やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

訳者の序
 本書の原題は直訳すれば『肩のリハビリテーションと手術』であるが,内容から考慮して主題を広くガジェリー『肩関節外科学』とし〜初診からリハビリテーションまで〜を副題とした.
 著者D.F.Gaziellyはリヨン大学整形外科Albert Trillat教授の門下である.私とGazielly先生との出会いは,1996年私がフランスで2年間の研修終了後,小林晶先生(日仏整形外科学会名誉会員,前会長)より御紹介していただいたのが縁で,サンテチェンヌの彼の職場を訪れ,約1カ月間彼の指導の元で肩の外科を研修した.彼は学究肌で学会報告も多い.私の帰国直後,京都で開催された第7回日仏整形外科学会で,彼は腱板補強術(Rotator Cuff Reinforcement:RCR)をテーマに招待講演を行った.
 現在はスイスのGenolier Cliniqueに勤務し,レマン湖,モンブランが展望できる診察室には世界中のセレブが訪れている.2017年5月の学会後に彼の職場に立ち寄り,別れ際に病院のノベルティとともにフランス語で「謹呈」と書かれた彼の著書を頂き,日本のわが家でゆっくり目を通すと,初学者や専門家にもわかりやすく,皆様に推薦できる著書であると考えた.フランスにおける肩関節外科の伝統と発展は,多数の独創性に富むアイディアのもとにアングロサクソン学派とは異なったものがある.例えば最近ではGrammontのリバース型人工肩関節全置換術(リバース型)であり,古くはOudard,あるいはLatarjetの肩関節脱臼やPatteの外傷性前方不安定症に対する手術などがある.
 本書はフランス人の哲学に基づいた伝統と斬新さを読み取ることができる.また副題にあるように初診からリハビリテーションについて述べられ,日常の外来診療の「座右の書」に相応しいと考え,肩関節外科を志す若い医師,整形外科専門医,リハビリテーション医,リウマチ医,セラピストにお薦めする次第である.
 最後に何度もお会いして熱心に監訳,校正をしていただいた小林晶先生,令和元年という節目の年に出版の機会を頂いた医歯薬出版の皆さま,推薦の辞をいただいた滋賀医科大学整形外科の今井晋二教授,フランス語教師ラミスリュック氏そして出版社との雑務をお手伝いしていただいた三品綾子女史に心から感謝申し上げます.
 2019年8月
 南島広治
 南島整形外科院長


Preface du Livre Traduit en Japonais
 Apres 33 annees consacrees exclusivement a la pathologie de l'epaule et a son traitement,soit conservateur,soit chirurgical,nous nous rendons compte chaque jour que ce que nous avons ecrit il y a 20 ans reste d'actualite,malgre l'intrusion grandissante du numerique et de l'intelligence artificielle…
 En effet quel que soit le motif de consultation du patient qui vient nous voir pour trouver une solution a son probleme,epaule douloureuse,enraidie ou instable,nous devons commencer par etablir un diagnostic,d'abord clinique en prenant le temps d'ecouter et d'examiner le patient,puis anatomique en objectivant la lesion en cause,par une imagerie specifique qui n'est pas obligatoirement une IRM,mais peut-etre une radiographie simple,qui mettra en evidence une calcification de l'epaule.N'oublions pas que l'examen clinique doit systematiquement rechercher une hyperlaxite ligamentaire constitutionnelle,et une tenosynovite de la longue portion du biceps,souvent meconnues…
 Cet ouvrage n'est pas un traite de technique chirurgicale de l'epaule,mais une reponse simple,issue d'une longue pratique quotidienne exclusive,a toutes les questions que peuvent se poser des etudiants en medecine,des medecins de famille mais aussi des Rhumatologues,des Medecins du sport,des Medecins Reducateurs,mais aussi des Chirurgiens Orthopedistes.
 Le chapitre consacre a la reeducation,sur laquelle nous insistons depuis 33 ans,s'adresse tout particulierement aux Physiotherapeutes.La Reeducation est la clef d'un bon resultat fonctionnel de l'epaule,operee par arthroscopie dans 70% des cas,mais aussi non operee.N'oublions pas que l'epaule n'aime pas etre immobilisee trop longtemps coude au corps,et sachons donner la priorite a une mobilisation passive immediate.
 Nous voulons remercier le Docteur Hiroharu Najima d'avoir voulu traduire notre livre en japonais,et d'avoir fait avecenthousiasme ce travail considerable,avec le soutien du Pr Akira Kobayashi.
