やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 序
 本書『臨床神経心理学』の初版発行から6年が経ち,この間に神経心理学を取り巻く状況は変化してきました.最も大きな変化の一つは,2019年に日本神経心理学会と日本高次脳機能学会により「臨床神経心理士」の資格が創設されたことです.2022年には第1回の資格認定試験が行われ,海外のclinical neuropsychologistに値する有資格者が誕生しています.
 一方,日本の神経心理学は,医師や言語聴覚士,作業療法士など心理職以外の方々の力で発展してきた歴史がありました.心理職にとっては,まずは念願の国家資格を誕生させ,これを普及させることが優先となっていました.その後,2019年に心理職の国家資格「公認心理師」が誕生し,2024年現在,その有資格者数は約7万名となっています.各領域での活躍と裾野の広がりが期待されていますが,公認心理師が多くの領域を網羅しなければいけない資格であることもあり,神経心理学領域の臨床・研究に関わる公認心理師は,まだごく一部の状況にあります.このような背景のなか,高次脳機能障害の支援に携わる公認心理師がその専門性を裏づける意味でも,臨床神経心理士の資格を取得することは大きな励みとなることと思います.
 神経心理学では,治療・支援を取り巻く環境にも大きな変化がありました.医療面ではアルツハイマー病の治療薬が登場し,2023年9月に薬事承認がなされました.このような治療においても,神経心理学的なアセスメントは重要な役割を担っています.また認知症では,重要法案である「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が2024年1月に施行されました.認知症の人との共生を謳う法案として,研究の推進や相談体制の整備が求められるとともに,当事者の意思決定支援などが盛り込まれています.将来的に,神経心理学的な知見が一層いかされることになるでしょう.
 このような変化のなかで,神経心理学(生理心理学)をめぐる新しい知見・情報を取り入れ,内容のブラッシュアップを図ったのが本書第2版です.あわせて,公認心理師国家試験の出題基準に対応した構成・内容も意識しました.
 この間に編者達の職場や環境も変わり,第2版では以前にも増して担当編集者の協力を仰ぐこととなりました.この場をお借りして感謝申し上げます.
 この本を手に取る読者の皆さんが神経心理学を好きになり,様々な現場で活躍していただけることを願っています.
 2024年2月5日
 編者を代表して
 緑川 晶


