やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「第4版」まえがき
 本書の第1版を発刊したのは,2005年のことでした.2001年から厚生労働省による「高次脳機能障害支援モデル事業」が開始され,2004年には「高次脳機能障害診断基準」が出されるとともに,「高次脳機能障害支援普及事業」が開始されました.また,高次脳機能障害が精神保健障害者福祉手帳と障害年金の対象疾患となるなど,制度面でも大きな進歩がありました.
 本書はこうした背景のなかで,高次脳機能障害診療に携わる医療者のハンディな入門書として活用されてきました.その後,2011年に第2版,2015年に第3版を発行し,新しい神経心理学的検査法や認知リハビリテーションの知見,最新のエビデンスを取り入れながらブラッシュアップをしてきましたが,8年の歳月を経て,この度,第4版を出版することになりました.
 本改訂では,第3版までの内容整理とともに,MRI拡散テンソル解析脳画像の知見,最新のリハビリテーションのエビデンスと実際,包括的支援などを加筆して,全面的な書き直しを進めました.
 高次脳機能障害の原因疾患となる脳血管障害,外傷性脳損傷,脳炎などは,毎年全国的に一定の頻度で発症がみられますが,これらにより生じる高次脳機能障害の診断および早期リハビリテーションは,急性期医療における重要な課題となっています.また,その後の回復期リハビリテーションでは,詳細な障害像の分析とエビデンスに基づいたリハビリテーションプログラムの立案・実施が求められます.個別の認知リハビリテーションとともに,多職種による包括的で全人的なリハビリテーション(包括的全人的リハビリテーション)が支持されています.さらに生活期においては,リハビリテーションの継続とともに,自立支援,就労支援など障害者総合支援法を活用したプログラムへ進むことになります.
 本書では,これらの各時期における必要な視点をふまえ,高次脳機能障害の基本理解からリハビリテーション治療・支援とその継続の必要性までをわかりやすくまとめています.この第4版が高次脳機能障害に関わる医療者,患者さん・ご家族の一助となれば幸いです.
 最後に,第4版の執筆をいただきました実地臨床・研究・支援に取り組まれる新進気鋭の先生方,および第1版から変わらず支援をいただいている医歯薬出版編集部に深謝いたします.
 2023年9月14日
 原 寛美


「第1版」まえがき
 クモ膜下出血術後に生じた重度記憶障害例を続けて診察したのは,筆者が東京大学医学部附属病院リハビリテーション部において研修を開始した1982年,1983年のことでした.当時は,記憶障害に対する標準化された検査方法はおろか,リハビリテーション医療における指針すらも確立していない時期でした.当然のことながら,社会資源の活用方法や社会的再統合にむけた援助方法も明確ではなく,リハビリテーションのノウハウを求めて英文関連文献にあたるなど,まさに手探りの状態でした.しかし,この経験を通して,高次脳機能障害がリハビリテーション領域の治療対象として大きな比重を占めること,さらに注目度が高まるであろうことを実感する契機となりました.
 その後,急性期病院である相澤病院でリハビリテーション科専門医として仕事を開始してから,脳外傷に起因する高次脳機能障害をもつ多くの若年者に接してきました.しかし,そのリハビリテーションのなかでは,就労・復職などの社会的再統合において極めて高いハードルがあることも経験しました.そうした若年者を全例フォローアップできていたわけではなく,ドロップアウトした青年はその後どのような人生を送っているであろうか,ご家族はどうされているのであろうかと考え,リハビリテーション医として十分な対応ができていなかったことがしばしば頭をよぎりました.脳外科出身のリハビリテーション医も,高次脳機能障害に関するシンポジウムに参加した際,「かつて,何もしないで退院していった若者にすまない気がした」と率直な感慨を述べていました.
 2001年から開始された厚生労働省の「高次脳機能障害支援モデル事業」により,高次脳機能障害に対する関心と理解は少しずつ普及してきました.2004年には,モデル事業により「高次脳機能障害の診断基準」が提示され,もはや医療現場において高次脳機能障害の見落としは許されるものではないこと,発症(受傷)早期からの適切な評価とリハビリテーションが求められる趨勢ともなってきました.
