やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の序
 学校法人花田学園と財団法人東洋医学研究所の研究協力の一環として,鍼灸校の学生が参加することができる研究班がありますが,その中でも特に活発に研究活動を展開しているのが,「脈診班」と呼ばれる「東洋医学研究班」です.毎年60 名を超える学生がこの研究活動に携わっています.それだけ,脈診に興味をもっている学生が多いことの証左と言えます.その組織のリーダーである主任研究員の木戸正雄先生と,そのサポート役として同僚の光澤 弘・武藤厚子の両先生が,長年にわたり教育と研究等に素晴らしい指導力を発揮しております.
 鍼灸業界や鍼灸関係出版社の方がたと交流する機会が多くありますが,その中で鍼灸師は,二つに大別されるという話を聞きます.脈診を中心に考えるグループとそうでないグループ,少し踏み込んでみますと,脈診を習得することが大変難しいという現実がその背景にあるように思います.脈診が東洋医学的な診断に果たす役割はきわめて大きく,その技術が有効で大切な手法であることは広く認識をされています.脈診ができるようになれば,その証にあった的確な治療が可能となり,今まで以上に治療家としての自信と誇りをもてるようになるでしょう.
 これまでにも脈診に関する書物は多く刊行されていますが,脈診の具体的な方法や習得法についてまで究めた書籍は見当たりません.一般的には,脈診の習得伝承は,師匠について手から手への長年にわたる不断の努力でしか,その体得方法がなかったと言えます.
 その脈診に,臨床家として研究者として真正面から取り組み,初心者でも脈診が系統立てて短期間に習得できる方法を構築してきたのが,木戸正雄先生を中心としたグループです.2000 年,『経絡治療』誌に長年の研究成果を「脈診を初めてはじめる人のために」として発表し,業界関係者から熱い注目が寄せられています.現在も連載が継続されています.本書では,その具体的な習得方法とそのコツが惜しげもなく懇切丁寧に記載され,しかも一人でも学べるような工夫も随所に見られます.渾身の一冊と言えます.これで学習すれば,脈診を身近に感ずることができると思います.まさに,他に類を見ない画期的な本であります.
 私は,この「脈診習得法(MAM)」で学んだ学生が,鍼灸治療─脈診に自信をもって学園を巣立っていくのを長年にわたり見守ってきました.学生の知識と経験でも高度な脈診の技術を習得できるということは,刮目に値すると思います.
 当初,学園の強みとして秘密にしておきたいノウハウを,公開することについて躊躇する気持ちもありましたが,日本の鍼灸界全体の発展に貢献できる確かな手法であると確信し,今回の上梓を前向きに推進することとしました.
 本書が,日本伝統鍼灸における普遍的な脈診アプローチの礎になることを祈念し,推薦の序といたします.
 平成24(2012)年11 月吉日
 財団法人 東洋医学研究所
 学校法人花田学園 東京有明医療大学 日本鍼灸理療専門学校
 理事長 櫻井 康司


 脈診とは,東洋医学診察法(四診:望・聞・問・切)のうちの切診の1 方法であり,膨大な経験の蓄積から構築されたもので,2 千年もの間,きびしい淘汰に耐え,綿々と伝わってきたものである.その有用性ゆえに多くの鍼灸臨床家によって実践されている.
 著者は長年の臨床経験から,東洋医学的な鍼を運用するには,脈診は不可欠であると実感している.脈診に応じた刺鍼が,臨床のうえでは驚くほど有効であるからである.脈診が現代まで色褪せることなく伝えられてきたのには,それだけの理由があるからであり,それを正しく活用することで得られる治療効果には疑いの余地はない.しかし,脈診は人間が有する精緻な感覚領域をもっとも重視するもので,まさに匠の技といえるもので,その習得には長年の臨床経験と不断の努力が必要であると考えられている.
 しかし,これまで具体的な脈診練習法について記載された書物や報告がまったく刊行されていない.
 元来,手から手による指導以外には身につける方法はないといわれている脈診法ではあるが,正しい練習法を提示する参考書がないということは,多くの人にとって,脈診は各自の創意と工夫,努力によって,試行錯誤の末,習得していくしかないものになってしまう.しかも,各自が行っている脈診法が正しいのかそうでないのかの判定さえできず,誤っているとしても,どこがどう違っているのかがわからない.そのなかで学んだ脈診も,独断的なものになりかねない.このままでは習得するまでに,それこそ無駄に多くの努力を覚悟しなければならない.
 著者らは,脈診について経絡治療学会夏期大学の受講生や,鍼灸専門学校の学生に指導しているうちに,学習者が誤りやすい点や陥りやすい過ちなどに共通性のあることを発見するようになった.その体験から,安定性,再現性,客観性をもつ脈診の習得を目指し,標準(スタンダード)となる脈診指導マニュアルを構築してきた.それが,この「脈診習得法(MAM:Method for Acquiring Myakushin)」である.この脈診習得法を学習することによって初心者でも,短期間に一定の脈診技術が身につくと確信している.