 Dr.Dominique-Francois Gazielly
 Chirurgien Orthopediste FMH
 Professeur Associe Universite TIA-TONG-Shanghai-Chine
 Responsable du Centre de l'epaule de la Clinique de Genolier-Suisse
 Membre des Societes Europeenne et Americaine de l'epaule
 Clinique de Genolier
 Centre de l'epaule
 Route du Muids 3
 Case Postale 100
 CH-1272 Genolier
 http://www.drgazielly.com/


日本語版への原著者の序
 保存療法や手術などの肩の診療を行い33年が経過したが,20年前と比べ最近はデジタル化や人工知能の普及に伴い様変わりしている.
 実際にわれわれの診察室に訪れる患者の受診の目的は,肩の痛みと拘縮あるいは不安定症などの治療であり,問診と診察により診断を確定し,特殊な画像により原因である解剖学的病変を見つけるが,肩の石灰化の診断には単純X線検査だけで十分なようにMRI検査は必ずしも必要ではない.先天性関節弛緩症や上腕二頭筋長頭腱の腱鞘炎を見逃さないように系統的に診察するべきである.
 本書は手術のテクニックというより整形外科医やリウマチ医,スポーツ医,リハビリテーション医だけでなく,医学生,かかりつけ医の日常診療の疑問に対する簡単な答えを述べている.
 リハビリテーションの章ではわれわれは33年前からセラピストの重要性について強調して述べている.肩の手術例(手術例の70%は鏡視下手術)や非手術例のどちらも良好な機能成績を得るかどうかはリハビリテーション次第である.肘を体幹につけて肩関節をあまり長く固定せずに,すぐに他動可動域訓練を行うことを優先すべきである.
 南島広治先生が本書の日本語翻訳に着手し,小林晶教授の御支援により熱心に取り組み,この素晴らしい翻訳を完成させたことにわれわれは感謝します.
 Dr.Dominique-Francois Gazielly


推薦の辞
 『ガジェリー肩関節外科学〜初診からリハビリテーションまで〜』は肩関節外科を学ぶことを志す初心者からすでに高度な知識と技術を有する肩関節外科専門医まで幅広く勧めることができる.本書の特徴は,まず解剖学的記述に非常に長けていることである.肩関節外科を志すならば,必ず肩関節の解剖に熟知しなければならない.多くの教科書では,十分な内容が解剖学に費やされていないのが実情である.しかも,臨床に役立つには筋肉や神経の動きを常に考慮した機能解剖でなければならない.本書の機能解剖の項を読み進むにつれて肩関節が,胸郭と肩甲骨帯の動き,続いて肩甲骨と上腕骨の動き,そしてこれらが総合された体幹から上肢全体の動きとして具現化されていくのがよく理解できる.このような機能解剖を十分に,かつオリジナルな言葉でわかりやすく表現している肩関節の教科書を,本書の他に私は見たことがない.
 肩関節の治療でもう一つ大切なのがリハビリテーションである.リハビリテーションはややもすると理学療法士に任せっぱなしになってしまうが,本書は肩関節の機能解剖の知識に根ざした病態の診断,リハビリテーションの適応,そして丁寧な指示がなければ,理学療法士は道しるべを失い患者は戸惑うことを諭してくれる.本書を読み進むにつれ,肩関節外科医は肩関節の十分な機能解剖とリハビリテーションの適応や効力を熟知することなく,肩関節疾患の患者を治療成功に導くことができないことが自明のごとく理解される.
 本書では肩関節外科手術は,肩の機能解剖とリハビリテーションに精通した者にのみ許された,最高峰の技術でなければならないことがわかる.直視下手術も関節鏡視下手術もその長所短所をわきまえ,かつこれまでのデータに根ざした治療を患者に提供しなければ,盲目的に直視下手術がよろしいとか鏡視下手術がよろしいとかでは患者に十分な治療効果を与えることができないからである.鏡視下手術は腱板修復術や関節制動術の分野で非常に大きな発展を遂げた.本書ではそれらについての有用なエビデンスも提供されている.
 さらにフランス整形外科は解剖型人工肩関節とリバース型人工肩関節の分野で非常に大きな貢献をした.リバース型人工肩関節では,それまで不可能だった広範囲腱板断裂の治療が可能になり,患者に福音をもたらしている.本書ではさらに上腕骨近位部骨折,とくに大結節部の脆弱性が著しい高齢者の治療におけるリバース型人工肩関節置換術の有用性が議論されている.これは正に人口高齢化に直面した日本の整形外科医にとって,最もホットなトピックであり,貴重な導きとなるだろう.
