やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 天野惠子
 千葉県衛生研究所
 欧米における近年の生物医学の研究は,身体のほとんどすべての臓器・組織における生物学的性差を明らかにし,“gender-based biology(性差生物学)”という新しい科学分野を生み出した.Gender-based biologyは,男女間における生物学的・生理学的違いを明らかにすることをめざす研究分野である.
 性差は,骨の構造から痛みの感覚,そして薬の代謝や脳でのセロトニンの合成まであらゆるところで確認されている.性差が起因する因子としては,遺伝子,性ホルモンそして環境がある.
 1999年,アメリカ国立科学アカデミーは公共団体と民間企業からの要請に応じて,性差とその決定因子について現在わかっている生物学的知見の現状を評価し考察するための委員会“Committee on Understanding the Biology of Sex and Gender Differences”をアメリカ医学研究所(the Institute of Medicine:IOM)内に立ち上げ,男女間の病気や健康の差異に生物学的性差がいかに関連するか,性差がライフステージによっていかに変化するか,性と人間の健康の関連についての理解を深めるためにはどのような領域の追加研究が必要かなどを検討し,2001年に報告をまとめ,14の提言を行った.その骨子は,「細胞レベルにおける性の研究を促進し,生物学研究材料が由来するもともとの個体における性を決定・開示し,縦断的研究は研究結果の性による解析が可能であるように実行し,両性が罹患するヒトの全疾患について性による差異および類似点をモニターする」である.
 わが国では,この分野は欧米に比べ約10年ほど立ち遅れていたが,近年急速に注目されつつある.今回の企画は基礎から臨床まで,現在,性差医療・医学が解明しえた知見の総括である.読者の今後の研究の方向性の決定や,臨床現場での性差を考慮した治療に役立てていただければ幸いである.
 はじめに(天野惠子)
第1章 最新基礎研究動向―遺伝子・ホルモン・環境
 1.性差と遺伝子―性差を生み出している遺伝子発現制御(東 浩太郎・井上 聡)
  ・遺伝子の階層性
  ・性差の鍵を握る Y染色体
  ・性腺の分化および性ホルモンの働きに関与する遺伝子
  ・性腺ホルモン非依存性の性差
  ・発現に性差のある遺伝子の網羅的解析
  ・おわりに
 2.胎生期における性決定と性分化(菅井亮世・藤井美穂)
  ・性決定
  ・性分化
  ・遺伝子による性分化の制御
  ・おわりに
 3.ライフステージと女性ホルモン―女性のライフステージにおける性差の出現とエストロゲン(玉舎輝彦)
  ・女性のライフステージからみるエストロゲン(エストラジオール-17β:E2)の変動
 4.ライフステージと男性ホルモン(高田晋吾・奥山明彦)
  ・男性ホルモン(アンドロゲン)の産生と作用
  ・性腺分化とライフサイクルにおける血中テストステロンの変化
  ・おわりに
 5.脳の性:セックスとジェンダー―脳の構造と機能における二種類の性的二型性(田中(貴邑)冨久子)
  ・古脳のセックス
  ・新脳のジェンダー
  ・おわりに
 6.薬物動態と薬力学における性差(上野光一)
  ・薬物代謝に性差がある薬物
  ・フルオロウラシル代謝酵素の性差と臨床効果
  ・薬物動態の性差
  ・薬力学的性差の考慮の必要性
  ・おわりに
第2章 疾患と性差―各科における最新エビデンス
 7.加齢と性差(林 登志雄)
  ・病的老化―老年症候群と性差
  ・老年病と性差
  ・その他の老年病と性差
 8.感染症と性差(千葉貴人・茆原順一)
  ・感染症と性差に関するこれまでの考え方
  ・免疫担当細胞と性差
  ・細菌感染と性差
  ・寄生虫感染と性差
  ・獲得免疫と性差
  ・おわりに
 9.循環器疾患における性差(吉岡 淳・野出孝一)
  ・虚血性心疾患と性差
  ・性ホルモンの冠循環に及ぼす影響
  ・女性における虚血性心疾患の特徴
  ・心肥大と性差
  ・不整脈と性差
  ・ホルモン補充療法と心疾患
  ・おわりに
 10.消化器疾患における性差(白鳥敬子・橋本悦子)
  ・上部消化管疾患と性差
  ・下部消化管疾患と性差
  ・肝疾患と性差
  ・胆道疾患と性差
  ・膵疾患と性差
 11.呼吸器疾患における性差(巽 浩一郎)
  ・肺癌における性差
  ・慢性閉塞性肺疾患(COPD)
  ・喫煙感受性と呼吸機能
  ・日本における COPDの性差,その将来展望
 12.内分泌・腎疾患における性差―レニン-アンジオテンシン系も含めて(鈴木洋通)
  ・内分泌疾患と性差
  ・腎疾患と性差
  ・レニン-アンジオテンシン系と性差
 13.免疫疾患における性差(山口優美・山本一彦)
  ・自己免疫疾患の発症率における性差
  ・自己免疫疾患の発症因子と性差
  ・疾患モデル動物における性差
  ・性ホルモンの治療への応用,可能性
  ・おわりに
 14.脳・神経疾患における性差―神経疾患,とくに脳卒中における性差医療(小濱るり子・篠原幸人)
  ・性差と神経疾患
  ・脳血管障害
  ・女性のライフサイクルに伴う神経疾患
  ・遺伝の関与する神経疾患
  ・おわりに
 15.メンタルヘルスにおける性差―精神障害の性差(千田要一・久保千春)
  ・気分障害,不安障害,適応障害の性差
  ・身体表現性障害,摂食障害,その他
  ・心身症
  ・ストレス反応の性差
  ・おわりに
 16.女性の線維筋痛症と脊椎関節炎―広範囲疼痛診断の盲点を探る(浦野房三)
  ・線維筋痛症
  ・脊椎関節炎
  ・おわりに
 17.歯科・口腔外科における性差―性差がある口腔疾患(松木貴彦)
  ・歯周病
  ・口腔乾燥症(ドライマウス)
  ・顎関節症
  ・その他の性差がある口腔疾患
  ・おわりに
第3章 その他・最新トピックス
 18.癌における性差―臨床腫瘍学における性差の配慮(元雄良治)
  ・疫学的性差
  ・各種消化器癌における性差
  ・癌治療における性差
  ・癌予防における性差
  ・おわりに
 19.臨床検査にみられる性差とエイジング(大櫛陽一)
  ・コレステロールにおける性差と年齢依存
  ・肥満とメタボリックシンドローム
  ・空腹時血糖と HbA1c
  ・その他の項目の性差と年齢依存

 ・サイドメモ目次
  エストロゲン産生(女性化)腫瘍
  PCO症候群
  BTの測定
  高齢者の健康増進のためのホルモン補充療法の総合的検討
  PPARγ(peroxisome proliferator-activated receptor γ)
  ホルモン補充療法とレニン-アンジオテンシン(R-A)系
  心身症
  多発性付着部炎の評価
  SPA要素
  ゲフィチニブ(イレッサィ)