やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者序文
 本書は『内部機能障害への筋膜マニピュレーション理論編』に続く書籍です.
 本書は,実践編として,引張構造,懸垂線,張力のAP(前方-後方)ライン,LL(外方-側方)ライン,OB(斜方)ラインの治療,呼吸器官(ARE),消化器官(ADI),循環器官(ACI),泌尿器官(AUN),造血器官(AHE),内分泌器官(AEN),受容器官(SE-RC)の治療,浅筋膜の治療,リンパ系と免疫系(SLI),脂肪-代謝系(SAM),心因系(SPS)の治療について掲載しています.他の手技のように,座位で後方から腸を直接ほぐすような方法はとらず,その内臓筋膜につながっている深筋膜を中心に治療します.したがって内臓機能障害に対する治療とはいえ,手足や頭部も治療対象部位になります.さらには浅筋膜を四分円に分けて,評価と治療を行います.
 筋膜マニピュレーション講習会の本コース(筋膜マニピュレーション国際コース)に関連する書籍としては,『筋膜マニピュレーション 理論編』と『筋膜マニピュレーション 実践編』(いずれも2011年医歯薬出版刊)が出版されており,これらはCC(centre of coodination:協調中心)とCF(centre of fusion:融合中心)の評価と治療について掲載しています.
 上記は筋骨格系に対する治療ですが,今回の『内部機能障害への筋膜マニピュレーション 実践編』と既刊の『内部機能障害への筋膜マニピュレーション 理論編』(2017年医歯薬出版刊)は内臓系に対する評価と治療,浅筋膜に対する評価と治療からなっています.
 本コースは,レベル1がCCの評価と治療(講習期間6日間),レベル2がCFの評価と治療(同6日間),さらに1年を開けて,レベル3が内臓系と浅筋膜の評価と治療(同7日間)になっています.それ以外にも,レベル1と2のマスタークラス(同3日間),レベル3のマスタークラス(同3日間)があります.さらに「認定筋膜マニピュレーター」の名称を使用して活躍できるためのスペシャリストの試験(同半日)があります.
 レベル1に関しては,フェースブックの「FascialManipulation Japan」で情報を得られます.それより上のレベルのコースは,一般社団法人日本Fascial Manipulation協会(旧・日本筋膜マニピュレーション協会)のホームページ(https://fascialmanipulation-japan.com/)で情報を得ることができます.
 わが国には,レベル1と2を教えることができるインストラクターが3人います.またわが国では,レベル1〜3,マスタークラス,スペシャリストの試験を含めた全コースが開催可能です.このようにわが国は筋膜マニピュレーションを習得するうえで非常に恵まれているといえます.
 本コースの最後の内容である「内部機能障害への筋膜マニピュレーション」では,内臓に対する知識と技術が高まります.これまでは治らないといわれていた機能障害も治るようになります.さらに浅筋膜に対して評価と治療を行うことで,深筋膜・筋外膜では治りきらなかった症状が改善していきます.
 最後になりますが,ぜひ本書を活用し,新たな視点を加えていただきたいと思います.それが,患者の笑顔につながりますので,読者の皆様には頑張っていただきたいと思います.
 2020年5月
 竹井 仁
 (株)オフィス・タケイリリース
 小川 大輔
 目白大学保健医療学部理学療法学科


前書き
 数年前,私はLuigi Steccoの考えに出会い,それらの考えが人体とその機能障害を理解する新たな道であることをすぐに理解した.重度の腰痛が便秘に関連する可能性があること,もしくは,身体活動が便通を正常化させることは一般的に理解されているが,それらには解剖学的および生理学的に明確な説明が欠けていた.本書において,Luigi Steccoは,ヒトの筋骨格系がなぜ内部臓器に影響を与えるのかを説明し,内臓の機能障害に対する明確な道すじを紹介している.従来の医学は,ホルモンや,化学的および神経学的な内部臓器の制御に重点をおいていることが特徴であり,それらのシステム(系)が独自の運動性や自動性を有していることをときに無視している.内部臓器のあいだに十分な空間を設けることで適切な機能が保証される.内部筋膜の機能には,臓器を支える,適切な空間を提供する,周囲の臓器から隔てると同時に他の臓器と接続する,そして最終的には,筋骨格系と接続するという精巧な役目がある.Luigi Steccoによる内部筋膜の生体力学モデルでは,内部筋膜の一元性の展望と,内部臓器の生理学と病理学における内部筋膜の役割を初めて提供している.彼はこの展望によって,腸内神経系の役割を強調しつつ,交感神経系と副交感神経系の二元性を克服し,自律神経系の役割と解剖を完全に再考している.生理学と病理学の両方において,内部筋膜の解剖学的構造は,自律神経系のそれとまとめられ,きわめて単純かつ明確で,さらに論理的な概念を創出している.