 脈診を効率的に学ぶことができる方法,確実に習得できる秘訣がこの書に満載されている.脈診の指導者には指導マニュアルとして,指導者に恵まれない者には独学書としてぜひ本書を役立ててほしい.
 平成24(2012)年12 月
 木戸正雄
 推薦の序
 序

第1章 脈診習得法(MAM)概説─本書の概要─
 1 はじめに
 2 鍼灸臨床における脈診
  1)脈診法の種類
  2)必要な脈診法を学ぶ
 3 六部定位比較脈診の利点
 4 脈診結果の不一致の改善
 5 脈診習得の条件
 6 指の感覚を磨く方法
 7 統一された脈診法を正しい方法で学ぶこと
 8 ステップ・アップ方式の意義
 9 ステップ・アップ方式による脈診習得法(MAM)
   (1)ステージA:脈診の基本姿勢
   (2)ステージB:脈診の実践練習
 10 ステージA:脈診の基本姿勢
  1)坐位の場合
   (1)患者の体位
   (2)施術者の体位
  2)仰臥位の場合
   (1)患者の体位
   (2)施術者の体位
 11 ステージB:脈診の実践練習
  1)ステップ1:正しい脈診部への指の当て方
   (1)イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
  2)ステップ2:指の圧の設定(軽按・中按・重按)
   (1)イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
  3)ステップ3:祖脈診(浮・沈,遅・数)
   (1)イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
  4)ステップ4:簡単な比較脈診
   (1)イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
  5)ステップ5:寒熱を含めた虚実の判定
   (1)イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
  6)ステップ6:六部定位による脈位脈状診
   (1) イメージ的アプローチ
   (2)技術的アプローチ
   (3)感覚的アプローチ
第2章 ステージA:脈診の基本姿勢
 1 なぜ,これまで脈診の習得が困難であったのか?
 2 ステージA:脈診の基本姿勢
  1)坐位の場合
   (1)患者の体位
   (2)施術者の体位
  2)仰臥位の場合
   (1)患者の体位
   (2)施術者の体位
  3)達成目標
 3 ステージB:脈診の習得方法
第3章 ステップ1:正しい脈診部への指の当て方
 1 脈診部位は「前腕の長さ」で決まる
 2 脈診における「前腕の長さ」の諸説(1 尺か? 1 尺1 寸か?)
 3 「尺」と「前腕の長さ」
 4 脈診部位:「前腕の長さ」と「指幅」
 5 高骨と関上の位置
 6 脈診部位(寸・関・尺)に正しく指を置くために
 7 正しい関上の位置を,高骨を目安にして取れるようにする
 8 自分よりも小さな患者を診る際の工夫
  1)身長差が大きい場合の脈診
  2)脈診部位は手関節尺屈で広がる
 9 脈診姿勢(肘関節屈曲位)でも肘関節伸展位での前腕前側長がわかる!?
  1)患者の脈診姿勢について
  2)前腕計測におけるランドマークについて
  3)前腕外側の長さは肘屈曲位でも伸展位でも変わらない
 10 「双管脈」の存在を知る
 11 イメージ的アプローチ
  1)前腕の長さが手・肘関節の屈伸により変化することを認識し,脈診部位を正しく設定する
  2)脈診部位に人体が投影されている
  3)脈診部位の五臓・経絡配当を覚える
 12 技術的アプローチ
  1)脈診部位を統一する
  2)患者の身長が自分より低い場合は,手関節の尺屈による脈診部位の伸長を利用する
  3)指腹で診ること
 13 感覚的アプローチ
  1)基本的な自己脈診の形
  2)自己脈診を習慣にする
第4章 ステップ2:指の圧の設定(軽按・中按・重按)
 1 脈診部位(寸・関・尺)の正しい深さを把握する
 2 脈診部位の深さと硬さは指の屈伸・開閉で異なる
 3 軽按・中按・重按
 4 イメージ的アプローチ
 5 技術的アプローチ
  1)脈の拍動を止める練習をする
  2)安定した押圧動作を獲得する
  3)「双手脈診法」を利用する
  4)脈診部の深さの中央に指を止める練習をする(中按の圧を覚える)
  5)寸・関・尺おのおのにおける軽按・中按・重按の圧を知る
  6)左右の指の圧を均一にする
 6 感覚的アプローチ
  1)軽按・中按・重按での脈の違いを認識する
  2)自分の感覚の鈍い指を知る
第5章 ステップ3:祖脈診の1(浮・沈)
 1 祖脈について
 2 再現性のある祖脈診をめざす
 3 イメージ的アプローチと“浮・沈スケール”
