やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山口一成
 国立感染症研究所血液・安全性研究部
 輸血医療の安全性向上と,血液の完全国内自給の実現を目標として,内外の研究が日々行われている.平成17年(2005)9月には,『輸血療法の実施に関する指針』,『血液製剤の使用指針』が改定された.
 血液製剤を介する感染症,とくにHBV,HCV,HIVの3ウイルスについては,NAT検査が導入された1999年以降,HBVに関してやや問題が残るもののほぼ克服され,輸血の安全性は飛躍的に進歩した.しかし,われわれが思っていた以上にたくさんの病気が輸血を介して感染すること,さらにHEVやWNVなどの新しいウイルスの出現,また既知のウイルスが輸血により脅威となることがわかってきた.
 感染症の遡及調査からもさまざまなことが明らかになっている.個別NAT検査のみ陽性のわずかなウイルスが入った場合の感染率もやがて明らかになるであろう.遡及調査,救済制度を実際に運用する場合,現行の検査法の精度が課題となってくる.輸血後肝炎のようにみえるが,実際は院内感染やウイルスの再活性化であることが多いこともわかってきた.
 以前と比べ,今日の実際の臨床では適正輸血が確実に進められており,むだな輸血はなくなりつつある.一方で,平成15年(2003)に血液法が施行されて以来,医療機関に対しても義務,課題(輸血前後検査,検体保存,遡及調査)がつぎつぎに課せられている.輸血ゼロリスクに向けて,これからは医療現場の輸血安全管理体制がいっそう求められることになろう.
 今日,細胞療法や再生医療などの先端医療は一般治療となりつつあり,華々しい成果もあげている.しかし,安全という観点はいまだ不確実である.“安全”はいったん崩れるともろいものである.移植医療,再生医療は,輸血医療から学び,さらに高度な医療へと昇華していかなければならず,医療機関の責任はさらに重くなっている.
 国民は輸血のゼロリスクを求めている.しかし,献血者の減少,血液不足,経済性の問題も同時進行的に起こっている.輸血の安全性に関しては社会医学および経済学的な観点も必要なのではないか.
 はじめに(山口一成)
第1章 輸血の現状と課題
 1.血液新法と改訂指針―血液新法,改訂指針,輸血管理料が求める新しい輸血療法(橋孝喜)
  ・血液新法施行および指針改訂に至る経緯
  ・血液新法および改訂指針の意義
  ・輸血療法の現状
  ・改訂指針の基本的な考え方
  ・輸血管理料新設の意義と輸血管理料取得の条件
  ・適正輸血の実践に向けた具体的な取組み
  ・おわりに
 2.血液事業の現状と課題(田所憲治)
  ・血液の安全性
  ・血液の安定供給:献血推進と献血者の安全
  ・検査の集約と事業の広域化
 3.輸血療法委員会と輸血部門のあり方―現状と課題(紀野修一)
  ・輸血療法委員会・輸血部門に関する法的側面
  ・輸血療法委員会の活動の実際
  ・輸血部門の現状と課題
  ・おわりに
 4.内科系疾患の輸血療法(半田 誠)
  ・赤血球製剤
  ・血小板製剤(PC)
  ・血漿製剤:新鮮凍結血漿
  ・造血器疾患患者での輸血製剤の選択
  ・おわりに
 5.外科周術期輸血トリガー値に関する考察―心臓血管外科周術期を中心に(宮田茂樹)
  ・赤血球製剤
  ・アルブミン製剤
  ・新鮮凍結血漿(FFP)
  ・濃厚血小板製剤
  ・おわりに
 6.小児の輸血―現状と問題点(星 順隆)
  ・小児に対する輸血の頻度
  ・新生児・未熟児に対する輸血
  ・小児心臓手術と無輸血手術の試み
  ・幼若小児に対する自己血採血
  ・小児輸血の課題
  ・おわりに
 7.麻酔科領域における輸血―輸血原理と危機的出血への対応(稲田英一)
  ・麻酔科領域における輸血
  ・急性出血に伴う問題
  ・出血に対する基本的対応
  ・循環血液量の維持
  ・赤血球輸血
  ・新鮮凍結血漿輸血
  ・血小板輸血
  ・自己血輸血
  ・出血量を減少させる薬物
  ・術中の危機的出血への対応
  ・術中輸血の難しさ
 8.血小板輸血の課題(大戸 斉)
  ・予防的輸血と治療的輸血,血小板輸血のトリガー値
  ・血小板製剤の細菌感染と有効期限延長