 もし,Luigi Steccoが,他者の健康や幸福の援助を第一目標とする理学療法士でなければ,それらすべては単なる理論のままである.そのため,彼は,理論編の書籍に続き,この実践編の書籍を出版することで,内部機能障害に対する手法を提供すべきだと考えたのである.私は,いくつかの機能障害の治療において,筋膜マニピュレーションの効果をじかに検証する機会を得た.この方法論を理解することによって,私は,患者をより深く調べ,異なる病状間の関係性や,筋骨格系と内部臓器の二元性を払拭する可能性を発見するための手法を手に入れた.現在,私は,互いの変性の原因と結果の可能性の理解にいたり,そのことは包括的で目標指向の治療を設定するために役立っている.いくつかの症例において,筋膜マニピュレーションは,単一の筋や臓器ではなく,ヒトを全体として扱うことができる.
 本書は,内部機能障害を治療する可能性を提供しているため,理学療法士,整骨師,医師,その他の徒手を用いる専門家に対して推薦する.筋膜マニピュレーションは,これまでの医学が軽視していた分野や見過ごしていた分野,もしくは表面的に扱ってきた分野において,身体の兆しをどのように聞き,どのように読み,どのように理解するかについての方法を教え,内部機能障害をどのように扱うかについて,実践的な示唆を提供してくれる.
 MARTA IMAMURA,MD,PhD
 国際身体リハビリテーション
 医学会議(ISPRM)会長
 サンパウロ大学医学部整形外科・外傷外科共同教授


序文
 左頁の3つの画像は基本的な概念をまとめたものである.
 ―前方体幹壁の写真は,臓器-筋膜単位,器官-筋膜配列,内部システムの“容器(コンテナ)”を描いている.
 ―壁側腹膜の解剖写真は,内部筋膜の質感と牽引に対する適応性を強調している.
 ―イラストは,前方-内方の懸垂線と3つの内部筋膜配列,すなわち,内臓配列,血管配列,腺配列の配置についての概図である.
 本書は,内部機能障害への筋膜マニピュレーション1(FMID)と,とくに自律神経系の相互作用に対する治療で用いられる徒手的アプローチを提示している.
 たとえば,従来の医療では,胃食道逆流に対して通常は制酸剤が処方されるが,FMIDでは,胸壁もしくは腹壁に作用することで,噴門部の自動性の回復を目指す.“容器”の筋膜が硬化していれば,張力は肋骨縁全体に挿入する横隔膜へ伝達される.食道は,横隔膜を貫通する際,筋膜を介して横隔膜自体に挿入する.伸張に対する感度が高い壁内の自律神経ネットワークは,噴門部の蠕動運動を調整する.横隔膜の緊張と食道の筋膜の緊張のバランスが保たれていない場合,噴門部の蠕動運動が変化し,噴門部の閉塞のタイミングが変化する可能性がある.FMIDにおいて,セラピストの仕事は,内部の自動運動を妨げている体幹壁の点を見つけることにある.ガイドラインがない場合,それらの治療点を探し出すのは非常に困難である.この実践マニュアルは,読者に対し,1つの分節に限局する障害なのか,器官全体の機能障害なのか,特定のシステム(系)の障害なのかを判断するための示唆を提供している.
 内部臓器の障害に似た傾向があり,かつ体幹の1分節に限局する機能障害に対しては,体幹の引張構造のいくつかの点に対するマニピュレーションを行うことが提案される.この提案は,引張構造に関する工学的原理に基づいている.
 器官の機能障害に対し,セラピストは,体幹の懸垂線と四肢の張筋に沿って治療する.体幹には,呼吸器,消化器,循環器,泌尿器,内分泌器,造血器という6つの器官が存在する.頭部の腔には,光受容器,機械受容器,化学受容器という3つの器官が存在する.
 システム(系)の機能障害に対しては,次の3つの異なる徒手的アプローチが提案される.
 ―疎性結合組織の穏やかなモビライゼーションは,とくにリンパ系の機能障害に対して推奨される.
 ―強度な“ピンスメント(pincement)”の手技は,皮下組織に適用した際に,脂肪系の支帯の運動性に対して有用である.
 ―深筋膜のマニピュレーションは,硬化したコラーゲン線維の堆積から末梢神経を解放するのに有用である.
 われわれの身体は1種類の仕組みによって構成されており,その仕組みは,適切に変化して,すべての身体部位で繰り返されている.