 しかし,依然として高次脳機能障害に関しては,まだ多くのハードルがあるといえます.そのひとつに,日常診療における高次脳機能障害の診断とアプローチが難しいものであるという認識が払拭されていない点があります.また,リハビリテーションの方法論に関しては簡潔にマニュアル化されたものがないという現実もあります.高次脳機能障害の正しい理解とともに,適切なアプローチがベッドサイドから一般診療,リハビリテーション,さらには在宅医療においてもなされることが望ましい時代に入っています.
 本書『高次脳機能障害ポケットマニュアル』は,そのような目的にかなうことを目指して出版されました.相澤病院は,高次脳機能障害の患者さんに早期から接し,さらに長期間のフォローアップが可能な環境に恵まれています.そこから,私たちは実践的な診断・リハビリテーションのノウハウを多年にわたり集積してきました.難解な学説紹介ではなく,眼前の高次脳機能障害の患者さんに対して,どのように評価を進め,リハビリテーションを実践・援助していったらよいのかを示すことを心がけました.臨床現場で,大いにご活用いただけることを願っています.
 最後に,『嚥下障害ポケットマニュアル』(医歯薬出版)の意匠をモデルとして発行することを快く許可いただきました聖隷三方原病院の藤島一郎先生,難解な高次脳機能障害をわかりやすく解説し,医療スタッフが共有できるマニュアルとなるようにと支援をいただいた医歯薬出版の塚本あさ子さんに深謝いたします.
 2005年10月20日
 相澤病院総合リハビリテーションセンター
 原 寛美
 「第4版」まえがき
 「第1版」まえがき
1章 高次脳機能障害とは何か
 1―基本的概念
  1.脳機能の3つの基本的単位系
  2.大脳の巣症状としての失語・失行・失認から神経ネットワークの障害としての「高次脳機能障害」
 2―高次脳機能障害の診断基準
  1.わが国における診断基準
  2.検査対象となる認知機能の7領域
  3.高次脳機能障害の検査法
 3―疫学調査からみる高次脳機能障害の頻度と支援
  1.原因疾患
  2.高次脳機能障害の患者数の調査
 4―高次脳機能障害の診断とリハビリテーションのあり方
  1.高次脳機能障害の診断
  2.高次脳機能障害者に対する医療・リハビリテーションサービスの内容
  3.チームアプローチのあり方
2章 高次脳機能障害の病態と原因
 1―原因疾患と主な症状
 2―頭部外傷による高次脳機能障害
  1.外傷性脳損傷の病型分類
  2.脳挫傷
  3.びまん性軸索損傷
 3―脳血管障害による高次脳機能障害
  1.脳血管障害により生じる高次脳機能障害
  2.左大脳半球損傷による主な高次脳機能障害
  3.右大脳半球損傷による主な高次脳機能障害
 4―その他,脳炎,低酸素脳症など
  1.辺縁系脳炎
  2.低酸素脳症
  3.多発性硬化症
3章 高次脳機能障害の評価
 1―高次脳機能障害の評価の流れ
  1.高次脳機能障害の評価の進め方
  2.病歴の聴取
  3.行動観察
  4.日常生活活動および日常生活関連活動における観察項目
 2―どのような評価方法を選択・実施すればよいか
  1.記憶
  2.遂行機能
  3.注意・ワーキングメモリー
  4.言語機能
  5.視知覚統合
  6.処理速度
  7.病識の低下,メタ認知
 3―神経心理学的検査の結果の読み方
  1.神経心理学的検査―定式的な検査と非定式的な検査
  2.評価の目的に応じた神経心理学的検査の選択
  3.神経心理学的検査の実施時にはどこに着目するのか
  4.復職を目指す高次脳機能障害例における神経心理学的検査の読み方
4章 高次脳機能障害のリハビリテーション
 1―認知リハビリテーションの考え方
  1.認知リハビリテーションの流れ
  2.認知リハビリテーションの枠組みとその考え方
  3.認知リハビリテーションのエビデンス
