やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序
 本書の初版が刊行されたのは2019年1月であるから,その時からすでに6年の歳月が流れた.思い返すと,この6年の間には考えもしなかったような出来事がいくつもあった.国内では2024年元旦に起こった能登半島地震や,豪雨・台風など異常気象による災害が続くなか,政治情勢に関しても驚くことが多かった.世界に目を向けても,ロシアのウクライナへの侵攻や,パレスチナ・イスラエル戦争,米国の2回にわたる大統領交代など,落ち着かない日々の連続である.
 そのような中でなんといっても人々の生活を根底から変えたのは,2020年から流行した新型コロナウィルス感染症のパンデミックである.じわじわと忍び寄る感染への目に見えない恐怖は,ある意味で感染自体への恐怖を上回っていたともいえる.やりたいことができず,会いたい人にも会えない状態は人々の心に暗い影を落とした.長引く感染症の猛威のなかで,ステイホームや自宅学習・リモートワークがデフォルトとなり,心を病む人たち,具合の悪くなる人たちも大幅に増えた.コロナ禍が及ぼした心身への影響もあり,公認心理師の役割の重要性も大きくクローズアップされたといえる.
 心理学や精神医学の関連領域でも,重大な社会的ニュースが数多くあった.たとえば,認知症基本法の成立と施行,旧優生保護法による強制不妊手術をめぐる訴訟と国の敗訴,LGBTQと性別違和の問題,様々なハラスメント事件などが挙げられる.これらの事件は人々が一律に同じ方向を向く,あるいは向かわされるのではなく,それぞれのダイバーシティが加速していることの象徴のように思える.個々人がその人らしく輝いて生きていくためには,また不測の事態に直面した時のレジリエンスを高めていくためには,公認心理師の役割は欠くことのできないものになっている.
 今回,第2版の出版にあたり,はたしてどのような本にしていくのか,他の編者,医歯薬出版の関係者とも様々な協議を重ねてきた.むろん,教科書としての立場から,精神科臨床に必要不可欠なエッセンスをまとめるという点は何ら変わりない.全体の構成や記載の工夫も初版と同様である.しかし,この6年の間に,必要とされる,あるいは知っておいた方がよい知識は格段に増えてきている.そこで,編者として臨床心理学部で教鞭をとる新村秀人氏にも加わっていただき,また目次構成も見直した.執筆者はそれぞれの領域で最近の知見に精通した第一線の臨床家・研究者であり,限られた紙面の中で必要十分な知識を盛り込んでいただいた.改めて感謝申し上げたい.
 現在,精神医学領域では,世界保健機関の診断基準である国際疾病分類(ICD)が第10版から第11版に改訂されているが,日本語版はまだ確定していない.確かに用語の問題はきわめて重要であるが,その一方で,教科書として極端に用語にとらわれることも利がないように思う.用語はいずれまた改訂されるし,中には改訂でかえってわかりにくくなったものもある.本書では,ICD-11や米国精神医学会の診断基準であるDSM-5-TRになるべく準じながら,できるだけ平易でわかりやすい表現で記載していただいた.執筆者間で,あるいは章の間で多少の不統一があることはご容赦いただきたい.
 多様な立場で人々の心に寄り添う公認心理師には,バランス感覚と包含性が求められると私は考えている.何に興味をもっていても,何を専門にしていても,あるいはどのような立場であったとしても,狭い関心領域にとらわれず,他の立場や考えも尊重していくことが大切である.そのためには心理学・精神医学の様々な領域について十分な知識をもっていることが基本になる.
 初版の序でも述べたが,公認心理師には一定以上の精神疾患や臨床医学の知識が求められている.本書が公認心理師を目指す大学院生,精神疾患を初めて学ぶ学生,さらには臨床に従事する専門職の人たちにとって,有用な座右の書となることを願っている.
