やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版 まえがき
 精神医学という学問は,作業療法士(以下OT)にとって臨床(精神科OT)に直結する学問であり,OT専門分野でも「精神科OT」カリキュラムがあるため,学生にとっても比較的親しみやすい学問です.しかし理学療法士(以下PT)の学生にとっては,学内で臨床医学の一分野(一単位)として学習するだけなので深く理解するまでには至らず,大変難しい学問だと思われています.また,臨床実習で経験することもほとんどありません.
 ところが毎年の国家試験のPT・OT共通分野では,臨床医学分野50問中10問前後(約20%)が必ず出題され,その数は整形外科学,内科学,神経内科学などとほぼ同数です.にもかかわらず,PTの学生のみならずOTの学生にとっても不得意科目の最上位に上げられます.そこで「精神医学=不得意科目」という既成概念を払拭する目的で,本書は2006年3月に「PT・OT基礎から学ぶ」シリーズの臨床医学編として,病理学ノート,内科学ノートに次いで刊行されました.
 日本では従来,精神疾患の分類は病因に基づいており,(1)外因性(器質性,症状性,中毒性),(2)内因性,(3)心因性に分けられていました.(1)外因性精神障害には「脳腫瘍,頭部外傷などの器質性精神障害,身体疾患による症状性精神障害,薬物中毒などによる中毒性精神障害」があり,外部からの原因(脳も外部と考えている)によるものとされていました.(2)内因性精神障害は「統合失調症,気分障害」などを含み,病気になりやすい素因に環境要因が加わって発病すると考えられていました.(3)心因性精神障害は「心理的原因により生じた精神障害」で「不適応反応,神経症性障害,ストレス関連障害」などが該当していました.この分類法は精神疾患の原因や症状や予後を理解するうえで大変有用だったため,「精神医学ノート」の初版は,この分類に従って構成していました.しかしこの分類では「評価者による診断のばらつきが大きい」ことから,研究者間での比較や国際間の比較などができないという問題点が指摘されていました.
 このような問題点に対応する分類として2000年以降に新しい分類が提唱された結果,現在は「病因は考慮せず症状と経過から操作的に分類する方法」が採用され,日常臨床および国際的標準分類として臨床研究に利用されるようになりました.新たな分類法は「診断が容易で評価者によるばらつきが少ない」という利点があり,その代表的なものが,世界保健機関(WHO)による「国際疾病分類(International Classification of Diseases:ICD)」とアメリカ精神医学会による「精神疾患の診断と統計のためのマニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder:DSM)」です.その最新バージョンが2013年の「DSM-5」です.
 「DSM-5」の第一の目的は「熟練した臨床家」の「精神疾患の診断を助けること」と「治療計画につながること」です.血液検査や画像検査などの生物学的な検査だけでは精神疾患の確定診断をすることはできません.医師は患者さんの心理や行動の特徴など,さまざまなことを診て精神疾患の診断を行います.DSMにはそのための診断基準が示されています.「DSM-5」では精神疾患が「22」のカテゴリーに分けて解説されていて,まず大きな上位分類があり,それぞれに小さな下位分類があります.その診断基準は「障害の包括的な定義を構成するもの」ではなく,各障害は「短い要約ではとても描ききれないほど認知的,情動的,行動的,生理学的過程が複雑にからみ合っているもの」です.
 医療機関を受診し,DSMやICDなどの診断基準にそって適切な診断を受けると,その診断内容によっては専門的な治療や支援を受けられ,医学的にはその疾患にあった治療計画や治療薬が処方され,生活面では特別支援教育などの教育的な支援,経済的な支援や就労支援などの福祉サービスを受けられるようになります.つまり,新しい「DSM-5」の考え方で精神科の全医療スタッフが「精神疾患」をとらえることができたら,初診から地域リハビリテーション,そして社会的リハビリテーションまで一貫した考え方で患者さんに対応することができるのです.
 「精神医学ノート」の初版からすでに16年が経過しました.日本の医療の考え方も日々進歩しています.特に精神疾患の分類は世界基準である「DSM-5」に変化しています.PT・OTがリハビリテーション医療のコメディカルスタッフとしてチーム医療を進めていくうえで,精神疾患を最新の「DSM-5」分類で学ぶ必要があると考えました.そこで第2版は「DSM-5」の分類に従って学習内容を再構築しています.また今回,書籍の編集チームに新しく2名の先生にご参加いただきました.1人は「精神科OT」で活躍された天野恵先生(福岡リハビリテーション専門学校OT学科専任教員),もう1人はPTとOTのダブルライセンスをもつ野口瑠美子先生(国試塾リハビリアカデミー専任教員)です.お2人の協力により最新の精神科リハビリテーションに基づく考え方を取り入れることができました.以上のことから,PT・OTの学生さんには,ぜひ「DSM-5」に基づく分類法でしっかりと学んでいただき,「精神医学=得意科目」と言っていただくことを心から願っています.