第1版 序
 本書は大学や大学院で心理学を学ぼうとする人,あるいはリハビリテーション等の臨床現場で心理職として働こうとしている人に向けて,神経心理学の面白さやその視点の大切さを知ってほしいという思いで作られました.また,臨床現場で真に役立つ神経心理学であってほしいという編者の強い思いを込めて,『臨床神経心理学』というタイトルにもしました.
 これまでにも神経心理学に関する書籍は刊行されてきましたが,本書は心理職の立場で,目の前にいる患者さんを理解・対応するために役立つ「教科書」にした点を特徴としています.神経心理学の知識をもつことにより,脳と心の関係の理解に益することは知られていますし,脳に障害がある患者さんの一般的な状態の理解にも役立ちます.しかし実際の患者さんを目の前にすると,患者さんがおかれている環境やこれまでの生き様などによって,その状態や必要な支援は大きく異なってくるものです.そのような臨床的な視点をもつための出発点となるのが本書であり,目の前の患者さんの「なぜ」「どうして」を考えるきっかけともなるはずです.
 本書を読んでいただくとわかるかと思いますが,神経心理学は心理職だけではなく,医師や言語聴覚士,作業療法士等多くの職種がチームとして患者さんに関わっており,神経心理学的な研究の成果は,心理機能の一般的な理解とともに個別の患者さんの理解にも貢献しています.本書の執筆にも臨床や研究において第一線で活躍されている多職種のチームで構成されています.このため心理職だけではなく,神経心理学を学びたい多くの立場の人々にとっても有益な書になることと思います.
 この本の企画と同時期に公認心理師法案が施行され,刊行される年に初めての公認心理師国家試験が行われます.国家資格となった心理の専門家である公認心理師が世に出るのももう間近です.この国家資格や大学のカリキュラム変更を見据えて本書の準備を進めてきたのも事実ですが,そのための単なるテキストにはとどまらないことは前述した通りです.言語聴覚士が国家資格となったことで活躍の場と裾野が広がったように,心理職も国家資格になることで,広がりや人数が増えることが予想されます.この領域の心理職の数はまだ限定的ですが,本書をきっかけに興味をもち,臨床神経心理学に関わる人々が増えることを切に願っています.
 現時点では,公認心理師は名称独占です.すなわち公認心理師という名称こそ保証されてはいますが,資格をもっているからといってできることは何も保証されていません.結局のところ公認心理師が真に活躍できるか否かは,国家資格を得てからの自らの技能や知識向上に勤しむ必要があるということを意味しています.本書は入門的な位置づけで作成されているため,これから現場を目指す学生さんには実際の臨床の礎として,また既に現場を経験している方にはその確認として利用いただいたうえで,ぜひとも次の勉強につなげ,神経心理学のスペシャリストとしての力を付けてほしいと思います.
 最後になりましたが,臨床の視点と心理職へのエールを込めてご執筆を賜りましたご執筆者の先生方に深謝いたします.また,本書の企画・刊行には編集者である塚本あさ子さんの力に依るところが大きく,この場をお借りして感謝申し上げたいと思います.
 2018年3月吉日
 編者を代表して
 緑川 晶
 第2版 序
 第1版 序
序章 脳を損傷するとはどういうことか
 (三村 將)
 I.はじめに─脳損傷と神経心理学
 II.Person with brain damage
 III.脳損傷をもつ人との関わり─一期一会
 IV.脳損傷のアセスメントにおける心理職の役割
 V.脳損傷の治療アプローチにおける心理職の役割
 VI.神経心理学的リハビリテーション
 VII.おわりに─心理職として脳損傷に関わること
1章 臨床神経心理学とは
 (緑川 晶)
 1.臨床神経心理学とは
 2.臨床神経心理士とは
 3.神経心理学的リハビリテーション
 〈1章Q&A〉
2章 脳神経系の構造と機能
 (永井知代子)
 【CASE】
 1.脳と神経
 2.神経系のマクロ解剖と機能
 3.高次脳機能に関わる脳領域と機能局在
 4.脳画像の読み方
 〈2章Q&A〉
3章 高次脳機能障害の原因疾患
 (永井知代子)
 【CASE】
 1.急性発症する疾患
 2.緩徐に進行する疾患
 3.一過性に症状を呈する疾患
 4.精神神経科関連疾患
 〈3章Q&A〉
4章 臨床神経心理学的アセスメント
 (山口加代子)
 【CASE】
 1.臨床神経心理学的アセスメントの対象
 2.臨床神経心理学的アセスメントに必要な知識とスキル
 3.臨床神経心理学的アセスメントの方法
 4.臨床神経心理学的アセスメントの実際
 〈4章Q&A〉
5章 介入・支援の基本
 (山口加代子)
 【CASE】
 1.介入・支援の流れ
 2.神経心理学的リハビリテーション
 3.支援が目指すこと
 〈5章Q&A〉
6章 他領域との協働
 (四ノ宮美惠子)
 【CASE】
 1.臨床神経心理学とチーム医療
 2.連携のとり方と留意点
 3.連携における心理職の役割
 〈6章Q&A〉
7章 症候の理解(1) 注意障害
 (平林 一)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.注意障害のアセスメント
 3.注意の神経基盤と注意障害
 4.注意障害への介入・支援
 〈7章Q&A〉
8章 症候の理解(2) 記憶障害(健忘症)
 (緑川 晶)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.記憶障害のアセスメント
 3.記憶障害への介入・支援
 〈8章Q&A〉
9章 症候の理解(3) 遂行機能障害
 (上田幸彦)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.遂行機能障害のアセスメント
 3.遂行機能障害への介入・支援
 〈9章Q&A〉
10章 症候の理解(4) 失語
 (春原則子)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.失語のアセスメント
 3.失語への介入・支援
 〈10章Q&A〉
11章 症候の理解(5) 失行,失認
 (早川裕子)
 【CASE】
 1.症候の理解
 2.失行,失認,脳梁離断症候のアセスメント
 3.失行,失認,脳梁離断症候への介入・支援
 〈11章Q&A〉
12章 症候の理解(6) 社会的行動障害,情動障害
 (先崎 章)
 【CASE】
 1.社会的行動障害の理解
 2.社会的行動障害への対応
 3.情動障害の理解と対応
 4.脳損傷後の精神症状の様相と対応
 〈12章Q&A〉
13章 高齢期の問題(認知症)
 (小森憲治郎 内田優也)
 【CASE】
 1.高齢社会における問題点
 2.認知症の理解
 3.認知症のアセスメント
 4.軽度認知機能障害のアセスメント
 5.認知症への対応・支援
 〈13章Q&A〉
14章 小児・思春期の問題
 (水島 栄)
 【CASE】
 1.小児・思春期の問題に対する理解
 2.器質因(脳損傷)の影響
 3.脳の機能障害の影響
 4.環境因の影響
 5.心理職として考えたいこと
 〈14章Q&A〉
15章 神経心理学の研究と倫理
 (月浦 崇)
 1.神経心理学的研究を実施するために知っておくべきこと
 2.神経心理学の研究方法の実際
 【CASE】
 3.神経心理学─研究の役割と期待
 〈15章Q&A〉

 付録 認知・情動機能の計測(矢部博興)
  脳波の理解
  事象関連電位の理解
  臨床応用への期待

 コラム
  軽度外傷性脳損傷と関連症状(先崎 章)
  自律神経系の理解(内田さえ)
  てんかんの神経心理学(杉本あずさ 小野賢二郎)
  臨床神経心理学に関わる諸制度(玉井創太)
  自動車運転のための評価と手順(加藤徳明)
  障害を上手に説明するためのテクニック(先崎 章)
  解離症群,詐病と高次脳機能障害の鑑別(先崎 章)
  フィネアス・ゲージ(山口加代子)

 索引