やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者の序文
 本書は,認知心理学者Stephen M.Kosslynによるアクティブラーニング指南書です.学習科学(学習するときに働く認知メカニズムの研究)に基づき,深い処理・チャンキング・連合の形成・二重符号化・意識的訓練という5つの学習原則を導き出しています.これらを組み合わせることによって効果的な学習が可能になり,それはアクティブラーニング,それもオンライン授業で行いやすいと説いています.
 訳者は脳神経内科医(永井・水野)と認知心理学者(福澤)で,教育学者ではありません.Kosslynは心的イメージ研究の権威で,私たちは神経心理学的な症状を説明する理論を提唱した研究者として知っていました.そのKosslynが,コロナ禍にタイムリーな書籍を出版したのです.読んでみると,アクティブラーニングが有効である理由を科学的に説明した上で実践法を挙げる良書でした.中学から大学院までの教員が対象である,としていますが,本書の内容は教育だけでなく,リハビリテーションなどの臨床現場でも使えるものだと思います.
 翻訳は分担作業ではなく,全員が読み,オンラインミーティングで何度も話し合うという協働作業でした.まさにオンライン・アクティブラーニングで,私たち自身も内容が身についたと感じます.日本語版では,簡単な用語解説を付録として巻末につけました.
 表紙は目次になっていて,5つの原則を表しています.学習科学(2章)に基づき,最も重要な深い処理(3章)が中心にあり,他の4つの原則(4〜7章)がその下に書かれています.原則が何々だったか忘れたら表紙をみてください.裏表紙はその続きで,原則の組み合わせ(8章),モチベーション(9章),実践(10章)と進みます.
 翻訳にあたり,訳者の妻であり法政大学理工学部教授である福澤レベッカ氏には,ネイティブの立場から数々のご助言をいただきました.心から感謝申し上げます.また,本書の出版にご尽力いただいた医歯薬出版株式会社編集部に深謝申し上げます.
 2023年6月
 訳者を代表して
 永井知代子


序文
 本書は,数十年にわたる研究,内省的振り返り,そして個人的な経験―学習科学に基づいて新たな指導法を築いた経験―から生まれました.私は,アカデミック・プログラムのデザインを監督するという,思いがけない幸運に恵まれました.それも1つではなく,2つの新しい高等教育機関においてです.一つはケック大学院ミネルバ・スクールの創立学部長兼最高学務責任者として,もう一つはファウンドリー・カレッジの学長兼最高学務責任者としてです.これは,一歩立ち止まって,教育は何のためにあるのか,教育目標を達成する最良の方法は何か,という大きな問いかけをするめったにない機会となりました.
 なぜ新しい教育機関のカリキュラムをデザインすることになったのでしょう? 私は認知科学が誕生した頃,スタンフォード大学で博士号を取得し,ハーバード大学の教養学部に雇われた初めての認知心理学者です.私の研究の中心は視覚性心的イメージで,そこから知覚と記憶について研究しました.この分野で本を書き,さらに視覚的なディスプレイデザインに心理学を応用する本や,パワーポイントでよりよいプレゼンテーションをするための本も書きました.関連分野で300以上の研究論文を発表し,心理学と認知科学の4つの教科書を共著で出版しています.学習の本質とメカニズムはこれらの仕事の根底にあり,この知識を活かすにはどうしたらよいのか,私はずっと考えてきました.そして,伝統的な学問の世界に数十年いた後,この知識が学生の学びを助けるのをみたいと思うようになったのです.そのため,伝統的な学問の世界を離れ,スタートアップの世界へ飛び込みました.何はともあれ,立ち上げの段階で働くということは,経験を通して何かを学ぶことの連続です!
 本書の教材は,学習科学とEdTech(Edcation×Technology)スタートアップの両者が重なる領域に立脚しています.学生の学びを助ける方法を工夫し,その成果を見ることにより,この教材を開発・改良することができました.この経験から多くの指導法が生まれ,学生にも好評を得ています.最近では,ファウンドリー・カレッジの学生の過去4学期のネット・プロモーター・スコア(Net Promoter Score,顧客推奨度)が60を超えるという極めて高い値を出しています.
 実際にファウンドリー・カレッジの授業で本書で述べる原則を使ってみて,私はいくつかのトピックについて考え方を変えることになりました.
 第一に,ミネルバ時代,私は講義に断固として反対していました 1).しかし,さらにさまざまな本を読んで内省し,経験を重ねるうちに,本書で述べるように講義にも存在意義があることに気づいたのです.
 第二に,以前私は学習科学に関する実証的文献を16の原則にまとめましたが 2),これは現実的には扱いにくく,ややゴチャゴチャしたものになってしまいました.この原則を拡張して使おうとすると,ある項目は他と重複していたり,ある項目は他の原則の特定の側面だけに言及したものだったりすることに気づいたのです.何年か考えた末,やっとこれらの原則を5つの原則に絞って再構成しました.
 第三に,以前は「実践的知識」だけに焦点を当てていました.これは今でも重要だと考えています.しかし,現在ではさまざまな戦略方法を準備しておくことの価値を認めています.予測不可能な出来事や将来的に起こるかもしれない状況に対しての備えとなるからです.そこで本書では,学生が知識やスキルを学ぶのを助けるため,より一般的な方法に焦点を当てています.これには伝統的なリベラルアーツの教育プログラムの生命線となる要素が含まれています.
 本書は,初期の草稿を読んでコメントし,明確かつ正確な文に直してくれた多くの人々の助けなしには発行できなかったでしょう.次の方々に感謝いたします.まず,Dr.Beth Callaghan(ミネルバ,その後のファウンドリー・カレッジでご一緒した素晴らしい共同研究者で,洗練した教員であり,素晴らしい作家でもある),LaurenceHolt(私が今まで出会った中で最も頭脳明晰で最も心を開いた教育者の一人),Dr.Richard Robb(経済学者で,鋭い考察と優れたセンスを持った非凡な思想家),Justin Kosslyn(私の知る最も明快な思想家で,いつも皮肉なユーモアを残す人物),Dr.Kacey Warren(分析哲学の背景があり,かつ,オンラインでの優秀な講師),Dr.Melora Sundt(長年にわたりオンライン教育の最前線にいて,私が聞いたことすらない文学に深い造詣がある),Dr.Kathy Hanson(非常に広い視点の持ち主で,Zoomの詳細を理解するのを助けてくれた),Maria Anguiano(ファウンドリー・カレッジの理事で,大学界の重鎮であり,聡明で賢明な人物).これらのとても忙しく優秀な人々が時間を割いてコメントや意見をくれたこと(しかもいくつかの部分では,具体的な修正の提案までいただきました)に深謝いたします.本書は彼らのお陰でずっと良いものになりました.本書には問題点が残っているかもしれませんが,このことに関してはもちろん彼らに何の責任もありません.
 次に,妻のDr.Robin S.Rosenbergに感謝します.彼女は自分のバーチャルリアリティ・インクルージョンとダイバシティ・スタートアップ,コーチング訓練,臨床心理学訓練の時間を割いて,賢明なアドバイスとガイダンスをしてくれました.また義弟のSteven Rosenbergにも感謝します.彼は私よりシステムをよく理解しており,時間を惜しみなく割いてくれ,鋭い助言をくれました.私の2人の息子,NeilとDavidもこのプロジェクトをガイドする助言をしてくれました.それに,Alinea Learningのチームにも感謝します.このチームは本書の真価に自信をもち,新しい出版社の最初の出版本として認めてくれました.最後に,この本を書く場所を確保し,多くのアイデアをカリキュラムに組み込むことにいつも協力し,常に前向きに対処してくれた,ファウンドリー・カレッジの同僚に感謝します.