  4.コクランレビューによる認知リハビリテーションのエビデンス
  5.高次脳機能障害に対する認知リハビリテーションの困難さと戦略
 2―記憶障害のリハビリテーション
  1.記憶障害のリハビリテーションの考え方
  2.記憶のリハビリテーションの手法
  3.展望記憶のリハビリテーション
  4.逆向性健忘のリハビリテーション
 3―遂行機能障害のリハビリテーション
  1.遂行機能障害認知リハビリテーションのsystematic review
  2.具体的な介入方法
  3.問題解決訓練,ゴールマネジメント訓練
 4―注意障害・ワーキングメモリー障害のリハビリテーション
  1.注意障害に対する認知リハビリテーションのエビデンス
  2.注意障害へのアプローチ
  3.生活適応の拡大を図る代償的アプローチ
  4.注意障害例に対して取り組むこと
  5.ワーキングメモリーへのアプローチ
 5―社会的行動障害への対応とリリハビリテーション
  1.高次脳機能障害診療における社会的行動障害とは
  2.社会的行動障害の頻度
  3.社会的行動障害を起こしやすい脳損傷
  4.社会的行動障害に対するリハビリテーション
 6―言語・コミュニケーション障害のリハビリテーション
  1.失語の回復について
  2.訓練計画
  3.失語の回復についての仮説
  4.失語の訓練法
  5.進行性失語の訓練
  6.右大脳半球損傷のコミュニケーション訓練
 7―失行・ゲルストマン症候群のリハビリテーション
  1.主な失行の分類とリハビリテーションのエビデンス
  2.観念失行のリハビリテーション
  3.ゲルストマン症候群のリハビリテーション
 8―半側空間無視のリハビリテーション
  1.半側空間無視とは
  2.半側空間無視の発現メカニズム
  3.半側空間無視の評価
  4.半側空間無視に対する治療
 9―地誌的見当識障害のリハビリテーション
  1.地誌的見当識障害とは
  2.地誌的見当識障害の4つのサブタイプとそれぞれへの対応方法
5章 認知機能改善の経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療
 1―非侵襲的脳刺激療法
 2―rTMS治療
  1.rTMS治療の機序
  2.脳卒中後遺症に対するrTMS治療
  3.脳卒中後の失語症に対するrTMS治療と脳機能画像
  4.高次脳機能障害を対象としたrTMS治療の戦略
  5.高次脳機能障害に対するrTMS治療の経験
 3―高次脳機能障害に対するNIBSのエビデンス
 4―ニューロモデュレーションの研究における倫理的問題
6章 認知機能改善の運動療法
 1―運動負荷・習慣が認知機能の改善につながるエビデンスとその機序
  1.運動・身体活動と認知機能の関連性
  2.認知機能改善につながる運動の効果
 2―運動が認知機能に及ぼす影響
 3―認知機能改善に寄与する運動療法
  1.高次脳機能障害にはどのような運動負荷が適切か
  2.運動療法を取り入れた介入による認知機能の改善
 4―高次脳機能障害のためのチームアプローチ
7章 生活期における包括的支援
 1―生活期の支援
  1.退院後に起こりやすい社会的課題
  2.高次脳機能障害者が利用できる障害福祉サービス
 2―自立支援
  1.自律訓練によるリハビリテーション
  2.高次脳機能障害者のグループ訓練
 3―高次脳機能障害者に対する就労支援
  1.復職・復学
  2.新規就労
  3.高次脳機能障害者支援の相談窓口
  4.復職事例
 4―高次脳機能障害と自動車運転
  1.運転再開に関連する法令と医療機関の役割
  2.運転再開の判断に必要な神経心理学的検査
 5―家族会,当事者の会
8章 社会福祉制度の活用
 1―高次脳機能障害に利用できる現在の制度
  1.障害者総合支援法
  2.精神障害者保健福祉手帳
 2―経済保障制度―障害年金制度など

 索引