 筋骨格系におけるこれらの鏡面的な性質を発見するために,われわれは単体の筋の概念を破棄し,特定の方向性の作用を有する筋膜単位(mf単位)を提示した.
 今回,われわれは,内部機能障害のために,単体の臓器について学ぶことを破棄し,その代わりに,特定の機能を有する臓器-筋膜単位(o-f単位)について学ぶ.
 筋骨格系において,われわれは,筋紡錘の活動を筋膜と結びつけて考えた.筋膜は,張力を知覚し反応することで,末梢の運動調節に関与している.
 o-f単位において,われわれは,自律神経節の活動を内部筋膜と結びつけて考えた.実際,壁内神経節と壁外神経節は,食物や血液,ホルモンが通過することによって生じる伸張に対して感度が高い.
 筋紡錘は,それ自体の収縮と伸張を可能にしている弾性の筋膜基質に挿入されることで完全に機能する.
 同様に,被覆筋膜と挿入筋膜が,あらゆる内容物の通過を知覚するのに必要な最小限の張力を有する場合にのみ,o-f単位と器官の蠕動運動は良好に機能する.
 しかしながら,システム(系)は浅筋膜と接続されているため,伸張によっては機能しない.その代わりに,それらは,求心性と遠心性の自律神経によって傍脊椎神経節と接続している.
 FMIDでは,筋骨格系の機能障害への筋膜マニピュレーションで用いた点と同一の点を利用する.それらの同一の点は鍼治療の点に対応する.
 鍼治療のほぼすべての点は,筋骨格系の機能障害と内部機能障害の両方で必要とされる.次に生じるのは“どこが違うのか?”という疑問である.
 鍼治療とFMの違いは,点の刺激方法と用いられる点の組み合わせにある.
 FMでは,われわれの体内において,筋膜が,しなやかで順応性がある唯一の組織であるとの原則に基づいて,点もしくは小さな領域を刺激するために,さまざまな徒手的アプローチを利用する.
 筋膜は,筋骨格系では筋紡錘と相互に作用し,内部臓器の神経ネットワークとも相互に作用する.筋膜は,弾性と流動性,さらに,正しい基本特性を有する場合にのみ,この役割を果たすことができる.
 いずれの筋膜についても,それが行う機能に応じて構成されている.四肢の筋膜は,筋膜配列と筋膜螺旋の論理に従って構成されている.
 体幹の筋膜は,運動機能に関与するだけでなく,内部臓器の容器としても機能する.この2つ目の機能は不随意であり,内部臓器の張力もしくは緊張との相互作用に関与する.そのため,体幹前部の筋膜の高密度化は,筋骨格系の機能障害を引き起こすこともあるが,内部障害を引き起こすことのほうが多い.
 筋骨格系の機能障害の場合には,明らかに限局した徴候があり,その徴候が,われわれに治療が必要な点を教えてくれる.一方,内部臓器の機能障害の原因を特定するためには,的確な治療ガイドラインが必要である.
 運動検証は,筋骨格系の機能障害に関する示唆を提供できるが,内部臓器の機能障害を伴う場合,触診検証のみが,治療を要する点を特定するのに有用である.
 鍼治療では,前方体幹壁に左右それぞれ64カ所の点が存在する.128カ所の点の触診検証にはかなりの時間が必要である.したがって,FMIDでは,体幹は3つの分節(胸郭,腰部,骨盤)に分割され,各分節内で,他の点の同定を容易にする主要点が特定されている.
 2つの理由から鍼治療への照会がなされている.
 ―われわれが治療する点が,数千年ものあいだに,臨床的に証明されてきた有益な作用をどのように有しているかを示すため.
 ―解剖学と生理学の観点から,道教の哲学を通じて説明される伝統的な中国医学の効果を理解するため.
