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はじめに―ウイルス性肝炎とは―

 虎の門病院消化器科 熊田博光

 ウイルス性肝炎には現在,AからEまでが存在する.しかし,そのなかで肝癌まで進行するのはB型肝炎とC型肝炎のみである.そのため,肝炎の治療に対する考え方は,ほとんどB型肝炎とC型肝炎が中心となっている.
 B型肝炎が発見された1960年代当初は,オーストラリア原住民の血清より交差する沈降線が認められたことから,民族特有の病原体が考えられた.また,肝癌の家族集積家系をみてみると,B型肝炎陽性例が多数の家系に認められたことから,肝癌の原因のひとつになることが明らかとなった.その結果,B型肝炎のスクリーニングが世界的に行われ,原因となるウイルスがアジアにもっとも多い肝炎ウイルスであることも判明した.
 このB型肝炎ウイルスはDNAウイルスで,その増殖過程においてはいったんRNAに変わり,その後ふたたびDNAを合成する複雑な過程を要するウイルスであること,また表面抗原であるHBs抗原以外に,HBe抗原,HBe抗体,HBc抗原,HBc抗体など,多くのマーカーが存在することも明らかになっている.また,e抗原が発見され,そのe抗原陽性例では活動性が高く進行例も多く,e抗体になるとその活動性が弱まると考えられていた.しかし,一方において肝癌例にはe抗体陽性例が多いことから,そのディスクレパンシーに関しても問題が残った.
 最近になって遺伝子学が発展し,B型肝炎の種々の遺伝子の要因および役割がはっきりし,e抗原,e抗体に関する変化についても,Preコア領域の1896番目のコドンがTGGからTAGに変わることによりe抗原の産生が終息すると考えられた.しかし,その事実に関しても,最近の研究ではすべて一律ではないこともわかってきた.
 また,劇症肝炎においてはPreコア領域の変異,あるいはコアプロモーターの変異などが原因であることも明らかとなった.こうしたことから,いまなおB型慢性肝炎に対する考え方も変わりつつあるのが現状である.
 一方,B型肝炎の治療においては,わが国では1970年代の後半から1980年代前半まで,インターフェロン療法やステロイド離脱療法,プロパゲルマニウムの治療が行われていたが,比較的e抗原が陰性化しやすい若年のe抗原陽性例ではこれらの治療により大部分のe抗原が陰性化した.しかし,そのなかでも最近知られたB型肝炎のゲノタイプCの症例には難治例が多く,治療をしてもe抗原からe抗体に容易にセロコンバージョンすることもなく,なおかつGOT,GPTが安定することも少ない.
 そうしたなかで,B型慢性肝炎に対してわが国では2000年11月より核酸アナログであるラミブジンが発売になり,広く使われている.しかし,このラミブジンの投与法については現在世界でもコンセンサスが得られていない.すなわち,ラミブジンを長期投与することにより耐性株が出現し,さらに悪化する症例もみられることから,ラミブジンは長期投与がよいのか,あるいは短期投与がよいのか,その適用に関しては意見が分かれている.
 また,ウイルス量の多い症例(たとえばTMA法で10 8以上の症例)ではラミブジンの耐性株ができやすく,また他の治療でもなかなかe抗原が陰性化しないことがわかっている.
 C型肝炎の研究は,1989年にアメリカのベンチャ ー産業のカイロン社がC型肝炎の全遺伝子を解明したことからはじまる.C型肝炎は,B型肝炎と違 ってウイルス量が少ないことから,肝炎ウイルスの存在は明らかでありながら,長年非A非B型肝炎としてその原因ウイルスが発見されなかった.しかし,PCR法の確立により遺伝子の解析が進み,結果的にはC型肝炎ウイルスは遺伝子構造からさきに発見された.この解析方法により,世界的に11グループ29種類のC型肝炎ウイルスのタイプが存在することが明らかとなり,またその分布も1bが基本的なワイルドタイプであり,その後グループ2,3とグループ11まで分かれていったと推定される.わが国においてはそのなかでもゲノタイプ1bが70%ともっとも多く,ついで2a,2bがそれぞれ20%,10%と存在し,そのほか血友病関係の患者にはアメリカの血液製剤を使用したために1aが存在する.また,シンガポール,タイにみられる3bもわずかながら存在する.しかし,このゲノタイプがインターフェロンの治療効果に大きく関係することも明らかとなっており,ゲノタイプの重要性が問題となった.また,ウイルス量に関しても,10 2〜10 10コピーまで大きな幅があり(多い患者では10 10コピー以上),ウイルス量も治療に大きく関係することが明らかとなった.
 一方,C型肝炎の治療に関しては,2001年度末よりリバビリン,コンセンサスインターフェロンが発売になることから,インターフェロン領域の治療法が変わってくると思われる.リバビリンは1bで高ウイルス量に対しても20〜30%の治療効果が得られるが,溶血性貧血など種々の副作用もインターフェロン単独に比べて多い.また,コンセンサスインターフェロンは1bで高ウイルス量,すなわち1Meq/ml,あるいは100kコピー以上の症例にも20〜30%の著効が得られるが,amplicorで100〜700kコピーまでの症例に限られている.
 こうしたことから,今後インターフェロン療法を行う場合にはウイルス量やゲノタイプを考慮し,1bで高ウイルス量,とくに700kコピー以上であれば,インターフェロンとリバビリン以外の治療はなく,100〜700kコピーまではコンセンサスインターフェロンか,あるいはリバビリンとの併用となる.また,ゲノタイプ2a2bの低ウイルス量でインターフェロンの効きやすいタイプには,従来のインターフェロンで十分と考えられる.そういう面でC型肝炎に対するインターフェロンの再投与も含め,2002年度以降はふたたびC型肝炎に対する治療が活発化すると思われる.
 はじめに―ウイルス性肝炎とは 熊 田 博 光

