やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

  • 序 文
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巻頭言
リハビリテーション医学における心理学的アプローチの重要性
 日本人は「人の気持ち推し量り,思いやりをもって接する」といわれる.確かにそれは美点であるが,いくつかの問題点もある.
 一つは,「自分と同質な人の気持ちはよく察することができるが,異質な人の気持ちはわからず,うまく接することができず,避けようとする」ことである.障害児(者)との接触を避ける,外国人を避けるなどがそうである.
 もう一つは,「善意の押し売りになりやすい」ことである.これは説明不要であろう.
 第三の問題は,直感的に「人の気持ちがわかる」と思いがちなためか,「人の心理」というものを客観的・学問的に理解しようという姿勢に欠けることである.これが欧米と最も異なる点で,欧米では一般教育の中で心理学がよく教えられており,一般人の日常会話にもごく自然に「フラストレーション」「アングザエティー(不安)」などの心理学用語が出てくる.日本では,大学の教養課程で選択しなければ,一生涯心理学を学ばずに済んでしまう.
 しかし,リハビリテーションに携わる人たちはそうであってはならない.
 「リハビリテーション」の語源は「リ」(ふたたび)+「ハビリス」(人間にふさわしい)+「テーション」(状態にすること)であり,西洋中世から「権利の回復」「名誉の回復」などの意味で使われてきた.筆者はこの流れに立って,障害者のリハビリテーションは,障害をもった人の「人間らしく生きる権利の回復」(「全人間的復権」)であると提唱した(拙著『目でみるリハビリテーション医学初版』,1971,p2).
 ここで「全人間的」とは,「人が生きることのあらゆる側面において」という意味であり,ICF(国際生活機能分類)の「客観的生活機能」である「参加」,「活動」,「心身機能」に,筆者が以前から重要視してきた「生活機能の主観的次元」(拙著『リハビリテーションの歩み』,2013,p299)を加えた,「人が生きることの全側面にわたって」という意味である.このようにリハビリテーションは,「主観的生活機能」の面の問題解決をも課題とするのである.
 以上と関連して,筆者は「リハビリテーション医学」の学問的方法論は4つのものが重層的に発展してきたと述べてきた.すなわち,1920年代からの「末梢性運動障害に対応する方法論」,1940年代からの「中枢性運動障害に対応する方法論」,1960年代からの「高次脳機能障害に対応する方法論」,そして1980年代からの「心理学的方法論」である(拙著『目でみるリハビリテーション医学 第2版』,1994,pp8-9).
 このようにリハビリテーション医学の方法論として重要な「患者の心理」を知り,それを日々の臨床に生かすために,ぜひ本書で「臨床心理学」を学び,活用していただきたい.
 2024年4月
 元東京大学医学部教授,国際リハビリテーション医学会名誉会員(元会長)
 上田 敏


序文
 本書の読者は,リハビリテーションに携わる理学療法士,作業療法士,言語聴覚士を目指している方,あるいはすでにリハビリテーションの領域で疾病や障害のある人を支援している方だと思われる.
 身体のリハビリテーションであっても,言語のリハビリテーションであっても,なんらかの不自由があると,当然その人の心理状態に影響を与える.その人の心理状態を無視して支援することは,現実的でない.皆さんがかかわるのは「人」の身体であり,「人」が発する言葉である.「人」の“心”抜きに「人」にかかわろうとしても,なかなかうまくいかないのではないだろうか.
 人の心を扱ってきたのが「心理学」であり,心理学の中でも心理的な問題や不適応行動などへの支援が必要な人に対するアセスメントや支援に関する知識・技術を蓄積してきたのが「臨床心理学」である.リハビリテーションにかかわるスタッフが支援する際に,支援される側がその支援を受け入れなければ,意図していた効果を実現できないこともある.そんなときに,いつかこの本で学んだことが現場で役立つことを意図して,本書を編集した.
 本書は理学療法士,作業療法士,言語聴覚士の教科書として活用してもらえるよう,養成校のカリキュラムに合わせて15章で構成している.
 特徴の1つ目は,編者陣含め,実際にリハビリテーションの領域で臨床心理学的アプローチを実践してきた多くの先生方に執筆いただいたことである.
 2つ目は,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士となれば小児期,成人期,精神科領域といった職域別に従事することが多いと思われるため,それぞれの職域ごとに臨床心理学に関する知見をまとめた章を設けた.
 3つ目は,リハビリテーションの領域でかかわることが多い疾患,たとえば脳血管障害や統合失調症などについて,疾病や障害のある人やその家族の心理に関するコラムを多数配置した.
 さらに,教科書ということで,国家試験に準拠するということにも力を入れている.出題基準を網羅することはもちろん,出題される頻度の高い人名には脚注に下線,また側柱でも国家試験でどういった問題が出題されているかを紙幅の許す限り記載した.使い勝手の良い作りとなっていれば幸いである.
 「心」が動けば「身体」も動き,「身体」が動くことで「心」も動く.支援される側の「心」にも配慮した支援がなされるとき,支援がより効果を発揮すると思われる.本書をお読みになった方がそれぞれの専門性とともに,リハビリテーションを受ける側の「心」へ配慮をなされることで,それぞれの専門性がより発揮されることを心から願っている.
 2024年4月
 編者を代表して
 山口加代子
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