 2024年12月
 編者を代表して
 三村 將


第1版 序
 2018年は9月に公認心理師の国家試験が実施され,第1回の合格者が誕生した記念すべき年といえる.臨床医学,ことに精神科の臨床においては,様々なバックグラウンドをもつ専門職が力を合わせ,患者さんとその家族を支援していくチーム医療の理念が根幹をなす.チーム医療では医師や看護師,薬剤師のほか,ソーシャルワーカー,言語聴覚士,作業療法士,理学療法士,臨床検査技師といった専門職が彼ら/彼女らだからこその意見を出し合い,有機的にチームの治療方針が形作られていく.このチーム医療のなかで心理職も重要な役割を果たしてきたが,医学系専門職のなかで唯一国家資格になっていなかったことから,診療機関では雇用される機会が少なく,また他の専門職種と連携していないこともあったように思う.今後は,精神科診療のみならず,緩和ケア,ペインクリニック,回復期リハビリテーションなど,様々な場面でチーム医療の一員として,また公認心理師として手腕を大いに発揮して活躍していくことが期待される.
 精神科医は,精神科専門医を目指す前に幅広く医学・医療全般を学び,2年間は初期臨床研修として身体疾患を中心に研修することが義務づけられている.臨床に携わるのであれば,心の営みを扱う専門職である公認心理師も,脳や身体の基礎知識をもっておくことが求められる.
 本書は,精神科臨床の立場から,公認心理師を目指す学生および心理職の皆さんに知っておいていただきたい必要不可欠のエッセンスをまとめたものである.各章の著者は第一線の臨床家・研究者であり,最適の方たちにご執筆いただけたものと自負している.臨床場面全般に通じる総論と,疾患・病態ごとに概念から対応をまとめた各論に分けているが,可能な限り具体的イメージがわくようにCASEを入れていただいている.また,チーム医療場面で様々に生じてくる臨床的疑問をコラムとして,トピック的に配置している.本文を読み進めていくなかで疲れたら,コラムをパラパラめくっていくのも一興かもしれない.
 公認心理師のカリキュラムには,「精神疾患とその治療」として必要科目に組み込まれ,そこでは公認心理師に求められる役割・知識について,「心理学,医学知識を身につけ,様々な職種と協働しながら支援等を主体的に実践できること」「精神疾患が疑われる者について,必要に応じて医師への紹介等の対応ができること」とされている.このように,心理学教育において精神疾患や臨床医学に関する一定の知識が求められるようになった背景には,心理学系学生の卒後の進路として,精神科診療への門戸が開かれてきたことが挙げられる.しかし,むしろそれ以上に,たとえば学校教育やカウンセリング,発達相談などに携わる公認心理師にも,一定の精神疾患や臨床医学の知識が求められていると考える.
 本書が精神疾患を初めて学ぶ心理学生,公認心理師を目指す方々,さらには臨床に従事する心理職の皆さんの指針となる精神医学テキストとなることを切に願っている.
 2018年12月
 編者を代表して
 三村 將
 第2版 序
 第1版 序
序章 心理学としての精神医学の理解
 (黒木俊秀)
 I.医学が心理学に期待することは何か
 II.心理学としての精神疾患の理解
 III.心理学と精神医学の連携
総論
1章 精神疾患とは
 (八木剛平,飯島詩織,齊藤和貴,山村 卓)
   1.精神疾患とは何か
   2.歴史的視点からみた精神医療と臨床心理学
   3.臨床心理学の歴史
   4.生物学的精神医学と精神病理学(異常心理学)─二つの系譜
 〈1章Q&A〉
2章 精神症状のみかた
 (成本 迅)
   1.精神症状の分類
   2.抑うつ
   3.不安,恐怖
   4.幻覚
   5.妄想
   6.精神科等医療機関に紹介すべき精神症状
 〈2章Q&A〉
3章 精神疾患の診断
 (本村啓介)
   1.精神医学における診断
   2.初診時面接:留意点
   3.精神現症
   4.初診時面接:問診事項
   5.身体診察,医学的検査
   6.精神医学的評価尺度,心理検査,診断面接
   7.行動観察
   8.診断
 〈3章Q&A〉
4章 精神疾患と薬物療法
 (竹内啓善)
   1.精神疾患の治療における薬物療法
   2.薬物療法の基礎知識
   3.抗うつ薬
   4.抗不安薬・睡眠薬
   5.抗精神病薬
   6.気分安定薬
   7.認知症治療薬
   8.注意欠如多動症(ADHD)治療薬
 〈4章Q&A〉
5章 心理療法・支援の基本
 (林 公輔)
   1.個人心理療法
   2.家族療法・集団心理療法
   3.コミュニティ・アプローチ
 〈5章Q&A〉
6章 多職種連携とリエゾン精神医学
 (1)多職種連携(花村温子)
   1.チーム医療とは
   2.連携と協働,他職種連携と多職種連携
   3.チーム医療における各職種の役割
   4.チーム医療に関わる心理職が知っておくべき基本知識と求められる役割
   5.多職種連携によるチーム医療における公認心理師の関わりの例
   6.より良いチーム医療のために
 (2)リエゾン精神医学(幸田るみ子)