■ウイルス性肝炎の現況
1.わが国における肝炎ウイルスキャリアの動向 片 山 恵 子・他
 Trend of HCV carrier and HBVcarrier in Japan
 ○B型肝炎ウイルス(HBV)キャリアの動向
 ○C型肝炎ウイルス(HCV)キャリアの動向
2.ウイルス性肝炎の病理 佐 藤 保 則・他
 Pathology of viral hepatitis
 ○ウイルス性肝炎の病理
 ○肝炎ウイルス以外のウイルス性肝炎の病理
3.ウイルス性肝炎の診断の進め方 山 本 和 秀・白 鳥 康 史
 Diagnosis of viral hepatitis
 ○ウイルス性肝炎の種類と特徴
 ○ウイルス性肝炎の診断の進め方
4.ウイルス性肝炎とアルコールとの関連性 島 中 公 志・高瀬修二郎
 Viral hepatitis and alcohol
 ○アルコール性肝障害の診断
 ○アルコール性肝障害の各病型における肝炎ウイルスの関与
 ○ウイルス性慢性肝炎の経過に及ぼす飲酒の影響
 ○肝癌発生に対する飲酒の影響
 ○C型慢性肝炎患者に対するインターフェロン治療に及ぼす飲酒の影響
5.ウイルス性肝炎の予後 原 田 英 治・他
 The prognosis of viral hepatitis:the clinical spectrum of disease
 ○B型肝炎の予後
 ○C型肝炎の予後
6.SENウイルスとその臨床的意義 田 中 栄 司
 Clinical significance of SEN virus infection
 ○ウイルス学的特徴
 ○臨床的意義