 監訳者序文(竹井 仁,小川大輔)
 前書き(MARTA IMAMURA)
 献辞
 序文
 基本原則
  筋膜の顕微鏡的構造
  筋膜の肉眼的構造
   筋膜の生理学,骨格筋と平滑筋の生理学,対角線の生理学
  自律神経系の顕微鏡的構造
  自律神経系の肉眼的構造
第I部 臓器-筋膜(o-f)単位の治療
 第1章 引張構造,臓器-筋膜(o-f)単位および壁内自律神経節
  引張構造
   FMにおける引張構造
  臓器-筋膜(o-f)単位
   臓器-筋膜(o-f)単位の機能障害,筋骨格系機能障害と内部機能障害に対する筋膜マニピュレーションの違い
  壁内外の自律神経系
   神経ネットワークと壁内神経節,自律神経壁外神経節,器官-筋膜配列の壁外神経節
 第2章 引張構造の治療
  データ
  仮説
  触診検証
  治療
   点の関連づけ,触診検証の拡張
 第3章 頸部引張構造(TCL)
  データ 頸部引張構造の機能障害
   仮説
  頸部引張構造の触診検証と治療
 第4章 胸郭引張構造(TTH)
  データ 胸郭引張構造の機能障害
   仮説
  胸郭引張構造の触診検証と治療
 第5章 腰部引張構造(TLU)
  データ 腰部引張構造の機能障害
   仮説
  腰部引張構造の触診検証と治療
 第6章 骨盤引張構造(TPV)
  データ 骨盤引張構造の機能障害
   仮説
  骨盤引張構造の触診検証と治療
   触診検証
 第7章 頭部引張構造(TCP)
  データ 頭部引張構造の機能障害
   仮説
  頭部引張構造の触診検証と治療
第II部 器官-筋膜(a-f)配列の治療
 第8章 懸垂線,器官-筋膜(a-f)配列および壁外自律神経節
  懸垂線
   遠位の張筋
  器官-筋膜(a-f)配列
   内臓a-f配列,血管a-f配列,腺a-f配列,内部筋膜の発生学,内部筋膜の解剖学的連続性,壁外自律神経節
 第9章 器官-筋膜(a-f)配列の治療
  データ
   鍼治療と筋膜マニピュレーション
  仮説
  触診検証
   体幹の懸垂線,制御懸垂線,回転中心点と遠位の張筋
  治療
 第10章 内臓配列(SE-VI)の治療
  データ 内臓配列の機能障害
  呼吸器
   鼻と口腔,咽頭,喉頭および気管,気管支,肺および胸膜
  消化器
   口腔と食道,胃と十二指腸,小腸と大腸
 第11章 血管配列(SE-VA)の治療
  データ 血管配列の機能障害
  循環器
  泌尿器
 第12章 腺配列(SE-GL)の治療
  データ 腺配列の機能障害
  内分泌器
  造血器
 第13章 受容器配列(SE-RC)の治療
  データ 受容器配列の機能障害
  受容器配列
  光受容器
  機械受容器
  化学受容器
   鼻と嗅覚,口と味覚
第III部 システム(系)の治療
 第14章 浅筋膜,システム(系),肉眼的自律神経節
  浅筋膜
   浅筋膜:層への分割,浅筋膜:四分円への分割
  システム(系)
   恒常性(ホメオスタシス)およびシステム(系),システム(系)の進化,末梢もしくは外部システム(系),中枢もしくは内部システム(系)
  肉眼的自律神経節
   傍脊椎神経節,椎前神経節
 第15章 システム(系)の治療
  データ
  仮説
   触診検証 204,触診検証のための一般的なルール,体幹の触診検証,回転中心の触診検証,遠位の四分円の触診検証
  システム(系)の治療
   リンパ-免疫系の治療,脂肪-代謝系の治療,皮膚-体温調節系の治療
  システム(系)の機能障害に対する治療のまとめ
 第16章 リンパ系と免疫系の治療
  データ リンパ-免疫系の機能障害
  リンパ-免疫系:神経支配と解剖
  リンパ-免疫系の触診検証と治療
 第17章 脂肪系と代謝系の治療
  データ 脂肪-代謝系の機能障害
  脂肪-代謝系:神経支配と解剖
  脂肪-代謝系の触診検証と治療
   体幹の四分円の触診検証,回転中心の四分円の触診検証,遠位の四分円の触診検証,体幹の四分円の治療,回転中心の四分円の治療,遠位の四分円の治療
 第18章 皮膚系と体温調節系の治療
  データ 皮膚-体温調節系の機能障害
  皮膚-体温調節系:神経支配と解剖
  皮膚-体温調節系の触診検証と治療
   要約
 第19章 神経-心因系の治療
  データ 中枢神経系と心因系の機能障害
  中枢神経系
   急性期片麻痺の治療,亜急性期片麻痺の治療,慢性期片麻痺の治療
  心因系
   精神身体性の機能障害,身体精神性の機能障害,内胚葉型機能障害の治療,中胚葉型機能障害の治療,外胚葉型機能障害の治療
 第20章 要約の表
   頭部および頸部のCCとCF,胸部,腰部,骨盤分節の前面および後面のCCとCF,上肢のCCとCF,下肢のCCとCF,筋膜の高密度化と代償,データ,仮説から治療計画まで,筋骨格系に対する運動検証,内部配列の触診検証,触診検証のための表,システム(系)の治療のための概略図(リンパ-免疫系,脂肪-代謝系,皮膚-体温調節系),心因系の治療のための概略図,身体精神性の治療例
 結び

 用語集
 文献
 索引