   1.コンサルテーション・リエゾン精神医学の基本
   2.緩和ケア概論
 〈6章Q&A〉
各論
7章 精神疾患の理解(1) 統合失調症
 (田中伸一郎)
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈7章Q&A,事後学習課題〉
8章 精神疾患の理解(2) うつ病,双極症
 (中川敦夫)
 (1)うつ病
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 (2)双極症
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈8章Q&A,事後学習課題〉
9章 精神疾患の理解(3) 強迫症,不安症群
 (猪狩圭介)
 (1)強迫症
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 (2)不安症群
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈9章Q&A,事後学習課題〉
10章 精神疾患の理解(4) ストレス関連症群,解離症群
 (大江美佐里)
 (1)ストレス関連症群
   【CASE】
  [心的外傷後ストレス症(PTSD)]
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
  [適応反応症(適応障害)]
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 (2)解離症群
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈10章Q&A,事後学習課題〉
11章 精神疾患の理解(5) 神経発達症群
 (太田晴久)
   【CASE】
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈11章Q&A,事後学習課題〉
12章 精神疾患の理解(6) 物質関連症,嗜癖症,秩序破壊的・衝動制御・素行症群
 (新村秀人)
   【CASE】
  (1)物質関連症
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
  (2)嗜癖症
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
  (3)秩序破壊的・衝動制御・素行症群
   1.成因
   2.症状
   3.診断
   4.治療法
   5.経過
   6.本人・家族への支援
 〈12章Q&A,事後学習課題〉
13章 児童・思春期における心理的問題
 (宇佐美政英)
   【CASE】
   1.児童・思春期の発達課題
   2.神経性やせ症
   3.まとめ
 〈13章Q&A,事後学習課題〉
14章 ジェンダーをめぐる問題
 (宮岡佳子)
   【CASE】
  (1)女性の心理的問題
   1.出産前後の問題
   2.更年期うつ病
   3.月経前不快気分障害
   4.女性のうつ病
  (2)LGBTQ
   1.LGBTQとは
   2.LGBTQのメンタルヘルス
 〈14章Q&A,事後学習課題〉
15章 高齢期における心理的問題
 (加藤佑佳)
   【CASE】
   1.高齢者の心理的側面
   2.高齢者のうつ
   3.認知症および軽度認知障害(MCI)
 〈15章Q&A,事後学習課題〉

 付録 精神疾患に関わる医療・福祉制度(小野賢一)
  精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律(通称:精神保健福祉法)
  障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(通称:障害者総合福祉法)
  心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(通称:医療観察法)
  生活保護法
  成年後見制度
  ソーシャルサポート

 コラム
  〈1章〉(八木剛平,飯島詩織,齊藤和貴,山村 卓)
  精神疾患は心の病気か? 脳の病気か?
  日本の精神病者の「二重の不幸」とは何か
  カウンセリングとは何か
  〈2章〉(成本 迅)
  パーソナリティ症
  〈3章〉(本村啓介)
  伝統的診断図式(外因・内因・心因)
  生物・心理・社会モデル
  〈7章〉(田中伸一郎)
  統合失調症の病型分類
  統合失調症の古典的症状:Bleulerの基本症状
  統合失調症の古典的症状:Schneiderの一級症状
  〈10章〉(大江美佐里)
  複雑性心的外傷後ストレス症(CPTSD)
  急性ストレス症
  トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care:TIC)
  〈15章〉(加藤佑佳)
  認知症の人の意思決定能力をどう評価し支援にいかすか

 本書で解説されている疾患のDSM-5-TR,ICD-11対応表
 索引