やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

「第2版」まえがき
 初版の『脳卒中リハビリテーションポケットマニュアル』を出版したのは,2007年5月であった.当時は急性期からのリハビリテーション治療はわが国では緒についたばかりであり,多くの病院における早期リハビリテーションの導入は途上の時期でもあった.また2006年からは,1日9単位(3時間)のリハビリテーション料の保険算定が可能となったが,早期からのリハビリテーション開始やリハビリテーション訓練時間の多寡が帰結を左右することが次第に明らかにされ,その普及が求められていた.さらに,北欧のStroke Unitの治療成績と早期退院支援システム(Early Supported Discharge:ESD)のエビデンスがCochrane Libraryに収載され,わが国における訪問リハビリテーションの普及の後押しにもなった.
 初版出版の翌年以後は,大きなインパクトのある治療理論や方法論が明らかになってきた.その一つが,非侵襲的脳刺激(Non-invasive brain stimulation)としての反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療のプロトコールが,東京慈恵会医科大学の安保雅博教授らにより明らかになったことである(NEURO-15(R),2008).健常側大脳半球へのrTMSによる抑制刺激が患側大脳半球の活性化を起こし,大脳半球間抑制の理論に依拠して大脳可塑性を引き出すという画期的な手法であった.これは麻痺側上肢手指の回復につながるプロトコールである.
 さらに2010年には,脳卒中後痙縮(post stroke spasticity)に対するボツリヌス療法が保険診療上承認された.それまで麻痺側上下肢は,痙縮による共同運動パターンがいったん出現すると運動麻痺の回復が横ばいとなり,3〜6カ月で麻痺肢の回復はプラトーとなる壁が存在していた.ボツリヌス療法による局所性痙縮治療の介入により,共同運動パターンからの分離を進める回復を引き出すことができるようになり,さらに内反尖足などの麻痺肢の変形を改善させることが可能となった.
 また,それまで下肢の内反尖足には下肢装具の装着が必須であったが,痙縮治療により下肢装具をoffとできる知見も明らかとなった.ボツリヌス療法による局所性痙縮治療は,脳卒中リハビリテーション治療の歴史を大きく塗り替えることとなったのである.
 2008年には,脳卒中運動麻痺回復のメカニズムを明らかにした「ステージ理論」の論文が発表され,発症時期別による大脳の可塑的背景が説明された.それにより,1st stage,2nd stage,3rd stageの3つの時期にどのようなリハビリテーションプログラムを選択すれば良いのかが明確になり,いずれのステージのアプローチも重要であることが理論的に明らかとなった.同時期に,目的指向的リハビリテーション,治療用ロボット,神経筋電気刺激などを含めたニューロサイエンスに基づいたリハビリテーション治療(ニューロリハビリテーション)の領域も普及してきている.
 こうした流れのなかで,初版の内容では理論的にも実践的にも最早太刀打ちできない状況となり,全面的なバージョンアップが長く求められていた.今回,ようやく十数年の期間を経て,脳卒中リハビリテーションの理論的・実践的な進化をふまえて全面的な改訂を行うこととなった.
 わが国の脳卒中リハビリテーション医療は,現在保険診療の制度上,急性期,回復期,生活期という枠組みのなかで進められている.生活期でのリハビリテーションは,その多くが40歳以上では介護保険リハビリテーションの対応となっている.一方,急性期と回復期リハビリテーションにおいては,DPCや実績指数などの制限があるため,患者さん自身もリハビリテーション従事者もそのストレスはいかばかりかと思われる現状もある.
 そこで本書では,これまでに得られた可塑的変化の知見なども取り入れ,急性期,回復期,生活期におけるリハビリテーション治療継続の必要性を示している.運動麻痺回復のみならず,歩行再建,失語を含めた高次脳機能,摂食嚥下機能へのアプローチも重要な項として位置づけた.生活期における歩行再建の継続のために,下肢装具の改変なども重要なタスクとした.
 急性期では,麻痺肢の不動(immobilization)と不使用(disuse)を克服できるか否かが重要となる.その後はステージ理論に依拠してのリハビリテーションプログラムが回復期で担われることになり,痙縮を凌駕できる麻痺肢の随意性を引き出すことが問われる.自宅復帰後の生活期においても,3rd stageの重要なリハビリテーション継続の時期になり,皮質脊髄路の再建途上と位置づけて,生活の中での機能向上などを援助する時期となる.
 現在は,多くのニューロリハビリテーションの方法論を用いることが可能な時代となっている.本書がそうした方法論を効果的に取り入れ,脳卒中患者さんに途切れることのない継続的な援助ができる一助となれば幸いである.
 本改訂出版にあたり,執筆を担っていただいた原貴敏先生,橋忠志先生,渡辺重人先生はじめ東京リハビリテーションセンター世田谷の皆さんに深謝します.さらに初版以来,本書の執筆を後押しいただきました医歯薬出版の塚本あさ子さんに深謝します.
 2023年2月20日
 医療法人藤森医療財団 藤森病院リハビリテーション科
 原 寛美
 「第2版」まえがき
1 脳卒中リハビリテーションの流れとあり方
 1─脳卒中のリハビリテーションとは
 2─今日の脳卒中リハビリテーション医療の流れ
 3─在宅リハビリテーションを継続するための早期退院支援のシステム
 4─脳卒中リハビリテーション医療を取り巻くわが国の現状とリハビリテーションチームに求められること
 5─なぜ急性期からのリハビリテーションの介入が必要とされるのか
 6─脳卒中リハビリテーションにおける運動麻痺回復のステージ理論
2 脳卒中リハビリテーションに必要な基礎知識
 1─脳卒中の病型分類
 2─脳血管支配別の臨床症状
 3─神経線維束の健常性を評価するMRI拡散テンソルトラクトグラフィ
 4─2つの運動制御系(内側運動制御系と外側運動制御系)の評価とリハビリテーション治療
3 脳卒中のリハビリテーション評価
 1─脳卒中の重症度評価,急性期からの評価の流れ
 2─運動麻痺,失調症の評価
 3─高次脳機能障害の評価
 4─失語症の評価
 5─嚥下障害の評価
4 脳卒中の急性期リハビリテーション
 1─急性期リハビリテーションの実際
 2─早期離床の基準と実際
 3─急性期から開始する運動麻痺の改善方法
 4─リスク管理と合併症の管理
 5─脳卒中リハビリテーションにおける栄養管理
5 急性期から回復期で行うリハビリテーション
 1─歩行の評価と獲得
 2─関節拘縮・痙縮予防のリハビリテーション
 3─脳卒中後痙縮の評価と治療
 4─上肢麻痺の改善
 5─脳卒中における反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療
 6─嚥下障害のリハビリテーション
 7─高次脳機能障害のリハビリテーション
 8─失語症と運動性構音障害のリハビリテーション
 9─急性期から行う日常生活動作(ADL)訓練
6 生活期におけるリハビリテーション
 1─在宅復帰への支援
 2─外来通院・在宅訪問リハビリテーション
 3─下肢装具の改変
 4─福祉制度の活用
 5─脳卒中後の自動車運転再開
 6─復職・就労の援助

 索引