 4 脈診図による視覚的把握
 5 浮・沈の深さの尺度─先人のとらえ方─
 6 寸・関・尺の深さの差を是正すること
 7 浮・沈スケール脈診図について
 8 浮・沈スケール脈診図の運用法
  1)手順
  2)記入方法
  3)判定基準
  4)実例
 9 浮・沈スケール脈診図運用のメリット
 10 技術的アプローチ
 11 感覚的アプローチ
 12(付記)浮脈・沈脈を呈しているときの血管の位置について
  1)同一人で脈状が浮いたり,沈んだりする
  2)浮脈・沈脈の病理と人の感覚閾値の特異性
第6章 ステップ3:祖脈診の2(遅・数)
 1 遅・数スケールの必要性
 2 患者呼吸説による診断の不都合
 3 遅・数スケールの作成
 4 イメージ的アプローチ
  1)脈拍数が坐位と仰臥位で異なることを学ぶ
  2)自分の呼吸を患者の呼吸に合わせて診る
  3)遅・数スケールを運用して遅・数の判定を行う
  4)達成目標
 5 技術的アプローチ
  1)ふだんの自分の呼吸を把握し,安定させる
  2)自己脈診により,1 分間の自分の脈拍数と呼吸数を同時に数える
  3)自分の1 呼吸当たりの患者の脈拍数を計り,遅・数を判断する
  4)体位による患者の脈拍数以外の脈状の変化を把握する
  5)達成目標
 6 感覚的アプローチ
  1)時間感覚を身につける
  2)1 分間当たりの脈拍数推定の練習
  3)達成目標
第7章 ステップ4:簡単な比較脈診
 1 経絡治療における脈診
 2 比較脈診と六部定位脈診
 3 脈の虚実
 4 六部定位の配当について
 5 総按と単按
 6 各指の知覚は独立している
 7 イメージ的アプローチ
  1)脈診部位に人体が投影されている
  2)脈診部位の五臓・経絡配当を覚える
   (1)術者の右指が左指を剋することを利用する
   (2)相生関係に注目する
  3)寸・関・尺のおのおので虚実をみる
  4)脈診部位の深さを5 層に分け,その最深層で診る
  5)基本証の虚の部位のパターンを覚える
   (1)基本証の典型パターンを覚える─肝虚証─
   (2)基本証の典型パターンを覚える─脾虚証─
   (3)基本証の典型パターンを覚える─肺虚証─
   (4)基本証の典型パターンを覚える─腎虚証─
  6)留意事項
 8 技術的アプローチ
  1)重按における六部定位の比較脈診で虚の部位をみつける
   (1)左右の上焦・中焦・下焦を比較する
   (2)六部定位における脈のもっとも弱い部位をみつける
   (3)相生を考慮して六部定位における脈の2 番目に弱い部位をみつける
   (4)軽按した時に,実になっている部位に注意する
   (5)重按での実の部位にも留意する
   (6)脈がわかりにくいときは,腹部などへ刺鍼を行ってから再度脈を診る
  2)基本証を立てる
  3)立てた証の正誤を確認する
 9 感覚的アプローチ
  1)自己脈診によって自分の体調や症状と基本証との関係を把握する
  2)ゴルフボールを用いて行う脈の左右差の判定訓練法
 10 (付記)比較脈診の意義と有用性の確認
第8章 ステップ5:寒熱を含めた虚実の判定
 1 寒証・熱証とは
 2 寒の発生と熱の発生
 3 寒証の脈状と熱証の脈状
 4 視覚的・イメージ的アプローチ
  1)脈診部位の望診
   (1)寸口脈診部位の望診
   (2)尺膚(前腕前側部)の望診
  2)望診における寒証と熱証の違い
  3)達成目標
 5 技術的アプローチ
  1)脈状診により寒・熱を判別する
  2)基本寒熱証(基本四証×寒・熱)の8 タイプで証を立てる
  3)達成目標
 6 感覚的アプローチ
  1)熱証と寒証の触れ方の違いを身に付ける
   (1)熱証の場合
   (2)寒証の場合
  2)脈が各層で存在していることを体得する
  3)自己脈診による寒・熱を表す脈状の体験
  4)達成目標
第9章 ステップ6:六部定位による脈位脈状診
 1 VAMFIT(変動経絡検索法)について
 2 六部定位の脈状と頸入穴VAMFIT(脈位脈状診の習得を目指す)
 3 脈診スケール図について
  1)脈診スケール図を作成する
  2)脈診スケール図は,脈診における各流派の諸説に対応できる
  3)五臓の平脈を脈診スケール図に表してみる
 4 認識的・イメージ的アプローチ
  1)六部定位におけるすべての経絡配当を覚える
  2)脈を診る前に,脈診部位の望診と切診を行う
  3)達成目標
 5 技術的アプローチ
  1)六部定位における脈状をみる
  2)VAMFIT刺鍼による確認
  3)達成目標
 6 感覚的アプローチ
  1)脈状と臓腑経絡の病理状態をあわせてみる
  2)脈診スケール図を作成し,虚・実や大・小を把握する
  3)達成目標

 脈診 指導チェックシートの使い方

 おわりに
 参考文献
 索引