はじめに
松澤佑次
財団法人住友病院病院長
飽食と車社会の現代生活では,過栄養の状態から免れるのは困難である.糖尿病,高脂血症,高血圧などのいわゆる生活習慣病が近年著しく増加しているのは,このような背景をもとにした脂肪組織の過剰蓄積つまり肥満が大きな基盤になっているのはいうまでもない.しかしすべての肥満が画一的に減量を必要とするのではなく,とくにわが国のように高度肥満が少ない国では,質的な分類を行い医学的な観点から減量の必要な,いわゆる肥満症を診断する必要がある.日本肥満学会では,世界に先駆けて「肥満症」の診断基準を確立した.それは,肥満と判定された(BMI>25)のなかで,(1)脂肪組織の量的増加による合併症を有する場合,または(2)脂肪細胞の機能異常による合併症を有する場合を減量治療の必要な肥満症と診断するものである.脂肪細胞の機能異常は内臓脂肪の蓄積が本態であることが知られており,それに伴う疾患としては糖代謝異常,脂質代謝異常,高血圧,高尿酸血症・痛風,脂肪肝,動脈硬化性疾患などが挙げられる.また合併症の有無にかかわらず,内臓脂肪型肥満はそれだけで肥満症と診断することができるとされている.
さてつぎにメタボリックシンドロームはこの肥満症,とくに内臓脂肪型肥満の延長上にある疾患概念である.1980年代の後半から高コレステロール血症とは別の動脈硬化性疾患ハイリスク状態としてマルチプルリスクファクター症候群の重要性が提唱されてきたが,最近になりグローバルな観点でメタボリックシンドロームという名前で体系づけられた.メタボリックシンドロームを診断する最大の目的は,きわめて強い動脈硬化性疾患リスク状態であることを認識して,適切な対策を行うことにある.本疾患は,内臓脂肪の過剰蓄積の判定を必須項目として,それに加えて脂質代謝異常(高トリグリセリド血症と低HDLコレステロール血症),高血糖,高血圧のうち2つ以上の病態を有することで診断されるという基準が国内外で設定されている.メタボリックシンドロームでは糖尿病,高脂血症,高血圧など身近な疾患が一個人に複数重なってはいるが,それぞれに対して薬物治療を施して病態を改善させるのではなく,キープレイヤーである内臓脂肪の蓄積を減量させる,つまり脂肪細胞の機能異常を改善させることがもっとも効率のよい対策となる.脂肪細胞の存在意義がアディポサイエンスの急速な進歩によって次々と明らかになってきており,とくに脂肪細胞が分泌する生理活性物質,アディポサイトカインの多彩な病態発症における意義が解明されてきた.本書では,このような背景を中心にして,臨床から基礎医学を基盤にした肥満症・メタボリックシンドロームの成因,治療について解説されている.
松澤佑次
財団法人住友病院病院長
飽食と車社会の現代生活では,過栄養の状態から免れるのは困難である.糖尿病,高脂血症,高血圧などのいわゆる生活習慣病が近年著しく増加しているのは,このような背景をもとにした脂肪組織の過剰蓄積つまり肥満が大きな基盤になっているのはいうまでもない.しかしすべての肥満が画一的に減量を必要とするのではなく,とくにわが国のように高度肥満が少ない国では,質的な分類を行い医学的な観点から減量の必要な,いわゆる肥満症を診断する必要がある.日本肥満学会では,世界に先駆けて「肥満症」の診断基準を確立した.それは,肥満と判定された(BMI>25)のなかで,(1)脂肪組織の量的増加による合併症を有する場合,または(2)脂肪細胞の機能異常による合併症を有する場合を減量治療の必要な肥満症と診断するものである.脂肪細胞の機能異常は内臓脂肪の蓄積が本態であることが知られており,それに伴う疾患としては糖代謝異常,脂質代謝異常,高血圧,高尿酸血症・痛風,脂肪肝,動脈硬化性疾患などが挙げられる.また合併症の有無にかかわらず,内臓脂肪型肥満はそれだけで肥満症と診断することができるとされている.
