やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序文
 Fascial Manipulation(R)(ファシャル・マニピュレーション,FM(R))は,イタリア人理学療法士のLuigi Stecco氏が開発した徒手的治療法である.FM(R)には,筋骨格系機能障害に対する方法と内部機能障害に対する方法の2つがある.それらのうち,本書で扱う筋骨格系機能障害に対するFM(R)は,各身体分節の筋力のベクトルが収束する点(協調中心,Centre of coordination:CC)と,隣接するCCの影響が融合する点(融合中心,Centre of fusion:CF)へのアプローチによって,fasciaの張力バランスを修正し,疼痛や関節可動域制限などの症状を改善するのが目的である.
 本書の読者は,Luigi Stecco氏が希代のセラピストであることに気づくであろう.それは,FM(R)の理論が,fasciaの解剖生理のみならず進化の過程までをも踏まえて構築されており,さらに,FM(R)のための新たな生体力学モデルが,一般的な運動学や運動力学の内容とは一線を画しているためである.また,多くの読者は,FM(R)が治療コンセプトにとどまらず,病歴を重視する問診の手順,具体的な評価(運動検証と触診検証)と治療の方法,治療戦略の立て方までを確立している点にも驚くであろう.FM(R)の理論は,既刊の『筋膜マニピュレーション 実践編レベル1 原著第2版』と『筋膜マニピュレーション 実践編レベル2 原著第2版』(2点とも医歯薬出版刊)のなかでも概説されているが,本書においてより詳細に説明されている.本書を読むことで,筋骨格系機能障害に対するFM(R)の真髄を理解できるはずである.
 Luigi Stecco氏は1973年に理学療法士の資格を取得した.当時のイタリアの理学療法の中心は運動療法と電気療法であったが,それらの効果に疑問を感じた彼は,さまざまな徒手療法を学んでいった.そして,Ida.P.Rolf博士による治療法を学んだことがきっかけでfasciaに興味をもち,10年以上の自己学習と臨床活動を経て,1987年に“Sequenze neuro-mio-fasciali e meridiani agopunturei(神経筋膜配列と鍼治療の経絡)”と題したブックレットを自費出版した.それ以降,FM(R)は,Luigi氏の子のCarla Stecco博士とAntonio Stecco博士の研究などで得られた知見を加えながら,現在でも発展を続けている.
 私がFM(R)を最初に学んだのは2012年である.当時,大学院生であった私は,指導教員であり,本書の初版〔『筋膜マニピュレーション 理論編 筋骨格系疼痛治療』(2011年医歯薬出版刊)〕の訳者でもある竹井仁氏に同行してイタリアへ渡り,日本人では初めてFM(R)の国際コースに参加した.英語が不得意な私にとってコースの内容は非常に難しく,そのときは十分には理解できなかった.しかし,翌年から日本でもコースが開催されるようになり,その運営に携わりながら理解を深めていった.そして,約2年間のトレーニングプログラムの履修と英会話教室への通学を経て,2018年にFM(R)のティーチャー資格を取得した.現在は,もう1人の日本人ティーチャーである吉田篤史氏や一般社団法人日本Fascial Manipulation協会のスタッフとともに日本でのコースを企画運営し,FM(R)の普及に尽力している.本書を読んで,触診や治療の方法などを詳しく学びたいと感じた方々には,既刊の2冊の実践書を手に取っていただくとともに,FM(R)の認定コースにご参加いただけると幸いである(日本でのコースの情報は,日本Fascial Manipulation協会のホームページ https//fascialmanipulation-japan.comで随時提供している).
 “fascia“という用語の定義については,国際解剖学会議とFascia Research Societyのあいだで議論が進んでいるものの結論にはいたっていない.ただし,fasciaが,筋系のみならず,皮膚系や内臓系,神経系などにも関与する構造体であるという点は国際的に共通認識されている.そのため,近年,日本の有識者のあいだでは,“fascia=筋膜”という従来の和訳は適当でないとの意見が一般的になりつつある.実際,内部機能障害に対するFM(R)では,筋に関係する“myofascia“のみならず,皮下組織内にある“superficial fascia”や,内臓に関係する“visceral fascia“の存在を重視する.以上の経緯からすると,本書の書名は“Fascial Manipulation”という英名をそのまま使用するほうが妥当かもしれない.しかし,“筋膜マニピュレーション“という名称が日本の徒手療法界である程度浸透していることから初版の書名を踏襲することとした.なお,原著において“fascia”と記載されている箇所のうち,“myofascia“と同義で用いられているものについては,“筋膜”と訳したことをこの場でお伝えする.
 最後に,FM(R)を日本に導入した竹井仁氏の功績に敬意を表したい.また,日々の多忙な業務の合間を使って,翻訳作業をスケジュールどおりに進めてくれた11名の訳者の貢献に賛辞を送りたい.さらに,本書の出版にあたり,多大なご協力をいただいた医歯薬出版株式会社の編集担当者に深く感謝を申し上げる.
 小川大輔
 目白大学保健医療学部理学療法学科
 一般社団法人 日本Fascial Manipulation協会


