やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊にあたって
 このたび,日本作業療法教育学会の監修のもと,『作業療法参加型臨床実習 その理念と実践』を刊行することになりました.本書は,毎年開催されている日本作業療法教育学会の学術大会で臨床教育に関してご講演・ご発表されていた先生方を中心に,新たな時代の臨床実習のあり方を示す書籍として執筆をお願いし,作り上げたものです.
 執筆いただいた皆さんに共通していたことは,負担が大きい従来型の臨床実習を継続することに疑問を感じ,教育者や臨床実習指導者の立場で試行錯誤を繰り返しながら新たな臨床実習の考え方を学術大会等で発信されていたことです.ちょうど理学療法士・作業療法士養成施設指定規則や理学療法士作業療法士養成施設ガイドラインの改正,世界作業療法士連盟の「作業療法教育の最低基準2016年改訂版」の提示があったことも大きなきっかけになり,新たな臨床実習に対する思いをおまとめいただきました.しかし,その後,新型コロナウイルス感染症拡大という思いもかけない事態が生じ,臨床実習のあり方を模索したり代替的な臨床実習を試行したりする中で,より柔軟で効果的な臨床実習を考える必要に迫られ,本書の見直しにも時間を要しました.
 本書のねらいの一つは,「自己の経験に基づく臨床実習指導,耐え忍ぶ実習,お任せ実習からの脱却」です.学生にとって学習効果が高く有意義な実習であり,指導者にとっては教育効果を実感できる実習のあり方を考えるヒントを示したいと考えています.教育学的あるいは成人教育の視点をもって作業療法参加型臨床実習に携わる中で,「臨床実習指導者(SV)」が「臨床実習教育者(CE)」に変化していくことも本書のねらいといえます.
 本書の読者対象は,臨床実習指導者,臨床教育に携わる教員,実習に向かう学生の皆さんです.巻頭にある座談会「学生目線から語る臨床実習体験」では,学生の思いを紹介していますが,実習中に実習生が気にかけていることや大事に感じているところは,指導者の思いとはほんの少しずれているようにも感じます.そのわずかなずれが実習の進みにも影響するため,指導者の皆さんには実習生の思いを読み取っていただくことを期待しています.
 総論や各論では臨床実習の考え方や基準を紹介し,さらに教員や臨床実習指導者が考え,実践する作業療法参加型臨床実習の進め方を具体的に例示しています.その中では教育方法を示すのみでなく,臨床実習に関わる実習指導者や教員の考え方・思いがつづられており,実習生を含む三者の相互理解につながるものと思っています.
 さらに,本書には,対話することの意義,情意を育むこと,安心安全な思いの中で臨床実習を進めること,コンピテンシー(自己教育力を含む)を培うこと,臨床実習における連携,症例基盤型臨床実習と作業療法参加型臨床実習の違い,到達目標の設定とその評価,教育としての臨床実習のあり方など作業療法参加型臨床実習を進めるためのキーワード・視点・ヒントが数多く含まれています.これらのキーワードをよりよい臨床教育のあり方を議論する材料にしていただくことを期待しています.
 最後に,本書の作成にあたりご協力いただきました執筆者の皆様,座談会参加者の皆様,長きにわたりご支援をいただいた日本作業療法教育学会役員の皆様に心より感謝申し上げます.また,本書の企画から完成に至るまで長い時間,温かく見守っていただきました医歯薬出版の編集担当者にも心から感謝申し上げます.
 臨床教育に携わるすべての人に本書をお読みいただき,よりよい臨床実習を構築する糧にしていただけたら幸いです.
 2023年9月
 佐藤善久(元・日本作業療法教育学会会長)
 発刊にあたって
 本書の構成と使い方(酒井ひとみ)
座談会 学生目線から語る,臨床実習体験―安心安全な場とは―
 (酒井ひとみ・佐藤善久・三ア一彦・島聡江・菱沼夢果・畑中拓海・渡邉玄宗・川上 歩)
総論 作業療法士の臨床教育のあり方
 1 作業療法教育における臨床実習の位置づけ(宮前珠子)
 2 臨床教育の変遷からみる新たな臨床教育とは(佐藤善久)
各論 作業療法参加型臨床実習のカリキュラム例と実践手法
 1 指定規則,「作業療法臨床実習指針」「作業療法臨床実習の手引き」の概観とねらい(鈴木孝治)
 2 世界作業療法士連盟の教育基準から臨床実習のあり方を考える(佐藤善久)
 3 到達目標の設定とその評価
  1 はじめに(佐藤善久)
  2 クリニカル・クラークシップ方式を用いる養成校の立場から(小林幸治)
  3 省察的実践家とポートフォリオ(三ア一彦)
  4 自己教育力測定尺度の活用(作間弘彬)
  5 コンピテンシーに基づく作業療法士のための実習評価(CBFE-OT)の活用(酒井ひとみ)
  6 まとめ(佐藤善久)
 4 教育方法論
  1 臨床教育における教育方法(佐藤善久)
  2 臨床実習における教育方法論(小林幸治)
  3 作業療法参加型臨床実習を支える学習理論(作間弘彬)
  4 まとめ(三ア一彦)
 5 作業療法参加型臨床実習導入のための養成校と実習施設の連携
  1 東北福祉大学(伊藤明海・佐藤善久)
  2 目白大学(小林幸治)
  3 済生会小樽病院(三ア一彦・齋藤駿太)
  4 金沢脳神経外科病院(東川哲朗)
  5 三恵病院(作間弘彬)

 巻末資料
  (1)「理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則」「作業療法臨床実習指針」「作業療法臨床実習の手引き」について(鈴木孝治)
  (2)コンピテンシーに基づく作業療法士のための実習評価(CBFE-OT)(永井洋一)
 用語集(佐藤善久・小林幸治・酒井ひとみ)
 索引

 コラム「臨床実習の知恵袋」一覧
  (1)フィードバックがうまくいかないときは「リフレクティング」が効果的(酒井ひとみ)
  (2)指導スタイルは,学生のパフォーマンスごとの発達段階に合わせて(酒井ひとみ)
  (3)作業療法参加型臨床実習におけるチームとしての学生指導(佐藤善久)
  (4)学生のよいところを見つけ,タイミングよく褒めてみよう(佐藤善久)
  (5)作業療法士の地雷――作業療法と学生指導は似ている?(酒井ひとみ)
  (6)“できる・できない”だけで評価していませんか?(佐藤善久)
  (7)新人作業療法士に求めるパフォーマンスを伝えてみませんか?(酒井ひとみ)
  (8)学生だって“多様な人”(佐藤善久)
  (9)臨床実習における「教授錯覚(これって前に教えたよね)」と「学習錯覚(本番になればできる)」(佐藤善久)
  (10)学生の「大丈夫です」の本当の意味は?(佐藤善久)
  (11)主体的行動は,成功の予感や結果が予測可能なときに起こる(佐藤善久)