さてつぎにメタボリックシンドロームはこの肥満症,とくに内臓脂肪型肥満の延長上にある疾患概念である.1980年代の後半から高コレステロール血症とは別の動脈硬化性疾患ハイリスク状態としてマルチプルリスクファクター症候群の重要性が提唱されてきたが,最近になりグローバルな観点でメタボリックシンドロームという名前で体系づけられた.メタボリックシンドロームを診断する最大の目的は,きわめて強い動脈硬化性疾患リスク状態であることを認識して,適切な対策を行うことにある.本疾患は,内臓脂肪の過剰蓄積の判定を必須項目として,それに加えて脂質代謝異常(高トリグリセリド血症と低HDLコレステロール血症),高血糖,高血圧のうち2つ以上の病態を有することで診断されるという基準が国内外で設定されている.メタボリックシンドロームでは糖尿病,高脂血症,高血圧など身近な疾患が一個人に複数重なってはいるが,それぞれに対して薬物治療を施して病態を改善させるのではなく,キープレイヤーである内臓脂肪の蓄積を減量させる,つまり脂肪細胞の機能異常を改善させることがもっとも効率のよい対策となる.脂肪細胞の存在意義がアディポサイエンスの急速な進歩によって次々と明らかになってきており,とくに脂肪細胞が分泌する生理活性物質,アディポサイトカインの多彩な病態発症における意義が解明されてきた.本書では,このような背景を中心にして,臨床から基礎医学を基盤にした肥満症・メタボリックシンドロームの成因,治療について解説されている.
はじめに(松澤佑次)
■第1章 肥満症・メタボリックシンドロームの病態
1.肥満症・メタボリックシンドロームの病態―Overview(前田和久・下村伊一郎)
・メタボリックシンドロームの定義とわが国における特徴
・メタボリックシンドロームの分子基盤
2.肥満症診断基準とメタボリックシンドローム診断基準のポイント(高橋和男・齋藤 康)
・肥満症の診断基準
・メタボリックシンドロームの診断基準
3.メタボリックシンドロームにおける高血圧(島本和明)
・メタボリックシンドロームにおける高血圧の疫学
・メタボリックシンドロームにおける高血圧の成因
・メタボリックシンドロームにおける高血圧管理
4.メタボリックシンドロームにおける高脂血症―そのメカニズムと対策(寺本民生)
・メタボリックシンドロームと脂質異常
・メタボリックシンドロームの発症病理
・メタボリックシンドロームのマネージメント
5.メタボリックシンドロームにおける虚血性心疾患(宮崎哲朗・代田浩之)
・虚血性心疾患におけるメタボリックシンドロームの疫学
・虚血性心疾患とメタボリックシンドロームの病態
・メタボリックシンドロームに対する治療
■第2章 肥満症・メタボリックシンドロームの診断
6.メタボリックシンドロームの診断―Overview(船橋 徹)
・概念の歴史的経緯
・病態
・治療
・肥満症とメタボリックシンドローム
7.内臓脂肪測定法(善積 透)
・内臓脂肪計測の現状
8.メタボリックシンドローム診断における腹囲測定の役割―診断法とその意義(中村 正・他)
・腹囲測定法の実際
・腹部肥満の診断基準
・腹部肥満と危険因子の関連
・メタボリックシンドローム予防における腹囲測定の意義
9.BMIとメタボリックシンドロームの関連―その臨床的意義と限界(阿部 恵)
・肥満の判定法
・日本におけるメタボリックシンドローム各項目と BMIの関連
・小児におけるメタボリックシンドロームと BMI
10.アディポネクチンとメタボリックシンドローム―メタボリックシンドローム診断におけるあらたなバイオマーカーとしての血中アディポネクチン濃度測定意義(熊田全裕・木原進士)
・メタボリックシンドロームとアディポサイトカイン
・アディポネクチンの発見と血中濃度
・アディポネクチンの抗糖尿病作用(インスリン感受性増強作用)
・アディポネクチンの抗動脈硬化作用
・アディポネクチンの遺伝子変異とメタボリックシンドローム
・わが国でのメタボリックシンドロームと血中アディポネクチン濃度の関係
