やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦のことば
 本書は心肺運動負荷試験(Cardiopulmonary exercise testing:CPX)の原理と方法,臨床的判定等について,極めてわかりやすく要点をついて解説されているポケット版である.
 運動負荷試験は,運動によって心臓に負荷をかけ,運動に対する反応から心機能や病態を診断し,定量する方法である.本来,人間をはじめとする動物が有する最も特徴的な運動という基本的な機能を遂行するうえでの心臓の状態を診断し,適切な運動が決定される.
 冠動脈硬化に基因する虚血性心疾患や心不全は多くの疾患のなかでも最も重要な疾病であり,診断や治療効果の判定にCPXは極めて有用な方法である.また,適切な運動を継続することによって冠動脈硬化や心不全の予防・改善や生命予後の改善がなされることが確立されており,CPXは心臓リハビリテーションの運動強度の決定にも必須である.
 数十年前は,いわゆるマスターの二段階負荷試験が一般的であったが,非定量的であり,呼吸機能等の病態がほとんど考慮されず,日本人にとって9インチという階段の高さが扱いにくいことが多かった.現在では,トレッドミルや自転車エルゴメータという生理的な運動方法に近い機器を用い,呼気のガス分析等による換気やエネルギー代謝を考慮したCPXの方法が提唱されている.また,病態の判定にも多くの理論と方法があり,運動生理学,呼吸生理学等の理解も必要とされる.
 本書は,運動生理学の基本的知識から,運動負荷に伴う心肺機能や代謝の変化,また,これらを測定する機器等についてわかりやすく解説され,各種の心疾患の病態,特に虚血性心疾患(心筋虚血)や心不全の病態,治療法の効果に及ぼす影響を高度の部分にまで網羅しており,極めて要点をついているとともに実用的,かつわかりやすく解説されている.運動処方に必要な運動強度や仕事率を決定する際の適切性と安全性についても十分に解説されており,CPXを施行する医療従事者が検査の現場に携行できるポケット版でもあることから,座右の一冊になるであろう.
 2020年7月
 昭和大学名誉学長 片桐 敬


