やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 時代は確実に少子高齢社会へと進みつつあり,医療から介護への流れを促進し,地域で障害者や高齢者が最後まで安心して暮らせる仕組みを作ることが,わが国の最重要課題の1つとなりました.それに伴い,生活期で働く言語聴覚士(以下,ST)の数はゆるやかながら増加し,求められるものの形も少しずつ見え始めてきました.しかし,私たちSTが「生活期で何をできるのか」は,まだ明確に示せていないのではないかと感じています.
 本書は,生活期でSTは何をすべきかを考えるために,たくさんの事例を提示することに重きを置きました.提示する情報・内容の詳しさによって,便宜上「事例」「小事例」としていますが,事例に優劣はなく,それぞれの事例について,「どう評価し,何をしたのか」を伝えることを第一義に考えました.生活期のアプローチの対象は「機能」ではなく「活動・参加」であることが強調され,やれることは拡がりましたが,「何をすることが最も良いのか」を適切に選択することは,ますます難しくなっているともいえます.STによって異なっている現状もあります.私たちSTは,本人や家族にとって“意味のあること”をしなければならないし,「生きていて良かった」と思ってもらえるような支援を目指さなければならないと思います.その力をもったSTが1人でも育ってほしいと思います.
 もう1つ伝えたいこととして,STの「専門性」があります.事例を通じて,「なぜそのアプローチが良かったのか」「(良くなかったとすれば)どこが足りなかったのか」について,考えることを心がけました.「何となくうまくいった」と通り過ぎてしまえば,自己のスキルを向上させ腕を磨いていくことはできません.事例の全体像と細部の評価が的確に行えて初めて,目標やアプローチが見えてきます.幅広い柔軟な思考が必要な生活期であるからこそ,専門性が求められています.本書を手に取っていただき,生活期におけるSTの専門性について改めて考える小さなきっかけにしていただければ,こんなに嬉しいことはありません.
 さて,私のST人生もだいぶ終わりに近づいてきましたが,これまでかかわってきた方々との交流のうえに本書を完成させることができたことは,大変幸せでした.励ましや助言をくださった多くの方々に対し,心から感謝申し上げます.東京の執筆陣の山本 徹さん,芦田 彩さん,橋本 愛さんは,長年にわたる友人であり,生活期STリハの同志でもあります.より多様な生活期におけるSTの活動を伝えられるようにお力をお貸しいただき,本当にありがとうございました.
 本書執筆の核となるのは,医療法人珪山会,あるいは愛知県言語聴覚士会に所属する名古屋メンバーです.構想から完成までおよそ2年.初期にはわくわくするような議論に花を咲かせ,いざ世に放つ段には用いる言葉1つひとつにも悩み抜き,全員で生みの苦しみを味わいました.経験豊かな“野武士”のようなメンバーと,個々の症例を掘り下げながら交わした熱いディスカッションの時間は,大変貴重な充実した時間となりました.深い専門性の一方の広い包括性,あるいは人生の質や生き方を含む生活期STリハについて考え通した,実りの多い日々でした.みんな,心よりありがとう!
 2018年6月
 医療法人珪山会 鵜飼リハビリテーション病院
 リハビリテーション部長
 森田 秋子
 はじめに(森田秋子)
第1章 どうなっていく? 生活期ST
 1.社会情勢とST(森田秋子)
 2.生活期とST(森田秋子)
 3.生活期リハにおける疾病・病期モデル(森田秋子)
 4.生活期リハにおける家族の重要性(森田秋子)
第2章 どうやって考える? 生活期ST
 1.生活期STの進め方─情報収集から,目標設定,リハプログラム立案まで─(森田秋子)
 2.目標設定の具体例─“真のニーズ”に沿って目標を再設定したことで生活の拡大を図れた事例─(村瀬文康)
第3章 どんな形がある? 生活期ST
 1.通所ST(村瀬友一)
 2.通所STの活用─退院直後に機能回復と生活援助を行った事例─(芦田 彩)
 3.訪問ST(中橋聖一)
 4.通所STと訪問STの併用─通所のみの利用から,自宅生活での能力拡大・活動性向上のため訪問も併用した事例─(大島規世子)
第4章 すべての利用者の認知機能の評価
 1.生活期における認知機能のとらえ方(森田秋子)
 2.認知機能評価の重要性─認知機能の変化に合わせて本人・家族に対応したことで,本人の生活拡大につながった事例─(伊藤 梓)
第5章 これからの生活期失語リハ
 1.失語症に対する生活期ST(森田秋子)
 2.失語症に対する通所STでの介入例─発症早期にリハに拒否的だった人の回復を支えた事例─(森田秋子)
 3.失語症に対する訪問STでの介入例(1)─描画の活用により伝達能力・意欲の拡大を図った重度失語症事例─(飼沼慎平)
 4.失語症に対する訪問STでの介入例(2)─発症9年後に初めて言語リハを行った事例─(伊藤 梓)
 5.失語症者の心理とSTの果たすべき役割(村瀬文康)
第6章 これからの生活期摂食嚥下リハ
 1.摂食嚥下障害に対する生活期ST(森田秋子)
 2.摂食嚥下障害患者に対するリスク管理(中橋聖一)
 3.摂食嚥下障害患者に対する栄養手段の選択(村瀬文康)
 4.摂食嚥下障害に対する通所STでの介入例─退院直後から機能回復と生活を支えた事例─(芦田 彩)
 5.摂食嚥下障害に対する訪問STでの介入例─経管栄養のまま自宅退院した患者に対し,経口摂取再開を支援した事例─(伊藤 梓)
 6.コミュニケーション場面としての摂食嚥下リハ─重度の意識障害を伴う進行性疾患患者と家族を支援した事例─(山本 徹)
第7章 これからの生活期STの拡がり(1)
 1.進行性疾患に対する生活期ST─誤嚥リスクを見極めつつ経口摂取期間の長期化を目指した事例─(村瀬友一)
 2.生活期における復職支援(中橋聖一)
 3.生活期における介護予防─軽度認知機能低下(MCI)の進行を予防して生活の安定化を図った事例─(村瀬文康)
第8章 これからの生活期STの拡がり(2)
 1.小児に対する訪問ST(橋本 愛)
 2.小児に対する訪問STでの介入例─親を支援し,連携して,コミュニケーションの拡大と学習を進めた事例─(橋本 愛)
第9章 今後に向けて
 1.変わろう!回復期!!─退院後に回復の継続が見込まれた摂食嚥下障害事例─(森田秋子・小林瑞穂)
 2.地域に出よう!地域と連携しよう!!(山本 徹)

 あとがき(中橋聖一)