 本書には医学的な記述のみならず「アングロサクソン派」や「欧米人学派」の考え方とフランス人との考え方の違いなどの記述が多くあり,フランス整形外科学のオリジナリティに随所で巡り合える.肩関節外科学の分野では,とくにフランス人整形外科医の貢献が大きいが,肩関節の解剖学的,運動生理学的な特殊性に対してフランス人のオリジナルな考えをもってして初めて,この分野の発展を推し進め得たことの証であろう.そのようなオリジナリティの豊かな考え方を本書から学ぶことは,われわれ日本人が普段の診療の中で固定化した考えの中から一瞬の新しいひらめきを得る糧になってくれることだろう.そのような本書を私は肩関節外科を志す研修医から肩関節外科医のみならず,リハビリテーション領域の医師・セラピスト,またリウマチ専門医に至るまですべての運動器疾患に携わる医療職種の方にお勧めしたい.
 2019年8月
 今井晋二
 滋賀医科大学整形外科学講座教授


監訳の辞
 本書の著者Dr.Dominique Gaziellyは私の年来の友人で親しいフランス人医師の一人である.私がフランス・リヨンの土地をフランス政府給費留学生として訪れ,歴史と伝統に満ちたHopital Edouard Herriotの整形外科・外傷外科学教室で学ぶことになったのは1961年秋のことであった.当時の主任教授は膝関節外科で世界的に著名であったProf.Albert Trillatであり,肩関節の領域でも独自の肩関節習慣性脱臼の手術法を開発していた.その門下の一人に若きDominique(こう呼ばせていただく)がいた.彼は肩関節外科に興味を持ち,精力的な活躍でめきめき頭角を現し,リヨンはもとより,サンテチエンヌ,パリ,スイスと活躍の舞台が広がり,今や肩関節外科では独自の業績を挙げ,フランス肩関節外科の一方の旗頭といっても過言ではない.わが国にも2度来日しその真価を吐露したのは記憶に新しい.
 フランス留学中であった南島広治君は,そのDominiqueを知り彼の技術,知識,見識を目の当たりにして,帰国後日仏整形外科学会に入会して大いに両国の親善に尽しているが,本書の原本を手にしてその内容の素晴らしさに驚き,わが国でも是非その紹介をしたいと考えた.南島君は開業医として多忙な日常の臨床の仕事をしながら,鋭意翻訳に取り組んだのである.もとより仏語には堪能だったので,翻訳はスムーズに完成した.
 不肖,私はフランス整形外科学を学んだ先輩として,この原本と翻訳を読んで即座に出版を勧めた次第である.本書はフランス整形外科の中で得意とする肩関節領域の独特の雰囲気を持っている.
 元来,戦前からすでに名著『神中整形外科学』あるいは『神中整形外科手術書』の中にも多くの引用紹介がみられるように,フランスの肩関節外科領域は確たる地位を築きあげている.例えばDesault,Duchenne,Ombredanne,Rendu,Duplay,Oudardなどの名前が随所に引用され,最近でもLatarjet,Walch,さらにリバース型人工肩関節置換術の考案者として著名なGrammontなどは人口に膾炙している.その創意性はアングロサクソンのそれと比較して,大きな特異性を持っていることに気がつく.また,いずれもがProf.A.Trillat門下であることを知れば,私が学んだこの教室がいかに多くの優れた人材をこの分野で輩出したかが理解できるのである.
 本書もそういう伝統だけではなく,至る所に特徴がみられる.初診の段階から説き起こし,診察法,治療法,禁忌と長所・短所の比較,手術法の解説,丁寧なリハビリテーションの方法などは他書にみられない細やかな親切さと具体的な記述による優しさがある.例えば,診察法ではその手法を詳細な写真や図解で解説し,肩関節固定では特別な場合を除いて上腕を下垂したまま胸郭に密着して固定することを厳禁していることが随所に記述され,それまでの固定の欠点を強調して拘縮を避ける注意が喚起されている点などである.また,拘縮に1章をさき解決法を記述し,わが国やアングロサクソン派のいわゆる肩関節周囲炎などにも独自の見解を示している.腱板に関する記述も微に入り細を穿って余りある記述である.関節鏡を駆使しての解説も写真とともに理解しやすい.リバース型人工関節置換術は開始後,数年しか経過していないにもかかわらず批判を加えながら利点を解説している.
 私は南島君と数十回にわたって膝を突き合わせて原稿を読み推敲を重ねた.そしてこれは本邦の肩関節外科の理解発展のために極めて有用な書物であることを確信したのである.初心者はもとより,この領域に関心を持つ医師だけでなくリハビリテーションの専門家にも手懸かりが得やすく,入門書あるいは専門書として好著である.またフランス肩関節外科学の粋を示しているといっても過言ではない.広く江湖に推薦する次第である.
 2019年8月
 小林 晶
 日本整形外科学会名誉会員,仏整形災害外科学会名誉会員,日仏整形外科学会名誉会員,
 日仏医学会会員,日本医史学会功労会員,仏医史学会会員
I章 肩の機能解剖
 肩関節複合体
 関節包
 関節上腕靱帯(肩甲上腕靱帯)
 関節唇
 腱板
 上腕二頭筋長頭腱
 肩峰下腔
 肩甲胸郭関節
 僧帽筋−三角筋の被覆
II章 生体力学
 生理
 酷使や腱板断裂後の生体力学的変化
III章 肩の診察
 問診
 診察
  肩の拘縮がある場合
  肩の拘縮がない場合
IV章 機能評価
 Constant機能スコア
 Simple Shoulder Test(S.S.T.)
