の治療方針
  ・高齢者における脂質異常症の治療方針
 13.高齢者の尿流障害の診断と治療―症状から診断へのアプローチ(田中雅彦・本間之夫)
  ・正常の下部尿路とその機能
  ・下部尿路症状
  ・原因となる疾患
  ・高齢者の尿流障害
  ・前立腺肥大症の診断と治療
 14.高齢者の歩行障害と転倒防止(鈴木隆雄)
  ・歩行と加齢
  ・歩行障害の原因―運動器不安定症
  ・高齢期における歩行の意義
  ・歩行能力と転倒
  ・高齢期とサルコペニアと歩行障害
 15.歯周病と老年疾患(山根源之)
  ・歯周病とは
  ・歯周病の診断
  ・歯周病の治療
  ・老年疾患としての歯周病
  ・歯周疾患から全身の疾患へ
 16.高齢者における薬物療法ガイドライン(秋下雅弘)
  ・高齢者高血圧のガイドライン
  ・高齢者高コレステロール血症診療ガイドライン
  ・高齢者の安全な薬物療法ガイドライン
 17.高齢者における漢方薬の使い方(岩崎 鋼)
  ・個別の病態と漢方
  ・高齢者医療に対する漢方のストラテジー“腎虚”
第3章 老化の制御とアンチエイジング医学
 18.アンチエイジング医学の現状と展望(米井嘉一)
  ・アンチエイジング医学とは
  ・アンチエイジング医療の実践クリニックの現状
  ・アンチエイジング医療の今後の展望
  ・糖化と抗糖化
  ・労働衛生の視点から
  ・行政を交えて
  ・データ集積のための体制づくりを
 19.抗加齢ドックの試み―センターオープンから1年を通してみえてきたもの(伊賀瀬道也・三木哲郎)
  ・AACの業務
  ・抗加齢ドックの対象および方法
  ・抗加齢ドックのおもな検査項目
  ・抗加齢ドックの成果
  ・抗加齢ドックデータにおける3.0T脳MRIを用いた微小脳出血の検討
 20.抗加齢外科治療の現況―全身の若返りは可能か?(光嶋 勲)
  ・顔面若返り術(facial rejuvenation)
  ・生きた脂肪による頬部陥凹の修正(血管柄付き脂肪弁移植術:adiposal flap transfer)
  ・老人性眼瞼下垂(blephaloptosis)
  ・乳房変形(乳房下垂と巨乳症)
  ・腹部脂肪過多症
 ・サイドメモ目次
  LOH症候群と男性更年期障害
  抗凝固療法の橋渡し治療
  TRPイオンチャネルスーパーファミリー
  骨代謝マーカー
  歯周環境の特殊性
  血管柄付き脂肪弁移植術