やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 この10年間で医療コーチングを取り巻く環境は大きく変化しました.第1に,疾病管理にコーチングを活用するHealth Coachingのエビデンスが蓄積されました.第2に,患者の直接的支援だけでなく,組織マネジメントや医学教育にコーチングが活用されるようになりました.そこで第2版では,医療のさまざまな領域や場面で明らかにされたコーチングの有効性を紹介するとともに,人材育成を含む医療マネジメントにおけるコーチングの意義と応用の記述を理論編と事例編の両方に加えました.
 Health Coachingはいわゆる生活習慣病と呼ばれる疾患の検査数値の改善に寄与します.それでも医療従事者が日常診療のなかでコーチングの時間をとることは難しく,統制された研究とリアル・ワールドとの解離が課題です.また,検査値の改善は医療者の目標であって,患者自身の希望は,その先にある自由で幸せな時間を過ごすことだろうと考えます.疾病管理に限定しない患者の人生全体を扱うコーチングは本書のなかでLife Coachingと呼ばれますが,そのエビデンスは十分とはいえません.
 筆者は脊髄小脳変性症患者へのコーチングの有効性と機能をランダム化比較試験と質的研究でそれぞれ明らかにした後,医療や保健に従事する専門職および学生にコーチングの研修を行い,その有効性と限界を研究してきました.その1つとして,指導医がコーチングを習得することで研修医のコミュニケーション能力が向上するかどうかを検討した経験から,組織内にコーチングというコミュニケーションを導入することを着想しました.幸い,文部科学省のグッドプラクティス事業に選定され,勤務する東北大学病院職員全体の1/6が参加する研修事業を実施し,患者安全文化に関係するコーチングスキルを同定することができました.しかし,一部の部署においては成果がみられましたが,参加者全体のパフォーマンスや病院機能の向上に寄与するとはいえませんでした.単に研修プログラムを実施するだけでは不十分であり,受講者とそのステークホルダー,さらにその人たちにつながるチームメンバーにまで影響する仕組みが必要であると考えています.
 初版発行から9年が経ち,少しずつわかってきたことがありますが,それ以上にわからないことが増え,それを知るためにどのような道具が足りないのかがわかってきました.将来,定型的な会話は人工知能が代わってくれるかもしれません.しかし本当の気づきを与える対話の進化は人によってもたらされることでしょう.
 最後になりましたが,本書の骨格をなす研究と研修事業をともに行った仲間と,支援してくださった関係各位に心からの感謝を捧げます.
 2018年9月
 出江 紳一



初版の序
 本書は,コミュニケーションの一形態であるコーチングを科学的根拠に基づいてリハビリテーション医療に活用できるよう,読者をコーチするツールとして著されました.振り返って私たちが「難病患者を支えるコーチングサポートの実際」(2002年,真興交易医書出版部)によって医療の領域に初めてコーチングを紹介してから7年が経過したことになります.
 もともと「目標を定め,現状とのギャップを明らかにし,行動計画を立てて実践し,その結果をフォローする」という未来志向のコミュニケーションは,リハビリテーション医療の現場で日常的に行われてきたことです.したがって,コーチングをリハビリテーション医療技術の1つとして位置づけるのは一見容易なことにみえました.それが甘い考えと知るのは後のことで,今でも簡単なことではないと思っています.第1に,コーチングの効果に関するエビデンスがありませんでした.このため自分たちでエビデンスを明らかにする必要があり,いくつかの介入研究を遂行してきました.第2に,コーチングに精通したリハビリテーション医学研究者がほとんど見当たりませんでした.幸い研究を通して,コーチングを理解したリハビリテーション専門職であり,臨床家でかつ研究者でもある仲間が集まりました.
 ところでコーチングが広く知られるようになり,医療コミュニケーションの問題すべてをコーチングで解決できるような物言いを目にすることがあります.また証拠なく有効性を主張する書物も目にするようになりました.ようやく医療の領域に双方向のコミュニケーションという文化が根付きつつある今,コーチングが科学的根拠に基づく技術として適切にリハビリテーション医療に取り入れられることが大切と考えます.本格的な研究開始から6年足らずしか経っていないにもかかわらず,本書をあえて企画したのはそのような状況に一石を投じたいと思ったことによります(小石というよりは塵のようなものかもしれませんが).
 本書の構成ですが,第1章から第7章までは理論編,第8章が事例編です.巻末にはコーチングを学ぶための研究会や図書の一覧をつけました.
 理論編では,スキルの概要(第1・2章),医療分野におけるエビデンス(第3章),リハビリテーション医療における意義(第4章)と介入研究の紹介(第5章)に加え,臨床実習指導における活用(第6章),そしてスキル研修の組み立て方(第7章)が述べられています.随所にみられる,学術専門書としては異色の軽いノリにコーチングのエッセンスを感じていただければと思います.
 事例編には,読者がコーチングを練習するためのドリルをつけました.家庭や職場で,最初は安全な環境や状況のなかで練習し,それから実際の医療面接などに応用するとよいでしょう.また読書の理解を助けるために適宜用語解説を入れました.そして「STORY」として「介護」に活かすコーチングの事例を1つだけ紹介しました.介護や介護予防へのコーチングの応用は,別の機会にまとめてみたいと思います.
 本書を通してコーチングの有効性とその限界,そして有効なコーチングを行うためにどのような構造を用意する必要があるのかを考えていただきたいと願っています.そのように自ら考える読者が,リハビリテーション医療のなかにコーチングを取り入れてくださり,それによって医療の質が向上するならば,筆者にとって望外の喜びです.
 最後になりましたが,本書の骨格をなす研究をともに行った仲間と,支援してくださった関係各位に心からの感謝を捧げます.
