やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第7版にあたって
 2025年には団塊世代(1947〜49年生まれ)が後期高齢者になり,さらに2040年にはこの人たちが亡くなり始め,第2団塊世代が65歳以上になる.団塊世代の人たちは価値観が多様といわれるが,その後に続く世代間との考え方,生き方も大きな違いがみられる.少子化は一段と進み,人口減少は多くの地域に過疎化を生みつつある.大都市であっても,集中化が進むところと中心地が空洞化するところがあり,また辺縁部でも高齢化と過疎化が進むところもみられる.一方で,富裕層と貧困層との格差が目立つようになった.リハビリテーションの世界では,「自費リハビリ」などは富裕層に限られる,などである.
 国は全世代型の社会保障の検討に入っているが,この議論はめずらしいことではなく,何年も前から全世代型サービスの必要性が問われてきた(地域リハビリテーションの定義:日本リハビリテーション病院協会,同病院・施設1991,2001.これからの地域福祉のあり方に関する研究会報告書,2008年).後に生まれた地域包括ケアシステム研究会(いずれも田中滋委員長)もこの観点からたびたび省庁間,部局間の縦割りの是正を訴えていた.
 しかし,長年縦割りで生じた壁を取り除くことは口で言うほど容易ではない.医療施設間の連携,福祉サービス事業所間の連携も十分ではなく,ましてや医療と介護の間の壁は厚く,その連携は進みにくい.医療と福祉(介護)の連携は同一経営母体の複合施設以外は進んだという話は聞かない.現実的には,このような縦割りになった制度を横に串刺しにするような改革が必要であるといわれても一般住民には遠い話になる.
 そのような困難な課題を抱えるからこそ,地域包括ケアシステムや地域リハビリテーション支援体制の高い理念とそれに基づく活動の必要性が叫ばれ続けてきたのである.
 地域リハビリテーションと地域包括ケアシステムの理念はほぼ共通しており,その目的は,「住民や当事者と協働して,地域全体がそこに存在するあらゆる生活上の課題を包摂し,解決していけるよう地域が変革することにある」とされている.住民サイドからしてみれば,高齢化に伴う課題や制度の未整備,サービスの量の不足に関しては予想できたはずなので,いまさらいわれても困る,といえるだろう.ただそれはそれとして,自分の問題であるので,災害の警戒レベル5くらいの認識,すなわち自分の命は自分で守る覚悟をもたなければならないと思う.すなわち,時代の問題を深く認識し,自衛的に何をすべきか考えるべきなのだ.専門職はその手助けをすべきである.住民が何を学習し,どう行動すればよいのか具体的に提示すべきなのである.
 本書はそのような課題解決のための政策や細かいハウツウを論じる書ではない.地域リハビリテーションの考え方,現実の臨床的な課題を筆者の臨床経験から論じたものであり,これから地域リハビリテーションを学ぶリハビリテーション関係の学生,その教官,リハビリテーション領域で働き始めた専門職に少しでも地域リハビリテーションの本質を考え,またその一部を身近に感じてもらうことを意図して書かれたものである.
 いずれにせよ,これから2,30年は異次元の高齢社会になるのは避けられない.筆者を含め,その当事者がその時代を少しでも人間らしく暮らせたと思えるような社会になることを願ってやまない.
 令和元年9月30日
 大田仁史


はじめに
 「地域リハビリテーション」という言葉がようやく市民権を得るようになった.何をもって正式とするかは別として,厚生省(現在,厚生労働省)がはじめて使ったのは,おそらく1999年に地域リハビリテーション支援推進事業の検討が始まってからだと思う.日本リハビリテーション医学会では随分前から使われていた.しかしその定義はなく,当初は「地域とは何ぞや」といった哲学的な話から在宅での理学療法の方法論まで,ないまぜになった議論が展開されていた.しかもなお現在もマイナーな領域である.全国地域リハビリテーション研究会が発足したのは25年も前であったが,この会でも定義を明確にするにはいたらなかった.1991年に日本リハビリテーション病院協会(現在,日本リハビリテーション病院・施設協会)の地域リハビリテーション検討委員会が,今後変更されうることを前提に,それまでの多くの議論を集約するかたちで定義したものが現在では一般的になりつつあるように思う.