 1)Kosslyn, S.M., & Nelson, B.(2017). Building the intentional university:Minerva and the future of higher education.Cambridge, MA:MIT Press.
 2)Kosslyn, S.M.(2017). The science of learning.In S.M.Kosslyn & B.Nelson(Eds.), Building the intentional university:Minerva and the future of higher education.Cambridge, MA:MIT Press.
 訳者の序文
 序文
 著者について
 本書について
第1章 アクティブラーニングとは何か? なぜ重要なのか?
 1 従来の講義形式はやめるべきか?
  1)講義の長所
  2)講義の短所
 2 学習サンドイッチ:ライブ形式・オンデマンド形式
  1)ライブ形式のオンライン授業
  2)オンデマンド形式のオンライン授業
 3 この先の内容に関するクイックオーバービュー
第2章 学習科学
 1 脳に関する重要な事実:原則の基礎
  1)記憶の種類
  2)記憶へアクセスすること
  3)学習の転移
第3章 原則(1) 深い処理
 1 目標のある処理
 2 最適な解答を探す
第4章 原則(2) チャンキング
 1 授業の構成にチャンキングを使う
第5章 原則(3) 連合の形成
 1 授業をデザインする
 2 間隔をおいた練習と多様な文脈
 3 例を整理する
第6章 原則(4) 二重符号化
 1 概念を図で示す
 2 チャート,グラフ,ダイアグラムを使う
 3 図式を視覚化する
第7章 原則(5) 意識的訓練
 1 このプロセスを解体してみよう
 2 選択的に注意を払う
 3 大人数での意識的訓練
第8章 原則の組み合わせ
 1 エラボレーション,産生効果,テスト効果
 2 ゲームとメタ認知
第9章 内発的・外発的モチベーション
 1 内発的モチベーション
 2 外発的モチベーション
 3 異なるタイプのインセンティブと結果
 4 オンライン・社会的モチベーション
第10章 演習と活動
 1 具体的な演習
  1)分析し評価する
  2)視点を変えて見る(パースペクティブ・テイキング,視点取得)
  3)質問に答える
  4)説明する
  5)問題を解決する
 2 オンラインのアクティブラーニング形式
  1)一人ひとりの作業
  2)話題を絞ったディスカッション
  3)シンク-ペア-シェア
  4)拡張版シンク-ペア-シェア
  5)ジグソー法と拡張版ジグソー法
  6)答えを解説する方法

 付録:用語集
 文献・脚注
 索引