 2009年5月
 出江 紳一
 第2版の序
 初版の序
理論編
第1章 コーチングとは
 1 コーチングとは?
 2 ティーチング,カウンセリングとの相違点
 3 コーチングの構造(GROWモデル)
 4 コーチングマインド
第2章 コーチングコミュニケーションのスキル
 1 コーチングカンバセーション
 2 コーチングスキル
  Side memo ラポール(信頼関係)の形成
第3章 医療コーチングのエビデンス
 1 はじめに
 2 生活習慣改善プログラムにコーチングを活用することのエビデンス
 3 服薬や治療のコンプライアンスに対するコーチングの効果
 4 患者と医療スタッフ間のコミュニケーション改善に向けてのコーチングの効果
 5 間接的介入(患者本人ではなく,親への介入など)の効果
 6 電子的コーチングツール(eコーチング)の効果
 7 これから取り組むべき課題
第4章 コーチング技術を応用した神経難病患者に対する心理社会的介入の効果
 1 非薬物的介入としてのコーチング
 2 脊髄小脳変性症患者へのコーチング介入効果―ランダム化比較試験
 3 脊髄小脳変性症患者へのテレコーチング介入の機能―質的研究
第5章 医療マネジメントとコーチング
 1 はじめに
 2 人材育成とコーチング
 3 医療組織へのコーチング導入
 4 タイプに合わせたスキルの使い方
 5 これから取り組むべき課題
第6章 リハビリテーションとコーチング
 1 はじめに
 2 障害への適応を支援する
 3 目標設定を支援する
 4 視点の移動を通して現実対処能力と動機づけを高める
 5 運動学習の促進と廃用・過用症候群への対処
 6 障害者家族とコーチング
 7 問題点を整理し生活の再建を支援する
 8 おわりに
第7章 PT・OTの臨床実習指導や研修医指導に役立つコーチング
 1 臨床実習を取り巻く現状
 2 機能しない臨床実習におけるコミュニケーションの問題点
 3 療法士養成校でのコミュニケーションスキル習得を目指したコーチング理論に基づく授業
 4 患者やスタッフとのコミュニケーションをテーマとした指導
 5 アンコーチャブルな学生・研修医
第8章 コーチングスキルトレーニング
 1 はじめに
 2 コーチングの概念を知る
 3 フィードバック
 4 安心感
 5 承認と質問―コーチングの場面をイメージする
 6 継続的なトレーニングの必要性
 7 パーソナルファウンデーションを整える
 8 おわりに
事例編
第9章 疾患ごとのコーチングスキルの応用
 脳卒中のリハに活かすコーチング
  (1)急性期病院の場合
   事例1 脳塞栓症による片麻痺患者とベッドサイドで
    ドリル(1)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
    COLUMN リハ・コーチに必要なスキル
   事例2 診察室で麻痺のことを話題にする
    ドリル(2)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
   事例3 回復期病院への転院を間近に控えた患者
    ドリル(3)気がかり(言葉にならない漠然とした引っかかり)に注意を向ける
  (2)回復期病院の場合
   事例4 転院して間もない回復期病院で
    ドリル(4)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
    COLUMN チャンクの横滑り
  (3)在宅生活期の場合
   事例5 しびれを話題にする
    ドリル(5)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
    COLUMN しびれのコーピング(coping)
 骨関節疾患のリハに活かすコーチング
  (1)後縦靱帯骨化症の場合
   事例6 手術後の外来作業療法で
    ドリル(6)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
   事例7 外来で保存療法を続ける患者の気がかりを察知する
    ドリル(7)気がかりを尋ねる
  (2)特発性大腿骨頭壊死の場合
   事例8 術後患者からの電話による相談
    ドリル(8)日常生活で次のことに意識を向けたり練習したりする
 神経筋疾患のリハに活かすコーチング
  (1)脊髄梗塞による対麻痺の場合
   事例9 対麻痺発症直後のベッドサイドで
    ドリル(9)自分が立てているアンテナの指向性を知る
    COLUMN Natureかnurtureか
  (2)多発性硬化症の場合
   事例10 患者の症状表現を医学的問題に翻訳する
    ドリル(10)相づちのレパートリーを増やす
   事例11 退院後の訓練を話題にする
    ドリル(11)リソースを明らかにする質問をつくる
    COLUMN 神経難病患者のためのコーチング
   事例12 退院を話題にする
    ドリル(12)フォローアップする
  (3)脊髄小脳変性症の場合
   事例13 ADLが低下しつつある患者と病院の廊下で
    ドリル(13)相手に自由に話をしてもらう
第10章 組織マネジメントへのコーチングスキルの応用
 新人教育に活かすコーチング
  (1)新人教育
   事例1 指導医の研修医への教育的なかかわり
    ドリル(1)承認
    ドリル(2)新しい視点の獲得
    ドリル(3)目標設定
    COLUMN 医療現場でどのようにコーチングを利用するか?
 リーダーシップ育成に活かすコーチング
  (1)次世代リーダーの育成
   事例2 次世代リーダーのリーダーシップ醸成
    ドリル(4)事例2の会話の今後の展開についてさまざまな可能性を考える
    COLUMN 医療専門職とリーダーシップ
 チーム医療に活かすコーチング
  (1)多職種チームミーティング
   事例3 多職種チームミーティングでの方針策定
    ドリル(5)ミーティング
    COLUMN 参加者全員が満足できるミーティングとは
  (2)他組織とのコミュニケーション
   事例4 医療と介護の円滑な情報共有―地域連携
    ドリル(6)多職種連携
    COLUMN 医療現場でどのようにコーチングを利用するか?

 STORY よみがえった母 ブラボー!&アンコール
 巻末資料 コーチングをさらに学ぶために
 索引