 たしかに「地域」と「リハビリテーション」の双方とも広い意味合いで使われてきた言葉であるので,合成された「地域リハビリテーション」をきちんと定義しようとするとなかなかむずかしい.そういう意味からしても,その落ち着き先はなお不透明かもしれない.ただ,ノーマライゼーションに向かってあらゆる領域の活動を包含していこうとする流れで整理しようとするのは,大方の了解するところではないかと思う.
 このような状況のなかで少子高齢社会を迎えてしまった.病院をはじめとして,施設,在宅の現場には具体的なリハビリテーションケアのニーズが高まる一方である.介護保険の導入と同時に「介護予防」や「リハビリテーション前置主義」といった新語も登場した.そのいずれも,理学療法や作業療法などリハビリテーション医療の中心的な技術を保健や介護の現場に導入しようとするものである.保健から始まって福祉の領域まで,確実にリハビリテーション医療で培われた技術が必要とされる時代になったのである.
 たしかに技術としてのリハビリテーションは急速に進歩した.しかし,よくよく現場をみてみると,急性期の医療においても福祉施設においても,また在宅サービスにおいても,リハビリテーションケア(リハビリテーション・ケアではない)の絶対量が不足している.もちろん専門職種が不足しているのだが,一方翻って考えてみると,リハビリテーションの思想・技術がまだまだ医療者,福祉関係者,一般に普及していないように思える.がんを予防するのと同じように寝たきりになることを予防する感覚が乏しい.人々の多くが,人間にふさわしいケアのなされないがんの末期と同じように,寝たきりの状態がいかに非人間的であるかを知らないのである.そして何より悲しいのは,悲惨な姿の寝たきりになることが十分防げることを知らないことである.
 21世紀は人権の時代ともいわれる.人権の反対の極は虐待である.つくられた寝たきりはまさに虐待である.ハビルス(habilus)の語源はラテン語で,適する,ふさわしい,という意味であることはリハビリテーションを学ぶ者はだれでも知っている.これはまさに虐待のアンチテーゼである.リハビリテーションの理念は,疾病や障害,老衰などによって人から人間らしさを奪わない,すなわち虐待をしないという決意の表明ともいえる.この理念がすべての人々の常識になることを願う.
 どんな姿になろうとも人間が人間でなくなるわけではない.人間が人間であるために根本的に求められることは何か.それはかかわる者がその人をどれだけ人間としてみることができるかにかかっている.現在,リハビリテーションはそのことを医療の現場に厳しく問いかけている.保健や福祉の現場においても同様ではなかろうか.リハビリテーションの理念と技術は,保健・医療・福祉を含め生活にかかわるあらゆる領域に求められている.リハビリテーションケアという言葉が一般的に使われるようになることを期待したい. 茨城県立医療大学の理学療法学科,作業療法学科,看護学科の地域リハビリテーション概論の講義用にノートを作った.500部ほど印刷したが不足してしまった.地域の課題は日々変わる.教材も柔軟に対応しなければならない.変革の時代には進んで時代を切り拓く考えも提示する必要がある.そのようなことを考えながら毎年自分で編集するのは正直しんどい.そのことを医歯薬出版の岸本舜晴氏に話したところ,私見を含めて論ずること,場合によっては毎年改変することも可能であるとの配慮をいただき,「原論」としてこの書を上梓することを勧められた.ご批判は大歓迎.繰り返し改定して論を深め,学生諸君に必要に応じ新しい原論を提示できればこんな幸せはない.