 2022年3月
 著者代表 中島雅美


第1版 まえがき
 人を物と見なせば説明の仕様があっても,人の精神や心を説明するのはかなり困難な作業である.私自身,学生に対して「精神医学」の講義を行っているが,実際に目にしたり耳にしたりすることの少ない学生に対してその病態像を言葉で説明するとき,特にその困難さを痛感する.(1)学生は「精神医学用語は難解でさっぱり意味がわからない」と感じており,(2)「用語が理解できないから精神医学そのものも難解な学問である」という先入観をもつ,(3)その先入観から「精神医学を勉強する気になれない」という構図ができあがり,(4)この悪循環がさらに「精神医学」という学問を遠ざける.しかしそれは「精神医学」にだけいえることではなく,どのような学問であってもテキストを読んだだけでは正しい理解に至るものではない.まずはその分野の基礎学問を学習し,臨床経験を積んで初めて先達の見方・考え方に共感でき,臨床像を共有できるようになり,初めて「なるほど」と納得できるところまで行き着くものである.ただ,「テキストを理解できるところまで読み解くにはそれ相応の臨床経験が必要である.臨床経験がないのだからテキストなんか理解できるはずがない」といったことを大前提においてしまうと,「精神医学」を勉強する前から“触れることのできぬ聖域“におくだけで,結果的には「精神医学」を「理解不能な学問」「身近ではない学問」といった存在にするだけで一向に前には進まない.学習においてこれほどまずいことはない.理学療法士や作業療法士にとって,臨床の場で「身近」であるはずの治療対象者の“精神や心”が,「精神医学」という学問になることで“遠く手の届かぬさっぱりわからぬ難解なもの“になってしまってはならないのである.私は精神医学を専門に診療する医師として,学生たちに期待したい.人と人とで構成されているこの社会のなかで「身近であるはずの“精神や心”」を常に考えることができる医療スタッフに育ってくれることを.
 本書は,理学療法士・作業療法士のための国家試験を目標にした「精神医学」の毎日の学習に利用していただけるように編集したものである.「精神医学」を毎日学習していただくことを目標に,難解と思われている「精神医学用語」をできるだけわかりやすく,なるべくシンプルに,誤解を恐れぬ大胆さで「まとめノート」形式で説明した.また国家試験に対応するために必要不可欠な内容まで盛り込むことにしたため,現行の「DSM-IV」や「ICD-10」だけでは不足しており,古典的旧分類にいたるまで混交せざるをえなかった.当然,専門医家からご批判があるものと覚悟はしているが,そのご批判に耐えられるかどうか定かでない.しかし「身近な“精神や心”」を常に考えることができる医療スタッフの育成のためには,この精神医学ノートを発展させより良いノートにする必要がある.先輩諸氏のご批判を素直に受け入れ改善していく所存である.ぜひ忌憚のないご指導,ご鞭撻をお願いしたい.
 最後に,この精神医学ノートを,臨床経験の少ない時点での学習に,またその後の臨床経験で反芻・修正されるための基礎入門学習書として利用していただければ,著者としてこれ以上幸せなことはない.またこの場を借りて医歯薬出版株式会社の編集担当者に心よりお礼申し上げる.
 2005年10月
 富田正徳


第1版 刊行にあたって
 このたび「精神医学ノート」を「PT・OT基礎から学ぶノートシリーズ」臨床医学編の3冊目(病理学ノート,内科学ノートに続いて)として刊行することになりました.毎回説明していますが,このノートシリーズは,(1)一人でも学習できる,(2)わかりやすい単純な用語で説明する,(3)書き込み形式(ノート形式)で知識の確認作業ができる,(4)学校で学習した内容の予習・復習ができる,(5)学校の単位試験対策に利用できる,(6)国家試験対策に利用できる,などを目標に作成しています.
