やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

別冊・医学のあゆみレドックス―ストレス防御の医学
はじめに
 地球上の生命は酸素をエネルギー源として用いるとともに,絶えず酸素の毒性〜酸化ストレスに曝されている.最近の研究で,酸化ストレスを防御するしくみの破綻がヒトにおいても老化の加速や種々の疾患の原因になることが実証されつつある.他方,生命現象の基礎にある生体の情報伝達〜シグナルには,情報伝達分子の酸化還元による構造変化を巧妙に用いていることも明らかになっている.このように,植物や動物細胞を含めてあらゆる生命の根幹に関わる酸化還元[レドックス REDOX]の生命現象についての研究は,医学生物学の諸分野にまたがる広い領域であり,医薬・農学などの応用研究への期待もいっそう高まっている.
 わが国と欧米のこれまでの研究協力の成果として,昨年2004年にはレドックス生命科学の国際的交流展開のため,レドックス国際ネットワーク(International Redox Network:IRN)が設立発足した.そこで,レドックス生命科学の医学生物学領域での進展を概括し,今後の課題を展望するため,本書ではレドックス生命科学と医学の接点を,第1章「レドックス基礎医学」と,第2章「レドックス臨床医学」としてまとめることとした.現代が抱えるストレス疾患と,その防御機構としてのストレス応答について,レドックス制御の観点から解説している.また酸化還元の分子機構の研究には新しい計測測定技術が重要であるので,技術応用の章(第3章)を用意した.分子イメージングから生体レベルの計測技術まで,基礎および臨床の分野で用いられるさまざまな技術について述べた.実験手法の解説も含めており,学生や研究者の方々にも有用であると思われる.さらに,環境医学・食品科学へのレドックス生命科学の展開を第4章「レドックス健康医学」として概括することにした.
 国内外の研究者の努力により,レドックス制御という概念は,従来のストレス消去という側面から,蛋白質の可逆的酸化還元に基づいた活性制御機構へと広がりをみせている.本書がレドックス生命科学のさらなる発展の一助となれば幸いである.最後に,本書に原稿をお寄せいただいた執筆者の先生方に深く感謝する次第である.
 2005年7月
 淀井淳司(京都大学ウイルス研究所生体応答学研究部門感染防御研究分野)
別冊・医学のあゆみ レドックス―ストレス防御の医学
 Redox and Anti-Stress Medicine
 Editor:Junji YODOI and Yoshiyuki MATSUO
 CONTENTS
はじめに(淀井淳司 )

第1章 レドックス基礎医学
 1.レドックスとストレスシグナル―総論(増谷 弘・淀井淳司 )
 2.チオレドキシンシステム―蛋白質の酸化/還元に基づく機能制御(松尾禎之・近藤則彦 )
 3.グルタチオンシステム(近藤宇史・井原義人 )
 4.シグナル伝達のレドックス制御―シグナル伝達のメディエーターとしての活性酸素とプロテインチロシンホスファターゼ(鎌田英明 )
 5.小胞体ストレス(小川 智・堀 修 )
 6.蛋白質の酸化とユビキチン-プロテアソームシステム(坂田真一・岩井一宏 )
 7.MAPキナーゼカスケードによるストレス誘導性アポトーシスの制御(石井 絢・一條秀憲 )
 8.チオレドキシン関連分子(岡 新一・他 )
 9.Nrf2による酸化ストレス応答(丸山敦史・伊東 健 )
 10.Heme oxygenase-CO系による細胞機能制御機構(末松 誠 )
 11.NO biology (芥 照夫・赤池孝章 )
 12.酸化的DNA損傷と防御機構(土本大介・中別府雄作 )
 13.Oxidative protein foldingにかかわる細胞因子(稲葉謙次・伊藤維昭 )
 14.HIF-1とT細胞応答(田中廣壽 )

第2章 レドックス臨床医学
 15.レドックス臨床医学―総論(中村 肇 )
 16.レドックス,チオレドキシンと呼吸器疾患(中村隆之・張 吉天 )
 17.酸化ストレスと循環器疾患(宮本信三・小川久雄 )
 18.脳保護薬エダラボン(フリーラジカル消去薬)と抗酸化薬の将来展望(渡辺俊明 )
 19.肝疾患と酸化ストレス(光吉博則・岡上 武 )
 20.消化器疾患における酸化ストレスの関与(西尾彰功 )
 21.腎虚血-再灌流傷害とレドックス発現(武曾惠理・糟野健司 )
 22.酸化ストレスと糖尿病発症(倭 英司・宮崎純一 )
 23.酸化ストレスと自己免疫疾患の病因病態(熊谷俊一・他 )
 24.酸化ストレスと皮膚疾患(錦織千佳子 )

第3章 技術応用
 25.レドックスの計測・画像化技術―総論(内海英雄 )
 26.In vivoESRを用いた生体酸化ストレス・レドックス計測(市川和洋・内海英雄 )
 27.DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現解析(野口範子 )
 28.生細胞系での活性酸素種・窒素種の螢光イメージング(浦野泰照・長野哲雄 )
 29.DT40を用いた遺伝子ノックアウト(山本健一 )
 30.酸化ストレスのプロテオミクスと翻訳後修飾(絹見朋也 )
 31.酸化ストレスマーカー―蛋白質システイン残基の酸化(石井剛志・内田浩二 )
 32.低酸素のバイオイメージング(塚田孝祐 )
 33.PETによるレドックス異常の画像診断(藤林靖久 )
メモ(実験法など)
 ・酸化ストレス計測法(谷戸正樹 )
 ・Redox statusの検出/SH基修飾剤(稲葉謙次 )
 ・アポトーシス検出法(上田修吾 )
 ・ELISA(成田牧子・田増章 吾 )

第4章 健康医学(環境・食品)◆
 34.環境ストレス応答と生体ホメオスターシス――総論(井上 達 )
 35.酸化ストレスの原因となるディーゼル排出微粒子成分(熊谷嘉人 )
 36.コエンザイムQ10(山本順寛 )
 37.ダイオキシンの生体影響と防御機構(平林容子 )
 38.レドックス制御機能性食品(田増章 吾・成田牧子 )
 39.GeneChipスクリーニング(内藤裕二・吉川敏一 )
サイドメモ
 GSH
 システイン残基の酸化修飾
 熱ショック応答と熱ショック蛋白
 ポリグルタミン病
 Nrf2活性化の分子機構
 ニトロ化シグナル
 チオレドキシンによる探索医療
 尿中バイオピリンレベル(バイオピリン/クレアチニン比)
 脳浮腫
 N-アセチルアスパラギン酸(NAA)
 ミトコンドリア障害と細胞死
 H.pylori感染と発癌
 ヒト尿中TRX
 先天性小脳失調性毛細血管拡張症
 質量分析
 システインスルフィン酸
 キノン系化合物
 毒性等価係数(TEF)と毒性等量(TEQ)
 機能性食品