 平成13年盛夏
 大田仁史
 第7版にあたって
 はじめに
 PROLOGUE
  一般医学の関心とリハビリテーション医療の関心のベクトル
   新しい地域生活の縁
  医師や医療者の関心
1.地域リハビリテーションとは
 (1)地域リハビリテーションの本質とは何か
 (2)思想としての地域リハビリテーション
  それぞれのレベルでの制限と制約,そのなかでの自己変革/環境問題と似たモデル
 (3)地域リハビリテーションの定義
  日本の定義(1)(2)(3)
 (4)インクルージョン(包摂)という考え
 (5)地域包括ケアシステム
2.地域リハビリテーション活動の基本
  地域のリハビリテーション・ニーズに応えるために/ICF/基本姿勢/基盤づくり/直接的支援活動/組織化活動/連携/教育・啓発活動/専門職の仕事つのバリアとリハビリテーション活動/さまざまな活動
3.在宅リハビリテーションと病院(施設)内リハビリテーションの考えかたの整理
  地域リハビリテーションは包括的な取り組み/地域でのチームワーク/在宅はリハビリテーション医療提供の場の一つ(第2次医療法改正)/在宅療養ができる住環境つのMあるいは6M1S/高齢者の生活の場はあるのか/中間施設である老人保健施設の役割
4.地域リハビリテーション活動の時代的流れ
  第1期(個別活動期:〜1983(昭和58)年頃まで)/第2期(全国展開期:〜1999(平成11)年頃まで)/第3期(再編・混乱期:〜現在)/第4期(充実期:〜将来)
5.制度にみられる地域リハビリテーション
  老人保健施設〔1986(昭和61)年,老人保健法〕/第2次医療法改正〔1992(平成4)年〕/介護保険法〔1997(平成9)年成立,2000(平成12)年4月実施〕/地域リハビリテーション支援体制推進事業〔1999(平成11)年3月にマニュアルを発表〕/支援費制度〔2003(平成15)年4月〕から障害者自立支援法に〔2006(平成18)年4月〕,そして障害者総合支援法〔2013(平成25)年4月〕に移行/改正介護保険法〔2005(平成17)年6月改正,2006(平成18)年4月施行〕
6.老人保健法の消滅と地域支援事業
  市町村に義務づけられた事業/保健師の地区担当制/事業の拡大と住民参加型のシステム/健康増進法と介護保険でこの機能を挽回できるか/地域支援事業
7.介護保険法と介護予防
  介護保険/介護保険のなかのリハビリテーション/介護予防とリハビリテーション/介護予防に働く力/介護予防が必要とされる根拠/地域包括支援センター/介護給付までのシームレスな流れ年に向けた挑戦
8.介護予防とシルバーリハビリ体操指導士養成事業
  介護予防の概念/地域活動の要諦〜活動家を選ぶ,育てる,組織する,フォローする〜/体育学的手法と動作学的手法の協働のために/福祉領域との連動のために/目標設定にJ・ABCランクの活用を/介護予防運動の考えかた/茨城県のシルバーリハビリ体操指導士養成事業/介護予防の効果の判定/今後の展望
9.退院してから苦難のリハビリテーション
  なぜ退院してから元気がなくなるのか/入院時と退院時の心身機能の比較/原因に7つの心/孤独地獄とピアサポート/ピアの意味→患者会,家族の会/在宅生活からみて入院中に取り組むべき課題/リハビリテーション専門職種の仕事の特殊性
10.閉じこもりの予防
  寝たきりへのプロセス/出ない,出さない,出られない/行き先がない,が最大の問題/訪問リハビリテーションの大目標/守るも攻めるもこの一線/越えねばならぬこの一線/人づくり,まちづくり,そしてノーマライゼーション/交通バリアフリー法から新法へ/閉じこもりのアセスメント
11.介護期・終末期のリハビリテーション
  リハビリテーション医療・ケアの流れと目標設定/境界が不明瞭/からだで示す終末期のケアとリハビリテーション/介護期リハビリテーション/右肩下がりの評価
12.地域リハビリテーションにかかわることなど
  当事者の意見と当事者の参加/第1回国際失語症週間:国際失語症協会の呼びかけ[2000(平成12)年6月]/ボランティア活動の意味/プロボノ/障害者スポーツ/ユニバーサルデザイン(UD)7つの原則/ADA法/障害者差別解消法〔2013(平成25)年6月〕

 [付録]各種評価法等
 索引

 図
  図1 医学の関心のベクトル
  図2 障害をおうと崩れる地域社会の縁
  図3 障害者の地域の縁
  図4 病期と医療の関心