まえがき
 本書の最終校正中の2020年6月22日に,Karlman Wasserman教授が逝去された(12 March 1927〜22 June 2020).呼吸生理学者であった彼は,1960年代に心肺運動負荷試験を心疾患に適用しATの概念を完成させ,生命維持の根源であるエネルギー代謝の観点から,換気(外呼吸)-循環-代謝(内呼吸)の連関を明快に示した.これにより,呼吸器疾患,循環器疾患,代謝疾患の病態生理を理解する手掛かりをわれわれに与え,特に循環器疾患の重症度や予後の判定,心不全の病態の理解,運動療法の処方などに不可欠の知識を得ることができるようになり,運動心臓病学の発展に大きく寄与したのである.
 私が彼と知り合ったのは,1984年のことであり,彼の米国での教育プログラムに感動し,1991年には東京でPracticum ofCardiopulmonary Exercise Testを開催することを依頼,その後,四半世紀にわたって講習会を開催したのである.彼との30年以上にわたる親交のなかで多くを学び,共にわが国の心肺運動負荷試験の普及・教育に携わることができたのは大きな喜びである.
 現在入手可能な心肺運動負荷試験の教科書には,Wasserman教授らの教科書の和訳である「運動負荷試験とその解釈の原理」,安達仁博士の「CPX・運動療法ハンドブック」などがあるが,本書は初心者が検査時に参照できることを念頭に,具体的な方法論を充実させるとともに,昨今乱れがちな用語に注意しつつ,心肺運動負荷試験をより深く勉強するための入口を示したつもりである.著者らは何れも30年以上の付き合いであり,彼らの努力に感謝する次第である.本書が読者諸君の心肺運動負荷試験理解の一助となれば,これに勝る喜びはない.
 2020年7月
 伊東春樹
 我が師,友であるKarlに捧げる
 推薦のことば(片桐 敬)
 まえがき(伊東春樹)
I 心肺運動負荷試験(CPX)とは
 (伊東春樹)
 1―なぜ“心肺運動負荷試験”なのか
 2―心肺運動負荷試験の歴史
 3―目的
 4―適応
II 運動負荷検査室の環境と機器
 (田嶋明彦)
 1―検査室の環境
 2―測定に必要な機器や装置
  1.負荷心電計
  2.運動負荷自動血圧計
  3.呼気ガス分析器
  4.負荷装置
 3―運動負荷試験の安全性
III 検査の実際
 (田嶋明彦,前田知子)
 1―負荷プロトコール
  1.検査目的とプロトコール
  2.運動負荷プロトコールの種類
  3.Ramp slopeの決定法
 2―検査前の準備
  1.医師による指示
  2.患者への事前説明(検査予約時)
  3.他検査所見の確認
 3―検査当日の確認事項と準備
  1.食事・喫煙
  2.処方薬の種類と服薬の有無と時間
  3.プロトコールの説明
  4.心電図の装着と直近の心電図との比較
  5.運動負荷心電計(ストレスシステム)
  6.運動負荷血圧計
  7.酸素飽和度計(オキシメータ)
  8.マスクの装着
  9.負荷装置に乗ったら
 4―試験開始の前に―モニタリングモードでの確認
  1.血圧,心電図
  2.呼気ガス分析の値
 5―検査中のデータモニタリング
  1.安静時
  2.Warm-up
  3.Ramp負荷
 6―負荷の終了
  1.中止基準
  2.回復期
IV データ・指標の解析と報告書の作成
 (前田知子)
 1―データと指標の解析
  1.心電図
  2.血圧応答
  3.経皮酸素飽和度(SpO2)モニター
  4.呼気ガス分析の指標
 2―呼気ガス分析データの解析
  1.各ステージの解析区間
  2.運動中の酸素摂取量(V O2)と二酸化炭素排出量(V CO2)の動態
  3.ガス交換比(R)
  4.分時換気量(V E)
  5.換気当量(V E/V O2,V E/V CO2)
  6.酸素摂取効率と二酸化炭素排出効率
  7.PETO2とPETCO2
  8.呼吸性代償開始点(RCP)
 3―報告書の作成
V 臨床応用
 (前田知子)
 1―心肺運動負荷試験指標の応用
  1.運動制限因子の検索
  2.呼吸器疾患
  3.心疾患,大血管疾患
  4.骨格筋疾患・末梢血管疾患
 2―運動処方
  1.心肺運動負荷試験を用いた運動強度の決定法
  2.心肺運動負荷試験を用いない運動強度の決定法
VI 症例
 (前田知子,伊東秀崇)
 ケースA―肥満,高血圧
 ケースB―貧血
 ケースC―胸痛(狭心症)
 ケースD―労作時息切れ(虚血性心疾患)
 ケースE―ペースメーカーの至適プログラムの設定
 ケースF―心房細動から洞調律
 ケースG―心房粗動治療前後
 ケースH―薬効評価
 ケースI―急性左心不全
 ケースJ―慢性心不全
 ケースK―Oscillatory ventilation
 ケースL―補助人工心臓症例の離脱検討
 ケースM―先天性心疾患症例―努力不足

 付録(田嶋明彦)
  1.Peak V O2や他の主な指標の基準値(成人)
  2.用語集

 Note
  「校正」と「較正」
  ATPS,BTPS,STPDとは
  Ramp負荷中の特定のV O2を得る仕事率の決定法
  運動量・負荷量と運動強度,仕事率は全く違うもの
  MET(s)とは
  症候限界性運動負荷試験とは
  Duke treadmill scoreとは
  運動負荷心電図の虚血判定の記載法
  「感度」と「特異度」,「偽陽性」と「偽陰性」
  検査実施中のモニター画面
  「V」と「V」
  AT以下と以上での運動の特徴
  Peak V O2低下の原因
  呼吸商とガス交換比の違い
  換気血流不均衡とは
  Wassermanの「歯車の絵」
  運動の様式による心拍数応答の違い
  基準値作成に使われた健常例の年齢,体重,身長,
  体格指数(BMI)
  ATと虚血閾値
  LVAD(左室補助装置)からの離脱条件

 索引