■第3章 肥満症・メタボリックシンドロームの治療
11.肥満症の治療―Overview(坂田利家)
・治療が必要な肥満―肥満症
・肥満症治療の基本コンセプト
・肥満症治療の実際
・肥満症の病態別治療
12.食事療法の原則(徳永勝人・酒井尚彦)
・食事療法の基本的な考え方
・食事療法の分類と適応基準
・肥満症治療食の栄養量の設定
・肥満症食事療法のフローチャート
・肥満症治療食の効果判定
・超低カロリー食
・内臓脂肪型肥満,内臓脂肪症候群の治療
13.運動療法の原則―理論的背景と指導方法(佐藤祐造)
・身体活動と肥満症・メタボリックシンドローム―疫学的研究
・肥満症・メタボリックシンドロームに対する運動療法の効果
・運動処方の実際
■第4章 脂肪細胞の質的異常による肥満症治療の意義
14.減量治療と糖尿病(原 一雄・門脇 孝)
・減量はたしかに糖尿病の一次予防に有効である
・脂肪細胞の量的変化によってインスリン抵抗性は改善するか
・脂肪細胞の質的変化によるインスリン抵抗性の改善
15.動脈硬化性疾患に対する減量治療の意義(宮崎 滋)
・肥満と動脈硬化性疾患
・肥満と心血管疾患
・肥満と脳血管疾患
・減量による心血管疾患に対する効果
・減量による脳梗塞に対する効果
16.減量治療と病因―メタボリックシンドロームに合併する高尿酸血症の場合(中島 弘)
・肥満における高尿酸血症の成立
・インスリン抵抗性の存在と高尿酸血症
・脂肪分布による高尿酸血症の成因の違い
・肥満を伴う高尿酸血症での治療の要点
■第5章 メタボリックシンドローム治療の将来展望
17.PPARγアゴニストによる抗メタボリックシンドローム作用の分子メカニズム(植木浩二郎・門脇 孝)
・MSとアディポカイン
・脂肪細胞の分化・肥大化と PPARγ
・アディポカインと PPARγ
・マクロファージにおける PPARγ作用
18.メタボリックシンドローム治療における抗肥満薬の位置づけ(齋木厚人・白井厚治)
・抗肥満薬を使用する際の注意点
・抗肥満薬の作用部位
・中枢性食欲抑制薬
・熱産生促進薬
・吸収抑制薬
・レプチン
19.食生活改善によるメタボリックシンドローム治療(島田健永・吉川純一)
・生活習慣と心血管疾患
・食事療法
・冠動脈疾患と冠微小循環のメカニズム
●サイドメモ目次
メタボリックシンドローム(MS)の新診断基準
内臓脂肪蓄積とインスリン抵抗性
端野・壮瞥町研究
Nuclear magnetic resonance(NMR)法
内臓脂肪量推定指標
フォーミュラ食
健康日本21
尿路管理
チアゾリジン誘導体とビグアナイド剤
UCP(uncoupling protein)
FDA(Food and Drug Administration)
冠微小循環
■第1章 肥満症・メタボリックシンドロームの病態
1.肥満症・メタボリックシンドロームの病態―Overview(前田和久・下村伊一郎)
・メタボリックシンドロームの定義とわが国における特徴
・メタボリックシンドロームの分子基盤
2.肥満症診断基準とメタボリックシンドローム診断基準のポイント(高橋和男・齋藤 康)
・肥満症の診断基準
・メタボリックシンドロームの診断基準
3.メタボリックシンドロームにおける高血圧(島本和明)
・メタボリックシンドロームにおける高血圧の疫学
・メタボリックシンドロームにおける高血圧の成因
・メタボリックシンドロームにおける高血圧管理
4.メタボリックシンドロームにおける高脂血症―そのメカニズムと対策(寺本民生)
・メタボリックシンドロームと脂質異常
・メタボリックシンドロームの発症病理
・メタボリックシンドロームのマネージメント
5.メタボリックシンドロームにおける虚血性心疾患(宮崎哲朗・代田浩之)
・虚血性心疾患におけるメタボリックシンドロームの疫学
・虚血性心疾患とメタボリックシンドロームの病態
・メタボリックシンドロームに対する治療
■第2章 肥満症・メタボリックシンドロームの診断