  図5-1 主要評価10年 平均得点の推移
  図5-2 QOL;QUIK 4尺度平均得点の推移
  図6 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像)の経年的変化
  図7 地域リハビリテーションの概念
  図8 地域における「新たな支え合い」の概念
  図9 地域包括ケアシステム概念図の変遷
  図10 地域包括ケアシステムの姿
  図11 地域リハビリテーションに関連する主な要因
  図12 国際生活機能分類(ICF)
  図13 地域リハビリテーション支援体制について
  図14 地域リハビリテーション・ネットワーク図(茨城県2019年4月現在)
  図15 地域におけるリハビリテーションの提供体制
  図16 今後の地域リハビリテーション推進システム図
  図17 支援費制度のしくみ
  図18 機能訓練事業の流れと広がり
  図19 地域支援事業の全体像
  図20 「地域包括ケアシステム」にかかわる法・制度整備の大きな流れの整理
  図21 要介護認定の申請から認定まで
  図22 高齢者の介護保険等の制度とリハビリテーション医療の関係
  図23 介護予防という概念とリハビリテーション医療の位置
  図24 一体的介護予防で結びつける
  図25 介護保険下で介護予防に働く力
  図26 認定状況の変化(認定者:7,878人)
  図27 要支援・要介護の高齢者増加(介護保険事業状況報告より)
  図28 地域介護・福祉空間整備等交付金の仕組み
  図29 予防重視型システムへの転換(全体概要)
  図30 地域包括支援センターのイメージ
  図31 地域リハビリテーション推進支援体制と地域包括支援センターとの関係概念図
  図32 加齢と要介護度認定率の関係
  図33 2040年に向けた挑戦
  図34-1 体操指導士養成
  図34-2 体操指導士会の組織
  図35 身体活動と介護予防の関係
  図36 高齢者の身体状況と体操の関係
  図37 Bランクの人の動作・行動の目標
  図38 高齢者の介護予防「運動」の考え方
  図39 対象者と各種の体操(運動)の適応
  図40 シルバーリハビリ体操指導士養成システム(茨城県 2019年現在)
  図41 体操教室数の分布図と実施回数
  図42 2018年度体操指導士活動実績
  図43 2010年度軽度者(要支援1-2,要介護1)介護認定率と指導士の関係
  図44 2006〜2011年度の割合の増減
  図45 地域包括ケアシステムにおける生活支援活動提供の考え方
  図46 孤独の殻を破るピアサポート
  図47 退院へのソフトランディングな移行
  図48 閉じこもり症候群
  図49 基本姿勢:守るも攻めるもこの一線
  図50 越えねばならぬこの一線
  図51 交通バリアフリー法
  図52 リハビリテーション医療・ケアの流れ
  図53 遺体採点(減点による)
  図54 J・ABCランクに基づく「終末期」のケアと身体活動のイメージ変化
 表
  表1 主な地域リハビリテーション活動等の年表
  表2 介護保険の改正(平成17年6月22日)
  表3 40〜64歳の人が対象となる特定疾病(厚生労働省)
  表4 入院時と退院後の支援内容
  表5 「閉じこもり」アセスメント(簡略版,厚生労働省,2000)
  表6 Barthel Index(BI)
  表7 障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準(厚生労働省)
  表8 認知症高齢者の日常生活自立度判定基準(厚生労働省)
  表9 SDS:自己評価式抑うつ性尺度(Self-Rating Depression Scale)
  表10 QUIK:自己記入式QOL質問表(self completed Questionnaire for QOL by lida and Kohashi)
  表11 QUIK集計表
  表12 老研式活動能力指標
  表13 在宅の中高齢者のSR-FAI標準値
  表14 社会生活能力評価-日本語版FAI(Frenchay Activities Index)自己評価表
  表15 HDS-R:改訂長谷川式簡易知能評価スケール
  表16 情緒的支援ネットワーク尺度(宗像恒次,澤俊二により一部改訂)
  表17 基本チェックリスト