 このノートを作成するにあたり「精神医学」という学問について学生たちに聞いてみますと,「精神医学=難解」というイメージが強いように感じます.それは(1)学生には臨床経験がない,(2)精神医学用語が難解なため症状・病態像がイメージできない,(3)精神疾患の分類がよくわからない,などが原因と思われます.しかし実際には毎年国家試験で,PT・OT共通分野で約10問,OT専門分野で約20問前後が出題されており,厚生労働省が規定する国家資格取得のための基準において,PT・OTにかかわらず「精神医学」を臨床医学として十分理解するように義務づけられていることがわかります.ですから「精神医学=難解」と簡単に切り捨ててしまうことはできません.そこでこの精神医学ノートでは以下のことに主眼をおいて構成しました.
 まず精神障害の分類については,(1)WHOの国際疾病分類第10版(ICD-10)と(2)米国精神医学会分類と診断の手引き第4版(DSM-IV)を基本に引用しました.しかし上述の分類では当てはまりにくい一部の疾患については,(3)米国精神医学会分類と診断の手引き第3版改訂版(DSM-III-R)や(4)古典的旧分類などの古い説明を引用しました.これについては専門医家からご指摘・ご意見があるものと思われますが,より良い分類・説明等がありましたらご助言・ご指導いただきたいと思います.
 次に,一部の精神医学用語について新用語を使用しました.(1)統合失調症(旧:精神分裂病),(2)気分(感情)障害(旧:躁うつ病)(しかしこれについてはICD-10分類を用いて,旧来の躁うつ病の考え方ではなく,気分(感情)障害を5つに分類し(躁病エピソード,双極性感情障害,うつ病エピソード,反復性うつ病性障害,持続性感情障害),単純な病名変更だけではなく,疾患の分類の変更も理解できるようにしています),(3)認知症(旧:痴呆症)(「〜性痴呆症」を「〜性認知症」に変更)などです.また難解な精神医学用語についてはサイドメモ欄に解説を入れました.
 また精神障害の症状や病態像については,(「心の状態」を表しているため)残念ながら図や絵やイラスト等で表すことができません.そこでできるだけわかりやすい「説明文」を用いて「心の状態」を表現しました(例:離人症=「首から上が自分のもののような感じがしない」,例:多幸=「何ものにも換えがたいすばらしい快感」など).一つ一つの疾患については表形式でまとめました.また表内の語句をできるだけ暗記しやすいように単文(ほとんどの書籍の説明文が長文論述であるため学生さんは読むことをあきらめてしまいます)にしました.ただし単文にした分だけ情報量は少なくなりますので,精神医学ノートで勉強した後にはぜひレベルアップした書籍を読んで知識の補強をしていただきたいと思います.
 以上,この「精神医学ノート」を用いた学習方法と構成のポイントを簡単に述べました.できるだけたくさんの学生さんが喜んで使用してくれることを期待して作成していますが,まだまだ不足する点があると思います.著者・編集者一同,皆様のお役に立つ学習ノート作りを目指して今後発展させていくつもりです.ノートを使用しての感想や工夫したほうがよい点などがありましたら,どうぞご遠慮なく編集部までご一報ください.皆様のご意見をお待ちしています.
 最後に,精神医学ノートのためにご尽力いただいた医歯薬出版編集部の方々に心より感謝申し上げます.
 2005年10月
 中島雅美
 松本貴子
 第2版 まえがき
 第1版 まえがき
 第1版 刊行にあたって
 本書の使い方
第1章 精神医学総論
 1 精神医学とは
  1 精神医学
  2 成因と分類
  演習問題
 2 思考とその障害
  1 思考
  2 思路(思考過程)の障害
  3 思考体験の障害
  4 妄想(思考内容の障害)
  演習問題
 3 自我意識とその障害
  1 自我意識
  2 自我意識の障害(自我障害)
  演習問題
 4 知覚とその障害
  1 知覚
  2 知覚の障害
  演習問題
 5 感情とその障害
  1 感情
  2 感情の障害
  演習問題
 6 意識とその障害
  1 正常な意識状態(意識清明)
  2 意識の障害
  演習問題
 7 記憶とその障害
  1 記憶
  2 記憶の種類と分類
  3 記銘減弱(記銘障害)
  4 追想障害
  演習問題
 8 意志・欲動とその障害
  1 欲動と意志
  2 精神運動興奮
  3 精神運動抑止(抑制)
  4 昏迷とその分類
  5 途絶
  演習問題
 9 パーソナリティ
  1 パーソナリティとは
  2 類型論と特性論
  演習問題
第2章 統合失調症
 1 統合失調症とは
  1 統合失調症の概要
  2 DSM-5による統合失調症の診断基準
  3 統合失調症の分類
  演習問題
 2 統合失調症の症状
  1 主な症状
  2 症状の分類