V章 肩の画像診断
 最初の画像診断
  一般的なX線撮影
 二次的画像診断
  肩鎖関節の特殊なX線撮影
  超音波
  単純CT
  MRI
  関節造影
  関節造影CTと関節造影MRI
VI章 肩の観血的手術と関節鏡視下手術の大原則
 筋腱の背景
  肩峰下腔
  肩甲上腕関節腔
  肩峰肩甲関節腔
 神経血管の構成
 観血的手術の進入路
 関節鏡視下手術の進入路
VII章 肩のリハビリテーション
 肩のリハビリの大原則
 リハビリテーションの技術
  温熱
  マッサージ
  物理療法
  温水治療
  振り子運動つまり“肩のアスピリン”
  他動的関節可動域訓練
  肩のパンピング
  自動介助関節可動域訓練
  筋力強化訓練
  固有受容器訓練
 メゾテラピーと上腕二頭筋長頭腱腱鞘炎
VIII章 肩の外傷
 序論
 受傷の問診と診察
 肩の外傷で初回のX線所見が陽性の場合の治療方針
  肩甲−上腕関節脱臼に対する治療
   肩の前内側脱臼(初めての発症)
   反復性前内側脱臼
   上腕骨頭後方脱臼
  肩鎖関節離開に対する治療
  胸鎖関節離開に対する治療
  鎖骨骨折に対する治療
  大結節単独骨折に対する治療
  上腕骨近位端の粉砕骨折に対する治療
  まれな肩甲骨骨折に対する治療
 肩の外傷で初回のX線所見が陰性の場合の治療方針
IX章 肩関節不安定症
 外傷性前方不安定症に対する治療方針
  解剖と生理
  病態生理
  外傷性前方不安定症の診断
  安定化の方法は?
   リハビリによる安定化
   Patteの3つの関節制動術
   鏡視下靱帯再接合による外科的安定化
   関節包形成による観血的安定化
   外科適応のまとめ
  いつ安定化を行うか?
 後方不安定症
 非外傷性多方向不安定症
 随意性肩関節不安定症
X章 拘縮肩
 定義と専門用語
  収縮性関節包炎
  有痛性拘縮肩
 有痛性拘縮肩の病因
  肩の酷使
  新鮮外傷後の背景
  術後の背景
 肩の拘縮の治療
  根治療法
  病因に対する治療
XI章 石灰沈着性腱板炎
 序論
  病因
  臨床と進行の多形性
  肉眼的多様性
  画像の多様性
 診断
  臨床症状
  X線診断
 治療方針
  薬物治療
  鏡視下摘出術
XII章 棘上筋腱の障害
 序論
  腱障害の定義
  腱疾患の病因
 棘上筋腱の腱障害の診断
  確定診断
   臨床診断
   放射線学的診断
  鑑別診断
  病因診断
 治療法
  保存的治療
  外科的治療
   鏡視下肩峰形成術
   腱板の補強を伴う切除−縫合術
 棘上筋の“腱障害”に対する現在の治療法の適応
XIII章 腱板の穿通断裂
 序論
  定義と専門用語
  病因
 初診
  臨床症候学
  病歴
  肩の診察
  一般的なX線評価
  初診時の心得
 2回目診察
  症候学と診察
  病変の画像
 2回目の診察に対する心得
  棘上筋腱遠位での単独の穿通断裂に対して行うべきこと
  棘上,棘下筋腱の“修復可能”な中央部断裂
  棘上,棘下筋腱の“修復不可能”な関節窩周辺での断裂後退縮
  肩甲下筋腱の単独断裂
 結論
XIV章 人工肩関節 原理−適応−成績
 人工肩関節の理論−歴史
  滑動性人工関節
  リバース型人工関節
 人工肩関節置換術の適応
  外傷
   新鮮外傷
   陳旧性外傷
  慢性疾患
   一次性求心性変形性肩関節症
   二次性求心性変形性肩関節症
   関節リウマチ
   上腕骨頭無腐性骨壊死
   偏心性変形性関節症
   関節症を伴わない肩の偽性麻痺
   リバース型人工関節による再置換(人工骨頭置換術の失敗後)
   若年患者に対する人工肩関節
   解剖学的全置換術とリバース型人工関節ともに禁忌
 人工肩関節の成績
  解剖学的人工関節の成績
  リバース型人工関節の成績
 結論
結論

 文献
 索引