英語版第2版の序文
 過去50年間,私は臨床家として,軟部組織に徒手で負荷を加えることの影響に着目してきた.キャリアの早い段階において,機能や疼痛と軟部組織の関係性に気づき,何年もかけて多くの手技を学び,第3版まで出版されている教科書を含め,軟部組織に関する多くの論文に関与した1.2009年,Luigi Stecco氏がFascial Manipulation(R)(FM)のリーズニングと手順を説明した初版を私に送ってくれた2.控えめにいっても私は圧倒された.それまでの軟部組織の手技では,筋膜システムをこれほど詳細に説明したものは存在しなかった.筋膜の運動学的連鎖を含む全身の結合組織へのアプローチを説明した方法はほかにはない.今後,私は,疼痛部位のみの治療を強調することや,疼痛軽減のためだけに漫然と治療することは二度とないだろう.FM以外には,患者の症状を初期の原因に関連づけるツールや,最も重要な筋膜の連鎖に基づいた治療手順を提供してくれる方法はない.FMを学んだ現在では,筋膜の連鎖を機能的に評価し,治療中や治療後の治癒過程を効果的に追うことができる.Fascial Manipulation(R)協会のメンバーとして,私はFMの科学的発展について継続的に情報を得ている.FMは,他の多くの軟部組織に対する手技とは異なり,現在も発展し続けている.世界中の科学者がFMの質の向上のために継続的に貢献している.それらの多くの研究者のなかでも,Carla Stecco氏(MD.PhD)とAntonio Stecco氏(MD,PhD)は,FMの有効性を証明する査読付きの論文を執筆し続けている3,4.
 しかし,創始者であるLuigi Stecco氏(PT)ももちろん黙っているわけではない.この待望の教科書では,彼自身の研究がアップデートされ,FMの生体力学モデルの基礎となる生物進化や解剖学・生理学について説明している.彼は今もなお研究を進めており,人類の治癒のための彼のたゆまぬ努力の恩恵を,FMを実践する治療者や徒手療法に関心のある人々は受けることができる.
 WARREN I.HAMMER DC,MS,DABCO
 ニューヨーク・カイロプラクティック・カレッジ
 大学院教授
 ノースウェスタン・ヘルス・サイエンシズ大学
 (米国ミネソタ州ブルーミントン)
 1.Hammer WI.Functional Soft-Tissue Examination and Treatment by Manual Methods,3rd ed.,Jones & Bartlett,Sudbury,MA,2007.
 2.Stecco L,Stecco C.Fascial Manipulation,Practical Part,Piccin Nuova Libraria,Padova It.,2009.
 3.Stecco C.Functional Atlas of the Human Fascial System,Elsevier,2015
 4.Stecco A.Stecco C.www.Pubmed.com


英語版第1版の序文
 私はイタリア語の素人であるが,数年前,Luigi Stecco氏がPiccin Nuova Librariaの協力を得て,イタリアの名作を生み出したことをすぐに理解した.英語版の出版は次のステップとして必須であり,私はそれを強く求めた.そして今回,私の尊敬する同僚の考えや提言の真髄をとらえた素晴らしい翻訳を読んで,私の喜びはさらに大きくなった.
 著者と読者の両方の期待に応える書籍は少ない.本書は,バイオメカニクス,整形外科,リハビリテーションの分野に真の意味で深く貢献することに成功した1冊である.1つのトピックスから次のトピックスへと軽快に進み,さらに,それらすべてのトピックスが熱気と生命力を放っている.
 数十年にわたって医学論文の執筆と編集に携わってきた1人として,私はそれらの頁に天才による真の作品を見た.本書は多くの人々に読まれるべきであり,本書による教示は積極的に適用されるべきである.
 J.V.BASMAJIAN
 マクマスター大学
 医学名誉教授
 カナダ,オンタリオ州,ハミルトン
 訳者一覧
 監訳者の序文(小川大輔)
 英語版第2版の序文(WARREN I.HAMMER)
 英語版第1版の序文(J.V.BASMAJIAN)
 略語集