■B型肝炎ウイルス
7.B型肝炎ウイルスの遺伝子型分類とその意義 菅 内 文 中・他
 Clinical significance of hepatitis B virus genotype
 ○HBV遺伝子型分類
 ○わが国におけるHBV遺伝子型分布
 ○HBV遺伝子型と肝病態
8.B型肝炎ウイルスキャリアの自然経過 加 藤 有 史・江 口 勝 美
 The natural history of hepatitis B virus carriers
 ○HBs抗原の消失
 ○肝癌の合併
 ○HBVキャリアの予後・死因
9.HBs抗原陰性,HBc抗体陽性例におけるHBV DNAの存在 四 柳 宏
 Existence of HBV-DNA in cases without HBs antigen and with anti-HBc
 ○HBV DNA陽性・HBs抗原陰性となる機序
 ○HBs抗原陰性・HBc抗原陽性肝疾患例におけるHBV
 ○HBs抗原陰性・HBc抗体陽性例のマネージメント
10.B型肝炎に対するラミブジン療法―長期ラミブジン療法の効果と問題点を中心に 鈴 木 文 孝
 Lamivudine therapy for hepatitis B virus
 ○ラミブジンの作用機序
 ○ラミブジンの治療効果
 ○慢性肝炎に対する長期投与
 ○重症肝炎,劇症肝炎に対する治療
 ○肝硬変症に対する治療
11.B型慢性肝炎に対するIFN治療の意義 西 口 修 平・他
 Interferon treatment for chronic hepatitis B infection
 ○IFNの投与対象
 ○IFNの治療効果
 ○治療スケジュール
12.Precore,core,core promoterの変異と肝炎重症度 横須賀 収
 Mutations of precore,core,core promoter and severity of type B hepatitis
 ○HBV precore,core,core promoter
 ○慢性HBVキャリアにおけるprecore,core,core promoterの変異とその意義
 ○急性肝障害時におけるprecpre,core,core promoterの変異
13.B型肝炎の重症化のメカニズムとその対策 鳥 居 信 之・長谷川 潔
 The mechanism and management of sever and fulminant hepatitis B
 ○HBV変異遺伝子と重症肝炎
 ○宿主の免疫反応と重症肝炎
 ○重症肝炎の対策
14.劇症化時の治療 鈴 木 一 幸・他
 Treatment for fulminant hepatitis with hepatitis B virus infection
 ○一般的治療
 ○抗ウイルス療法
 ○肝移植

■C型肝炎ウイルス
15.C型肝炎ウイルス遺伝子からみたインターフェロン治療 渡 辺 秀 樹・他
 HCV genetic change and interferon therapy
 ○HCV genotypeとIFN効果
 ○IFN感受性に関連する遺伝子構造の検索
 ○NS5A領域(aa2209-2248,interferon sensitivity determining region:ISDR)の変異とIFN感受性
 ○NS5Aの機能
 ○ISDR以外の領域の変異とIFN効果
 ○ISDR変異数と血中ウイルス量
16.インターフェロンによるウイルス排除のメカニズム 田 妻 進・茶 山 一 彰
 Mechanism(s)of elimination of hepatitis C virus by interferon therapy
 ○IFNの種類と構造
 ○IFNの生物活性と抗ウイルス作用
17.インターフェロン長期投与の意義 笠 原 彰 紀・林 紀 夫
 Prolonged interferon treatment for chronic hepatitis C
 ○インターフェロン治療の目標
 ○IFN治療の適応
 ○従来のIFN治療の問題点
 ○C型慢性肝炎に対するIFN治療の無作為化比較試験
 ○HCV遺伝子型,ウイルス量とIFN長期投与成績
 ○pegylated IFN
18.Interferon +ribavirin併用療法 坪 田 旭 史
 Combination therapy with interferon plus ribavirin for chronic hepatitis C
 ○ribavirinによる併用療法
 ○今後の方向
19.IFN rebound IFN療法 荒 瀬 康 司
 Interferon-rebound interferon therapy
 ○自然経過でのALTの急性増悪
 ○IFN非著効例でのIFN終了直後のALTの変動
 ○IFN非著効例でALT reboundの起こる背景
 ○IFN rebound IFN療法
20.瀉血療法 吉岡健太郎
 Iron reduction therapy for chronic hepatitis C
 ○鉄と感染症
 ○鉄による肝障害
 ○鉄とウイルス性肝炎
 ○鉄と慢性肝炎のIFN治療に対する反応性
 ○瀉血療法の実際
 ○鉄制限食
 ○瀉血療法の長期的効果
 ○C型慢性肝炎治療における瀉血療法の位置づけ
21.C型肝炎ウイルス遺伝子構造からみた病態解析 永 山 和 宜・他
 Pathophysiological analysis of chronic hepatitis C from the viewpoint of full-length HCV genome
 ○肝炎活動性の変化とHCV全長遺伝子配列
 ○C型慢性肝炎における長期の病像変化とHCV全遺伝子構造
 ○インターフェロン投与中の肝炎活動性とHCV遺伝子構造
 ○血中ウイルス量を規定するHCV側因子
22.C型慢性肝炎のインターフェロン著効例はいつまでフォローが必要か 橋 本 悦 子
 Duration of follow-up after complete response by interferon therapy in patients with chronic hepatitis C
 ○IFNの治療効果とその予後
 ○IFN著効後4年でC型慢性肝炎を再発した症例
 ○IFN治療の肝細胞癌発生抑止
 ○著効例における肝細胞癌発生
 ○IFN著効例のフォロー