  3 症状の特徴
  演習問題
 3 統合失調症の経過と予後
  1 経過
  2 予後
  演習問題
 4 統合失調症の治療
  1 薬物療法
  2 精神科リハビリテーション
  演習問題
第3章 抑うつ障害群/双極性障害および関連障害群
 1 抑うつ障害群/双極性障害および関連障害群とは
  1 名称と分類
  2 抑うつ障害群
  3 双極性障害および関連障害群
  演習問題
 2 抑うつ障害群/双極性障害および関連障害群の症状
  1 抑うつ障害群の症状
  2 双極性障害(躁状態)の症状
  演習問題
 3 抑うつ障害群/双極性障害および関連障害群の経過と治療
  1 抑うつ障害群の治療経過と留意事項
  2 双極性障害および関連障害群の治療経過と留意事項
  3 抑うつ障害群/双極性障害および関連障害群の治療
  演習問題
第4章 認知症
 1 認知症の概要
  1 定義と診断
  2 認知症の中核症状と周辺症状(BPSD)
  3 認知症と区別すべき病態
  4 認知症の経過
  5 認知症の評価
  6 認知症の治療
  演習問題
 2 認知症の種類
  1 認知症や認知症様症状をきたす主な疾患・病態
  2 主な認知症の種類
  演習問題
第5章 依存症
 1 依存症とは
  1 依存症の概要
  2 依存症の分類と主な症状
  3 WHOによる国際疾病分類(ICD-10)による依存症候群の診断基準
  4 精神作用物質の種類と特徴
  演習問題
 2 アルコール依存症
  1 アルコール関連問題(厚生労働省)
  2 アルコール依存症とは
  3 アルコール依存を基盤とする精神病
  4 アルコール依存の治療
  演習問題
 3 薬物依存症
  1 薬物依存症の概要
  2 薬物の乱用時と離脱時の症状
  演習問題
第6章 てんかん
 1 てんかんとは
  1 定義と分類
  2 概要
  演習問題
 2 てんかんの種類
  1 てんかん発作の国際分類(国際抗てんかん連盟:ILAEによる)
  2 主なてんかん発作の意識消失の有無と発作症状
  3 主なてんかん症候群
  4 特殊なてんかん症候群
  5 てんかんと鑑別が必要な疾患
  演習問題
 3 てんかんの対応と治療
  1 発作時の対応
  2 てんかんの治療
  演習問題
第7章 神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害
 1 神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害とは
  1 神経症の概要
  2 神経症の分類
  3 代表的な疾患の特徴
  4 心因反応
  5 心身症
  演習問題
 2 代表的な疾患の各論
  1 恐怖症性不安障害
  2 その他の不安障害
  3 強迫性障害<強迫神経症>
  4 外傷後ストレス障害(PTSD)
  5 解離性〔転換性〕障害
  6 身体表現性障害
  7 その他の神経症性障害
  演習問題
第8章 摂食障害
 1 摂食障害とは
  1 概要
  2 分類
  演習問題
 2 神経性無食欲症と神経性大食症
  1 神経性無食欲症
  2 神経性大食症
  3 神経性無食欲症と神経性大食症の症状の比較
  演習問題
第9章 パーソナリティ障害
 1 パーソナリティ障害とは
  1 概要
  2 代表的なパーソナリティ障害の特徴
  演習問題
第10章 発達障害
 1 発達障害の概要
  1 小児の精神発達
  2 DSM-5による発達障害や小児の精神疾患の分類
  3 ICD-10による発達障害や小児の精神疾患の分類
  演習問題
 2 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害
  1 自閉スペクトラム症の概要
  2 自閉スペクトラム症の治療と経過
  演習問題
 3 注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害(ADHD)
  1 注意欠如・多動症の概要
  2 注意欠如・多動症の治療と経過
  演習問題
 4 限局性学習症/限局性学習障害と知的能力障害
  1 学習障害
  2 知的能力障害
  演習問題
 5 その他の発達障害
  1 小児期発症流暢症(吃音)
  2 チック症
  3 不安障害群
  4 その他の障害
  演習問題
第11章 精神科の治療
 1 薬物療法
  1 向精神薬の分類
  2 向精神薬の副作用
  演習問題
 2 精神療法(心理療法)
  1 精神療法とは
  2 個人精神療法
  3 集団精神療法
  演習問題
 3 精神科作業療法
  1 作業療法の意義・目的
  2 作業療法の手段
  3 精神科作業療法の目的と効果
  4 精神科作業療法の目標
  演習問題

 文献
 索引