  ・血小板輸血効果に影響する因子
  ・血小板に関する他の話題
 9.自己血輸血の現状と課題(古川良尚)
  ・自己血輸血の種類
  ・自己血輸血の現状
  ・自己血輸血の課題
  ・当院での自己血輸血の現状
  ・今後の自己血輸血
  ・おわりに
第2章 輸血副作用
 10.輸血後感染症の実態(水落利明)
  ・血液を介して感染する病原体とその検査
  ・輸血用血液製剤による感染症報告
  ・血漿分画製剤および遺伝子組換え製剤による感染症報告
  ・輸血医療が直面する新しい脅威
  ・輸血医療の安全性確保のための総合対策
  ・おわりに
 11.血漿分画製剤の安全性確保の現状(岡田義昭・梅森清子)
  ・原料血漿の安全性確保の現状
  ・血漿分画製剤の製造工程での安全性確保の現状
  ・血漿分画製剤に対するさらなる感染症対策を
 12.輸血前後の感染症マーカー検査についての日本輸血・細胞治療学会運用マニュアル案(熊川みどり・丹生恵子)
  ・輸血前後の感染症マーカー検査
  ・輸血前後の感染症マーカー検査についての日本輸血・細胞治療学会運用マニュアル案
  ・日本輸血・細胞治療学会の運用マニュアル案の課題
  ・福岡大学病院の輸血前後感染症検査の実施状況
  ・おわりに
 13.輸血関連急性肺障害(岡崎 仁)
  ・輸血で呼吸困難?
  ・輸血感染症はもちろん大事なのですが…
  ・輸血は移植医療です!
  ・輸血関連急性肺障害(TRALI)とは?
  ・輸血は肺傷害の原因なのか?
  ・原因は抗白血球抗体か?
  ・抗白血球抗体でなぜ肺傷害が起こるのか?
  ・日本での TRALIの発生状況
  ・TRALIの治療
  ・予防策
  ・おわりに
 14.輸血検査の進歩(高松純樹)
  ・輸血検査の意味
  ・輸血にとって必須の検査
  ・自動化機器の導入
  ・輸血検査の進歩が安全な輸血につながるとは限らない
  ・おわりに
第3章 細胞療法・再生医療・バンク
 15.動きはじめた細胞療法―細胞療法・再生医療の現状と輸血部の役割(石田 明)
  ・細胞療法の概念
  ・造血幹細胞移植と細胞療法
  ・細胞免疫療法の進歩
  ・細胞を利用した再生医療の現状
  ・細胞療法における輸血部の役割
  ・おわりに
 16.細胞療法・再生医療の安全性(浜口 功)
  ・再生医療の原材料の安全性
  ・再生医療の細胞プロセッシングの安全性
  ・再生医療の規制
  ・ウイルス安全性(I)―血液製剤の作製工程
  ・ウイルス安全性(II)―再生医療の細胞プロセッシング
  ・おわりに
 17.骨髄バンクと非血縁者間同種骨髄移植(大島久美・神田善伸)
  ・日本骨髄バンクのあゆみ
  ・日本骨髄バンクの組織と業務
  ・ドナー登録から提供までの概要
  ・患者登録から移植までの概要
  ・HLA適合性とドナー選択
  ・日本骨髄バンクを介した非血縁者間骨髄移植の成績
  ・おわりに
 18.臍帯血バンク(高梨美乃子)
  ・臍帯血バンク業務
  ・臍帯血バンクと“日本さい帯血バンクネットワーク”
  ・臍帯血バンクの課題
 19.細胞組織利用製品の実用化への道(田中克平)
  ・薬事法と細胞組織製品の関係全般
  ・製品開発
  ・非臨床試験
  ・臨床研究
  ・確認申請
  ・治験届
  ・治験一般
  ・医師主導の治験
  ・承認申請
  ・承認審査
  ・承認後
  ・迅速な実用化のための留意点
  ・おわりに
 ・サイドメモ目次
  近未来における血液の相対的供給不足の危険性と“適正輸血”の重要性
  ABO血液型不適合の血小板輸血
  自己血輸血と Epoの適応
  輸血用血液と2,3-DPG
  術前のワルファリン中止とヘパリン投与
  心臓手術におけるアプロチニンの副作用
  病原体不活化技術
  下痢症状のある患者の貯血対象除外期間
  ウイルスクリアランス指数とウイルスリダクション指数
  NAT(nucleic acid amplification test:核酸増幅検査)
  Type&Screen(T&S)
  抗白血球抗体
  改定『輸血療法の実施に関する指針』における適合性試験
  同種末梢血幹細胞移植
  臍帯血の私的保存
  臍帯血と再生医療