6.メタボリックシンドロームの診断―Overview(船橋 徹)
・概念の歴史的経緯
・病態
・治療
・肥満症とメタボリックシンドローム
7.内臓脂肪測定法(善積 透)
・内臓脂肪計測の現状
8.メタボリックシンドローム診断における腹囲測定の役割―診断法とその意義(中村 正・他)
・腹囲測定法の実際
・腹部肥満の診断基準
・腹部肥満と危険因子の関連
・メタボリックシンドローム予防における腹囲測定の意義
9.BMIとメタボリックシンドロームの関連―その臨床的意義と限界(阿部 恵)
・肥満の判定法
・日本におけるメタボリックシンドローム各項目と BMIの関連
・小児におけるメタボリックシンドロームと BMI
10.アディポネクチンとメタボリックシンドローム―メタボリックシンドローム診断におけるあらたなバイオマーカーとしての血中アディポネクチン濃度測定意義(熊田全裕・木原進士)
・メタボリックシンドロームとアディポサイトカイン
・アディポネクチンの発見と血中濃度
・アディポネクチンの抗糖尿病作用(インスリン感受性増強作用)
・アディポネクチンの抗動脈硬化作用
・アディポネクチンの遺伝子変異とメタボリックシンドローム
・わが国でのメタボリックシンドロームと血中アディポネクチン濃度の関係
■第3章 肥満症・メタボリックシンドロームの治療
11.肥満症の治療―Overview(坂田利家)
・治療が必要な肥満―肥満症
・肥満症治療の基本コンセプト
・肥満症治療の実際
・肥満症の病態別治療
12.食事療法の原則(徳永勝人・酒井尚彦)
・食事療法の基本的な考え方
・食事療法の分類と適応基準
・肥満症治療食の栄養量の設定
・肥満症食事療法のフローチャート
・肥満症治療食の効果判定
・超低カロリー食
・内臓脂肪型肥満,内臓脂肪症候群の治療
13.運動療法の原則―理論的背景と指導方法(佐藤祐造)
・身体活動と肥満症・メタボリックシンドローム―疫学的研究
・肥満症・メタボリックシンドロームに対する運動療法の効果
・運動処方の実際
■第4章 脂肪細胞の質的異常による肥満症治療の意義
14.減量治療と糖尿病(原 一雄・門脇 孝)
・減量はたしかに糖尿病の一次予防に有効である
・脂肪細胞の量的変化によってインスリン抵抗性は改善するか
・脂肪細胞の質的変化によるインスリン抵抗性の改善
15.動脈硬化性疾患に対する減量治療の意義(宮崎 滋)
・肥満と動脈硬化性疾患
・肥満と心血管疾患
・肥満と脳血管疾患
・減量による心血管疾患に対する効果
・減量による脳梗塞に対する効果
16.減量治療と病因―メタボリックシンドロームに合併する高尿酸血症の場合(中島 弘)
・肥満における高尿酸血症の成立
・インスリン抵抗性の存在と高尿酸血症
・脂肪分布による高尿酸血症の成因の違い
・肥満を伴う高尿酸血症での治療の要点
■第5章 メタボリックシンドローム治療の将来展望
17.PPARγアゴニストによる抗メタボリックシンドローム作用の分子メカニズム(植木浩二郎・門脇 孝)
・MSとアディポカイン
・脂肪細胞の分化・肥大化と PPARγ
・アディポカインと PPARγ
・マクロファージにおける PPARγ作用
18.メタボリックシンドローム治療における抗肥満薬の位置づけ(齋木厚人・白井厚治)
・抗肥満薬を使用する際の注意点
・抗肥満薬の作用部位
・中枢性食欲抑制薬
・熱産生促進薬
・吸収抑制薬
・レプチン
19.食生活改善によるメタボリックシンドローム治療(島田健永・吉川純一)
・生活習慣と心血管疾患
・食事療法
・冠動脈疾患と冠微小循環のメカニズム
●サイドメモ目次
メタボリックシンドローム(MS)の新診断基準
内臓脂肪蓄積とインスリン抵抗性
端野・壮瞥町研究
Nuclear magnetic resonance(NMR)法
内臓脂肪量推定指標
フォーミュラ食
健康日本21
尿路管理
チアゾリジン誘導体とビグアナイド剤
UCP(uncoupling protein)
FDA(Food and Drug Administration)
冠微小循環