■肝癌
23.肝癌とアポトーシス抵抗性―肝発癌進展における免疫監視機構からの回避のメカニズム 佐々木 裕
 Escape from immune surveillance in liver cancer
 ○免疫賦活化機構の障害
 ○アポトーシス抵抗性の獲得
 ○肝癌細胞におけるアポトーシス抵抗性
 ○肝癌細胞とFas counterattack
24.肝炎ウイルス患者における肝癌の早期発見―効果的なスクリーニングと総合的な診断が予後を改善させる 渡 邊 清 高・大 西 真
 Hepatocellular carcinoma-General aspects of diagnosis in patients of viral hepatitis
 ○HCV肝炎からの発癌
 ○HBV肝炎からの発癌
 ○高危険群の設定
 ○腹部超音波検査
 ○腹部CT
 ○腹部血管造影
 ○MRI
 ○biopsy
 ○腫瘍マーカー
25.肝細胞癌の画像診断 蒲 田 敏 文
 Imaging diagnosis of hepatocellular carcinoma
 ○肝細胞結節性病変の悪性度と血流
 ○肝細胞結節性病変の画像所見
 ○肝細胞癌の治療効果判定に対する画像診断
26.肝癌腫瘍マーカーの有用性 熊 田 卓・石 黒 裕 規
 Clinical utility of tumor marker for hepatocellular carcinoma
 ○腫瘍マーカーに求められるもの
 ○AFP
 ○AFP-L3分画
 ○PIVKA-II
 ○combination assay
 ○予後の推定
27.肝細胞癌に対する外科切除術―肝切除術の成績と意義 渡 辺 五 朗
 Hepatic resections for hepatocellular carcinoma
 ○肝切除術の歴史的概観
 ○当科における切除成績
 ○切除限界
 ○肝切除術の適応と意義
28.内科的局所治療 江 原 正 明
 Non-surgical local treatment for HCC
 ○経皮的エタノール注入療法(PEI)
 ○経皮的ラジオ波熱凝固療法(RFA)
 ○マイクロ波熱凝固療法(MCT)
 ○その他の局所療法
29.肝動脈塞栓術 池 田 健 次
 Transcatheter arterial emblization for hepatocellular carcinoma
 ○TAEの適応と禁忌
 ○肝細胞癌に対するTAEの方法
 ○TAEによる直接治療効果
 ○超選択的カテーテル操作によるsegmentalリピオドールTAE
 ○症例
 ○TAE施行後の累積生存率
 ○各要因別にみたTAE後の生存率
 ○TAE後の生存率に寄与する要因
 ○TAEの限界

サイドメモ
 肝移植後のグラフト肝の病理
 HLAペプチドテトラマーによるウイルス特異的細胞障害性T細胞(CTL)の検出
 大酒家慢性肝炎
 HBV変異株
 非A-E型肝炎ウイルス
 同義置換と非同義置換
 T町におけるHBs抗原陽性率の変遷
 Occult HBV infection
 ラミブジン耐性ウイルス(YMDD mutant)
 B型肝癌の発癌予防
 HBV genotype
 肝炎の劇症化予知
 Interferon sensitivity determining region(ISDR)
 HCV-NS5A蛋白とIFN作用
 慢性肝炎の組織診断
 Ribavirin
 C型慢性肝炎におけるHCV-RNAの変動
 血清フェリチン値
 HCVにおけるquasispecies nature
 新犬山分類
 アポトーシスとプログラム細胞死
 無症候性キャリアのフォローはいかにすべきか
 肝のpseudolesionとその成因
 AFPの良性疾患での上昇
 癌に対する熱凝固療法―MCT vs.RFA