 序章
 基本原理

第I部 筋膜単位
 第1章 筋膜単位の解剖学
  筋膜単位の構造
   単関節筋の線維と二関節筋の線維
   筋内膜,筋周膜,筋外膜
  筋膜単位に関する用語
  筋膜単位:動筋と拮抗筋
 第2章 筋膜単位の進化
  3つの空間平面上での運動の進化
  分節的独立性の進化
  筋節中隔から筋膜単位へ
 第3章 筋膜単位の生理学
  筋膜単位の協調中心と認知中心
  筋紡錘の生理的機能
  CCと関連痛
  ゴルジ腱器官の生理的機能
   関節角度に応じた抑制
   拮抗筋側の筋線維の抑制
 第4章 上肢の筋膜単位
   CCの位置
   CCと他の手技の治療点との比較
  上肢の前方運動の筋膜単位
  上肢の後方運動の筋膜単位
  上肢の内方運動の筋膜単位
  上肢の外方運動の筋膜単位
  上肢の内旋運動の筋膜単位
  上肢の外旋運動の筋膜単位
 第5章 体幹の筋膜単位
   矢状面
   前額面
   水平面
   頭部の筋膜単位
  体幹の前方運動の筋膜単位
  体幹の後方運動の筋膜単位
  体幹の内方運動の筋膜単位
  体幹の外方運動の筋膜単位
  体幹の内旋運動の筋膜単位
  体幹の外旋運動の筋膜単位
 第6章 下肢の筋膜単位
  運動に関する用語の違い
   鍼灸との違い
  下肢の前方運動の筋膜単位
  下肢の後方運動の筋膜単位
  下肢の内方運動の筋膜単位
  下肢の外方運動の筋膜単位
  下肢の内旋運動の筋膜単位
  下肢の外旋運動の筋膜単位
 第7章 筋膜単位のマニピュレーション
  筋膜の順応性と展性
  評価チャートの編集
   データ
   仮説
   検証
   治療
   治療後の反応
   結果と予後
  臨床的症例研究
   症例1:CPから筋膜単位のCCへ.
   症例2:CPから拮抗する筋膜単位のCCへ.
第II部 筋膜配列
 第8章 筋膜配列の解剖学
  筋膜配列の構造
   四肢の筋膜配列の構造
   体幹の筋膜配列の構造
  筋膜配列と空間平面
   姿勢の筋膜配列と管理
   空間平面上の筋膜配列と代償
  筋膜配列の終端
   上肢の終端
   下肢の終端
   頭部(caput)の終端
 第9章 筋膜配列の進化
  深層筋群の進化
  浅層筋群の進化
  空間認知の進化
 第10章 筋膜配列の生理学
  筋膜配列の張力
  筋膜区画と運動方向
   体幹の筋膜区画
   上肢の筋膜区画
   下肢の筋膜区画
  筋膜配列と姿勢
  筋膜配列と姿勢性の代償
 第11章 上肢の筋膜配列
  上肢の前方運動配列
  上肢の後方運動配列
  上肢の内方運動配列
  上肢の外方運動配列
  上肢の内旋運動配列
  上肢の外旋運動配列
 第12章 体幹の筋膜配列
  体幹の前方運動配列
  体幹の後方運動配列
  体幹の内方運動配列
  体幹の外方運動配列
  体幹の内旋運動配列
  体幹の外旋運動配列
 第13章 下肢の筋膜配列
  下肢の前方運動配列
  下肢の後方運動配列
  下肢の内方運動配列
  下肢の外方運動配列
  下肢の内旋運動配列
  下肢の外旋運動配列
 第14章 筋膜配列のマニピュレーション
  包括的評価チャートの作成
   データ
   代償とカウンターバランス
   随伴性疼痛と過去の疼痛
   仮説
   検証
   治療
  Fascial Manipulationはどこでどのように作用するのか
  臨床的症例研究
   症例1:筋膜配列の病理
   症例2:1つの面上の病理
第III部 筋膜螺旋
 第15章 筋膜螺旋の解剖学
  分節における運動方式
  2つの筋膜配列の合力としての筋膜対角線
  筋膜内に存在する螺旋状のコラーゲン線維
  分節的CCとCFとの違い
 第16章 筋膜螺旋の進化
  運動方式の形成
  運動器系の進化
  筋膜螺旋の進化
  直立姿勢の進化
 第17章 筋膜螺旋の生理学
  筋膜対角線と運動方式
  筋膜螺旋と反射活動
   筋膜的観点からの歩行分析
  筋膜螺旋と運動の活性化
  筋膜螺旋と経筋
 第18章 上肢の筋膜螺旋
  re-la-diの筋膜螺旋
  re-la-diの筋膜螺旋のCF
  re-me-diの筋膜螺旋
  re-me-diの筋膜螺旋のCF
  an-me-diの筋膜螺旋
  an-me-diの筋膜螺旋のCF
  an-la-diの筋膜螺旋
  an-la-diの筋膜螺旋のCF
 第19章 体幹の筋膜螺旋
  an-la-cpの筋膜螺旋
  an-la-cpの筋膜螺旋のCF
  an-me-cpの筋膜螺旋
  an-me-cpの筋膜螺旋のCF
  re-la-cpの筋膜螺旋
  re-la-cpの筋膜螺旋のCF
  re-me-cpの筋膜螺旋
  re-me-cpの筋膜螺旋のCF
 第20章 下肢の筋膜螺旋
  re-la-peの筋膜螺旋
  re-la-peの筋膜螺旋のCF
  re-me-peの筋膜螺旋
  re-me-peの筋膜螺旋のCF
  an-la-peの筋膜螺旋
  an-la-peの筋膜螺旋のCF
  an-me-peの筋膜螺旋
  an-me-peの筋膜螺旋のCF
 第21章 筋膜螺旋のマニピュレーション
  筋膜は,筋骨格系のすべての構造をつなぐ組織である
  Fascial Manipulationの禁忌事項
  評価チャートの作成
   データ
   仮説
   検証
   治療
   患者からの質問
  臨床的症例研究
   症例1:筋膜螺旋のインバランス
   症例2:全身的なインバランス

 結論
 一覧表
 用語集
 参考文献
 索引